通い妻してたら公認の嫁になったらしい
かんころもっちもち
第1話
私ってやつはかなりの一途なやつなのかもしれない。あいつには物心ついた時には惹かれていて、小中高とずっと一緒にいたせいで今更自分からは離れられなくなった。
惚れた弱みってものは確かに存在していて、あいつが私に振り向く可能性なんてないはずなのに、社会人になった今でも甲斐甲斐しく世話を焼いてしまう。あいつがもっとしっかりしていれば離れられるのに、私がいなかったらその辺で野垂れ死にそうな生活してるせいで迂闊に疎遠になることも出来ない。だから告白なんかして気まずくなって関係が自然消滅したらあいつの命に関わるから私からアクションを起こすことなんて出来ないのだ。
そもそも私の惚れた
大学も卒業して会社勤めの毎日の中で、気がつけば週の半分以上は伊吹の家に出向いて一通りの家事をするのが当たり前になっている。少しでも日を開けるとゴミ屋敷にしてしまうようなだらしない人間に育ててしまった私が悪いのだ。
最近聞いたのだが、伊吹はぶいちゅーばー?かなにかで稼いでいるらしく、私なんかよりもかなりいい所に住んでいる。1人で住むには無駄に広い部屋のせいで掃除はかなり面倒臭かったが、通い妻のような生活を暫く続けていれば広さにも慣れてくる。
普通ならいつまでも幼馴染の世話なんかしていたくはないのかもだが、昔から伊吹に好意を抱いている私的には家政婦のような状況でも一緒にいられるだけで嬉しかった。いつまでもこんな関係でいいから一緒にいられたらなんて思っていたが、私達の関係を変えるキッカケとなる出来事はなんの前触れもなく訪れたのだ。
「ねぇねぇ、
「なーに伊吹。今更夕飯の内容は変えられないわよ」
「そんなんじゃないよ」
私が広々としたキッチンに立ってその日の夕飯の用意をしていると、カウンター越しに顔を覗かせた伊吹が声をかけてきた。
「私が配信で彼女いるって言ったらどうなるかな?」
「えー、伊吹の動画見たことないし、何言われるかなんて知らないよ…………って、え、ちょっと待って。あんた今なんて言ったの?」
「配信で彼女いるって言ったらどうなるかなって」
金曜の夜。いつものように伊吹の家で、いつものように過ごしていた時に伊吹は爆弾を落とした。
「は、はぁ!?あんた彼女いるの!?」
「いないよ?」
「いないのかよ!……じゃあなんで急にそんなこと聞いてきたのよ」
「他箱の友達に告られてさ。もしも付き合ったらどうなるんだろうって」
私の気持ちも知らない伊吹はサラッとそんなことを言ってのける。
「どうなるって。そうね……伊吹の仕事のことはよく分からないから何も言えないけど、少なくとも伊吹は家事全部自分でやらなきゃいけなくなるわね」
「えー、なんで付き合うことと家事が結びつくのー」
「彼女って言ったってことはその子女の子でしょ?」
「そうだよ」
今まで色恋沙汰には縁遠かったせいで伊吹の思考では当たり前の事実にたどり着かないのかもしれない。
「私だったら自分の恋人が同性の女の子で、その子に最低でも週3以上で家に来て頻繁に寝泊まりする幼馴染がいたら不安でしょうがないからよ。自分がされて嫌なことはしない主義だから、もしも伊吹がその女の子と付き合うなら……もうここには来れなくなるわね」
自分で言ってて悲しくなってきた。いつかはこの時がくるとは思って覚悟していたが、いざ伊吹にお付き合いする人が出てくるとなると、かなりきついものがある。正直素直に祝福なんて出来そうもないから、表面上お祝いして暫くは実家にでも帰ろうか。
「それは困る。千乃の作るご飯が食べれなくなったら私は死んでしまう」
「そんな大袈裟な。まぁいつかは伊吹に好きな人が出来るかもしれないし、私だって誰かと結婚するかもしれないんだから、今のうちに多少は自分で家事出来るようにならないとね」
