蝗害
第32話 モス 焦燥する
この日、モスはとあるニュースを聞き、急いでカイナの元へ訪れた。
「申し訳ありません。カイナ様、お暇をいただきたく存じ上げます」
開口一番の言葉に、カイナは冷ややかに、「ダメだ」と告げた。
「カイナ様、後生です。どうか、どうかお願いいたします」
モスは床に頭をなすりつけん勢いで頭を下げ、懇願するが、カイナの返答は依然、「NO」だった。
「カイナ様、どうか」
「モス、お前、休みをもらって、ヴルカレーノ村に行くつもりだろう?」
(カイナ様、そこまで分かってなぜ、休みをとらせてくださらないのですか……)
モスはカイナの仕打ちに思わず肩が震える。
「ヴルカレーノ村のモスだから、苗字としても村の名を使っていた。実に義理堅いモスらしいな。で、そのヴルカレーノ村だが、昨日魔獣によって壊滅したらしいというのは俺様も知っている。
知り合いの孫もいただろうし、親族だっていたはずだ。お前が行きたい気持ちも分かる。だが、休みをもらって行くのは駄目だ。
気になる点がいくつもあるからな。俺様も出向く。モス、仕事だ。俺様の身支度をし、一刻も早くヴルカレーノ村へ行くぞ」
「カ、カイナ様……」
先ほどとは全く反対の理由でモスは肩を震わせた。
「何をしている。さっさとしろ!」
「かしこまりました」
いつもの礼儀正しく華麗な振る舞いを取り戻し、恭しく一礼してから、モスは準備に取りかかった。
そこからのモスの動きは機敏で、すぐさまカイナと自分の荷物をまとめ、馬車の手配、宿の手配に至る全てを終え、カイナと共に馬車に乗り込んだ。
「さて、今回の件だが、不可解な点がいくつもある。まず、基本的に魔獣は魔獣の森からのルートからしか進行しないにも関わらず、いきなり突発的にヴルカレーノ村に魔獣が現れた点だ」
それはモスも不思議に思っていた。
魔獣の進行に対し、兵士やカイナが間に合わず領主邸のある街から離れた村が被害に合うことはこれまでもあったが、それでも事前に襲われることが予測でき、領民に避難指示を出したり、少ないながらも兵を募り応戦し時間を稼ぐということが出来たのだが、今回はいきなりの襲撃に誰も避難すら間に合わなかった。
例外としては、先日のクラーケンのように海路から襲うものがあるが、それでも襲うまでには何かしらの前兆があるはずだったのだ。
それが一切ない今回は珍事中の珍事なのであった。
「まずは領民の保護と魔獣の駆除を行う。その後の復興の指示はモスに任せる。代わりに俺様は調査をする。いいな」
モスからすれば何も文句はなく、「仰せのままに」と頷く。
※
ヴルカレーノ村に着くと、それは酷いもので、まともに建っている建物はいくつかしかなく、なんとか残っている建物も周辺に魔獣がうろつき、中に人が残っていたとしても到底助け出せる状態ではなかった。
「なっ!? 早く助けに行きませぬとっ!!」
モスは慌てて馬車から降り、助けに行こうとするのをカイナは止めた。
「焦るな! モス、お前がそのまま行っても無駄に死ぬだけだろう。せめて武器を持て。というより、お前の役目は俺様の盾になることだろ。勝手に突っ込むのは許さん」
建物の周囲には、ウルフ型の魔獣やウサギ型の魔獣。イノシシのような魔獣とレパートリーに富んでいた。
「さてと、モス、命令だ。お前はなるべく多くの領民を助けて来い。ついでに、俺様の元へ魔獣も引き連れて来るんだぞ。一匹一匹倒すのは骨だからな。まとめて潰してやる。すぐ、そこの建物にいる領民くらいは俺様に任せておけ」
カイナはさっさと行けとばかりに顎で指し示す。
(カイナ様、ありがとうございます。やはり、領民の安全を第一に考えられる素晴らしい領主でありますな。いつこの老人が先代の元へ旅立っても、自慢できますな)
心の中で感謝を述べ、今は亡き先代領主に想いを馳せながら、モスは馬車を降りる。
そして、魔獣たちに見つかないように、物陰に隠れながら、移動していく。
この村を離れてからかなりの年数経過しているが、記憶の中の村の様子と大きな違いはなく、残っていそうな主要な場所へと優先して向かう。
パッと見た感じでは、魔獣がウロウロしている建物があと2か所。
1か所は村の集会場となっている場所で、ワイルドボアというイノシシの魔獣が一体鎮座しており、容易には近づけなくなっていたが、モスは小石を1つ掴むと、全力で投擲した。
小石はワイルドボアの鼻頭にぶつかり、突然の痛みに驚いたワイルドボアは目の前の瓦礫に突進する。
(今っ!!)
集会所から離れた隙にモスは潜り込むが――。
「こ、これは……」
集会所の中身はすでに魔獣たちに荒らされた後のようで、周囲には血が飛び散り、床には食い散らかされたかつて人間だったものが散乱していた。
「申し訳ございません。あとで供養いたしますので、今は、今だけは生きている方を優先させていただきます」
悔しさで握った拳から血が出そうな程力を込めるが、すぐに、出血した状態では今後の救助が困難になると思いとどまる。
(この怒りは、自傷などという無駄な行いで発散させては駄目ですな。まだまだ未熟! カイナ様のように確実に相手に向けねば!)
決意を新たに、モスはもう一つの建物である教会へと隠れながら足を運ぶ。
こじんまりとした教会だが、作りはしっかりとしていた。
(確か、教会は一時、カイナ様が富裕層に金を落とさせるには宗教だ! と言って強化していましたが、すぐに軋轢が生じ、苦労に対して利益が出ず、放置していたのでしたな)
地方では、そのときの名残で、教会だけ堅牢な造りになっていることも珍しくなく、ここヴルカレーノ村もそのひとつだったようだ。
その教会の周りをグレイウルフという2m程の巨体をした狼の魔獣が4匹、探っていた。
(狼の魔獣が探るということは、まだ中に救助を待っている方がいるかもしれませんね)
一縷の希望にモスの表情も心なしか明るくなる。
「しかし、グレイウルフを搔い潜って中の方を助ける方法など……」
モスはしばし考えてから、覚悟を決めた。
(助けるにはこれしかありませんな。カイナ様、信じております)
「カイナ・ゴッダート様が助けに来ました! 魔獣が居なくなったらすぐに村の入り口にまで向かってくだされ!!」
教会の中までも聞こえるような大声で叫び、グレイウルフの注目も一身に集めた。
新たな餌の登場に、グレイウルフは涎を垂らしながらモスへと襲い掛かる。
「この老骨にどれだけ出来るか分かりませぬが、逃げる時間くらいは稼がせてもらいますぞ」
グレイウルフが自分に襲い掛かろうと走ってくるのを確認すると、モスはクルリと反対を向き、走り出した。
一見逃げているような行動だが、カイナからは反対にどんどんと離れ、教会にいる人々の逃走経路を確保する為の囮としての勇気ある逃走だった。
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