第22話

「なんでも……なんでも…?」


 つい先程まで自分の器の小ささに落ち込んでいた。想い人と言えども、相手は未だただの幼馴染。ならば伊吹がどこで誰と何をしていようと本人の自由であって、身近に距離感の近い女友達がいても普通なことのはずだ。


 そんな当たり前のことを目の当たりにしただけで、伊吹の友人に嫉妬するとかあまりにも器が小さすぎる。その上機嫌悪くなってお客さんをおいて部屋に引き篭るとか、私は子供かなにかなのか。あまりにも恥ずかしい。


 そんな風に考えていたのに、今までの思考は全て無かったことになってしまった。だってよりにもよって、伊吹がなんでもするなんて言ってきたのだ。


 なんでもということは、なんでもということだ。自分でも何言ってるか分からないけど、好きな人がどんなことでも受け入れてくれると言うのなら頭がパンクしてもおかしくは無いだろう。


「私に出来ることならって条件付きだけどね」

「ごめんちょっとだけ考えさせてね」

「う、うん」


 どんな気まぐれで私にご褒美をくれる気になったのかは分からないが、折角のこの機会を無駄にする気は無い。ここで普段からお願いすれば聞いてくれそうなことを頼むのは勿体ないだろう。


 ならば何を伊吹に求めるか。して欲しいことやしてあげたいことは山のようにある。その中から何を選べば良いのか。しばらく悩んだ末に、ようやく私はひとつの答えを選び出した。


「決めた」

「な、なに?」

「今日1日だけでいいから、伊吹のお世話全部私にやらせて」

「え、もしかして…」


 伊吹は若干嫌そうにしているけど、もう今更私もこの言葉を撤回するつもりはない。


「うん。昔にもした事あるよね。伊吹の生活全てのお世話させて?」

「………分かった」


 渋々といった様子で頷いてくれた。まぁ私だって伊吹が嫌がる理由は分かる。というか、普通なら嫌がって当たり前なのだ。だって、私が伊吹に求めたのは、過去に何度かお願いしたことがある事で、文字通り生活に関わる全てを私が伊吹の代わりにしてあげるということだからだ。


「とりあえずご飯食べる?お腹減ったでしょ?」

「…うん」

「じゃあ失礼して」

「やっぱこれかぁ…」


 ソファで食べてもいいけど、汚したら大変だしダイニングテーブルまで伊吹を抱き上げて運ぶ。椅子を引いて伊吹を座らせたら、すぐにご飯の準備だ。


「よし、できた。今日はグラタンだからちょっと熱いかも。気をつけてね」

「うん。ありがとう」


 今日がご褒美デーになるならもっと食べさせやすいものを選んだのに、私としたことが途中まで作っていたのがグラタンだった。今から作り直すのも時間が足りないし、仕方なく仕上げちゃったけど、伊吹が火傷しないように気をつけないと。


「ふぅー、ふぅー。これくらいかな?伊吹お口あけて。あーん」

「……………美味しい」

「それはよかった」


 隣で目を瞑って真っ赤になりながら咀嚼をしている姿は私の尽くしたい欲をビンビンに刺激してくる。


「もっと食べようね。あーん」

「自分で食べさせて貰えたりは…?」

「しないよ?諦めてね」


 風邪でもないのに私の手で全てを食べさせてあげるのは伊吹的には恥ずかしくて嫌らしい。でも、こんなご褒美は数年に1度しかありえないのだから、少しだけ我慢してもらいたい。


「全部食べれて偉いねー」

「うぅ…赤ちゃんになった気分だよ」


 最後まで己の手で夕食を食べさせることに成功した私はとっても幸せな気分だが、対照的に伊吹は疲れた様子。珍しく1日外で働いてきたのだから、疲れていてもおかしくはないのかもしれない。


