第17話

「え、お客さん来るの!?」

「うん。明日2人くらい朝から来るから」

「そういうのはもっと早く言いなさいよ!明日買い物行こうと思ってたから冷蔵庫の中空っぽなんだけど!」

「別に同僚が来るだけだし気にしなくていいよ?」

「そういう訳にもいかないでしょ」


 時刻はまだ20時半。近所のスーパーもまだギリギリ開いている時間だ。


 朝から来るということはそれなりに長い時間居るんだろうし、それならば一切なにも出さないのも失礼になるだろう。なにより伊吹が普段お世話になっている方々だ。日頃の感謝を伝えるためにも、私に出来る精一杯のおもてなしをしなくては。


「ちょっと買い物行ってくる!」


 手早く防寒着に着替え家を飛び出した。もう小洒落たお菓子を買いに行っている時間はないから、食材だけでも買い込んで私の料理でもてなすしかない。


 伊吹に喜んでもらえるように、料理の勉強は沢山してきたのだ。伊吹の同僚の1人や2人くらい満足させてみせる。


 意気込んで支度をして、翌日の仕込みをしてからその日は眠りについた。












「いらっしゃい」

「お邪魔します伊吹先輩!」

「邪魔するわよー」


 玄関から伊吹と聞き慣れない2人の女性の声が聞こえる。いくら広い家とはいえ玄関に伊吹だけでなく私もいたら邪魔でしかないから、リビングで待機中だ。色々準備はしているけど、いざもてなす側となると少し緊張してしまう。


「い、いらっしゃいませ」


 リビングの扉が開き、伊吹に続いて入ってきた2人に声をかける。緊張しすぎて、飲食店みたいな挨拶をしてしまった。


「どしたの2人とも」


 入ってきた2人は私を見るなり固まってしまった。伊吹が困惑して声をかけているが、それでも2人は私を見たまま動かない。そんなに奇抜な服装をしているわけでもないし、特に変なところはないはずなのだが何かおかしかったのだろうか。それとも緊張しまくってぎこちない笑みを浮かべている私があまりに滑稽で笑いを堪えていたりするのだろうか。


「ちょっと、2人して固まってなんなの」

「え、あ、いや。えーっと、ごめんなさい。取り乱しました」

「…………はっ!思い出した!居酒屋にいた清楚系美人の子だ!」


 伊吹が2人を揺さぶると、ようやく意識が戻ってきたのか動き出してくれた。それにしても居酒屋の清楚系美人ってなんだろう。


「このちっちゃい方が私の後輩のあかね。んでテンション変になっちゃったでかい方が私の同期の若葉わかば


 相手をするのが面倒くさくなったのか、伊吹が私の隣に来てお客さんの2人を紹介してくれた。


「そんでこの子が千乃ね。いつも話してるから知ってると思うけど」


 なんとも簡素な紹介をしてもらっていると、若葉さんが私に詰め寄ってきた。


「あのあの、千乃さんってこないだ駅前の居酒屋で大勢で飲んでましたよね?その時お見かけして凄く綺麗な人だなって話してたんですよ」

「あー、忘年会の時ですかね。ふふっ、お世辞でも嬉しいです」

「ちょっと若葉さん浮気ですか?」

「違うって。茜だって帰ってから千乃さんのこと綺麗な人だったって言ってたじゃん」

「そりゃあモデルさん並に綺麗な人見掛けたらそういう感想もでますよ。でも本人を口説き出したらそれは浮気ですー」


 若葉さんと茜ちゃんは私が緊張しきっているのを見抜いて、明るく冗談で場の空気を和らげてくれた。流石に沢山のファンがいる配信者さんだ。コミュニケーション能力が私と違ってとても高い。


「配信準備しないの?」

「あ、そうでした!時間ちょっと押してますし、早く始めましょう!」


 どこまでもマイペースな伊吹が仕事部屋に向かいながら2人に声をかけた。お昼くらいまで3人で一緒に配信をして、その後私がお昼ご飯を振る舞うことになっている。日曜日だというのに、お仕事をしなきゃなんて配信者という職業はとても大変らしい。


