第9話<伊吹side>
「ところでさ、どうやったら親友ちゃんを私に惚れさせられると思う?」
千乃と結婚をしてみせると決意をしてから数日。惚れさせてみせると豪語してはみたものの、恋愛経験の一切ない私には何をしたらいいのかさっぱりだった。
: 優しくしてみるとか
: もう惚れてんじゃね?
: っぱ経済力でしょ
コメントには多種多様な返事が返ってくる。でもそのどれもが決定打にはならない気がした。
「もう惚れてくれてたら素直に結婚してくれたと思うんだけどなぁ。断られたってことはまだそうじゃないってことだよ」
私の人生初プロボーズは失敗に終わっている。千乃がもし既に私に惚れているというのなら、1度目の告白で素直に受け入れてくれていただろう。
「それに経済力って言ってもね。確かにみんなのおかげで私はかなりお金には余裕持たせてもらってるけど、それはあの子も分かってるからなぁ。分かった上で特に何も無いなら意味ないんじゃない?」
: なんで経済力バレてんの?財布握られてるとか?
「確定申告手伝ってもらったから、私の年収知ってるはずだもん」
去年の確定申告では千乃には大変お世話になった。私だけだったら結局終わらず運営さんから怒られていたことだろう。
: そんなことまで親友ちゃんにやらせてたのかい
: もう親友ちゃんには足向けて寝れないね
「ほんとね」
: 惚れさせるんなら親友ちゃんの好みとか知らなきゃじゃない?
コメントの中のひとつが目に止まる。確かに相手をこちらに惚れさせようとするのなら、相手の好みを把握しておくのは定石のような気がする。
「好み…。好みか」
: まさか知らんの?
: 生まれた時から一緒にいるんよね?
「生まれた時から一緒にはいるけど、私もあの子も誰かと付き合ったりしたことないし」
23年程生きてきて、千乃が誰かとお付き合いしているところは見たことがない。それによく考えてみれば私は千乃と恋バナらしきものをしたことが無いような気がしてきた。もしや千乃は恋愛に無頓着な絶食系の人なのかもしれない。
「あ、でも婚活するってことは興味はあるのかな」
最近何故か恋人探しに力を入れ始めている千乃だ。流石に全く興味がないというわけではないのだろう。ならば私に惚れてもらえる可能性もゼロではなさそうだ。
「なにかいい方法考えてよー。親友ちゃんを悪い虫に取られる前に私のものにしたいの」
: そうはいいましてもー
自分じゃ思いつかないからリスナーに丸投げ。なにか参考になりそうなコメントはないかと画面に集中していると、突然背後から大きな声が響いた。
「わっ!!」
「ひぅ!?!」
この時間私の家には私以外誰もいないはずで、完全な意識外からの予期せぬ声に驚いて椅子から落ちそうになる。
「な、なに!?」
「あはは、きちゃった」
恐る恐る背後を振り返ってみれば、そこに居たのは小悪魔的な笑みを浮かべた千乃だった。
見知らぬ誰かではなく千乃だったことにほっとしつつ、今日は会えないと思っていた千乃に会えたことが嬉しくて駆け寄る。
「こんな夜遅くにごめんね。ちょっと会いたくなっちゃって」
悪戯っ子みたいに舌をちろっと出して微笑む千乃にこちらも口角が少し上がる。だがすぐに配信中だったことを思い出した。
「え、あ、いや。別に時間は気にしなくていいんたけど、ちょっと黙っててもらってもいい?」
千乃だったら私の家になら何時に来てもらったっていい。早朝だろうと深夜だろうと日中だろうといつでもウェルカムだ。その為に合鍵を作って渡したのだし。だが今は少しだけ都合が悪い。
「なんで?」
なんでってそりゃ配信中だからだ。千乃は私の仕事をよく理解していないから、あまり部屋の中にいられると口を滑らせて個人情報を喋ってしまうかもしれない。だから一刻も早く部屋を出てもらわなくちゃならない。
「黙って。いいから、ゆ…じゃなくてあんたは一旦部屋の外にいて」
「…え?」
面と向かって親友ちゃんなんて呼んだことないから私も危うく千乃と口に出してしまうところだった。危ない危ない。とりあえず千乃には部屋を出てもらいたいのだが、なんだか千乃は渋った様子。だが千乃が一言私の名を呼ぶだけで大事故になるのだ。
「早く。出てって」
千乃には申し訳ないが少し強引にでていってもらった。配信が終わったら千乃にちゃんと私の仕事について説明しよう。そう思いながら、爆速で流れるコメント欄を沈めるためにゲーミングチェアに戻った。
「ふぅ…。なんとか終わった……。流石にコメントの収拾つかなかったな」
あれからそこそこ長い時間説明に費やしてしまった。しかしあそこまで同接が増えたのはいつぶりだろうか。流石千乃パワーだ。
私がデビュー以来事ある毎に千乃についてリスナー諸君に自慢していたこともあって、配信者以外の声が乗ってしまうという大きな事故を起こしてしまったとは思えないほどファン達には好意的に受け止められた。
今回はなんとかなったが、私のミスには変わりない。今後こういった事が起きないように千乃にしっかり自分の仕事について説明しようと部屋を出るも、リビングに人の気配はなかった。
「靴がない。帰っちゃったのか」
夜も遅かったし、私が忙しいならと帰ってしまったのだろうか。
千乃の方から会いたくなったからと言って私の家に来ることなんてそうそうない。千乃が私に甘えようとする時は、大抵千乃にとって辛いことがあった時だけだ。だから今日は泊まっていくんだと思い込んでいた。
「大丈夫かな…?」
少し心配だが何かあったらきっと連絡してくれるだろう。そう楽観的に思い込み、それでも心配だからとメッセージだけ送った。すぐに千乃の後を追えばよかったと数日後に後悔することになるとも知らずに。
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