「眠くなる前にお風呂入っとこうか」

「え、それは自分で……」

「よーし。行くよー」


 椅子から伊吹を横抱きにして浴室までお運びする。毎日沢山食べてくれているはずなのに、私の細腕でも抱えられてしまう程軽いのはある種のバグだろうか。私が同じ量を食べたら一瞬にしてぷよ子ちゃんになるのに。


「お風呂入る前に服脱がなきゃね」

「……はぁ。お願いします」

「うん!じゃあバンザイしてね」


 私の手で伊吹の服を脱がせるのは少し緊張してしまうが、今はいつもの羞恥心は捨ておくことにしてあるので躊躇いなく手をかける。


「じゃあお風呂行こうね。流石に浴室で抱っこは危ないから歩いてね」

「そこの常識はあるんだ」

「当たり前じゃん」


 出来れば伊吹の移動も全て私がやってあげたいけど、滑って転んだら危ないのは伊吹だ。もしもの時を考えると、危険なことは流石に出来ない。


「背中流すから座ってね」

「千乃は恥ずかしくないの…?」

「えぇ…そりゃあ」


 恥ずかしくない訳じゃない。大好きな人の裸が目の前にあるのだから普通なら緊張で固まって何も出来なくなるのかもしれない。でも生まれた時から一緒にいて、小さい頃はずっと傍でお世話してきたのだ。伊吹の一糸まとわぬ姿を見たのだって初めてでは無いし、こうしてお風呂に2人で入ったのだって数え切れないほどだ。恥ずかしくて緊張はするけど、吹っ切れた今なら耐えられないほどじゃあない。


「我に返る発言はやめてください。今日はそういう日じゃないから」

「ダメかぁ」

「ほら目瞑って。頭濡らすよ」


 危うく素面に戻るところだった。別に酔っている訳じゃないけど、現実に引き戻されたらこんなこともう続けられなくなる。


「相変わらず細いなぁ。ちゃんと食べさせてるはずなんだけど」

「もうそういう体質なんだろうね。私的にはもう少し太りたい気もするけど」

「なんて羨ましいことを…!その癖胸は私よりデカいとかどういうことだ!」


 私と同じものを食べて育ってきたはずなのに、明らかに違うこの体型は神様の意地悪なのだろうか。無駄な脂肪なんてお腹周りを触ってみても存在しないのに、胸は平均よりも少しデカいなんて、人間の構造的にありえていいのか。いや、よくない。


「揉みしだいてやる。覚悟ー!」

「んぁ………、ちょ、ちょっとストップ!」


 なんだか無性に悔しくなって背後から抱きついて手のひらに収まりきらないサイズのそれを触ってみた。私の手が小さいのか伊吹の双丘が大きいのかは分からないけど、手で収まりきらない程のお胸様はとても柔らかくて、いつまでも揉んでいたくなるほど幸せな気分になれるものだった。


「ね、ねぇ千乃、いつまで触ってるの」

「もう少しだけ。伊吹だって私の勝手に触ってたことあるんでしょ?」


 少しばかり前に私が寝ている時に伊吹が胸を触っていた事件が明るみになったわけだし、ちょっとくらい揉ませてもらってもバチは当たらないはずだ。


「……ん…………まだ…?」

「もう少し」


 単調に揉んでいるだけだけど、時折伊吹の口から洩れる小さな声に理性が揺さぶられる。普通ならシャワーの音で掻き消されてしまう程小さな声量だけど、今は密着しているせいで寧ろ耳に残る結果となってしまっている。


「そろそろ普通に洗おっか」


 一生このままでもよかったけど、流石にこれ以上タガが外れたらヤバいと思って、ようやく手を離せた。よく考えたら裸の成人女性がお風呂で抱きしめながら胸をもんでるシーンとか、普通に18禁だ。放送禁止になってしまう。


「ぇ……もうおわり?」


 蕩けた顔で振り返った伊吹の表情を見てまた理性が飛びかけたけど、最後までなんとか手を出すことなく入浴を終えられた。


 我に返って羞恥心に襲われた私は、その日当然のように眠れず、翌朝隈を作って伊吹に怒られるのだった。










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