第27話

 今年最後の月の23日。翌日に自分の誕生日を控えた今日は、久しぶりの1人での外出だ。


 天気は私のテンションとは正反対の雨模様だが、歩く足取りは非常に軽い。なぜならついに明日が伊吹との誕生日デートだからだ。


 明日の為に美容院とエステに行って、普段は自分でやるネイルもお店の人にお願いした。明日は大事な日だ。少しでも自分を着飾って、伊吹に可愛いって思ってもらいたい。


「いらっしゃいませ。なにかお探しのものはございますか?」


 今日の予定の殆どを終えて、最後に伊吹へのクリスマスプレゼントを探しに普段入らないような小洒落たお店に入ったら、数秒と経たずに店員さんが飛んできた。


「好きな人へのプレゼントを探していまして」

「なるほど。お相手は女性ですか?」

「そうです」


 私が子供の頃なら店員さんからこんな質問はされなかっただろうけど、今は同性婚も当たり前の時代。好きになるのは異性だけだと思い込んでいるのは今や年配の人だけだろう。


「最近の流行りだとこの辺りのネックレスが人気ですよ」

「わぁ、綺麗ですね」


 OL時代には見向きもしなかった煌びやかな品々も、贈る相手が伊吹ならばと吟味する時間を惜しまなくなった。仕事を辞めてから暫く経ったから、普通なら貯金も減っている頃合いだが、家事の全てを引き受ける代わりに生活費を伊吹が出してくれている現状のお陰で貯金は全く減少していない。


 甘えすぎている自覚はあるが、伊吹本人が何を言ってもお金を受け取ってはくれないからどうしようもない。ならばせめてこの機会に値段に糸目をつけないでプレゼントを選ぼうじゃないか。


「指輪……だとサイズ分かんないから、イヤリングとかかな。でも伊吹つけてくれるかな…?」


 自分の誕生日にもしかしたら伊吹が指輪を用意してくれているかもしれないし、そもそも伊吹の指のサイズが分からないから今購入することは出来ない。代わりに伊吹へのプレゼントにはイヤリングを購入した。


「お揃いのデザインのピアスも自分用に買っちゃおうかな」


 そこそこ値が張る品だったけど、自分への誕生日プレゼントだと思えば買えなくもない。伊吹用のイヤリングは綺麗に包装してもらい、自分用のピアスと別に分けてもらった。


「ふふっ。喜んでくれるといいな」


 昔からクリスマスには互いにプレゼントを贈り合ってきたけど、今までは高価なアクセサリー類は気持ちがバレてしまうかもしれないと敬遠してきた。でも今ならいつもお世話になっているお礼にという言い訳が出来るから、本当にあげたいものを買うことが叶った。


「千乃だったかしら?ちょっと待ちなさい」


 かなりの時間悩み続けたお店から出て、そろそろ伊吹の待つ家に帰ろうとした時、聞き覚えのある声が私を呼び止めた。


「……どちら様でしたっけ?」

「はっ。忘れたとは言わせないわよこの泥棒猫。いぶちゃんの親友の音田佳衣よ」

「…はぁ。なんの御用ですか」


 偉そうに腕を組んで、態々私の進行方向に立ち塞がってから名乗った音田は、睨みつけるように私の手元の袋を見てから聞こえるように舌打ちをした。


「あんたまだいぶちゃんのこと諦めてなかったのね」

「なんの話しですか」

「そのイヤリングよ。買ったところ見てたわ。お洒落に無頓着ないぶちゃんにイヤリングとかどういうセンスしてるのよ」


 伊吹のことを何も知らない癖に偉そうな音田はペラペラと説教をするように私の買ったものに文句をつけだす。


「そもそも外出頻度の少ないいぶちゃんにそんなのあげても喜ばれないでしょう。その手のものが好きなら自分でピアスとか買ってるでしょうに、今までつけてるところ見たことがないもの。あなた幼馴染の癖に何も知らないの?」


