第10話
伊吹の仕事ってなんなんだろう。互いに働くようになってから、伊吹の職業についてちゃんと気にしたのはこれが初めてかもしれない。というのも、私はつい先日伊吹の家に深夜に押しかけて、かなりの迷惑をかけてしまったぽいからだ。
在宅の仕事なのは知っていたけど、もし会議中とかならあそこまで焦ったりしないだろう。一言私に仕事中だから後でと言えばいい話だ。だから私が部屋に突然凸しただけであそこまで拒絶されるってことは、普通の仕事をしている私では考えが及ばない仕事をしているということなのかもしれない。伊吹があそこまで焦るのだから、私のせいでとんでもない損害とか出てしまっていなければいいのだが。
「…ぶいちゅーばー?って言ってたよね」
うろ覚えな記憶を引っ張り出して、とりあえず検索してみる。昨今の予測変換は大変優秀で、それっぽい言葉で検索すれば自動予測で欲しい情報を調べてくれる。
「virtual wetuber?」
検索して出てきたものを見てようやく納得する。彼女の職業はWeTuberだったのかと。
その手の知識に疎い私でも流石に知っている。WeTubeという動画プラットフォームで活躍するWeTuberという職業。人気さえあれば一般人では到底考えられないような大金を手に入れることも叶う夢のある職業。伊吹はそれだったらしい。
どおりで昨年手伝った確定申告の数字が明らかにおかしかったわけだ。
伊吹の職業に凡その察しがついて、さらに落ち込むことになる。私がしたことは完全な仕事の妨害だ。配信業に従事している人はなにかと炎上に怯えて生きていると聞いたことがある。もしも私の軽率なあの行動で、とんでもない額の損害が生まれたりしたらと頭を抱える。
私のひとりやふたりくらい簡単に養えてしまう程稼いでいる伊吹の仕事で損害が発生したりしたら、恐らく私の薄給では補填できないほどの不利益が生じる。もしそうなったら身体を売ってでも罪を償わなければいけないだろう。
「それよりもまず、謝らなきゃだよね」
色々と考えを巡らせていたが、私が先ずすべきは誠意を見せて謝ることだろう。あの時の伊吹を思い出すと到底許してなんて貰えないかもしれないが、それでも大人として、伊吹の親友として、やらかしたことは謝らなくてはならない。
今回の反省を活かし、次伊吹の家にお邪魔するのにはちゃんと事前に連絡を出した。また突然押しかけて迷惑をかける訳にもいかない。
伊吹からの了承を貰い、今週末の土曜に伊吹の家にお邪魔する約束を取り付けた。
「お邪魔します」
「いらっしゃい……って、どうしたのそのクマ。しかもなんか窶れてるし、やっぱりなにかあったの?」
伊吹の家にお邪魔するなり、早々に目の下のクマについて言及された。
仕事が最近極端に忙しいのもあるが、なにより伊吹にとてつもない迷惑をかけてしまったかもしれないと怯えて眠れない日々が続いていたのだ。
「大丈夫だから、心配しないで」
「ほんとに?」
「うん」
不安げにこちらを覗き込む伊吹をやんわりと押しのけて、既に見慣れたリビングへと歩みを進める。この廊下を歩く時は大抵気分がいいのだが、今はなんだか死刑囚のような心持ちだ。
「千乃はなにか飲む?」
「ううん。大丈夫。それよりも伊吹も座って」
伊吹も若干気まずそうにしている。まぁ私のしたことと、この後話すことを考えればそうなるのも仕方がないか。
「う、うん。それで、話ってなに?」
伊吹は席に座ってから私に話を促した。すぐにでも文句を言いたいだろうに、まずは私に話をさせてくれるらしい。お金の話になったら私が萎縮して何も言えなくなるかもしれないからという優しさだろう。
「あのね」
「うん」
「こないだは本当にごめんなさい。突然押しかけて、それで、お仕事の邪魔しちゃって」
「ううん。それは大丈夫だよ。私もちゃんとお仕事の話教えてなかったのが悪いんだし」
ビクビクと怯えながら話を切り出すと、伊吹はまるで本当になんでもないかのように笑いながらそう答える。
「確かにちょっと焦りはしたけど、特になにも問題は起きなかったから、なにも心配しないで」
そこまで伊吹に言われてようやく彼女の真意に気づく。まさか負債を全て自分で背負おうとしているというのか。
私は生まれてからずっと山神伊吹という女の子を見てきた。だから伊吹の行動もなんとなく想像がついてしまう。この子は本当に説明をしていなかった自分が悪いから、その責任も自分が全て背負い込むべきだと、本気でそう考えているんだ。相手が知らない人だったら流石にこうはしないだろうけど、そこは相手が私。数百万規模の損害が出ているのなら、どうせ私では払えないだろうからと、最初から責めるのを自分に絞ってしまったのかもしれない。
「伊吹……」
「それよりもさ、あの時は慌ててたのもあって無理やり追い出したりしてごめんね。後から考えれば小声でちゃんと説明するなり、一旦マイクオフったりすればよかったよ」
私が罪の意識を背負わない為にと、伊吹は適当な話を作って笑いながら話してくれる。想い人にこんなことさせてしまって、私は自分自身のことが許せそうもなかった。
「伊吹……いいんだよ、私ちゃんと色々考えて、調べてきたから」
「ん?なにが?」
あくまでとぼけようとする伊吹に、事前に用意しておいたものを見せていく。
「まずは私の預金通帳。少ないけど、私のやった事で起きた損の補填に当てて欲しい。それから、これも見て」
私の少ない貯金が蓄えられた通帳を開いてみせる。こんな端金じゃあ焼け石に水かもしれないからと次の返済手段を開いた。
「これ、なに」
若干の怒りを孕んだ声に怯えそうになるが、構わずに続けていく。
「これは、えーっと、夜のお仕事について簡単に自分で纏めたやつ。今のまま働いててもお金は返せないから、風俗とか始めようと思って」
「いきなり何の話して!」
「もうね、ある程度働けそうなお店には目星付けてるの。まだ連絡はしてないんだけど、私でも雇って貰えそうなところあるから安心して。高級店ってやつじゃなくても、会社員よりは沢山稼げるから、頑張れば早めに返せると思うの」
お店にもよるが、本番行為も含むお店なら月収100万も夢ではないらしい。私の初めてを知らない人に捧げるのはかなりの抵抗があるが、もうそんなことも言ってられない。
「ちゃんと私が払うから。だからさ、伊吹が全部背負ったりしないで、ちゃんと教えてよ」
「…千乃」
「本当はいくらなの?隠さずに教えて」
私なんかでは頼りないだろうけど、好きな人に迷惑かけるだけかけて、その後我関せずを貫き通せる程面の皮は分厚くないのだ。伊吹に借金を背負わせたりしたら、私は生きていたくすらなくなる。
伊吹もようやく私に話す覚悟を決めてくれたのか、暫く閉じていた目を見開いて私の持ってきた資料を手に取った。
「千乃がさっきからなんの話してるのかよく分からないけどさ、私がこんなの認めるわけないでしょ!」
そう口にした伊吹は手の中の資料をビリビリと破きながら立ち上がる。
「もしなにかあっても千乃に身体売らせなきゃならないほど、私が甲斐性なしに見える!?ありえないんだけど。二度と夜の店で働くとか言わないで!」
そう言って私の両肩を掴んで揺さぶる伊吹は本気で怒っている様子で、呆気に取られた私はしばらくの間、上手く言葉が紡げないでいた。
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