第23話 カイナ 裏工作する

「申し訳ございません。私めの独断で決めてしまいました」


 カイナの目の前で、事の経緯を語ったモスは深々と頭を下げた。


「なるほど。で、投票の期限は17日後か。ふんっ、余裕だな。どうせいつか潰す相手だ。今回は逆に良い機会だと捉えよう。それに、俺様がバカにされて黙っている方がゴッダートの名折れだ。モス、お前の判断は正しい」


(品行方正な相手か。勝つのは簡単だが、問題はどう勝つかか)


 少し悩んでも答えが出ない為、カイナは純粋にモスにも意見を求めた。


「モス。勝つのは問題ないとして、相手は今後、この領に有益か?」


「ええ、良き青年かと」


(ふむ。ならば完膚なく叩くのはやめておくか)


 カイナは、選挙を執り行う選挙委員を買収する作戦は却下し、しっかりと票を集める作戦へと変更する。


「ギリギリで負けた。運が悪かった。次にやれば勝てると思わせておけば、勝手に貧民層の待遇を上げるように動くだろうし、そうすれば税収も増える。俺様が富裕層に利を与え、税をむしり、アントリオンとやらが貧民層に利を与え税をむしる。WINWINの関係が気づけそうだ」


(まぁ、相手は必死にやっているだけだが、所詮、俺様の手の平の上だな)


「さっそく、モス。俺様は出かける。用意をしろ」


                 ※


 今回はお忍びではなく、ゴッダートとして街へ繰り出しているカイナの服装は、悪趣味の一言に尽きた。

 辛うじて生地は黒だが、金銀、プラチナの装飾が付きまくり、ほとんど黒という色は見えない。

 外套も似たようなもので、金の刺繍でゴッダート家の家紋である虫の羽が外套全体に幾重にも精緻に施されている。


 この洋服だけで貧民層の家なら建ちそうだと思わせるくらいの金の使い方で、実際には1軒どころではなく、3軒は余裕で建つくらいの値段が掛かっている。


 カイナは工場の前に馬車を停めさせ、忙しなく働く領民たちを横目に見ながら訪問する。

 工場は海辺にある大きくもなく、小さくもなくという中小企業という在り様で、カイナから受ける恩恵より被害の方が若干上回る仕事場であった。


 潮と乾物の匂いに鼻をひくひくさせ、潮風に当たらぬように外套を前で閉じながら歩くカイナは、この工場には似つかわしくないスーツを着た日焼けした男性を見つけると満面の笑みで挨拶を交わす。


「やぁ、社長。景気はどうだい?」


 一方の社長の方はカイナの機嫌を損ねないようにという緊張が見て取れるぎこちない笑みを見せた。


「ええ、まぁ、それなりに……。あの、本日のご用件は?」


 また増税かもしれないと思い、社長はおずおずと尋ねる。


「ここの工場は実に優秀だと聞いてね。突然で悪いが訪問させてもらったよ。まぁ、悪い話じゃないから、そんなに緊張しなくていい」


 社長は少しだけ緊張が和らいだようだが、それでもカイナの前で油断するということはなく、ピシリと立ち、カイナの一挙手一投足にビクビクしていた。


「今度、選挙というものがあるのだが、俺様かアントリオンどちらを支持するかというものだ。もちろん、社長は俺様だよな?」


「もちろんです!!」


「良い返事だ。おい、モス。例のものを」


 背後に影のように控えていたモスはカバンを1つ、社長へと手渡す。


「こ、これは?」


 カイナは社長の肩に腕を回すとあまり大きな声では言えない話を始めた。


「1万ゴールドの束だ。社長には社員にこう言ってもらいたい。17日後の選挙でカイナ・ゴッダートに投票したものには1万ゴールドの褒章を支払うと。その為の金だ。社長には一切迷惑を掛けることじゃあない。もちろん俺様を支持する社長ならやってくれるよな」


「は、はいっ!!」


 絶対に断れない圧。しかも、別に受けたところで損はない命令お願いに社長は二つ返事で返す。


「そう言ってくれると信じていたよ。あ、そうそう。俺様の支持者にして貢献者にはこれをやろう」


 カイナは黄金で出来た虫の羽をモチーフにしたブローチをそっと社長の手に握らせる。


「奥様にでもプレゼントしてやるといい。他にも生活に苦しくなったら売ればそれなりの値段になるだろう」


 売っても大丈夫だと言う言葉は、ブローチがゴッダート家の家紋とは違う虫の羽になっていることからも伺え、社長の頬は自然と緩む。


「いいか。俺様を信じてついてきてくれるもので、かつ、ちゃんと税金を納めるものは見棄てない。どういうことか社長ならわかるだろ」


 その甘い言葉は裏返せば裏切ったら許さないとも取れるが、黄金を握った社長の脳裏にカイナ・ゴッダートを裏切るという選択肢はそもそも存在しえなかった。


「あ、ありがとうございます!!」


「これからも、ゴッダート領の為に頑張ってくれ」


 カイナは爽やかな笑顔を見せ、社長の背中をポンポンと軽く叩くと離れる。その後、社長の案内で工場をぐるりと見て回ったりもした。

 ひとりひとりに声を掛け、選挙のお願いをしつつ、モスがお菓子を差し入れだと言って渡していく。


 そして、これを数日かけてゴッダート領全ての工場で行った。


(現代では公職選挙法とかなんやらがあって賄賂みたいな真似は出来ないが、こっちにはそんなものはない。なら買収一択だろ。しかも、待遇改善も出来て一石二鳥だな。あとはアントリオンに疑われないように街角演説でもするか。隣領のラーナ嬢にも参加してもらえば盤石だな)


 カイナは貧困による不満を軽減させると共に票の獲得をも行ったのだった。

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