第31話 カイナ 切断する
「マナよ。火球を放て。ファイアボール」
直径5メートルくらいの大きさの火球が海へと放たれ、盛大な水柱を上げる。
「ビンゴっ!! 流石クリケット君だ。見事にクラーケンに命中したようだぜ」
「いやいや、カイナの索敵が完璧だったからだ。ガッハッハ!!」
まるでスポーツでも楽しむかのような人物が2人、港の先端に立っていた。
一人は我らが領主、カイナ・ゴッダートは相変わらず悪趣味な外套に身を包み、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
そして、もう一人は、カイナより体格の数段良い男性。隣国の領主、クリケット・ギルボーであった。
本来ならば隣国の領主が魔法を使おうものならば、国際問題になるところだが、この場にカイナが居ることと、火球の着弾先から現れた巨大イカのような魔獣がいたこともあり、この件に触れるものは今後一生いないだろう。
クリケットは表向きは今回の領主を争う戦いを見に来たということになっているが、本当は、この巨大イカの魔獣、クラーケンをカイナと共に討伐する為にやってきていたこともあり、すでに全て緻密に隠蔽する準備は出来ていた。
「いや、だが、すまないな。うちの領の問題に借り出して。俺様の魔法じゃあ、海の中の魔獣を海面に引きずり出すのが出来なくてな」
(索敵して、攻撃したら、海の中で切り刻んでしまう。そうなると、この魔獣を倒したという功績を領民に知らしめることができないからな。本当に困っていた。うん)
「なぁに気にするな。海は繋がっているからな。いつうちの方に類が及ぶか分からんし、たまたま今回はゴッダート領だけだっただけだ。もし、ギルボー領が同じ目にあったら、カイナは助けに来るだろ?」
「ふんっ。愚問だな」
クリケットはにっと満足そうに笑みを浮かべる。
「だが、俺だってタダでじゃないぞ。ゴッダート領の煎餅は上手いからな。新鮮なイカ煎餅なんて絶品だろう! ちゃんと寄越せよ」
「そんなもので良ければいくらでもくれてやる。おっ、波を起こしてきたぞ。なるほど賢い。俺様たちは水中じゃほぼ無力だからな。波に飲み込ませるのは良い作戦だ」
「確かに、効果的だな。カイナって泳げるのか? 俺は得意だから水中でも大丈夫だが」
「少しなら泳げるが、大波に飲まれたら泳げる程度じゃ無理だろ」
「そりゃ、そうだ。ガッハッハ」
大波を前にしても2人の領主は余裕の表情を崩さず、泳げるかどうかの雑談までするほどだった。
「どうする? 俺の火で蒸発させるか?」
「いや、ここは俺様の力をアピールするいい機会だ。任せてもらおう」
カイナはマナを集めると、腕を振った。
「マナよ集まれ。障害を切り裂け! ウインド・カッター」
風の刃が飛び、波を切り裂いていく。
「マナよ集まれ。障害を押し戻せ! ウインド・ウォール」
残った波は風の壁によって押し戻され、港より先に波が到達することはなかった。
切り裂かれた波は雨の様に上空から降り注ぐが、カイナたちに到達する前に、全て蒸発していく。
「さすがクリケット君だ。おかげで服が濡れなくて済む」
「本当はこの為に俺を呼んだのだろう」
阿吽の呼吸のようにピッタリの二人は自然と笑みをこぼす。
「しかし、カイナはよく、あんなデカイ魔獣が潜んでいることに気づいたな。海中じゃ普通分からんだろう?」
「ああ、最初は漁獲量が減っていたからな。工業廃水の所為かと思って、わざわざその辺りに明るいゲントナー領の奴らに来てもらったんだが、どうやら、害になる物質は含まれていなくてな。ただ――」
「ただ? 何があったのだ?」
「魔獣をおびき寄せる成分が入っていたそうだ。そこから頻繁に海沿いに来ては魔法で風に変化がないか探っていたら、これだけの大物だ。すぐに異常に気が付いたよ」
「なるほど。それで被害が出ないよう適当な理由で人払いして俺の力で白日の下へ晒したってところか」
「アントリオンとやらがいいように
