貴方の人生において自慢できることはなんですかと聞かれた時、私は「人との繋がりに恵まれたことです」と真っ先に答えるだろう。
自筆の小説が殆ど売れなくて、ひもじく一人暮ししていた頃、何度も家賃を滞納してしまったにも関わらず、笑って許してくれた大家さん。食費もままならない頃に、美味しい野菜や果物を送ってくれた親戚の叔父さんや叔母さん。作りすぎちゃったからって笑って温かい手作りのご飯を分けてくれた隣に住んでる優しいお姉さん。作家としての作業が忙しくなって勉強についていけなくなった時に、放課後に時間をとって色々と教えてくれた担任の先生。
恵まれすぎる程に恵まれている私だけど、肉親にだけは恵まれなかった。
両親は私が小学生の頃に突然蒸発するし、年の離れた姉は私をATM程度にしか思っていない。
会うこともない両親はどうでもいいとして、目下の問題は私を金づるにしている姉のことだ。
高校生で一人暮らしをするには当然の事ながら後見人が必要で、親のいない私が頼れるのは姉しかいなかった。姉と2人で暮らしているのが嫌で、ムカつくけど東京で一人暮らしをする為に後見人になってもらった。姉だって私がいなくなってせいせいしてるだろうに、クソ姉は後見人になる代わりに金を要求してきたのだ。
お金のない頃は流石に許してくれたけど、書いた小説が売れるようになってからはかなりの額を持っていかれた。アニメ化やコミカライズ化も叶った今の私ならもっといい所に住んで、もっと豪遊することが出来たはずなのに、稼ぎの殆どを姉に持っていかれたせいで、対して裕福な暮らしも出来ないまま。
きっと今頃私から奪ったお金で姉は遊びまくっているはずだ。本当に許せない。
あんなやつ私がした以上の苦労を味わえばいいのにって、ずっと思っていた。それが現実に起こるなんて想像もしないまま。
「倉持《くらもち》柚音《ゆのん》さんの妹の倉持《くらもち》遥香《はるか》さんですね。お姉さんの病室はこちらです」
ある日の学校帰り、突然スマホに見知らぬ電話番号から連絡が来た。仕事関係の連絡かもしれないと思い電話に出てみると、かけてきたのは地元にある大きな病院からだった。
内容は私の姉の柚音が交通事故にあった。意識不明の重体だから、病院に来て欲しいと。面倒ではあったが、急ぎの仕事もなかったから渋々私は帰郷した。道中で葬式とかの用意嫌だなーって思いながら。
「一命は取り留めましたが、まだ危険な状態です。もしかしたらこのまま意識が戻らないこともあります」
「そうですか」
深刻そうな表情で医師が状況の説明をしてくれているけど、一応顔を出した程度の私にとって姉の状態なんてどうでもいい話だった。嫌いな奴が死のうが生きようが、私には関係ない。むしろ、これ以上お金をむしり取られなくて済むと思えば、プラスの出来事にすら思えていた。真実を知るまでは。
「柚音!」
来てすぐ帰るのも印象が悪いかもと、姉の眠る病室で本を読んでいたら、個室の扉が勢いよく開けられて、見慣れた顔の女性が入ってきた。
「あれ、葵さんじゃないですか。なんでここに?」
姉の眠るベッドに駆け寄ってきたのは、私の隣の家に住んでいる、なにかと面倒を見てくれた優しいお姉さんだった。
「遥香ちゃんも来てたんだ。柚音の状態はどうだって?」
「なんかまだ危険な状態だって言ってました」
「そっか……」
「なんで葵さんがここに?」
何故葵さんがここにいるのか。姉のことを知っているのか。不思議に思いながら尋ねると、返ってきた答えは衝撃的なものだった。
「それは私が柚音の親友だからよ」
「………は?」
葵さんが姉の親友…?そんなこと今まで一度も聞いた事無かった。
「柚音………。あんたなんでこんなことに…。遥香ちゃんひとりぼっちにさせてどうするのよ」
「葵さん…?」
泣きながら姉の手を握りしめる葵さんの姿は、嘘をついているようには見えなくて、只々困惑する。
