第22話 モス 了承する

「ここが事務所ですかな?」


 相手方を訪ねるということで、律儀にも手土産にフルーツの詰め合わせをカゴに入れて持参したモスは、事務所の戸を叩いた。


「こちら、アントリオンさんの事務所でよろしいですかな?」


 戸が開き、出迎えた相手は怪訝そうな顔を見せる。

 だが、執事服に刺繍されたゴッダート家の家紋を見ると、血相を変えて、脇に置いてあった棒を掴むと、モスの喉元に突き付けた。


「ゴッダート家の犬がなんの用だ!? もしかして、アントリオンさんを実力行使で倒しに来たのか!?」


「いえいえ、私はゴッダート家の執事、モス・ヴルカレーノと申します。武力での解決は望んでおりません。穏便に話し合いで済ませたいと考えております。ですが、そちらがその気でしたら……」


 モスの殺気を孕んだ挨拶に、棒を突き付けた男は、思わず、喉元から棒先を下げ、一歩後ずさる。


「中へ入ってもよいですかな?」


 無遠慮に入り込む一歩。それだけで、実力の、格の違いをまざまざと思い知らされる。


「あ、ああ……」


 もはや、棒は凶器足りえず、子供が振るう枝の方がまだ武器になりそうという弱弱しさとなっていた。


「あんまり、いじめないでくれないか」


 そんなとき、奥から、艶っぽいハスキーボイスが響く。


「うちのが失礼したことは謝罪する。わたしがアントリオン・バーツだ。モスさんの噂は地方からやってきたわたしでも存じ上げるくらいですよ。まさか、そちらからいらしてくれるとは。本日のご用はなんですか?」


 アントリオンは気持ちよくモスを迎え入れ、自らティーカップに湯を注ぎ、紅茶を振舞う。

 お互い、ゴッダート家では考えられないような簡素な椅子に座り、簡素なテーブルをまたいで対面する。


「それで、ご用件は?」


 まるで、自分にイニシアティブがあるとでも言いたげに、アントリオンは話しを促す。


「ええ、まずは、闘技場の工事の邪魔をするのをやめていただきたい。また、若者たちに仕事をサボらせないでいただきたい」


 アントリオンはわざとらしく顎に指を置いて、考える素振そぶりを見せてから口を開く。


「そうですねぇ、闘技場の工事って必要あります? 僕らの税金を使って何度も工事されると困るんですよ。こちらだって、なんとかその日暮らしで生きているのですよ。税金の使い道くらい声をあげてもいいと思いません?」


「なるほど。そちらの主張はわかりました。では、命の使い道についての話をしましょう。私も税金の使い道に口を出すこと自体は反対ではございません。ですが、彼らの行為は目に余る程、危険です。むざむざ若い命を散らすことはないと思うのですよ」


「……なるほど。確かに、それは一理ありますね。わかりました。あまり危険な行動はしないよう僕の方から伝えましょう。

 さて、それともう一つ、若者が働かないとのことですが、これは僕は何もしていません。ただ、ゴッダートの為にお金を納めるのは間違っている。真面目に働くものがバカを見る世の中は間違っていると訴えているだけなのです。それを彼らなりに解釈して、働かないことで待遇を改善しようと試みている尊い行為なのです」


「待遇改善を求めるなら、直接声を上げるべきでしょう」


「イナゴ領主に? あの最強、最悪にただの領民が勝てるとでも? もしくは直接の上司ですか? それこそ、イナゴ領主の犬じゃあないか! そんな奴らに口で言って分かる訳がない」


 モスはキッと睨みつけると、「イナゴ領主ではなく、カイナ領主ですぞ」とたしなめる。


 アントリオンは余り意に介した様子もなく、


「ああ、すみません。こちらの方が通りがよく使っていたもので。ゴッダート家の執事である貴方の前で礼を欠きました。ですが、こちらはそれだけの想いがあるということは理解していただきたい」


「分かりました。では、こちらからも、若者のサボタージュについては、カイナ様と検討し、待遇改善に努めさせていただきます。待遇が変わり次第やめていただけるように、アントリオン様もお声がけください」


「ええ、もちろんです。ま、僕が何もしなくても彼らはしっかりと考え、行動さえしてもらえれば態度を改めると思いますけどね。

 それにしても、今日は思わぬ収穫です。ゴッダート家の良心とも言われるモスさんがどれ程のお方かと思っていましたが、想像以上です。なぜカイナ領主の元にいるのか不思議なくらいです。ですが、貴方の理想の領地というのは、先代のゴッダートで今のゴッダート家では理想は叶えられないのでは? 貴方の理想を叶える為に僕の元についてはくれませんか? 皆で協力すればより良い領地になると思うのですよ」


 モスは軽く首を横に振り、拒絶の意を示す。


「結構です。カイナ様にも良いところはあります。それに自分の理想と違う領主になったから見捨てると思われるとは随分、私も安く見られたものです。ゴッダート家にお世話になり50年以上。たかが半分も生きていない小僧にとやかく言われる謂れはないですぞ!」


 アントリオン、敢えてこうしたとでも言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、口をゆっくりと開いた。


「カイナ・ゴッダートにも良いところはあると。なら、それを証明してください。そうですね。このゴッダート領では領民全てを管理できるシステムがありましたね。それを用いて、どちらがより領主に素晴らしいか投票してもらうのはどうですか? モスさんの言うカイナ領主の良いところが知られていれば、または周知すれば十分に勝てる勝負のはずですよね?」


(これは私の一存で決めていい案件ではないですが……)


「おっと、一度持ち帰って相談とかは無しだ。僕は貴方が仲間としてほしい。その貴方がカイナは領主に足ると言ったんだ。もちろん断るわけないですよね」


(このお方は、少し野心が強すぎますな。なかなかに見どころのある若者でしたが……。カイナ様に挑戦するのは少し早いかと。あと5年。それくらい経験を積んでこられたら、この場で即答できる案件ではなかったのに、残念ですな)


「分かりました。お受けいたしましょう」

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