第14話<伊吹side>
「お待たせー」
「いえいえ。私も今来たところですよ伊吹先輩…!」
「私は待ったわよ」
駅前で控えめな声で互いに挨拶をする。平日だからそこまで人通りが多い訳では無いが、無駄にリスクを負う必要も無い。
「それじゃあ行くわよ。予約したお店すぐそこだから」
「はーい」
今日は仕事以外で珍しく外出する日だ。外に出かけるとしたらいつもは千乃の買い物の付き添いとかだけど、今回は数ヶ月ぶりの同僚との食事会だ。
いつもは面倒臭いし千乃のご飯の方が美味しいからと断るのだが、今日は千乃も会社の忘年会だとかで帰るのが遅くなるらしいから、久しぶりにお呼ばれした次第だ。
「ねぇ若葉。今日なんのお店?」
「クラフトビールの種類が豊富で、他のお酒も美味しいところ!」
「えー、若葉さん飲むんですかー?」
「なによ文句あるの?」
私達を先導して歩く若葉はリーダーシップがあって普段は頼れる同期なんだけど、お酒が入ると駄目人間になる。お酒大好きらしいけどそこまで強いわけでもない若葉は毎回潰れて周りに迷惑をかけているのだ。
それを分かっている後輩の茜は不満げに眉を落としてぶーたれている。
「伊吹先輩も手伝ってくださいね」
「いやだ」
「えー。いいじゃないですか。若葉さん悪酔いした時大変なんですよ?」
「いやだ」
自分の恋人の介抱くらい頑張りなさい。そういう意味も込めて突き放す。更に不貞腐れる茜だけど、嫌なら自分の彼女の手網くらいちゃんと握っていて欲しいものだ。
「予約した本若です」
「いらっしゃいませ。お席ご案内致しますね」
歩きながら若葉の押し付け合いをしていれば、どうやらお店に着いたらしい。雰囲気の良いお店だけど、ちょうど会社の飲み会でもしているのか大集団が店の殆どを陣取っていて、少し賑やかがすぎる。
「騒がしいな」
「しゃーないよ。忘年会シーズンだからね」
あまり騒々しいのは私も苦手だが、千乃も嫌いだから、もしもあの場に千乃がいたら大変そうだなーなんて想像をしながら席に着く。
私だったらあそこまで五月蝿い集まりだと機嫌悪くなりそうだけど、千乃ならなんだかんだ言って愛想良くしてそうだから心配はいらないかもしれないけど。逆に千乃みたいな清楚美人が誰にでも愛想よくしていたら勘違いする男が量産されて、また別の問題で大変そうだけど。
「とりあえず乾杯しようか」
「あぃ。乾杯」
私達は一応同じ会社の集まりとは言えども、殆どただの友人同士みたいなものだから、隣で騒いでいる会社員達と違って面倒な乾杯の音頭なんてない。
「いつもお疲れ様ですー」
軽く労ってグラスを打ち合わせて終わりだ。
「てかさ、あの集団の端の方にいる女の子めっちゃ綺麗じゃない?」
「なんですか若葉さん、浮気ですか?」
「いやいや、違うって。ただ客観的事実を述べただけじゃん」
適当に飲み食いしながら駄弁っていたら、若葉が親指でサラリーマンの集団を指さしながら、確かに浮気とも取れそうな発言をしていた。
「事実とは言っても、彼女の前でほかの女褒めますか普通……って、ほんとに綺麗ですね。モデルさんかなにかでしょうか?」
「茜……あんたも人のこと言えないじゃない。それにスーツ着てんだからあの集団と同じ会社の人でしょ」
2人が見る方に視線を向けると、確かに美しい人が男性社員達に囲まれて座っていた。
「って、千乃じゃん」
「え、それって確か噂の親友ちゃんですか?」
今まで見たことの無いような、感情の一切ない冷徹とも受け取れる無表情で座っていたから、一瞬千乃と分からなかった。
「うそ、親友ちゃんってあんな美人さんだったの?」
「あの顔で嫁スキルもとんでもなく高いとか、伊吹先輩いい人捕まえましたねー」
「まだ捕まえてないけどね」
まさか千乃の忘年会のお店がここだったなんて。凄い偶然もあるものだ。
それにしても、あんな怖い顔した千乃は初めて見た。明るい光に集る虫のような男共になにか気に食わないことでもされたのだろうか。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「いてらー」
少しばかり心配になった私は、トイレと偽って席を立つ。そのままWCと書かれた矢印に沿って歩き、千乃の近くで会話を伺う為に立ち止まる。
「浅田さんって休日なにして過ごしてるんですか?」
「特に何も」
「千乃ちゃん、そういえば連絡先交換してなかったよな?折角だしLIME交換しようよ」
「LIMEやってないんで。あと名前で呼ばないで貰えます?」
「かぁー!相変わらず冷てぇー!」
酔った男共が群がって、順番に千乃に話しかけている。それにしても、千乃の苗字久々に聞いた気がする。浅田千乃ってフルネームで聞くのは学校いた時くらいだから、なんか新鮮だ。
結婚したら山神千乃か浅田伊吹か。私的には山神千乃の方がいいな。
「LIMEやってないならイソスタは?」
「やってません」
「またまたー。じゃあ電話番号でいいや。教えてよ」
「スマホ持ってないんで。社用のスマホのメールアドレスなら知ってますよね?それでいいじゃないですか」
超塩対応の千乃は男達に一瞥することもなく、手元のスマホを弄って適当に答えている。
「いやいや。スマホ持ってないって今弄ってるのはなんなのよ」
「さぁ」
「浅田さんって社用のスマホにメールしても返信してくれないじゃないっすか」
「仕事に関係ない内容だったので。プライベートな用途で会社から支給されたスマホを使うのはどうかと思いますよ」
千乃って興味ない人にはこんな適当な応対しかしないのか。普段の優しくて面倒見のいい千乃しかしらないから、知らない人を見ている気分になってくる。だけど、あれだけ寄せ付けない受け答えしてくれるなら、変な男に引っ掛けられる心配もなさそうで安心だ。
「千乃ちゃんお酒進んでないじゃん?ほらもっと飲みなよ」
「結構です。私お酒アレルギーなんで」
「そんなアレルギーあんの!?」
「はい。それと、名前で呼ばないでくださいって言いましたよね?セクハラで訴えますよ」
「うっ…すみませんでした」
流石にそろそろ席に戻らないと怪しまれるだろうからと、この場から離れて歩き出す。心配するようなことはなかった。千乃は私と違ってしっかりしているのだから、あんな顔目当てで近寄ってくるような野郎共に靡くことなんてありえなかったのだ。
それにしても、千乃がお酒アレルギーとは。たまに私の家で飲んで速攻で酔い潰れるのはなんだったのだろうか。
今日の夜にでも聞いてみようと頭の片隅にメモをして、同僚の待つ席に戻った。
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