第23話

「もうこんな時間なんだ。私これから配信するから、また後でね」


 夕食を食べ終わり2人並んでソファで寛いでいたら、伊吹のスマホが震えてアラームが鳴った。


 もう夜も遅く、あと少ししたら寝ようかという時間帯だ。しかし私の幼馴染のお仕事は配信業。より多くの人が見てくれる時間に働くのは自然の道理なのかもしれない。


「そっか。なにか飲み物用意しようか?」

「ううん。大丈夫。適当に自分でやるから」


 元々私は居候させてもらっている身。家主の仕事を邪魔することなんてしていいわけがない。だけど、最近の私はどこかおかしくなってしまったのか、片時も伊吹から離れたくないなんて子供じみたことを思ってしまう。


「千乃…?大丈夫?」

「なんのこと?」

「なんか、寂しそうだったから」


 配信部屋に向かわなきゃいけないのに、伊吹は私の膝元で座り込んで冷えた手を握りしめてくれる。


「そんな顔してたかな」

「してたよ。なにかあった?」


 私と伊吹は実の両親よりも共に過ごした時間が長い。だから互いの感情の機微は言葉にしなくとも察せてしまうのだろう。


「うーん……ちょっとだけ我儘言ってもいい?」

「勿論だよ。なんでも言って?」


 伊吹は最近全肯定bot並に私の言うことを否定しない。だから迷惑になりそうなことは私が慎まなきゃいけないのに、ただ寂しいって理由だけでまた伊吹に迷惑をかけてしまった。


「伊吹のお仕事してるとこ横で見てたいの」

「え?」

「邪魔はしないようにするから、一緒にいてもいい?」


 握ってくれていた手を握り返して、間近にある両の眼を覗き込む。こんなこと頼まれるとは思ってもみなかったのか、少しだけ驚いた様子だったけど、一つ瞬きを挟んだ後伊吹は破顔した。


「勿論だよ!千乃が私の仕事に興味持ってくれて嬉しい!」

「ありがと」


 伊吹の仕事も興味はあったけど、今は単に離れたくなかっただけなのだが、態々訂正する必要も無いだろう。


「へー。こんな感じなんだね」

「あれ、この部屋入ったことないっけ?」

「2回目だよ。1回目は伊吹のお仕事中って知らなくて入っちゃった時」


 以前伊吹がどんな仕事をしているのかよく知らなかった時、無遠慮に部屋に踏み入りとても迷惑をかけたことがあった。その時以来何かあってはいけないと配信部屋には踏み入らないようにしていたから、部屋の内装をきちんと見るのは初めての事だったりする。


「じゃあ私準備するから、そこ座っててね」

「うん。ところで…」

「なーに?」


 パソコンを起動してよく分からないソフトを弄り始めた伊吹を眺めていると、イマイチ用途の分からない機能が目につき、まだ配信を初めていないからと口を開く。


「なんでピカピカ光ってんの?」

「ん?」

「キーボード光ってるし、マウスもロゴのところ光ってるよね。パソコンの本体もだし、なにか理由があるの?」


 単一色じゃなくて、複数の色に光っている。虹色みたいでちょっと綺麗だけど、あれにはどんな理由があるんだろう。私が働いていた時に会社で使っていたものは当然光っていなかったし、同僚のものも発光していなかったはずだ。


