第15話

「ただいまー」


 夜の11時になってようやく、伊吹と暮らす家に帰ることができた。


 自由参加とは名ばかりの、ほぼ強制参加の忘年会とかこのご時世淘汰されればいいのに。部署を超えて大勢が参加する忘年会は、普段会話することもない知らない人達から無駄に話しかけられて疲れるから嫌いなのだ。


 私貴方に興味ありませんって頑張ってアピールしてるはずなのに、馴れ馴れしく話しかけてくる人達はなにが目的なのか。


 相手が伊吹みたいにとんでもなく可愛いすぎる女の子とかなら分からなくもないが、私みたいな特徴のない女に執拗く迫ってきてもその意図が理解できない。モテなそうだから押せばヤレるとか思っているのだろうか。


「千乃おかえりー」

「ただいま伊吹」


 靴を脱いでいる途中に伊吹がリビングからパタパタと小走りで玄関までやってくる。こうして出迎えてもらえるようになってからまだそれほど時間は経っていないが、家に帰った時に好きな人に出迎えられる環境とはなんと素晴らしいことなのか、短い期間でこれでもかと言う程実感している。もう以前の1人の家には戻れそうもない。


「何買ってきたの?」

「ん?あー、これね。ちょっとお酒とか伊吹が食べそうなお菓子とか」

「お酒」

「うん。伊吹も飲みたい?」

「私はいいや。………千乃の介抱で大変そうだし」


 私がお酒を買ってきたことに不思議そうにしている伊吹の横を抜けて、リビングに到達する。普段私はお酒を全く飲まないから珍しいのだろう。


 私自身お酒は好きなのだが、飲むと記憶が飛ぶので普段は自重している。記憶のない間なにをしているか分からないので、人前では飲まないようにしているのだ。だけど相手が伊吹なら別。互いに成人した時に初めてお酒を飲んだ時も一緒だったし、それ以降もたまーにだけど一緒に飲んだりしていた。だから伊吹相手なら酔って隙を見せても大丈夫だと安心できる。伊吹になら襲われたって構わないし。


「よーし!お店では飲めなかったし、飲むぞー!」

「なんでお店で飲まなかったの?」


 アルコールを飲むつもりはないらしい伊吹も、おつまみは好きらしい。伊吹用のお菓子だけでなく、私用に買ってきたおつまみのチーズも勝手に奪って食べだしている。


「だって仲良くない人達ばかりだし。私酔ったら記憶飛ぶじゃん?だから信用出来ない人の前じゃ飲まないようにしてんの」

「私は信用してるってこと?」

「当たり前じゃない。この世で伊吹以上に信じられる人なんていないもん」


 なんだかもうふわふわしてきた。買ってきたお酒が強いやつだったのだろうか。普段飲んでいるやつはアルコール度数3%とかのなのだが、コンビニで売り切れてたから適当に買ってしまったのだ。


「うぇ、これ強よすぎ。なに9%って。人間の飲み物じゃないじゃん」

「とかいいながらがぶ飲みしてんじゃん」


 普段の3倍とか飲みなれてない人が挑戦する飲み物じゃない気がする。でも開けちゃったし残すのももったいないし。途中で潰れて残すくらいなら一気飲みしてしまった方がいいはずだ。


