第37話 カイナ 拷問する

 カイナはモスと共に地下の一室に男3人を詰め込んだ。


「さて、ここは普段はワインなどを保管しているところなのだが、防音も効いているからこういうときに便利なのだよ。どれだけ騒ごうが、悲鳴をあげようが、家臣たちにいらぬ不安を与えることがないからな」


 ゴッダート家の家臣ならば、そんな声が聞こえても、カイナ様が何かしていると思う程度なのだが、男たちの不安を煽るため、わざとこの場を選んでいた。


「な、何をする気なんだ……」


 3人の中、一番背の低い男が怯えた声ながらも質問する。


「何って、分かっているクセに。現実を直視出来ないから、お前らは犯罪を犯すんだ。だが、親切な俺様はこれから何をするか答えてやろう。そう、拷問だ」


 カイナは靴をコツコツとわざと鳴るようにしながら、3人の周囲を歩き、追い詰められた実感と恐怖を与えていく。


「早く答えた方がいいとだけ言っておこう。こちらにはプロがいるからな」


 ちらりとモスを見ると、恭しく頭を下げる。


「さて、では質問だ。お前らの黒幕はバルツァー卿か?」


「……答える訳ないだろっ!!」


「よしよし、良い答えだ。やはり、そのまま話されたのでは俺様の気が収まらないからな」


 楽しそうなカイナは、指で合図すると、モスが背の小さい男の前までやって来て、予備動作も、感情の揺らぎもなく、ただただ機械のスイッチを踏むかのように、男の腹に蹴りを入れた。


「ぐえええええっ!!」


 痛みでのたうち回る男が落ち着くのを待ってから、カイナは髪を掴み、再び座らせる。


「ああ、ついでに1回耐えたからと言って油断しては駄目だぞ。拷問は一人ずつだ。お前が潰れたら、そこの中肉中背のお前、最後はそこのデカブツだ。一周して誰も情報を漏らさないようなら、楽しい楽しい2週目の開始だな」


 カイナは再び同様の質問を投げかける。


「…………し、知らない。本当に知らないんだ」


 その答えにカイナは楽しそうに首を振る。


「残念。最初に言っていれば信じる余地もあったが、さっきは答える訳ないと言ったな。その前は社長に命令されとも。それは指示した者を知っていないと出ない言葉だ。という訳で、やれ」


 再びモスの蹴りが繰り出される。


「もう一度聞こうか?」


 背の小さい男はそれでも強情で、3発、4発、5発、6発と耐えた。


「素晴らしい。見上げた根性だ。モスの蹴りをここまで耐えた人間はそうはいないぞ」


 嬉しそうにパチパチと拍手しながら讃える様は、悪魔にしか見えなかった。


「カイナ様、そろそろ変えないと危ないかもしれません」


 背の小さい男はモスのそんな言葉に安堵しかけたが、次いでのカイナの言葉で絶望した。


「おおっ、そうか、そうか、かなり頑張ったものな。じゃあ、腹の次は手足でも行こうか」


「かしこまりました」


 まだまだ終わる気はなく、ただ蹴られる場所が変わるだけだった。


「ま、待ってくれ!!」


 そのとき、堪らず声を上げるものが居た。


「俺から話すから、そいつへの拷問はもうやめてくれ」


 体の大きな男が縛られたまま頭を下げ、懇願する。


「ふんっ、話すならお前だと思っていたよ。優しそうだもんな。自分の痛みには耐えられても仲間の痛みには耐えられないタイプだと思っていたよ。で、黒幕はバルツァーか?」


「ああ。人さらいに失敗した俺らに次の仕事として、シルバーバインの加工を命じた。幸いにも機材が揃っているところに勤めていたから、実行は容易かった。もしかすると、そういうとこに勤めていたから白羽の矢が立ったのかもしれないがな」


「どこから仕入れている? あの工場では育てていなかった。どこかで栽培しているはずだ」


「それは、詳しいことは知らないが、魔獣の森で育てているというのは一度聞いたことがある。魔獣に襲われないか不思議に思ったこともあるが、最強のガーディアンがいるとか言っていた。すまないがそれ以上は知らない」