「ガッハッハ!! ちゃんと被害まで考えるとは、これは良き領主として讃えられるのではないか?」
「無論、そうなってもらわねばならんよ。その為にこうして、わざわざ皆の前で戦うのだから。さて、雑談はこれくらいにして、そろそろあの魔獣を狩るか」
カイナは鏃を取り出すと、狙いをつける。
「ウインドショット」
鏃には今回は特別にワイヤーがついており、ワイヤーごと射出された鏃はクラーケンに突き刺さる。
「良し良し、ヒットだ! 釣り人なら、ここからのファイトを楽しむところだろうが、あいにく俺様は魚は取れれば良い派なのでね」
魔法がかけられた鏃はひとつだけではなく、無数の鏃がワイヤーを携え、射出されていく。
クラーケンはめった刺しにされ、ワイヤーが網のように絡みつく。
「網で一網打尽の方が効率が良かろう!!」
逃げられないと悟ったクラーケンは、一直線にカイナに向かって突進してくる。
「おいおい、自殺志願者か? いや、だが、これで起きた波で俺様の服が濡れるな。なるほど、命を賭した嫌がらせか。まったく頭が下がるな」
「ウインド・ブラスト」
突風が吹き荒れると、クラーケンに絡まっていたワイヤーが強風により引っ張られ、クラーケンは八つ裂きに切り裂かれた。
波とイカ墨がカイナの頭上に舞い、このままでは全身濡れるという状況であったが、一滴も地面に落ちることなく、尽く蒸発せしめた。
「ふむ、なかなかの強敵だったな。俺様の服があやうく台無しになるところだった。そんな経験はあの熊野郎以外では初めてだからな。まさにクリケット様様だ」
「何を言う。服が汚れる程度でこれだけの巨大イカを仕留められれば上等だろうに。しばらく食料に困らんぞ」
「どうだかな」
※
クラーケンは足を二本ほど残し、そのほかは全てこの日のうちに領民へと振舞われた。
闘技場は巨大なバーベキュー場と化し、人々は巨大イカに舌鼓を打った。
このバーベキュー一番の功労者はクリケット・ギルボーであり、彼の魔法なくしては成立しなかった。彼は闘技場を見に来たついでと言い、豪快に火力を振舞い、クラーケンを焼き、煮て、炙った。
他国の領主が魔法を使ってよいのかという疑問も一部の者は秘かに抱いたが、この祝勝ムードに水を差すようなことははばかられ、皆が口をつぐんだ。
そんな様子をアントリオンは一人離れたところで眺めていた。
「よぉ。途中で抜け出して悪かったな。どうする今から勝負するか?」
カイナはそんなアントリオンに答えの分かり切った問を意地悪く投げかけた。
「カイナ・ゴッダート……。いいや、僕の完敗だ。僕にはあのクラーケンを倒す力は無い。ましてや領民を守れていたかも怪しい。かといってモスさんのように的確な避難の指示を出し、一人でも多くの領民を救えていたかどうかも……。僕は人の上に立つ器じゃなかったようだ……」
楽しそうな領民たちの笑顔を何とも言えない、悔しそうな顔で見つめる。
「ふんっ。くだらない。そんなんだから、ダメなんだ。もっと好きに生きないから人の上に立てないのだ。俺様は金が好きだ。大好きだ。だから金を生み出す領民を守る。失敗して領民が死んだら、今度はもっと多くの領民が生まれるような環境を作る。そして金を絞り取る! 全部自分の為だ。自分の為だけに動いて、その結果守っているだけだから、俺様はブレない。迷わない。だから限界がない。
他人の為と言って綺麗ごとを並べる奴は重要なところで逃げ腰になる。なぜなら他人の為だからだ。自分が居なくなってもそいつらが居ればいいみたいな甘い考えだからだ。何をしても共に生きるという気概がないからだ! それが分かったら、また勝負してやる」
カイナはそれだけ捲し立てると、悠然とその場から闘技場へと戻っていった。
その背に向かって、アントリオンは深々とお辞儀をした。カイナが見えなくなってもまだ。
――後日。
ゴッダート家に見習い庭師が就職したが、それはまた別の話。
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