第25話
「何見てるの?」
リビングでのんびりと珈琲を飲みながら手元のアルバムを眺めていたら、夜の配信を終えた伊吹から声がかかった。
「昔のアルバム。伊吹も見る?」
「どれどれ。うわ、これ小学生になる前とかのじゃない?なんでこんなの持ってるのさ」
「伊吹のママから送られてきたの。懐かしいよね」
私も伊吹もまだ幼かった頃の写真が、一言メモと共に沢山残されている。今も勿論伊吹は可愛いけど、幼さ故の愛らしさに溢れた写真の中の伊吹も、悶絶する程に魅力的だ。
「ねぇ伊吹覚えてる?」
「なにを?」
「この写真。伊吹が特に体調崩しがちだった頃のかな」
ベッドの上で仏頂面で私に抱きしめられているまま撮られた1枚には、伊吹ママが書き込んだのであろうコメントがあった。
『ずっと機嫌悪かったのに大好きな千乃ちゃんがきて嬉しそうな伊吹ちゃん!』
伊吹との思い出は数え切れない程あるけれど、私達がより一層仲を深めた幼少期の思い出は色褪せることなく、今でも鮮明に思い出せる。
「千乃が一生一緒に居てくれるって言ってくれた時のやつ?」
「覚えてるんだ」
「そりゃあ忘れないでしょ。凄く嬉しかったんだから」
そう言いながら隣に腰を下ろして、私の肩に頭を預けて伊吹は目を瞑った。同じように私も目を閉じれば、つい先日のことのように写真の頃の思い出が蘇った。
「いーぶーきーちゃーん!遊びにきたよ!」
「ゆきちゃん。また来たの?」
まだ小学生になる前のこと。幼馴染の伊吹ちゃんは頻繁に体調を崩していて、毎日のように寝込んでいたから、私は心配で心配でしょうがなかった。
「今日もお熱あるの?」
「今はないよ。でも、パパとママがまだ寝てなさいって。ゲームもできないしつまんない…」
「そっか……」
私は風邪を引いたことないから、伊吹ちゃんがどれだけ辛いのか分かってあげられない。叶うのなら辛いのを代わってあげたいけど、それはできないから傍にいてあげられることしか出来ない。
「もうやだ…。なんで私こんなに風邪ひいちゃうんだろ」
「伊吹ちゃん……」
ベッドの上で泣き出してしまった伊吹ちゃんがなんだか消えてしまいそうな気がして、私はいてもたってもいられなくて伊吹ちゃんを強く抱き締めた。
「泣かないで伊吹ちゃん……」
「離して」
「伊吹ちゃん…?」
いつもなら私が抱きつけば伊吹ちゃんも同じ強さで返してくれるのに、伊吹ちゃんは私の両肩を掴んで無理やり引き剥がしてしまった。
「優しくしないで。どうせゆきちゃんも友達じゃなくなるくせに」
「なんで………?どういうこと…?」
大好きな伊吹ちゃんに拒絶されたことが信じられなくて、大粒の涙がぽろぽろと零れていく。だけど、目の前の伊吹ちゃんの方が私よりも傷ついた表情で、私よりも沢山の涙を流していたから、離れてなんてお願いをきいてはやれなかった。
「ねぇ離れてってば!」
「やだ!絶対伊吹ちゃんから離れないもん!なんでそんなこと言うの!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で伊吹ちゃんの手を振り払って、震える小さな身体を私の腕の中に収める。
「なんでそんな事言うの」
「だって……だって………!」
再度同じ質問を投げかければ、私の胸の中で伊吹ちゃんは小さな声で話し出した。
「私病気だから…。いつもベッドで寝てばかりで、一緒に遊べないし、友達でいてもつまんないじゃん………。幼稚園のお友達皆私のこと嫌いって言ってた…。仲良しだと思ってたのに、皆私のこと嫌いになっちゃったの…!だからゆきちゃんも私のこと嫌いになっちゃうなら、一緒に居たくない」
「なにそれ…」
この時まで私の脳内はお花畑で、皆友達で皆仲良しって本気で思ってた。嫌いな人なんていなかったし、実際私は皆と仲良く出来ていたのかもしれない。でもこの時の私にとって世界で一番大切な伊吹ちゃんが皆から嫌われていたなんて知って、私の中の価値観は大きく変わった。
