群生相

第21話 モス 狼狽する

「カイナ様、大変ですぞ!」


 ノックを4回。しっかりと主の返事を待ってから入室したモスは挨拶もそこそこに、話題を切り出した。


「なんでも、ゴッダート領にて新たな魔法の使い手が現れたそうなのです」


 ティーカップを持っていたカイナは優雅に一口すすってから、


「そうか」


 一言返すだけで、特に興味も無さそうにしながら、手元の書類に目を落とす。


「漁業がマイナス決済か……、だらしない」


 眉間に皺を寄せ、愚痴をこぼしてから次の書類に目を移す。


「ふむ。闘技場の修繕、改修か。これなら領民も楽しめるだろう。早速着工させるか」


「カイナ様、そちらは昨年も行ったはずですが?」


「闘技場だし必要だろ」


 カイナがイエスと言えばイエスになる。その体制は変わらずで、今回もカイナの一声で着工される。


「かしこまりました」


 モスはカイナの背後に積まれたプレゼント賄賂を見て、心の中でため息を付きながらも了承した。


 未だに好き勝手に税金を使っているように見える今日この頃、領内では、大きな動きがあった。


「ゴッダートの悪政に終止符を!」

「税金の透明化を!!」

「減税しろっ!!」


「皆さん、わたしが全て叶えます!! 貴方の清き一票がゴッダート家を潰すのです!!」


 領民、それも貧民層を集める男は、煤のついたロングコートにシャツとズボン。貧民層よりは若干裕福に見えるが、富裕層というにはみすぼらし過ぎる服装をしていた。

 髭や髪は整えられており、清潔感と満面の笑顔から、一目で信頼させる不思議な魅力の持ち主でもあった。


「さぁ、行こう! 今こそ、自由を得るのだ!」


 領内各地を演説しながら練り歩き、少しずつ賛同者を増やしていくその男の名はアントリオン・バーツ。彼こそ、今話題の新たな魔法使いであった。


 まだこのときは大した支持者もおらず、魔法使いというだけでモスの目に留まっているだけだったが……。


 数週間もすると、その支持者は膨れ上がっていた。

 領内の三割は賛同するようになっており、隠れて賛同している者や興味関心がある者まで含めると半数近くにまでのぼる。


 そんなことはつゆ知らず、モスはこの日珍しく買い物に出かけていた。

 目的はアクセサリー商。ペンダントにしてもらったグラス片を受け取りに来ていた。


「なんと、素晴らしい出来。これはきっとカイナ様もお喜びになられます。流石、ゴッダート領随一の腕前ですな」


 金で縁取られているだけではなく、ガラス片の良さを損なわない程度に、金で羽の模様が描かれている。


(扱いの難しい金で、ここまで緻密な模様を描けるのは大陸広しと言えど、この商店くらいでしょう)


 ニコニコと眺めているモスに、店主も上機嫌だった。


「いつも贔屓にしてくれるゴッダート家のアクセサリーですからね。そりゃ気合もはいりますよ」


「きっと、カイナ様も気に入るでしょう!」


 モスはルンルン気分でアクセサリーケースに大事にしまうと、アクセサリー商を後にした。

 帰り道、ふと、改修中の闘技場の進捗状況が芳しくないという話を耳にした為、どの様な状況か直接確かめてこようと思い立ち、寄り道をする。


(過度の疲労からの遅れでしたら、甘いものでも差し入れしますかな)


 お土産にマフィンを大量に買い込んだモスは、そのまま闘技場へ。

 しかし、そこで目にした光景は、予想とは裏腹に。


「税金の無駄遣いをやめろ!!」

「改修反対っ!!」

「ゴッダートの横暴を許すなっ!!」


 あまり綺麗とは言えない服装をした人々が、工事の邪魔をしている。

 無理矢理に工事を邪魔しようとして危険な為、わざわざ数人掛かりで止めており、より一層、進捗が遅れている。

 それだけでなく、工事をしている職人の中、特に若い人の数人は、作業をするでもなくサボっている姿が目につく。


「これはいったい……」


 一瞬狼狽しながらも、すぐに平静を取り戻し、工事の責任者へと話を聞きにトタン板で出来た簡易事務所へ向かう。


 責任者も頭を悩ませているようで、苦笑いを浮かべながらモスを出迎える。

 

「モスさんはご存じないですか? 最近、反ゴッダートを掲げている派閥があるんですよ」


「ああ、それなら私も聞いています。確か、魔法を扱えるアントリオンという青年を旗印にして活動していると。ですが、勢力としては微々たるものと報告を受けていますが」


「それが、思いのほか若者と貧困層の心を掴んだみたいで、ここ1週間くらいで急にこんな感じなんですよ。うちの若いのもストライキだとかって言って働かねぇし」


 責任者は、「困った」と言いながら、モスに懇願の目を向ける。


「正直、オレにはどうしようもねぇんですよ。たぶん、この事態をどうにか出来るのはゴッダート家の執事で、領民からの信頼の厚いモスさんだけだと思うんだ。なんとかしてくれねぇかね」


「私でどれだけの力になれるか分かりませぬが、出来るだけのことはしてみましょう」


「ありがてぇ!! よろしくお願いします」


 責任者はモスの手を握ると、もう一度、「お願いします」と懇願するほどに追い詰められていたようだった。


「あ、そうでした。よろしかったら、こちら差し入れのマフィンになります。皆さんでどうぞ」


「重ね重ね、ありがてぇ。流石モスさんだぜ」


(さて、だいたいの事情は分かりました。ですが、彼らをどうにかするより、大元をなんとかしないと、どうしようもなさそうですな)


 モスは、彼らの旗印である、アントリオンの元へ1人向かう決意を固めた。

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