第33話 カイナ 狙撃する

「さて、モスには格好よく行けと言ったが、誰もいない状況で魔獣と戦うのは初だな」


 カイナは御者と馬を戦いの邪魔になるのと、帰りの足が亡くなるのは困るからという理由でこの場から離れさせ、動かぬただの部屋と化した馬車の中から魔獣の動向を伺う。

 対象が1匹であれば、それがどれだけ強大でも倒す自信はあるが、相手が群れているとなっては話が変わってくる。


(無策で突っ込めば一匹を殺す間に他の魔獣に襲われるだろう。俺様とて魔法が使えなければただの人同然だ。さて、どうしたものか?)


 一撃で周囲ごと破壊し尽くすこともカイナには可能であったが、今回はすぐ近くに助けるべき領民がいることもカイナには不利に働いていた。


(せめて囮でもいればいいが、あの建物の中のやつらがたまらずに飛び出してきてくれないか……。いや、そんなラッキーに任せる訳にはいかないな)


「…………はぁ、仕方ない。俺様も体を張るときが来たってことか」


 カイナは外套を脱ぐと腕に抱えた。

 馬車からゆっくりと降りると、馬車を盾にするように影に入り、やじりを取り出し構えた。


「敵は、グレイウルフ3匹、ホーンラビット5匹、ワイルドボアが1匹……、多すぎだろ! なんで、狼とウサギがそもそも一緒にいるんだ。貴様ら食物連鎖になってるとこだろ!」


 文句を言いつつ、カイナが狙ったのはグレイウルフ。

 鏃は魔法の力もあり、確実に一匹のグレイウルフの命を刈り取ったが――。


「ふんっ、今のでこちらに気づいたな」


 カイナは馬車の影に身を隠し、次の魔法の為マナを集め始める。

 2発、3発と次々に打ち込み、グレイウルフ3匹とホーンラビット2匹まで仕留めた。


(くそっ! ホーンラビットを見失った。どこにいった!?)


 いち早くこちらの攻撃に気づいたホーンラビットはカイナの動きを先読みし、僅かな音からカイナの場所を把握していた。

 カイナから狙撃されない位置に逃げていくのを、数的不利もあり止めきれなかった。


「チッ。面倒な事になった」


 舌打ちしながら、周囲を警戒する。


「······っ!?」


 背後から、純粋な殺気を感じ取ったカイナは、生つばを飲みながら、ゆっくりと振り向いた。


「きゅう~?」


 振り返ったそこにはホーンラビットが不意にカイナの背後に現れていた。

 可愛らしい鳴き声にクリっとした瞳でカイナを見つめて来る。

 カイナが次の攻撃に移るまで少し時間があるのだとマナの流れから見出すと、そのクリっとした瞳は血のような赤色に変貌し、「キシャー!」と声を上げ、自慢の角で攻撃を仕掛ける。


「くそっ。やはり、覚悟しなくちゃならないか……」


 ホーンラビットの角による一撃をカイナは腕に受ける。


「ぐっ……」


 外套を抱えていたことが幸いし、そこまで深い傷にはならなかったが、痛いものは痛い。

 

「この畜生が、よくも俺様のお気に入りをっ!」


 腕の傷より外套を突き破られたことに激怒しつつ、風の魔法で屠ろうとした、そのとき、


「きゅう?」

「きゅう?」


 倒しきれなかった2匹のホーンラビットも合流してくる。ここで1匹を倒したからといって、残りの2匹の攻撃はどうしようもない状況にまで追い詰められていた。


 そんな状況において、カイナは笑みを見せた。


「所詮、魔獣だな。俺様の狙いも見抜けず、のこのこ集まって来てくれたか」


「きゅう?」


「ああ、お前らに言っているんじゃあない。あっちだよ」


 直後、馬車はゴム毬のように吹っ飛び、その影からイノシシの魔獣が姿を現す。


「これでようやく邪魔もなく一掃出来る。まったく、領民の命も家臣の信頼も両方守るのは楽じゃあないな」


 一拍おいて、カイナは魔法を行使した。


「ウインドトルネード」


 周囲に風の渦が起き、周辺の瓦礫が渦を描いて魔獣たちへと刺さりぶつかる。

 

「おい。いつまで、人の腕を刺しているつもりだ?」


 カイナはひょいとホーンラビットを持ち上げると、まるで、そこに来ることが分かっていたかのように木材が突き刺さり、そのままホーンラビットは風の渦へと巻き込まれていく。


 風が収まったあとには、辛うじてワイルドボアの死体が残っている程度で、他の魔獣は跡形もなく吹き飛ばされていた。


(さて、モスの方はどうだ?)


 村の方へ注意を注ぐと、数人の修道服の女性と子供たちが全力で走って来るのが見えた。

 後方から襲い来る魔獣もおらず、カイナは拍子抜けしながら、彼女らの到着を待っていると、一人の女性が魔獣に見つかるかもしれない危険を顧みず叫んだ。


「ご老人の方が囮に! 領主様でしたら、お助けください」


 その言葉で全てを理解したカイナは、酷く不機嫌そうな表情を見せ、子供たちを怖がらせた。


「とりあえず、あんたらはそこの建物に入ってろ。あとで迎えに来る。勝手に外に出て死ぬ分には俺様は責任は取らんからな。子守はしっかりしろ」


 ぶっきらぼうに言い放つと、カイナは外套を彼女に羽織る。


「だが、俺様の指示に従っていれば、命は保証してやる。で、そのアホな老人はどっちに行った?」


「は、はい。向こうの方に! グレイウルフに襲われています。早く、早く助けてあげてください」


「ふんっ、お前に言われるまでもない」


(この俺様を走らせるとは偉くなったものだなモス!! しかも、自分より領民の命を取るとは言語道断!! 帰ったら説教に減給だ!)


 どちらが魔獣か分からない程の鬼の形相でモスを追いかけて走り出したカイナだった。

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