第34話

「それじゃあ配信つけるよー」

「は、はい…!」


 伊吹のお仕事部屋で用意してもらった椅子に座りながら背筋を伸ばして返事をする。


 目の前にある二枚のモニターに表示されている画面は私には意味不明だが、恐らくこれから配信をする為のソフトが映っているのだろう。伊吹が慣れた様子で配信開始のボタンをクリックすると、可愛らしい待機画面が動き出した。


 青髪の眠そうな表情をしている女の子が、伊吹の動きに連動して動いてるみたい。伊吹が瞬きをすれば画面の中の女の子も目をパチパチさせていて、不思議な技術力に感心させられる。


「音入れるよ」

「うん…!」


 伊吹はいつもやっていることだから慣れているのかもしれないけど、私にとってこうしてマイクを通して話すことは人生で初めての経験。元々緊張しいな性格も相まって、第一声から声が震えてしまいそうだ。


「はーい。こんゆいー」


 マネージャーさんが作ってくださった簡易マニュアル的なのも読み込んできたし、伊吹からも注意事項を色々教えて貰ったから多分大丈夫…。


 : こんゆいー

 : 配信が始まったということは……!!


 伊吹の挨拶に返すようにリスナーの人達が挨拶をしてくれる。


「昨日はおやすみ貰っちゃってありがとねー。それで、今日配信した意味、分かってるよね?」


 視聴者数を表す数字が物凄い勢いで増えていってるのを見てしまって、早くもしり込みしてしまいそうだ。


 : まさか…!

 : 遂にイマジナリー幼馴染じゃない証明を?!


「そのまさかよ!」


 いつもより二割増くらいでテンション高めな伊吹に目配せされて、挨拶を促される。


 配信上で本名で自己紹介する訳にはいかないので、挨拶の仕方は事前に伊吹に決めてもらった台本を読み上げるだけだ。


「え、えっと、はじめまして。yuiの幼馴染兼、か、彼女をさせて貰ってます。よろしくお願いします…!」


 伊吹は配信上ではyuiという名前で活動しているらしい。由来を聞いたら伊吹の頭文字の『い』と、私の名前の頭文字の『ゆ』を取って、ゆいにしたらしい。なんとも安直で、伊吹らしいネーミングセンスではある。


「この子はユキちゃんね。私の嫁だからガチ恋すんなよ」

「まだ嫁じゃないでしょ」


 私を配信で呼ぶ時の名前は暫く悩んだらしいが、伊吹が適当に千乃の頭二つ取ってユキって決めてしまった。ほぼ本名な気もするが、私はそんなに配信に顔を出すこともないだろうし、別に大丈夫だろうと楽観的な思考で決定してしまった。正直私の特徴のない声では知り合いに見られてもバレたりはしなさそうだし。


 : まだ嫁じゃないと。まだ、ね。

 : 幼馴染→通い妻→彼女 って来てるから、次のステップまですぐやな

 : ユキ様ね。把握。

 : 今まで通り嫁さんって呼びそうだけどな


 様々なコメントが流れて行く中、私のことを伊吹の嫁とか奥さんって呼ぶ人が大量にいて、本当に勝手に公認の嫁にされていた事実に驚いてしまう。


「さてさて。それじゃあ事前に集めてた質問を読んでいこうかな。我が嫁のことを皆にもっと知って貰いたいしね」


 配信内容は伊吹に全任せだったけど、ゲームとか私が何も出来ない内容じゃなくて、質問に答える回にしてくれたらしい。質問に答えるだけなら私にも出来そうだし、事前に伊吹とマネージャーさんで見繕ってくれた質問が入っているはずだから、変なのもなさそうで安心だ。何故か私が手伝うと言ったら断られたけれど。


「まずは最初の質問だね」

「が、頑張って答えます…!」


 目の前の画面に分かりやすいように表示してくれた質問を読んでいくのだが、早速一つ目の質問で頭を抱えそうになった。


【奥さんのスリーサイズを教えてクレメンス】


「だそうです。ユキちゃんのスリーサイズは?」

「なんて質問してるのー!」


 ちゃんとまずい質問は弾いてあるはずなのに、初手からこんな質問飛んでくるなんて思ってもみなかった。伊吹はなんだかワクワクしたような顔でこっちを見ているし、リスナーさん達も楽しそうにコメントを流している。


「こういうのは答えません!」

「だってー。皆どんまーい。私は普段触っている感じでなんとなく分かってはいるけど、皆には教えてあげなーい」


 いきなりこんな辱めには屈しないという気持ちで、質問を突っぱねてみたら伊吹も一応具体的な数字を出すのは我慢してくれた。だがその事実にホッとしてしまったのを伊吹に見られてしまい、悪戯っ子みたいな表情をした伊吹が続けて口を開いてしまった。


 : 普段触っている!?!

 : 独り占めはよくないと思いませんか?


「少しだけ教えてあげるとねー、全体的に細いね。上からキュッキュッキュッって感じ」

「そんな事言わんでよろしい…!」


 折角質問に答えないで済みそうだったのに、結局体型をバラされてしまった。


 : まぁステータスなので

 : ありがとうございます


「でも、ちゃんと触ると柔らかいんだよ。寝る時とか抱き枕にすると最高だから」

「黙ってー!いい加減黙って!」


 配信が始まってまだ数分しか経っていないのに、伊吹が自慢するように人の体の事を話してしまうから、あがり症なのも相まって全身が熱くなってしょうがない。


「怒られたので次の質問いくよー」

「もっとマトモな質問してください…」


【ABCで言うとどこまでいきました?】


 続いての質問には首を傾げることになった。ABCってなんの意味なのだろう。


「まだAだよ」


 : ほー。

 : ふむふむ

 : 意外と清いね


 伊吹もリスナーさんも意味が分かっているみたいで、一人だけ置いてけぼりにされた気分だ。ABCでAだと清いっていうのは清潔とかを意味していたりするのかもしれない。


「ユキちゃんが純情すぎて、A止まりって感じだよ。すぐ真っ赤になって気絶しちゃうから」


 : はぁー、声で察してたけどガチ清楚なんや

 : いいね。凄くいいね


「……ねぇABCってどういう意味?」


 意味が分からないまま話を聞いていたけど、会話の節々に散らばっている言葉を拾っていくとなんとなくABCが不穏な意味を持っていそうな気がしてきた。一番最初のAで止まっているのが、私が真っ赤になって気絶しちゃうからって、まるで昨夜のベッドでのことを表しているようで…。


「うーん。知らないままで居てもらった方が面白いかも。Cまで行ったら教えてあげるね」

「もうなんとなく分かったもんね。変な質問ばっかり選んできて…。全くもうっ…」


 事前の質問選びに私が呼ばれなかった理由が今わかった。私にとって恥ずかしい質問ばかりを集めて、赤面している私をみて伊吹が楽しむ為だ。その証拠にいつも以上にニヤニヤしてて楽しそうだし、この後にされる質問も似たようなものばっかりだった。


 本来なら伊吹のことを怒りたいところだけど、本当に楽しそうに配信している姿を見れたから、今回だけは特別に許してあげることにした。



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