第30話

「はぁ…まいったな。今回の盗賊討伐受けた冒険者パーティは新参みたいで情報がほとんどないってのに」


ナントローモへの街道をヒュージラカンに乗った男が重い溜息と共に独りごちた。

盗賊団の討伐依頼が冒険者に依頼された場合、即座に情報を集め盗賊団の頭であるマルケスに報告する事になっている。

男、ベニーはギルドで下働きをしており、先程盗賊団討伐依頼を受けたパーティについて現状知り得た情報をマルケスに報告したのだが、ほとんど無いに等しいその情報に理不尽な仕打ちを受け、詳細な情報を持ってくるよう根城から追い出されたのがつい先程の出来事だ。


今まではBランク依頼であった事もあり、ナントローモを拠点に活動する冒険者パーティが依頼を受けていたため、情報を集める事は勿論、討伐に向けた計画なども簡単に集める事が出来ていた。


「ブループラチナムって最近ナントローモに来たみたいだし、冒険者としての活動や個人の強さもほとんど情報がないんだよな…ギルドの休憩場や飲み屋でも見かけないから、他の奴らも情報がないって言ってたし…」


「あーくそっ!」


グシャッと頭を掻きむしり何か情報を集める方法を考えても、ブループラチナムのパーティが何処で何をしているのか全く分からない。

討伐の詳細な情報を仕入れなければ、自分の命も危ぶまれる。

ベニーはナントローモにいる盗賊団の諜報仲間と相談するためにヒュージラカンに鞭を入れ街道を急いだ。


「おい、何か情報は?」


ナントローモに着き、早速仲間がいる酒場に顔を出す。


「おう、ベニーか。まあ座れ」


諜報仲間のジェモが渋い顔をしながら席を進めた。

まだ日は高く酒場も営業時間外である。

休憩中とあって店にはジェモ一人だった。


「はぁ…水を一杯くれ」


ベニーは椅子に腰を下ろしジェモに水を要求する。街道を急いで駆けてきたため、喉がカラカラだった。


「で、お頭はなんて?」


水をなみなみと入れたコップをベニーに渡すと、カウンターから自分の分の酒と少々のつまみを持って隣に座る。

ベニーは渡された水を一気に飲み干し、先程の頭との会話をジェモに伝えた。


「流石にパーティメンバーの人数や冒険者ランクだけじゃあなぁ…」


ジェモもある程度分かっていたようで、はぁ…と長い溜息を吐いた。


「今回はAランク依頼だから当然依頼を受ける冒険者だってAランク冒険者だ。ナントローモにも居ないことはないけど、ほとんどダンジョンに潜る。依頼を受けるパーティなんて出てこないだろうと思っていたんだが…」


ジェモは頭に手をやりボリボリと掻く。


「依頼を受けたブループラチナムってパーティは今朝ランクアップ試験受けたリーダーがAランクになったばかりなんだ。それに、最近ナントローモに来たばかりでなんの情報もない…正直どこの宿に泊まってるのかすら調べてねーよ。それに、他にも依頼を受けてるみたいでさ」


「は?盗賊団討伐依頼以外にも受けたのか?」


ジェモが食べようと手に持ったつまみを落とした。


「ああ、魔の森の魔獣の角の採取と、ダンジョンでの素材集めだそうだ」


ベニーが頭が痛いという素振りでジェモに伝える。


「魔の森の魔獣の角だって?あれは生きたまま角を取らないと、使い物にならないから難易度の高い依頼だろう」


「そうだよな。パーティメンバーのほとんどがBランクになってるんだ、もしかすると相当な実力者の集まりなのかもしれねぇ…」


ベニーはブループラチナムのパーティが受けた依頼を思い出す。

魔の森の魔獣の角は、採取だけならさほど難しくはない。勿論準備をしっかりする必要はあるのだが、魔獣さえ見つければ後は簡単だ。ただし、依頼内容は生きたままの状態で角を採取するとなっている。こうなると格段に難易度が上がるため、なかなか依頼を受ける冒険者はいない。

またダンジョンでの素材集めも、Bランク冒険者パーティでなければ先ず無理な内容だったはずだ。

条件はないが、魔物が強い。魔物以外の素材であっても、ダンジョン内を探すのだ、かなりの確率で魔物に遭遇する。少なくとも、1~2週間はダンジョンで生き残れるくらいの強さは必要だった。

