第26話
「そう言えば、若葉と茜が結婚するって」
「え、結婚!?」
「うん。式挙げるのはまだ先らしいけど、今年中に入籍するって」
週末に自分の誕生日を控えた平日の夜。伊吹のリクエストでキムチ鍋を食べていた時に、なんでもない事のように驚きの事実を告げられた。
「若葉さんと茜さんって伊吹の同僚の方よね。少し前に遊びにきた」
「そうそう」
まだ私が伊吹と同棲を始める前、伊吹の同僚の若葉さんと茜さんのペアが遊びに来たことがあった。その時はコラボ配信をするだとかでこの家に来ていて、お仕事の後に少しだけお話をさせて頂いた覚えがある。
お二人ともとても感じの良い人達で、結婚するというのなら素直にお祝いしたいところだが、今は伊吹からプロボーズされるかもしれない状況のせいで結婚という言葉に過剰に反応してしまった。
「っていうかさ、私あの二人が付き合ってたことすら知らないかったけど」
「言わなかったっけ?」
「浮気がどうとか言ってたから今なら付き合ってたんだって分かるけど、当時は普通に冗談で話してるんだと思ってたわよ」
仲良さそうには見えていたけど、まさか付き合っていたなんて。
「茜がデビューしてすぐに付き合いだしてたから、もう数年付き合ってたんじゃないかな」
「へ、へー。そうなんだ」
数年間付き合ってから結婚とか、羨ましすぎる…。私だってもしかしたら数日後には伊吹と入籍してるかもしれないけど、結局その実態は私という家政婦と伊吹との主従関係みたいになるのかもしれないし、恋愛結婚みたいなものとは程遠いものになるだろう。だから数年間恋人を楽しんでから夫婦になるとか、私の理想すぎて少しばかり妬んでしまいそうになる。
「いいなぁ…」
声にならない声で本音が漏れ出た。伊吹に結婚を申し込まれたら、今なら迷わず首を縦に振るだろう。だがいつまでも願望は捨てられない。最高の形としては恋人を経てからの入籍をしたいものだ。だからといって、私から告白なんてして、思ってたのと違うとか言われて全部なかったことになったら絶対後悔する。
最近おや?と思う行動はちらほら見かけるけど、結局のところ伊吹が私に抱いているであろう好意は、昔馴染み故の親愛だとか、友愛とかで表せることができるものなはずで、最近の変わった行動はそこから派生した独占欲とかだろう。だから私があまり恋愛感情を出したりしたら、すれ違いが発生してしまう。
「千乃大丈夫?」
「なんでもないよ。ちょっとボーッとしちゃっただけ」
こんな面倒臭いことを伊吹に話しても無駄だろう。どうせするなら意味のある話をするべきだ。
「結婚祝いとか買わなきゃだね。伊吹がいつもお世話になっている人達だし、私もなにか贈ってあげたいかも」
「それはあの二人も喜ぶよ。茜が特に千乃のこと気に入ってるみたいだったから」
「茜ちゃんが?」
私の記憶では茜ちゃんは若葉さんに夢中で、どっちかというと現を抜かしそうなのは若葉さんの方だと思っていた。
「うん。肌綺麗ーとか髪もサラサラでいい匂いしたーとか。スキンケア用品とか色々聞かれたよ」
「特に高いのは使ってないのにね」
「んね」
私と伊吹は身の回りの消耗品は全て共有している。だから茜ちゃんから聞かれた私のスキンケアに使っているものは、全部伊吹が答えることができるのだ。
「なんで伊吹先輩がそこまで詳しいんですかって不思議がられたよ」
「普通は体質に合う合わないとかで別のもの使うだろうしね」
「あぁー。そういうのあるのか。私と千乃で全部同じの使えるのはなんでだろうね」
「んー……」
体質なんてものは生まれついたものとか日々の習慣とかで変わるもののはずだから、私と伊吹が同じものを使えているのは偶然によるものだろう。無理やり理由をつけるとしたら、幼少期から同じものを食べて、同じ生活をして、同じ空間で過ごしてきたからとかかもしれない。
「まぁ幼馴染だしね」
「関係あるかな…?」
伊吹は何も考えないで幼馴染だからと結論をつけたようだけど、あながち私の考えと異なっていないことに驚いた。長年連れ添っていると思考回路も似てくるのだろうか。
「あるよ。だって運命だもん。生まれてすぐに千乃と出会えて、今までずっと一緒にいられて。運命の相手だから、全部お揃いでも困らないんだよ」
「な、なに急に恥ずかしいこと言ってるのよ」
柄にもなくメルヘンなことを言い出されると、こちらも反応に困る。だいたい、本当に運命の人なら私を好きになってくれてもいいじゃないか。
「早く週末にならないかなー」
「なんで?」
「だって千乃の誕生日あるじゃん。凄く楽しみ」
「………そっか」
伊吹の私への気持ちは恋愛感情ではない。今でもそう思ってはいるけど、時々勘違いしそうになるのも確かなのだ。私の誕生日にデートをしようなんて言われたし、最近の伊吹の態度を見ていると、夢を見てしまうのだ。
昔からなんだかんだ優しかった伊吹だけど、今は以前よりも私に接する行動の一つ一つが丁寧というかなんというか。
お風呂あがりに互いに髪を乾かす時も丁寧にしてくれるし、外に買い物に出かけたら必ずと言っていいほど車道側をさりげなく歩いてくれる。食事時も食べるペースを態々私と合わせてくれるし。
伊吹が結婚したいと駄々をこねて少ししてからの変化だ。結婚という考えが伊吹の中に生まれてから、恋愛感情についても理解してくれたんじゃないかってありえない妄想をしてしまうのも、一度や二度ではなかった。
ありえない程の鈍感な伊吹に限って、そんなことはないのだろうけど。
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