第4話<伊吹side>
「うんまぁ」
夜11時。配信を頑張った私のご褒美は千乃が作り置きしてくれたご飯だ。面倒臭いからと普段はあまり作ってくれない揚げ物も、今週は千乃が泊まりだったこともあり沢山作ってくれた。
千乃は私の親友で、大事な幼なじみだ。幼い頃は身体が弱くて寝込みがちだった私を健気に支えてくれて、大人になった今でも週の半分以上私の家に来て色々と世話を焼いてくれる。本当によくできた親友だ。一家に一人千乃が欲しいくらい。
私はもう随分前から千乃に胃袋を掴まれていて、今では千乃の作ったもの以外口にしたくないと思う程。たまに外食をしても千乃の手作りの方が美味しいなぁなんて考えてしまう。先輩に奢ってもらったお高いフレンチも千乃と比べると劣ってしまう。
私の舌をこんなに肥やした千乃には責任を取ってこれからも私の胃を満たして欲しいものだ。
それなのに。千乃ときたら明日の夜合コンに行くとか言い出したのだ。まったくけしからん。千乃の作ってくれたご飯は今食べてるので終わりだ。明日きてくれないとなると、明日丸1日の食事は自分でなんとかしないければいけないということになる。
「千乃の作ったご飯以外嫌だァァァ」
思わず誰もいない部屋で抗議の声をあげてしまう。こんなこと言っても仕方ないのは分かっている。千乃には千乃の時間が必要だし、今でさえ千乃に頼りすぎていることは重々承知しているし、リスナーからも今日の配信でもう少し自立した方がいいのではと言われてしまった。
「はぁ……」
私もいい歳なのだから自立した方がいいのはわかっている。分かってはいるのだが、どうしても千乃から離れたくないと思ってしまうのだ。今のように千乃が通い妻をしてくれるのもいいが、叶うなら私と同じ家に住んで、毎朝千乃の作りたての朝ごはんを食べたい。作り置きもいいが、やっぱり千乃の手作りご飯は出来たてで食べたいのだ。
「明日の朝ごはん…どうしよう……」
夜ご飯を食べたばかりだというのに、翌日の朝食の心配をしながら私は眠りについた。
「それで結局朝ごはんは食べなかった。親友ちゃんのご飯しか受け付けない体になってしまったからね」
: もう親友ちゃんがいないと生きていけないんじゃない
「そうね。私はもう親友ちゃん無しでは生きていけないかも」
朝起きて、水だけ飲んで配信を付けた。空腹が紛れたらと突発の雑談配信だ。なんの予告もしなかったというのに、そこそこの人数が見に来てくれている。ありがたい限りだ。
配信上で千乃の名前を出す訳にもいかないので、便宜上親友ちゃんといつも呼んでいる。私が日常生活で関わるのは基本的に千乃しかいないので、雑談配信の話題も必然的に千乃の話が多くなる。
: 親友ちゃんは今日はこないの?
「それがあの子合コン行くとか言って今日こないのよ。明日は来てくれるらしいけど、今日は断食するしかないわね」
: え、取られちゃうじゃん
: NTR展開は受け付けておりません
今夜千乃は合コンに行く。私の知らないところで男共と楽しそうにお酒を飲む千乃を想像すると、何も食べてないのに吐きそうになってしまうから、今は考えないようにしている。
初対面の男なんかに千乃は引っかからないと思いたいが、彼女が最近よく恋人が欲しいと口にしていることを思い出してまた不安になってしまう。千乃のいい所は私が1番知っているのだ。何処の馬の骨とも知らんやつに千乃をやる訳にはいかない。なんだか昨夜から千乃の父親のような目線で物事を考えてしまっている。
千乃だって私といる時の方が楽しそうだし。なんて願望混じりのことを口にしても心に巣食った不安は消え去らない。
その後の雑談も不安からか結局千乃のことばかり話してしまった。リスナーは何故か喜んでいた。
「遅い……」
時刻は翌日15時。千乃は休日に来る時はいつも8時頃に来て私の朝ごはんも用意してくれてたのに、今日はまだ来ていない。まさか昨日の合コンで誰かに持ち帰られてしまったのではないだろうか。
遮光カーテンを閉じきっていると部屋も真っ暗になる。今の私の心の中のようだ。
千乃が誰かに取られちゃったと想像するだけで、イライラしてきて抑えても涙が込み上げてくる。親友に対して抱いていいレベルの独占欲ではないと分かっていても、自然と溢れる感情は自分ではコントロールできそうもない。
「千乃……」
丸一日以上何も口にしていないから、空腹はとうに限界を迎えているはずなのに、食欲なんかよりも早く千乃に逢いたい欲の方がずっと大きくて、私の家に置いてある千乃の服に顔を埋めてソファに倒れ込んだ。
こんな辛い気持ちもう味わいたくない。とりあえず千乃が来てくれたら泊まってもらおう。それで久しぶりに一緒に寝て千乃成分を補給しなくては。明日も千乃は仕事だろうけど、少しくらい私の我儘に付き合ってもらいたい。
千乃と離れたくない。千乃とずっと一緒に居たい。千乃を誰にも取られたくない。どうしたら千乃が私から離れていかないように出来るのか。千乃の匂いを感じながら、普段使わない頭をフルに回転させて、それだけを考えていた。
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