重税イナゴ領主、ちょっと慎重になったら老執事からの評価が爆上がりに!?

タカナシ

相変異

第1話 プロローグ その1

「ふはははッ!! 逃げろ! 逃げろ!! この俺様から逃げられるならなぁ!!」


「カイナ様、お待ちを一人では危険ですっ!」


 木漏れ日が辛うじて入る森の中、獲物を見つけた小柄な中年男性は背後に侍る老執事の忠告も聞かず、大きく道を逸れる。

 馬では到底進めない獣道ですらない急な斜面をカイナと呼ばれた中年は巨大な猫のような動物の背に跨り、ほとんど足音を響かせることなく疾駆していた。


「はっはーッ!! なかなかやるな兎風情がっ!」


 巨大猫とは対照的に上にまたがる男は弾んだ声を上げ、その声は森の中へと響き渡る。

 男と猫はブラッドスポーツという野生動物を追い回し捕える貴族の遊びに興じており、今も兎に角が生えたホーンラビットという魔獣を追い回していた。

 

 だが、普通のブラッドスポーツと違うのは、本来ならなんの変哲もない兎や狐を追うのだが、彼らは魔獣を対象に行っていた。ホーンラビットもただの人間相手ならばその鋭利な角で刺し殺しにくる危険な魔獣となるのだが、彼、カイナ・ゴッダートは世界でも数十人しか使えない魔法の使い手であり、さらに言えば魔獣を従え騎乗できる数少ない人物であった。

 明らかに危険な人間と魔獣に追われたホーンラビットは脱兎の勢いで逃げ出しているのだ。


 カイナはニヤリと笑みを浮かべる。

 勝利を確信していて、いつでも勝てるのにあえて泳がしている、そんな下卑た悪趣味な笑みである。悪趣味なのはその笑顔だけではなくその服装もだった。

 森の中だというのに、金色の装飾が施された派手な外套に身を包み、その下は軍服のような服装ではあるが、これまた色調が黒と金を基調としている成金趣味。見るものに派手という感想か悪趣味という感想かのどちらかを抱かせ、その独特のセンスは領内ではもっぱら恐怖と憎悪の対象であった。


「ヴェスパ。そろそろ終わりにするぞ」


 そんなカイナが跨るのはクアールという種族の猫型魔獣。個体名を『ヴェスパ』と言い、カイナが子供の頃から手塩に掛けて育てた魔獣である、ヴェスパは体の半分、優に1メートルはあろうかという長い髭を躍らせると、ホーンラビットが逃げた方向を瞬時に察知し、足音もさせずに体を翻す。


 ホーンラビットを直線状に捉えると、カイナは腰に掛けたポーチから矢を取り出す。

 ただし、その矢はまるで子供のごっこ遊びに使うような短すぎる矢だ。どうあがいてもそれを弓で射ることは出来ないだろうし、それこそ、子供の遊び用の弓でようやく撃てるかどうかという代物だった。