「そんな日はこない。私は死ぬまで千乃の作ったご飯を食べるんだから」
「え、それってつまり」
これは毎朝俺の為に味噌汁を作ってくれ的なあれなのか。
「千乃が結婚したら千乃の娘になる。千乃ママー」
「誰がママだ!……期待した私が馬鹿だったっ!」
なんで私は伊吹なんかに惚れたんだろう。伊吹は顔だけは良いから、今までも色々な人に言い寄られることが結構な頻度であった。その度に私は表面上は伊吹の好きにしなー的なスタンスを貫いて、内心ではいつ取られるのかとヒヤヒヤしていたものだ。元々私のものではないから取られるなんて表現は適切ではないのかもしれないが…。
「これはどうにかして私を幸せにしてくれそうな人を見つけるべきなんだろうなぁ。婚活でもするか…?」
「その歳で焦るのは早くない?」
「伊吹は可愛いくてお金もかなり稼いでるっぽいから心配ないかもだけどね、私みたいにThe普通な顔面で稼ぎだってたいして多くもないような女は、若いうちじゃないと良い男は捕まえられないよって婆ちゃんが言ってた」
古い考え方の人だったけど、このことに関してはまぁぶっちゃけ正しいのかもしれん。私に他の人より優れてることなんて殆どないし。
「千乃は可愛いよ?」
「んっ゛」
可愛いのはおまえじゃい。小首を傾げながら真顔で言われたらお世辞がお世辞じゃないように聞こえてしまう。
「…仕方ないから作り置きのおかずを1品増やしておいてやろう」
「わーい。千乃のご飯が増えたー」
その細い身体のどこに入るのかというほど伊吹は大食いで、1週間分のおかずを作り置きしても2、3日で食べきってしまうらしい。作るのも一苦労だが本当に美味しそうに食べてくれるから、伊吹に心底惚れ込んでいる私に作らないなんて選択肢は選ぶことはできない。
「全く食いしん坊なんだから」
「千乃のご飯が美味しいのが悪いもん」
「はいはい。……あっ、そういえば日曜に合コン誘われてたんだった。1回断ってるけど、やっぱ行ってこようかな…。次伊吹の家にお邪魔するの日曜じゃなくて月曜にしてもいい?」
「えー。やだー」
「私の独り言聞いてたでしょ?さっきも言ったけど、私もそろそろ恋人いない歴=年齢を卒業したいわけよ」
それにいい加減伊吹への片思いも卒業する為に動かなくてはいけないだろう。
「んー。なんでそんなに恋人欲しいの?」
「えーっと…まぁ、私も女の子ですから、自分だけを愛してくれる人は欲しいし、2人だけの時間でイチャついたりとかしてみたいし」
「イチャつくって例えば?」
「抱きしめてもらったり?」
「他は?」
「頭なでなでとか?なんでそんなこと気になるの?」
「はいぎゅー」
急になにを聞くのだと不思議に思っていれば、おもむろに私に近づいてきた伊吹は私の首に手を回し、伊吹の胸に抱え込むように強く引っ張った。
「えっ!え!?」
「えーっと、あとは頭撫でるんだよね。よーしよし」
抱きしめられながら頭を撫でられている。その上おでこに頬っぺたすりすりのおまけ付き。突然の供給過多に困惑の声しか漏らせない。
「どう?満たされた?」
「はぇ…?な、なにが?」
「彼氏作りたい欲は解消された?」
「ぁっと…彼氏って言うか………なんか、もっと欲しくなったかも」
あくまで仲の良い友人でしかない関係性だと思っていたのに、こんないきなりスキンシップをされたらもっと先の関係にと望んでしまいそうになる。
「えー。やりたかったことしたじゃん。むぅ、どうしようかな」
頬を膨らませて不満気な声を上げている伊吹には悪いが、好きな人の胸の谷間に顔を埋めて、追い討ちに撫でられるなんて私の小さな心臓が耐えられるわけがない。熱に浮かされた私は片思い相手の温もりを感じながら半ば寝落ちするかのように気を失った。その夜は幸せな夢を見た気がした。
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