 早く帰りたくて黙って聞いていると、音田の勘違いを拗らせた意味の分からないご高説が垂れ流され続ける。これは言い返した方が早く解放されるパターンかもしれない。


「あのですね、伊吹がピアスをつけてないのは穴を開けるのが怖いからってだけです。確かにあの子はアクセサリー類をそんなに付けないですけど、それは興味が無いからじゃなくて、ただ単純に着飾った自分を他人に見せるのが恥ずかしいからです。伊吹の親友を名乗る癖に伊吹のこと何にも知らないんですね?」


 ついイラッとして言い返してしまったけど、楽しい気分を台無しにされたのだしこれくらいはいいだろう。


「ま、まぁいいわ。その話は。それよりも、明日が何の日か分かっているでしょうね?」

「は?」

「クリスマスイブよクリスマスイブ。いぶちゃんはどうやらあんたと出かける予定らしいけど、それ断りなさい」


 私に言い返された腹いせか、音田は意味のわからないことを宣い始めた。


「なんでそんなこと命令されなきゃいけないんですか」

「これはいぶちゃんの為に言ってるのよ」

「意味が分からないです」


 なんで伊吹からの誘いを、伊吹の為に断らなきゃいけないのか。どうせ音田の愛しの伊吹が私と仲良くしているのが気に食わないから、どうにかして邪魔しようとか、そういうことを考えているに違いない。


「貴方いぶちゃんの仕事のことなーんにも知らないのね。クリスマスイブに配信を休む女性配信者がどうなっちゃうのか、想像したことないの?」

「はい?」


 なんでクリスマスに休んだらいけないんだろう。恋人がいたりする配信者なら、デートの為に休むこともあるだろうに。


「その顔、本当に想像つかないって顔ね。いいわ、教えてあげる。いぶちゃんはアイドル売りをしている訳じゃないけど、女性ライバーには一定数本気でライバーに恋しちゃうリスナーがいるのよ。それだけならいいけど、中にはライバーに恋人がいるって判明したら、裏切られたと勝手に思い込んで暴走するリスナーがいるの。ここまで言えば想像つくかしら」

「えっと……」


 難しくてイマイチよく分からなかった。ライバーというのが今伊吹を指していて、リスナーは確か配信を見てくれている人達のことを言うんだっけか。最近少しずつ伊吹の仕事のことについて勉強しているけど、用語を覚えるのが難しくて苦労しているところなのだ。


「つまりね、あんたが明日いぶちゃんを連れ回して配信が出来なくなると、アンチによっていぶちゃんが炎上する可能性があるってことなのよ。ただ炎上するだけならまだしも、いぶちゃんの属する会社は上場企業。株価が下がればいぶちゃんが責任取らされることもあるんじゃないの」

「伊吹が、炎上……?責任…?………賠償金…………?」


 炎上って確かSNS上で沢山悪口を言われたり、心無い誹謗中傷が増えることだったような。私がクリスマスに伊吹とデートするだけで本当にそんなことになるのだろうか。それに一個人の些細な行動ひとつで株価に影響が出るとか、にわかには信じがたいことだ。


「まぁすぐには信じられないかもしれないけどね。帰ってからよく調べてみなさい。理解したら自分の行動を改めることね。いぶちゃんに迷惑をかけている自覚が出来たらとっとと離れて欲しいものだわ」

「……余計なお世話です」


 背を向けて遠ざかっていく音田を睨みつけて、見えなくなってから自分のスマホを開いた。音田の言ったことを鵜呑みにしたわけじゃないけど、もしも今の言葉が本当で、私のしたことで伊吹が職を失うようなことがあったら自分を許せなくなる。


 音田の言葉を嘘だと否定したくて、それでも調べた他の配信者の過去の出来事をみると否定出来なくて、軽かったはずの足取りは、家に着く頃には鉛のように鈍重になっていた。


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