「でもそっか。私が1番なんだ」

「当ったり前れしょ。実の親より長く一緒にいて、その上世界一好きな相手のこと、信じられないわけがないじゃない」

「な、なになにどうしたの急に」


 頭ぼーっとしてきた。なんだか目も回るし、眠気も酷い。ふと目の前を見ると頬を染めた伊吹が4人、万華鏡のように広がってくるくると回転していた。


「あっれぇー。いぶきがふえたー?」

「ちょ、ちょっと千乃?」

「つかまえろー!どーれがほんものらー!」


 4人の伊吹に突撃してみたら、最初に本物を引き当てることが出来た。床に押し倒した伊吹は慌てた様子だけど、捕まえてしまえばもう分身も意味は無いのだ。


「へっへっへ。かーわいい。いいにおいー」

「酔いすぎだって…!飲み物零してるし!」

「よってないれすー。でもねむいからねるー」

「ここで寝ないでよ!?」


 なんだか伊吹の悲鳴が聞こえる。珍しいなとは思うけど、なんで悲鳴をあげているのかは分からないまま、私は酔いつぶれた。

















「う……うぅ……………頭痛い……」


 顔にあたる陽の光が眩しくて目が覚めた。枕元に置いてあるスマホを取ろうとして手を彷徨わせるも、目当てのものが見つからない。


 殆ど開かない目を開けて顔を上げると、自分が普段寝ているベッドとは全く別の場所で寝かされていたのだと気がついた。


「え、嘘、なにこれ。私酔って持ち帰られた?」


 確か昨日は会社の忘年会だったはずだ。社内の飲み会に参加しなきゃいけない時は、適当な嘘をついてお酒を避けてきたはずなのに、まさか飲まされたのだろうか。伊吹がいない時の人前では絶対に飲まないように気をつけていたのに。


 恐る恐る羽毛布団を捲ってみると、着ていたはずのスーツは脱がされていて、自分の身体を隠しているのは下着のみ。これは、まさか本当に。


「あー、千乃やっと起きた。もうすぐお昼だよ?お水持ってきたけど飲める?」

「え……伊吹?」

「なにオバケでもみたような顔して」


 よくよく辺りを見渡してみると、そこは伊吹の部屋だった。寝る時は普段別々で、それぞれの私室にはあまり入らないから、寝惚けた頭では気が付かなかった。


「うぅ………よかった…」

「どうしたの?」

「私てっきり会社の男の手篭めにされちゃったのかと…」

「はい?」


 ベッドに腰掛けた伊吹は頭上にはてなを浮かべつつも、布団で体を隠しながら上半身を起こした私の背に手を回してお水を飲みやすいように支えてくれる。


「だってなんか昨日の寝る前の記憶ないし、服着てないし。………ってなんで伊吹の部屋なのに私服着てないの!?」


 誰かに酔わされてお持ち帰りされたのが勘違いだったのは状況的に理解できたが、なら何故私は伊吹のベッドの上でほぼ裸で寝ていたのだ。しかもなんだか伊吹がいつもより優しげだし。


 ま、まさか、酔った勢いで互いに大人の階段を登ってしまったのだろうか。そんな、初体験が記憶にないとか最悪なんだが。


「やり直し!やり直しを求めます!流石に酔いつぶれた状態で初体験とか嫌すぎる!あ、でも最初は痛いって言うし、痛い思いしなくて済んだのはラッキーなのか…?あ、でも今全く痛くないってことはやっぱ何もしてないのか…?」


 初めてを超えた日の朝は人によるかもだけど、私の友達はまだ少し痛かったって言ってた。その痛みも違和感もないってことはなにもしてないのか。私が酔って勝手に服脱いだだけとか…?また勘違いの早とちりだったのか…。


「なんか勘違いしてそうだけどさ、千乃が服きてないのは私が脱がせたからだよ?」

「やっぱり!?」

「うん」


 勘違いじゃなかった。記憶はないけど、私は伊吹と結ばれたらしい。抱かれたってことは、流石に伊吹も私に友愛以上の感情を抱いてくれたってことの証拠なのではないだろうか。


「酔ってお酒零して、そのまま寝ちゃった千乃の服剥いで、私のベッドに突っ込んどいた。勝手に千乃の部屋入るの悪いかなって思ったから」

「あー…………………………………はいはい。そういうことね。納得納得」


 二日酔いの頭でトリップしてたけど、普通に考えてそうか。そもそも夜の営みするとして、伊吹がタチするわけないし。私が伊吹を鳴かせる側だし。伊吹にその手の知識ないだろうし。


「大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも」


 主に頭の方が。


「とりあえず、服着たら?」

「………そうする」


 起きたばかりなのに、なんだかどっと疲れた。


 昨夜の名残で痛む頭部を抑えながら着替える私は、布団から出た私から目を逸らしてほんのりと頬を朱に染める伊吹に気が付かなかった。













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