「えー。なんで……分かんないけど、理由はないんじゃない?」

「ないの?」

「うん。多分観賞用」

「観賞用……パソコン…?」


 なんだ観賞用に光るパソコンって。全くもって意味がわからなかったが、もう配信が始まるらしく、続く疑問は飲み込んだ。


「あ、そうだ。私配信上ではYuiって名乗ってるから、もし話しかける時は気をつけてね」

「話しかけないよ。ちゃんと黙ってるから」


 私だって多少は伊吹の仕事について勉強してきたのだ。突然配信者以外の声が聞こえた来たら、視聴者さんがびっくりしてしまう。


「あーあーあー。んんっ。よし始めるね」


 伊吹が真剣な顔になって画面に向き直る。何かに集中する時に見せる伊吹の凛々しい顔は、たまにしか見られないけどカッコよくて好きだ。


「こんゆいー」


 ずっと眺めていたくなる横顔だけど、折角の仕事風景だし何してるのかよく見てみよう。そう思ってパソコンの画面に目を向けて後悔した。


「っ……!?」


 思わず口を手で抑えて悲鳴を飲み込む。


「んじゃあ今日は前回言ったホラゲーやってくよ」


 画面に映るのは廃病院のような景色と、おどろおどろしい字体で綴られたタイトル。一目でホラーゲームと分かるものだった。


「前回時間内に終わんなかったから、今日こそはクリアしたいね」


 伊吹はなにも気にした様子なくサクサクとゲームを進めていくが、私は泣きそうになりながら固まるしか無かった。


 自分で仕事を横で見たいと言ったのだからここで部屋を出る訳には行かない。しかしこのままここにいたら悲鳴をあげるのは時間の問題だ。伊吹の優しさでイヤホンを私の分も繋げてくれて、しっかりとゲームの音声が聞こえてくるから恐怖も倍増する。


 私がこの手のホラー要素があるものが苦手なの知っているはずなのに、なんで一言説明してくれなかったのだろうか。


 流石に耐えきれずイヤホンは外し、楽しそうにゲームをする伊吹の横顔だけに集中する。音を聞かずに画面も見なければもう怖くない。


 小一時間親の顔よりも見慣れた、なんなら自分の顔よりも長い間見続けてきた伊吹に見蕩れていれば、いつの間にか配信が終わっていた。



「なんかずっと視線感じてたけど、なにかあった?」


 ヘッドホンを外しながら伊吹が向き直る。ずっと横から眺めていたから、目が合うとなんとなしに気恥しくなる。


「ホラーゲームやるなんて聞いてない…」

「あれ、言ってなかったっけ。でも自分でやるんじゃなければ大丈夫でしょ?」

「大丈夫じゃないけど?!」


 伊吹は私と違って怖いものに対する耐性が強いから、小心者の気持ちが分からないらしい。自分でプレイするのは勿論怖いけど、初見のホラゲーは横で見てるだけでも怖いのだ。


「まじか。でも今回の別に怖くなかったでしょ?結構優しめのやつだと思うんだけど」

「どこが!?」


 辛いの得意な人が辛くないと言って苦手な人を騙すのと同じやつだこれ。お化け屋敷とか行っても平然としている伊吹にとっては、画面の中の出来事なら全く恐怖など感じないのだろう。


「えぇ…。ダメだったか」

「もう無理。暫く1人で寝られない。夜トイレにも行けなくなった。お風呂も1人じゃ入れないかも………」


 成人女性としてあるまじき精神の弱さかもしれないけど、私は昔っからお化け関連のものは駄目なのだ。小さい頃東京のお化け屋敷に皆で行った時なんて、1週間くらい伊吹に抱きついて過ごしていたくらい、日常生活に支障をきたした覚えがある。


 今回は少しの間だけ画面を眺めていただけだから多少はマシだけど、少なくとも数日の間私は使い物にならなくなりそうだ。


「なんか前より弱くなってない?」

「うるさいなぁ…。もう無理だから今日一緒に寝てよ」

「えぇ…。私大丈夫かな……」

「お風呂も一緒にお願い。出来ればトイレ行く時も扉の前にいて欲しい」

「なんかちっちゃい子供みたい」

「仕方ないじゃん…」


 いい歳して恥ずかしいけど、怖いのだから仕方ない。



 もし次に配信を見せてもらう時があったなら事前にやることを聞いておこうと、伊吹と同じベッドに入って寝る前に約束したのだった。



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