幼馴染の伊吹ちゃんとその他大勢の幼稚園の友達を天秤にかけて、幼いながらにどちらが大切なのかを決めたのだ。
「私は伊吹ちゃんのこと嫌いになんて絶対ならないもん」
「そんなの分からないじゃん。ゆきちゃんだって皆みたいになるかもしれない」
「そんなことないもん」
嫌いになるならないの押し問答は続き、大好きな伊吹ちゃんに信じてもらえないことに苛立ちが募る。子供故に短絡的だった私は、伊吹ちゃんに信じてもらうためにとんでもない暴挙に出た。
「こうすれば分かってくれるよね…。………えい!」
「んっ!?」
伊吹ちゃんのいるベッドに上がって、押し倒して無理やり唇を奪ったのだ。
「な、なんで…?ちゅーは大好きな人としかしちゃ駄目なんだよ?」
「大好きだもん!私は伊吹ちゃんのこと大好きだもん!」
「で、でも、女の子同士だから…」
「そんなの関係ないもん…!私は伊吹ちゃんが大好きで、大好きだから絶対離れてなんかあげない。一生一緒にいるんだから!」
そう言って何度も伊吹ちゃんに口付けの嵐を降り注いで想いを伝えた。何度も何度も伝えたことで、伊吹ちゃんにも私の気持ちが伝わったのかようやく信じてもらえて、それ以前よりも強固な絆が結ばれたのだった。
「思い出し過ぎた……………私なにやってんだ……」
幼き日の懐かしい記憶が蘇って、忘れ去っていた黒歴史も一緒に掘り起こされてしまった。今では考えられない程のとんでもない暴挙。後先考えない無鉄砲な行動。小学生になる前で恋心も自覚していなかったせいで、ありえないようなことをしてしまっていた。私と伊吹のファーストキスって、幼稚園のころだったんだ…。まだ互いに未経験だと思ってた。
「千乃顔真っ赤だよ?」
「なんでもない………。ちょっと変なこと思い出しちゃって」
伊吹は平然としているから、もうあんな昔のことは忘れてくれているのだろう。伊吹限定のキス魔だった5歳児の私とか覚えられてなくてよかった。
「そうだ千乃」
「うん?」
「この写真撮った頃の続きする?」
「へ……?」
小悪魔じみた悪い笑顔で伊吹がぐいっと顔を寄せて、私の耳元でそう囁いた。
「千乃が無理矢理私の初めて奪ったの、覚えてない?」
「んな……覚えてたの」
「忘れるわけないじゃん。あの時の続きしたくない?」
耳に唇が触れそうな距離で囁かれるもんだから、思わず身悶えして身体が震えてしまう。こんな意地悪されるとは思ってもいなかったから、何も言えずに固まるしか私には選べる選択肢はなかった。
「ふふっ…。冗談だよ。さっきより顔真っ赤にしちゃって、ゆきちゃんは可愛いね」
「心臓に悪いって……………」
昔はこんな冗談を言う子じゃなかったのに。今はこんな揶揄い方されたら、私のノミの心臓じゃ耐えられないからやめてほしい。
「まったく…。いつの間にこんな小悪魔に育っちゃったんだか」
「ごめんごめん。……子供の頃の続きは、また今度ね」
「はぁ?!」
腰に手を回されて、耳元でリップ音を鳴らされて思わずビクッと身体が跳ねてしまった。
「だってもうすぐ千乃の誕生日だもんね。それまて待っててね」
「そ、それは…………わかりました…」
私の誕生日は12月の24日。世間で言うところのクリスマスイブの日。もうその日まで1週間しかない。その日に伊吹は多分だけど私に結婚を申し込んでくれる。仕事を辞めた日に、伊吹から誕生日にデートをしないかと誘われて、専業主婦になってもらうのだから仕事なんて探すなと言われたことがあったのだ。
半分冗談程度に受け取っていたけど、子供の頃の続きをその日にするってことは、いよいよ本気じみてきている気がして、真っ赤な顔で俯く以外の反応を私は取れなかった。
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