第3話 カイナ 視察する
カイナ・ゴッダートは、アイギス大陸の南に位置するデルフィー国の一地方、ゴッダート領の領主であった。
領主になるには魔法に長けていることが条件であり、血筋は関係ないとされているが、多くの場合に魔法は遺伝する為、脈々とひとつの血族が領主を行うことも少なくなかった。
ゴッダート家もその例に漏れず、さらに言えば、カイナはその中でも群を抜いて強い魔法使いであった。
領主の主な使命は他国及び魔獣からの侵攻を防ぐこと。それと王国への税を納めることの2つである。
前者を行えるのが魔法を使えるものという点において、昔から魔法使いが領主となる掟が定められてきていた。
そんな中、ゴッダート領は一度も攻められることのない安全を約束された地ではあったものの、カイナの代になってからは重税も約束されていた。
※
「カイナ様、急に街を見てみたいとはどういう? その、お止めになられた方が……」
「領地経営も領主の仕事だろ? 一応見ておこうかと思って」
カイナはここ数日、自領の書類に改めて目を通したが、税金の中抜きが酷く、その半分が自分の金銀財宝につぎ込んでいた。
で、残りの半分はと言えば、自身を支える執事やメイド、書記官や秘書などなど、自身に関わるものにバラまいている。それだけでなく、他領の支援や他国の支援にも金を使っており、攻められない安全な領という触れ込みは半分くらいマッチポンプ的な策略の上に成り立っていた。
(これで街が潤っていれば、最高の政治だけど……。平均収入は申し分ないが、中央値は低そうだし、かなりの格差社会が出来上がっていると予想される。そして、噂話程度、いや、逆に言えば噂になる程に俺様は嫌われているみたいだ。確かに、前世の知識で見てみると、この政治は酷い。前世ではあまりに横暴な政治をすると爆弾を投げつけられたり、銃で撃たれたりしたからな。気をつけねば)
そんな思いから、この度、街へと繰り出そうとしていたのだが、モスから激しく止められている。
嫌な予感を覚えつつも、尚更行かなくてはと決意を新たに、カイナはモスを脅迫、もとい説得し、なんとか昼過ぎに街へと繰り出すこととなったのだ。
街へはモスと二人。目立たぬようローブを被り、あまり高くないシャツに袖を通す。
家紋が刻まれた馬車を目立たぬところに着けると、街へと溶け込む。
本日のカイナの予定は、まずは大通りを見て回り、それから路地裏を見るという街全体を見回すコースになっていた。
ゴッダート領は海と森に面しており、漁と猟が盛んだ。その関係で交易も多く行われていて、外からの商人も多く出入りしている。
通行税はそれなりに高いが、周囲の安全は確保されており、大商人などの多額の金額を動かす商人には苦にならない程の税だ。その上、道の舗装も行われており、安心、安全、清潔が売りとなっていて、セレブリティな人物たちからは好評をはくしている。そのおかげで金持ち向けの大通りは活気に溢れていて、カイナもその光景には満足していたのだが、道を一本変えると、そこには先ほどまでの活気は微塵もない。
そんな道を歩いて行くカイナの耳には、ときおり子供の遊び声は聞こえてくるが、忙しなく働いている大人からはため息しか聞こえてこない。
生活にはギリギリ困らないが、娯楽や嗜好品を手にするほどの金はないといった具合だ。
そして、ため息と共によく聞こえるのは、
「来年からまた税金が上がるそうだ。これ以上取られたらどうやって生活すればいいんだ」
「通行税が重くて、俺たちみたいな農民には、払うだけで赤字だ……」
という重税に関することがほとんどであった。
そんな様子を見てカイナは、
(やはり稼いでいる者は稼いでいるが、そうでないものはかなりの貧困なのか……。平均値は良いが、中央値は悪いの典型だな。税を下げればいいかもしれないが、いきなりそんなことしたら、皆パニックになるかもしれないし、少しづつ改善していこう。とりあえずは増税の延期からだな)
このように考え事をしていると、ドンっとやせ細った子どもとぶつかる。
「おっと、すみません」
未だにカイナ自身記憶の混乱があり、咄嗟のときには敬語が出てしまう。
「あ。ああぁ……」
子どもはカイナの方を見ると青ざめた顔をして、逃げ出した。
「どうしたんだ。いったい」
何が起きたのか分からず訝しんでいると、
「カイナ様、ローブが取れてしまっています」
執事のモスが慌てて顔を隠すようにローブを被せてくれたが、すでに遅く、バッチリと顔を見られたようで、
「カイナ・ゴッダート? このイナゴ領主がっ!!」
「お前の頭には上級領民のことしか頭にないのかっ!!」
「減税しろっ!!」
罵詈雑言と共に、中には石を投げつけて来る者まで居た。
モスは領民とカイナの間に割って入ると、投げつけられた石をすべて叩き落とす。
執事に守られる様子が気に食わないのか、さらに罵声と石が飛び交う。
「この人殺し!!」
「人さらい!!」
「うちのを返せっ!!」
罵声はともかく石はモスの後ろにいるかぎり防がれていたのだが、カイナは自らモスの前へ出て、石が頭部に当たり血が出るのも構わず、罵声を投げかける領民の前へ歩み出た。
「おいっ!」
今にも逃げ出しそうな男の領民を逃がさぬよう首元を掴む。
領民は殺されるのを覚悟したのか、目をつむって顔をそらす。
「人さらいってどういうことだ? 他の罵詈雑言は身に覚えがあるが、俺様はそんなことをした覚えはないんだが、なぁ?」
「う、うう、隣の家の子がいつの間にか居なくなったんだ。それだけじゃねぇ! あんたが領主になってから、子供が居なくなるんだ。もう5人は居なくなってる!!」
カイナは荒々しくその男を突き離すと、モスへ視線を向けた。
「申し訳ございません。私も把握しておりません」
「そうか……なら仕方ない帰るぞ」
カイナはその場を後にするが、胸中では、
(俺様の領民を
もともとの性格をとっても許すタイプではない上に、前世の記憶の善性により、カイナは激しい怒りを秘めていた。
※
領主邸へと戻ったカイナはそのまま自室へと籠る。
「カイナ様、先ほどの件は……そのいかがいたしますか?」
扉越しにモスの声が聞こえてくるが、カイナは胸中怒りに包まれていたはいたが、
(ここで俺様がたった5人にだけ優遇したら、多くの賄賂と税を払っている富裕層に示しがつかない。暗殺もイヤだが、彼らの不興を買うことも避けたい。ならば、秘密裏に行うのが一番だ)
「なんのことだ。モス。俺様は人さらいなど聞かなかったし、何も知らん。もちろん解決する気もない。それよりガキにぶつかって身体が汚れた。風呂の用意をしろ」
「そんな、カイナ様……、領民の危機なのですよ!?」
モスの声はひどく落胆したようなものだった。
「たった5人の領民だろ? そんなに心配なら自分で動けばいいっ! 俺様は別にすることがあるんだ」
「それは……」
「早く風呂の準備をしろ!」
「かしこまりました」
風呂に浸かったカイナは自室で本を読むと言い図書室へと赴いた。だが、カイナの目的は本ではなく街の地図。それをバレぬよう適当なラブロマンスの本に挟んで自室へと持ち込んだ。
「俺様なら、人さらいをするならこの辺かな」
領民の情報。限りなく犯罪者に近い悪役的思考。領地の構造。それから現代の犯罪知識。それらを駆使し地図上にいくつか当たりを付けて、そこにマル印をつけると、窓を大きく開け広げた。
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