「………ねぇ遥香ちゃん。柚音はこのまま目覚めないかも知れないのよね」
「は、はい」
「じゃあ、もういいかな。ねえ柚音。全部話してもいいよね?私、柚音を遥香ちゃんに嫌われたまま死なせるなんて出来ないから。…………遥香ちゃん、私用意するものがあるから、ここでちょっとだけ待っててくれる?すぐに帰ってくるから」
「は、はぁ」
泣き顔の葵さんは、入ってきた時と同じように病室を飛び出して行った。
私は意味がわからないまま、ただ言われた通りに病室で待った。一時間とかからずに戻ってきた葵さんの額には薄らと汗が滲んでいて、相当急いでくれたことが分かった。
「遥香ちゃん…、これから話すことは遥香ちゃんにとっては信じられないことかもしれないけど、全部本当のことだから落ち着いて聞いてね」
「わ、わかりました」
私の向かいの席に座った葵さんの表情は真剣そのもので、気圧された私は頷くことしかできなかった。
「まず、ね。柚音は遥香ちゃんのこと嫌ってなんていなかったの」
「…は?」
「それどころか、柚音は遥香ちゃんのことを、世界で一番愛していたのよ」
「何言ってるんですか?」
姉が、柚音が私のことを愛していた?突然何を意味のわからないことを。共に暮らしていた時はずっと冷たくあしらわれて、文句ばかり言ってきて、一人暮らしを始めてからは金を毟りとってきたクソ姉が、私を愛していたとか、いったいなんの冗談なのか。
「まずはその証拠に、これ。遥香ちゃんのだから。本当は遥香ちゃんが大人になってから返す予定だったらしいけど、もう渡しちゃうね」
「これ、通帳?」
私が知らない間に作られた私名義の通帳を葵さんから受け取る。開いて中を見てみると、今まで姉が奪ってきた私のお金と同じ金額がまるまる記されていた。
「なにこれ」
「遥香ちゃんは散財癖があるから、無理やり貯金させる為にって柚音がその口座を作ったの。大人になって自制が効くようになったら返してあげるんだって、笑って話してくれたよ」
信じられない内容の話に頭がついていかなくなりそうだけど、そんな私に構うことなく葵さんは暴露を続けていく。
「柚音は心配性でさ、遥香ちゃんが東京で暮らすなら、少しでも安全なところに住んで欲しいって、私の隣の家を勝手に抑えて、『明日から私の妹が葵の隣で暮らすから、色々と面倒みてあげて』って頭下げに来てさ。その後大家さんのところにも頭下げに行って、もし遥香ちゃんが家賃払えなくなったら私が払うから連絡くれって」
「そ、そんなの」
「それでも心配だった柚音は遥香ちゃんの高校まで行ってたの。遥香ちゃんの通う高校に柚音の恩師が勤めてたらしくて、その先生に連絡取って、妹が上京してくるから少しだけでも目をかけてくださいって」
意味がわからない。なんで、私のことを嫌っていたはずの姉が、そんなことをしたのか。
「いざ遥香ちゃんが一人暮らしを初めてからもね、ちゃんと栄養のあるもの食べてもらいたいって野菜とか果物とか親戚の農家にお金払って送ってもらってたらしいし。
なんでそこまでするのって聞いたらさ、決まってこう言うのよ。『遥香は才能があるから、絶対に人気が出る。だからそれまでは私が支えてあげるんだ』って。親バカならぬ姉バカだよね」
「……て、適当なこと言わないでください。姉が私のこと本当に嫌っていなかったなら、そんな回りくどいことしないで直接態度に表してくれたらよかったじゃないですか!」
本当に柚音が私のことを愛していたって言うのなら、そんな隠れてコソコソしないで、直接私に真実を話してくれていたはずだ。そうしないってことは、これは全部葵さんの作り話ってことに
「甘やかされるとだらけちゃうからって。遥香ちゃんは負けて悔しいって思ってる時が一番力を発揮するって言ってたよ。だから唯一の家族の私が遥香を甘やかしたら、いつか夢も諦めちゃうだろうから、厳しくしなきゃいけないんだって、柚音は言ってた」
泣きながら話す葵さんの言葉に、私は返す言葉を失った。