第38話

 クリスマスも終わり遂に今年も終わるという時。世間一般的には休みの人が多いであろう年末も、我が恋人様の仕事である配信業は休めないらしい。


 どうやら今日は長時間配信になるそうだ。頑張ってと配信部屋に消えていく伊吹の背に声をかければ、嬉しそうに微笑んだ彼女は手をひらひらと振りながら我が家で一番防音のしっかりした部屋に消えていった。







 リビングを静寂が支配してからしばらく経った。いつもこの時間に抱く不満がひとつある。伊吹が配信部屋に籠っている間とにかく私は暇なのだ。仕事も辞めて伊吹のヒモ状態になっていたから、一通りの家事が終わってしまえば特に趣味もない私には空いた時間を潰す手段を持ち合わせていないのだ。


 同棲したての頃は本や雑誌を読んだりして暇な時間を過ごしていたけど、もうそれも限界で、なにをして暇つぶしをしようかと悩んでいた時にふと思いついた。折角ならば恋人の仕事について理解を深めるのも良いのではないかと。


 今までも動画配信アプリを使ってはいたが、使い道なんて料理動画を見て勉強をする程度で、娯楽として使ったことなんてなかった。仕事で忙しくてゆっくり動画を楽しむ暇がなかったのもあるけど、自分だけの為に時間を使うくらいなら、伊吹の家にお邪魔して最愛の幼馴染のお世話をしたかったからってのが一番大きい。


 しかし、折角暇を持て余せるようになったのだからと、今まであまり活用できないでいた動画配信サービスを開いてみた。


 おすすめされるのは過去に見たことがある料理系の配信者さんの動画ばかりだから、新たなジャンルに手を出してみるためにポチポチと画面を弄っていたら、見慣れない縦長の画面に切り替わってしまった。


「あれ、なにこれ。どうやって元の画面戻るんだろ」


 普段見ている動画はどちらかというと横長の画面で、今見ている画面とはかなりレイアウトも違ったはずだ。


「踊ってみた…?有名なダンスなのかな?」


 意図せず流れ出した動画は1人の女性が音楽に合わせて楽しそうに踊っているものだった。歌ってみた動画ってやつは聞いた事あるけど、踊ってみた動画はそれと似たようなものなのかもしれない。


 ダンス動画を見ていて思い出すのは、短い間ではあったけど高校生の時に伊吹とダンスレッスンに通っていた時期のこと。高校生になり幼い頃と比べてかなり丈夫になった伊吹に身体を動かす楽しさを知って欲しくて、でも無理に苦手な勝負事をさせたくはなかったから、その時の友人の勧めで半年間だけ2人でダンスを習っていたのだ。


 個人的には楽しくてもう少し続けたかったのだが、伊吹の可愛さ目当ての人達がしつこく絡んできたせいで辞めることになってしまったのだ。伊吹に直接話しかける勇気の無い人達ばかりだったから伊吹に実害はなかったけれど、代わりに私から落として外堀を埋めようとしていた人達の存在が伊吹的には気に食わなかったようで、ダンスが上達してきた頃に2人でいきなり辞めてしまったのだ。


 もう何年も前のことだから、周りに迷惑をかけられた嫌な思い出は薄れていて、その代わりダンスの楽しかった思い出ばかりが蘇ってくる。


「楽しそう…」


 伊吹の配信に出て大勢の人に見られるのは恥ずかしいけれど、個人的にあげる分には数人にしか見られないだろうし、新たな趣味にいいかもしれない。


 久しぶりにやりたいと思えることを見つけた私は、配信部屋から出てきた伊吹に早速相談をしてみることにした。






「動画投稿してみたいの?」

「そうなの!この、踊ってみた動画って言うのかな。私ダンスって結構好きだったし、楽しそうだからやってみたいの」


 先程まで見ていた画面を伊吹に見せながら、興奮気味に説明していく。


「んー、踊ってみたかぁ…」

「駄目かな…?」


 普段から配信者として活動している伊吹に手伝って貰えたら機械音痴気味な私でも動画投稿出来ると思ったのだが、伊吹はなんだか難色を示している。もしかしたら私なんかじゃ動画を上げたって誰も見てくれないということなのだろうか。


「駄目って訳じゃないんだけどさ、踊ってみただと顔出しとかあるし、マスクしたとしても千乃身バレしそうだし」

「身バレ?私自慢じゃないけど、友達そんなに多くなかったし大丈夫だと思うけど」


 数少ない友人達には踊ってる姿は高校生の時に見られているし、彼女らに動画を見られたって特段恥ずかしいとは思わないから問題はないはずだ。


「そうじゃなくてさ、千乃って昔読モしてたじゃん。あの時のファン結構いるはずだし、その辺は大丈夫なの?」

「読モって叔母さんに誘われて1回か2回だけ出たやつ?あんなちょっとしか出てない私なんかにファンがいるわけないよー」


 伊吹の叔母さんに誘われて1度だけ撮影に協力したことはあったけど、伊吹といる時間が減りそうですぐに辞めさせてもらったことがあった。その時に撮影されたのは私の私服姿1枚だけだし、今と比べてお化粧も苦手だったから芋っぽい女の写真が1枚乗っただけだ。たったそれだけでファンが出来るなんて、世の中甘くは無いだろう。


「千乃はSNSやらないからバズったの知らないんだった…」

「バズ…?なにそれ?」


 伊吹は疲れたようにため息を吐いている。やっぱり私には動画投稿なんて無理なのだろうか。


「お願い伊吹、やってみたいの。手伝ってくれない?」

「うっ…」


 私一人じゃ絶対にチャレンジは無理だ。だからどうしても伊吹に手伝って欲しくて、でも無理を言っているのは理解しているからちょっとだけ悲しくなって目が潤んでしまった。こんなことで泣くわけにはいかないのに、一人では何も出来ない自分に嫌気が差して自然と目線が下がってしまう。


「駄目……だよね。ごめん変なこと言って」

「もうっ、分かったよ!千乃のやりたいこと手伝うから、そんな悲しそうな顔しないで」

「ほんと?」

「本当。でも、1個だけ約束して」

「なにを?」

「ダンスを踊る時の服は絶対に露出少なめな服にすること!そうしないと死人が出るから!」

「もう、何言ってるのよ」


 最後にちょっとふざけたことを言って伊吹は空気を和ませてくれた。何故か伊吹の表情は冗談を言っているようなものではなくて真面目なものだったけれど、真剣に私のことを考えてくれているようで擽ったい気持ちになるのだった。



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