(……っ!? 魔獣の森だと。ならば、もしかすると、ヴェスパが興奮していたのも、シルバーバインの所為か? あのクマが現れたのも)


 思い出したくもない記憶を振り払うよう、カイナは頭を振り、額を手で押さえる。


「そうか、良くわかった。行くぞ、モス。バルツァーを捕まえる。こいつらは後で衛兵に突き出せ。しかるべき報いを受けてもらう」


 この嫌な気分をすぐにでも晴らしたいという思いから、踵を返し、部屋を出ようとすると、中肉中背の男が声を上げた。


「待ってください領主様。私は、何も知らなかったんです。この二人がそんな悪事をしていることも。今回はただ同じ部署だったから成り行きで協力させられただけで。どうか私だけは許してくれませんか?」


 そんな声に、カイナはにこやかな笑みを見せた。


「そうか、そうか、自分は悪くないと。なるほど。俺様はお前のような人間は好きだぞ」


「そ、それじゃあ」


「ダメだ」


「え?」


「普通に考えてみろ、巻き込まれたかもしれないが、それなら仲間の振りをしつつ、告発することも出来ただろう? 社長に言ってもいいし、モスでもいい。だが、それをしなかった時点で同罪だ。助ける余地なんて無いな」


「で、ですが、今、好きだって。助けてくれる流れじゃ……」


「ああ、それは俺様以下のクズを見ると、まだまだ自分は大丈夫だなと思えるからな。安心するだけだ。許す要素は1つもないが? むしろ、今ので心象はだいぶ悪くなるんじゃないか? そもそもモスを闇討ちするのにも加担していただろ。それで知らぬ存ぜぬは虫が良すぎるよな。大丈夫だ。俺様とモスが今の非道な振る舞いももれなく伝えてやるからな。少し罪が重くなるだろう」


「あ、あんた。人の心とかないのかっ! このイナゴ領主がっ!! あんたが領民の税を重くするから、こういった危ない仕事にも手を出すんだ!! そうだ私は悪くないっ!! お前らが悪いんだっ!! 全部全部全部!! ここの領主がイナゴみたいに食い荒らすからだっ!!」


「……俺様の所為?」


「そうだ!! 全部お前の所為だ!!」


 中肉中背の男はヒートアップし、唾をまき散らしながら声を上げる。


(俺様の傍若無人な振舞いがヴェスパを死に追いやったのか……。そして、モスの故郷を……)


 認めたくない事実を前に、カイナは一歩後ずさると――。


「そのうるさい口を閉じなさい」


 モスの凍えたような声が聞こえたと思った瞬間、男の体が吹き飛んでいた。

 先ほどの拷問の蹴りとは異なり、見えない速度で繰り出された蹴りが男の顎を正確に捉える。

 顎の骨は確実に砕け、いくつか歯も飛び散る。


「カイナ様の所為では断じてありませぬ! 違法をしたものが悪く。それを転嫁しようなどとは言語道断!」


 モスは明らかに怒りに震えており、視線だけで人を殺せそうな程である。

 そのモスが今、一歩倒れた男に近づき、2発目を入れようと足を振り上げる。


「やめろ。モス! その気持ちだけで十分だ。俺様が嫌われ領主であることは事実。ふんっ、誰が何と言おうと俺様の好きに領主をやってやるさ。さっきはちょいと唾が掛かるのが汚かったから下がっただけだ。そこの俺様に有益なことが何一つない、虫以下の男の戯言など気にするな」


「かしこまりました」


 モスはゆっくりと足を下げる。

 カイナの前の扉を開けながらモスは1つ訂正を入れた。


「カイナ様。虫は植物を育てたり、蜜を作ったりと有用なことが多いのです。あの様な男と比較する自体、失礼にあたるかと」


「確かにそうだな。税は払わない、領民に危害は加える、俺様に逆らう。そんな無能と比べるのは些か失礼だったな。撤回するよ」


 男たち3人を暗い地下室に残し、カイナとモスは扉を閉めた。






 

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