 それを摘まむとカイナの指先に緑色の光が集まった。かと思うとそれは次第に風と変わり、指先に小さな竜巻が生まれる。


「マナ総量も充分。行け。ウインドショット」


 強弓で射られたかのような速度で短い矢は発射され、避ける間も与えずホーンラビットの足を射抜いた。

 これがカイナの風を司る魔法の一端だった。


「良し良し。なかなか良い逃げっぷりだったぞ。ただ俺様とヴェスパが相手じゃ意味が無かったがな」


「ガウッ!!」


 ヴェスパは逃げられなくなったホーンラビットの首筋に正確に牙を突き立て、息の根を止める。

 カイナが兎を追い詰め、トドメはヴェスパが刺す。

 ブラッドスポーツの作法に則っての狩りに満足気な笑みを絶やさないカイナに、獲物を獲れた優越感からか髭をピンと伸ばすヴェスパは善悪はどうあれ最高の相棒だった。


 カイナはヴェスパから降りると、完全に生きの根が止まったホーンラビットの角を掴むと、手刀を作る。

 むろん、冥福を祈るなんて殊勝なものではなく、手刀に風が渦巻くと、サッと軽く振った。

 ちょうど、角と頭部が切り離され、カイナの手には角だけが残る。


「ふむふむ。まぁまぁだな。売っても3万くらいか……」


 カイナはその角を使い、やじりにした方が結果としては利益が出るのではないか。売るか使うかを思案していると、


「ぐるるるるるっ!!」


 ヴェスパが肉食獣らしい唸り声を上げ、警戒、いや、興奮しているような素振りを見せる。


「どうしたヴェスパ? ホーンラビットの肉はいらんのか?」


 いつもは角はカイナが、肉はヴェスパが貰っていたのだが、今日は珍しく肉に興味を示さないどころか、口から離し、地面へと落とす。

 そして、今にもどこかに走り出しそうに身を屈め出したのだ。


「お、おい。どうした!?」


 ヴェスパが走り出すのと同時にカイナはヴェスパの首筋を掴むと、不安定な姿勢ながら飛び乗った。


 一心不乱に走り出すヴェスパに嫌な予感を覚えながらも、カイナは、自分とヴェスパのコンビならば怖いものは何もない。例え千を超える魔獣に出会っても勝つ自信があった。

 だが、それは二人でならばのことだった。


 バチンッ!!


 大きな金属音が聞こえると共に、ヴェスパの体が宙へと舞う。


「……なっ!?」


 投げ出されたカイナの体は太い樹木の幹に打ち付けられ、息をするのも困難な状態。頭も強く打ったのか、視界がぼやけ吐き気を覚えた。

 痛みに耐えながら、相棒の様子を伺うとヴェスパの足にはトラバサミの罠が食い込んでおり、痛々しく血が流れ出ている。


(くそっ! 俺様のヴェスパによくもっ!! 誰がこんなとこに罠を。犯人を見つけたら一族郎党まとめて処刑してやる!)


 カイナは薄れ行く意識でそんなことを考えていたが、すぐにその考えは変わる。


 罠に掛かり動けないヴェスパの背後に大型の熊の魔獣オーガベア。普通の熊より倍は大きく、毛皮の上からでもわかる発達した筋肉を持つオーガベアが警戒など何もなく、弱者をいたぶる強者の風格で近づく。


(なぜ、ここにオーガベアなんて魔獣が? くそっ。あんな熊ごとき、いつもなら、負けはしないのに……)


 頭を打った影響で魔法を発動する為のマナが上手く集められず、ヴェスパもその自慢の足を封じられていた。

 

 察知能力の高いヴェスパは背後からの奇襲に当然気づいたであろうが、あろうことか逃げるでもなく、足を引きづりながらカイナを庇うように立ちふさがる。


「や、めろ」


 普段ならばスピードで翻弄し、カイナの魔法でなんとか仕留めることができる魔獣だが、正面切っての戦闘では勝ち目は皆無といってよかった。


 それでもヴェスパは襲い来るオーガベアの喉元に噛みつく。

 その牙は毛皮と筋肉に阻まれ、かすり傷程度しか付けられない。

 オーガベアは鬱陶しそうにヴェスパを掴むと無理矢理引きはがし、地面へと叩きつけた。


「ギャウッ」


 口から空気が漏れたのか、今まで聞いたことのない高い悲鳴をあげる。

 2度、3度と地面へと叩きつけ、ヴェスパが動かなくなったのを見ると、オーガベアはカイナの方へと方向を変えて、その鈍重な足音が一歩、また一歩と迫ってくる。


(マナを集めろ。振り絞れ、こんな強いだけの雑魚に殺されたとあっては、ゴッダート家の笑いものだ)


 死力を振り絞りマナを集めると、カイナはホーンラビット角を打ち出した。

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