「じゃあ千乃また後でね」

「うん。頑張ってね」


 軽く手を振って伊吹のお見送りだ。見送ると言っても隣の部屋に行くだけだが。3人の姿が見えなくなったのを確認してから、私もキッチンに戻る。


 配信を頑張った伊吹の為にも、出来うる限りの美味しいものを用意してあげたい。いつも通りに腕を振るって皆の分のお昼を作り上げた。






「お疲れ様。お昼ご飯出来てるよ」


 数時間経って部屋から出てきた皆に声をかければ、特に伊吹の表情が輝く。防音のしっかりしているこの家でもリビングに声が届くくらい3人は盛り上がっていた。あれだけ賑やかにしていたらお腹も空くだろう。


「お腹ぺこぺこー。今日のお昼はなに?」

「エビとアボカドのジェノベーゼパスタにジャガイモのポタージュ。あとは生ハムのシーザーサラダだよ」


 さっさと席についた伊吹の前に出来上がった料理を運んでいく。1品置く度に子供みたいに目をキラキラさせてくれるから、作った私としても嬉しくなる。


「千乃さん運ぶの手伝いますよ!」

「ありがとう茜ちゃん。もう盛り付けてあるからキッチンにあるの運んでもらっていい?」

「もちろんです!」


 私と茜ちゃんの2人で、テーブルに料理の数々を手早く運んでいく。早く食べたくてソワソワしている伊吹が可哀想だから少し急ぎめでた。


「よしっ。じゃあ食べましょうか」

「いただきます!」


 私の声掛けにいの一番に反応した伊吹がパスタに手を伸ばした。何でも食べる伊吹だけど、パスタとか麺類が大好きだから我慢するのも大変だったのだろう。


「お店で出てくるレベルでお洒落ね。写真撮ってもいいかしら?」

「ほんとですね。お高いランチに来たのかと勘違いしちゃうくらいクオリティ高いし、すっごく美味しそうです」

「大丈夫ですよ。少しだけ張り切ったので喜んでもらえて良かったです」


 写真を撮りながら感心している若葉さんと茜ちゃんを見てホッと一息ついた。伊吹が普段からお世話になっている方々に少しでもお礼がしたくて昼食の場を設けさせてもらったのだから、彼女達が喜んでくれたことに何よりも安堵した。


「千乃おかわりある?」

「もう食べたの?」

「うん!美味しかったからもっと食べたい!」

「はいはい。まだ沢山あるからそんなに慌てて食べなくてもよかったのに。ほら口の周り汚れてるじゃない」


 急いで食べていたから、口の周りにソースが付いてしまっている。指で拭ってあげたのに、また直ぐに食べ出すから意味がなくなってしまう。


 指に付着したパスタのソースを舐めとれば、バジルペーストの爽やかな香りに、少しだけ拘って買ってみたチーズがいいアクセントになっている。我ながらかなり美味しくできたのではないだろうか。


「千乃食べないの?」

「食べるよ。どれがいちばん美味しかった?」

「やっぱパスタ!こうやって具材全部纏めて食べると最高だよ。ほら食べてみて」


 器用に具材全てをフォークで刺して、その上でパスタをクルクルと巻いたものを私の口元に差し出してくる。一口の大きさが私と伊吹では違うから、伊吹基準の量を口に入れるのは苦労した。


「うん。美味しい」

「でしょ!」


 まるで自分で作ったかのように嬉しそうに微笑む伊吹が可愛くって、思わず私も笑みがこぼれる。


「……これでまだ付き合ってないのか」

「らしいですね。互いに鈍感だと大変そうです」


 幸せそうに食べ進める伊吹ばかり見ていたから、若干呆れたようにこちらを眺める2人には気が付かないのであった。

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