第39話<伊吹side>

 趣味らしい趣味がなかった千乃に興味を引かれるものが見つかったのは素直に喜ばしい。私が長時間配信している時とか暇そうにしていたから、千乃だけの時間で出来ることがあるのは良い事なのだが、それがよりにもよって世間に千乃という女神を曝け出してしまうものだなんて。


 まず前提条件だが、千乃は冗談抜きでとんでもない美人なのだ。あまりにも美しすぎて、気圧された周りが話しかけるのを躊躇うほどに。時折何も考えてないちゃらんぽらんが千乃に声をかけたりするけれど、普通の人間なら千乃をナンパしようだなんて分不相応だと思ってしまうくらいには千乃の容姿は整っている。


 そんな千乃が不特定多数の目に晒されるインターネット上にその美貌を上げてしまったらどうなるのか。そんなの決まっている。とんでもない騒ぎになるのだ。


 高校生の時に読モとして1枚だけ撮られた写真が出回ったことで、当時のネット上は身元特定しようとする輩が大量発生した。それだけではなくて、撮影した叔母さんの会社に連日問い合わせが殺到したらしい。是非うちの事務所でアイドルになりませんか的な誘いがその頃の有名無名問わず沢山のところから連絡が来て、でもその全てを私の独断で断るように叔母さんに頼んでいた。


 千乃自身がプロに撮られるのは恥ずかしいからもうやりたくないって言っていたのもあるけど、多分全て跳ね除けてきたのは私の嫉妬心からだ。当時は理解できていなかったけど、大事な幼馴染が私の手の届かないところに連れ去られるのが嫌だったから大人からの提案を断り続けていたのだろう。


 高校生の時であれほどネット上を騒がせた千乃だから、今改めてその姿を世に晒したら以前とは比べ物にならないほどの反響が生まれるはずだ。数年前と比べてもスタイル……は変わりないが、高校生から社会人になるまでに子供らしいあどけなさは抜けて、より一層美しさに磨きがかかっている。恋人故の贔屓目は多分にあるだろうけど、それを抜いてもそこらのアイドルなんかと比べるまでもなく千乃は可愛いのだ。


 つまり何が言いたいかと言うと……、千乃の可愛さを独り占め出来なくなるのがなんか嫌だ。


 どれだけ世間で騒がれたって、どれだけ色々な人から言い寄られたって、千乃が私以外の人に靡くわけないと理解していても、千乃に対して言い寄ってくる輩が増えるのはあまり許容したくはない。だからと言って千乃が珍しくやりたいと言い出したことを否定したくはない。


「うーん……。どーしよー」

「何か悩み事?」


 千乃のやりたいことを叶えられて、それでいて可能な限り千乃を独占する為に、何かいい案はないかと頭を悩ませていたら、キッチンでお蕎麦を茹でていた千乃がお椀を2つ持ってリビングにやってきた。


「ちょっとねー」

「なにそれ」

「別にそんな深刻なものじゃないから大丈夫だよ。それより、お蕎麦もう食べていい?」

「もちろん。七味いる?」

「いる!」


 色々とグルグル考えていたけれど、千乃の手料理を前にしたら悩みとか不安とか全部吹き飛んでしまった。


「んー。うまぁ」


 年末くらい市販のもので適当に済ませてしまっても構わないのに、千乃は蕎麦ひとつ作るのにもかなりの時間をかけてくれる。


「お出汁が染みるよ」

「結構丁寧に作ったからね。我ながら中々美味しく作れたわ」


 千乃が自画自賛するのだって分かる。多分一から出汁を取っているぽいし、トッピングの合鴨なんか臭みが全くなくてすごく美味しい。きっと全国どこのお店を探したってこのレベルのお蕎麦は提供出来ないだろう。だってこれは千乃が私の好みだけに寄せるために工夫して作ってくれたものなんだから。


「無理しないでいいからね」

「ん?」


 無心で蕎麦を啜っていたら、箸を置いた千乃が申し訳なさそうな顔で笑っていた。


「動画投稿したいとは言ったけどさ、伊吹みたいに本格的なお仕事としてやるわけじゃないし、趣味としてちょくちょくやれたらなー程度だから。そりゃあ動画でお小遣い程度でも稼げたら嬉しいけどさ、そんなに甘い世界じゃないのはなんとなく分かってるから」


 流石は産まれた病院から一緒の千乃だ。私が何で悩んでいたかなんて完全にお見通しだったのだろう。


「よく考えてたことわかったね」

「さっき相談してからすぐに難しい顔してたんだから、分からないわけないじゃない」

「それは…そうだよね」


 これは私が分かりやす過ぎたらしい。確かにいきなり考え事を始めたらその直前にあったことだと予想するのは容易だろう。


「ところで千乃。お小遣い貰えたら嬉しいって、なにか買いたいものでもあるの?」


 話を逸らすわけじゃないけど、先程の千乃の発言の中でちょっとだけ気になることがあった。もしも動画投稿をする理由がお小遣い稼ぎをしたいだけなら、態々顔出しなんかしなくたって私の配信に出てくれたらすぐに解決するのに。


「買いたいものっていうか…」


 そもそもの我が家のお金は千乃が管理してくれている。私が配信で稼いだお金だけど千乃は私の嫁になるわけだから、資産は共有でいいし自由に使ってくれて構わないと言ってある。だからなにか欲しいものがあるなら好きに買えるはずなのだが、預金を使うのを躊躇うような用途があるのだろうか。


「結婚資金貯めとこうかなって」

「結婚資金?」

「うん。伊吹の稼ぎだけで十分足りるのは足りるんだけどさ、私と伊吹2人の結婚式なわけだから、例え雀の涙程度でも私だってお金だしたいなって」


 動画投稿が趣味になりうるというのは千乃の本心だろう。だがそれだけではなかった。千乃は私との将来までちゃんと考えて、それに向けて今から出来ることを探してくれていたのだ。それなのに私は誰に盗られるわけでもないのに、千乃の可愛さが広まるのに嫉妬していただなんて。


「もうっ!千乃好き!大好き!」

「どうしたの急に。私も伊吹のこと大好きだよ?」


 千乃の考えを聞いて私の矮小な悩みなんてものは今度こそ完全に霧散した。


 もう全力でプロデュースしよう。私の大好きな嫁を推して推して推しまくって、それで2人で盛大に結婚式をあげるんだ。


「それじゃあ早速チャンネルから作らないとね。何踊りたいとかってあるの?」

「えっとね…」



 確実に来るだろう近しい将来を夢想して、にやけそうになるのを我慢しながら千乃と今後の展開について語り出した。

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通い妻してたら公認の嫁になったらしい かんころもっちもち @kankoromotti

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