そこへAランク依頼である。その3つの依頼を同時に受けられる、尚且つ対応が可能だと判断したから受けたのだ。


「今回は根城で迎え撃つのは止めた方が良いな。討伐の日にちが分かれば、お頭達を別の場所に避難させて討伐依頼を失敗させるって方向でナシをつけよう」


ジェモの意見にベニーも頷く。


「ペデロにも情報集めて貰うか。ザッケルにも少しは滞在してただろうしな」


「ザッケルのギルドで依頼受けたとかか?でもCランク依頼だと思うぞ」


ベニーはペデロの情報の必要性が分からず首を捻る。


「ランクアップしたのはナントローモでだが、ここに来るまでにどう動いていたかは調べておいた方が良い。ただアイベルンの方から来たってなら、調べようがねえな」


ジェモは隣街であるアイベルンにもダンジョンがあり、そっちから流れてきたなら仲間がいないため分からないと言う。


「でもアイベルンのダンジョンもここのダンジョンと難易度は変わらないだろう?わざわざナントローモに来るか?」


ベニーの意見に確かになと頷く。

それでもジェモは何やら考え込んでしまった。


「他の連中はまだ情報集めの最中か?シードさんが商人担当の連中も動員して情報集めろってさ」


「そうか…なら近場の奴には伝えておく。悪いが残りはベニーが伝えてくれ。後で全員で情報共有しよう」


「ザッケル側はどうする?」


「ペデロに急使を出す、ザッケル側も全員で情報を集めて貰おう」


「分かった、それも俺がやっておく。じゃあ後でな」


ベニーは急使を出すため急いで店を出た。ペデロに急使を送ったら仲間に情報を集めるよう伝えなければならない。諜報仲間全員で少しでも情報を得るために動く、それしかないのだが…あまり期待は出来そうにないという思いは拭えなかった。

そろそろ潮時なのではないか、その考えがチラリと脳裏を過ぎる。気がつけば随分と大所帯になっていた。30人を超える盗賊団を維持していくのは簡単な事ではない。シードも人数が増えすぎたと零していたのを記憶している。

今までなんとかなっていたのが奇跡だったのではないか。ベニーは弱気になる心を叱咤し、ザッケルの街に急使を送った。



盗賊団の根城、マルケスは酒を呷りながらシードの言葉を聞いていた。


「今回の依頼を受けた冒険者パーティはAランクになりたてだが、どうもきな臭い。普通上がったばかりのランクの依頼などそうそう受けるもんでもないからね。ただの世間知らずなら良いが用心に超したことは無いだろう」


確かにな、とマルケスは思う。

シードという男は用心深く情報を集め、先手を取る事を良しとしてきた。マルケスもシードの情報に何度となく助けられている。盗賊団の頭などやってはいるが、シードの存在がなければとうの昔に捕まっていただろう。だが、ランクアップしたばかりの歳若い冒険者どもだ。マルケスはそれほど警戒は不要だと内心では考えていた。


「Aランクの試験に受かったって事は実力はあるんだろうが、他はBランクだろう。今までの冒険者共だって俺達が敵う相手じゃなかったが、お前の作戦で勝って来たじゃねえか。今度も作戦と人数で押せるんじゃねえか?」


「今までの奴らも確かに普通に戦えば負けただろうさ。俺達の強さなんてCランクがそこそこだ。情報戦でなんとか勝って来たが…今回はその情報が何も無いって言うところが、な…」


マルケスの言葉にシードは首を縦には振らず「嫌な予感がする」と呟いた。

マルケスは豪快で単純な男だ。

あれこれ考えるのは性にあわないため、頭を使う事は全てシードに任せている。

シードは人当たりの良い風体ではあるが、腹黒く計算高い男で、戦いに不向きである事は自覚していた。そのためマルケスに強さを求めており、冒険者から盗賊に成り下がってもずっとマルケスを支えて来ていた。そしてそんなシードをマルケスは買っていたため、今まで討伐される事もなかったのだが。


「まあ先ずは情報を集めるしかねえだろ。ついでに蒼銀のなんちゃらって商会の情報も集めてくれ。そいつらを襲って一稼ぎしねえと、そろそろ酒も飲めなくなるぜ」


マルケスは空っぽになったジョッキを逆さに振って酒が無いことをアピールした。


「違いない」


苦笑したシードは立ち上がり自分が取りまとめている諜報員達に話を聞くためナントローモに向かうと告げると根城を後にした。

マルケスは空になったジョッキを見つめシードが零した言葉を反芻する。

「嫌な予感か…」


シードが出ていった扉に視線を移すと


「珍しい事を言いやがる…まるで…」


マルケスは酒の代わりに言おうとした言葉を飲み込んで、代わりとばかりに息を吐き出した…

元々は冒険者くずれで、数人で始めた事だった。当時は追い剥ぎぐらいだったが、少しずつ人が増え、生きていくために村を襲った。

ナントローモを離れれば良かったのに、冒険者として生きるより盗賊として生きる道へと流れて行った。人から奪う方が楽だったし、自分の強さを誇示出来たから。盗む事だけで、人を殺める事はしなかった。だが、人数が増えれば統制も出来なくなる。段々と盗賊団を率いる事が面倒になっていた。身の丈に合うダンジョンで身の丈に合う稼ぎを細々と続けていれば…

そんなことを何度も考えては酒で流し込んで振り払う日々にも疲れたが、死にたい訳でもない。

生きるために足掻くだけと、今はただシードが持ってくる情報をじっと待つことにしたのだった。

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