第33話

「ゼン様、私達は冒険者ギルドに行って参ります」


冒険者ギルドへと向かう為、オルトがいい笑顔でグレイとエイダンを引き連れて挨拶をする。


「ああ、気をつけてな」


「はい、早急に片付けて開店準備に戻りますね」


にこりと微笑んだオルトは指名依頼を熟すため楽しそうに宿屋を出ていった。依頼終えた後の開店準備が楽しみなんだろうな。


ハイデルワイスに到着した俺達は早速店の準備に取り掛かり、少し大通りから外れた場所に広い売地を見つけた為、早々に購入すると通りに面した所に2階建ての店舗を、その裏に倉庫と居住用の家を建築した。

ジガンの建築スキルのお陰で思い通りの店舗や倉庫が1週間くらいで出来上がったのだ。もちろん俺達も全員が手伝ったのは言うまでもない。

店以外はさほど凝った作りや華美な装飾は必要ないが、倉庫は少し工夫を凝らした。

倉庫の奥に転移陣を設置してそこから商品をベルトコンベヤーで指定の場所に運ぶ作りにしたのだ。転移陣と商品を置く場所は壁で区切り、ベルトコンベヤーだけが行き来出来るようにする事で、実際は異空間から商品を出して乗せても転移陣が見えないので問題ない。

店舗の裏口から倉庫に入れる大きな両開きの扉とその横に普通の扉を作り、倉庫への出入りは店舗からしか出来ないようにしておく。

扉を開けて入っても商品が置かれている部屋にしか入れないよう、転移陣への扉は従属契約している人間のみ反応する魔導具にしておいた。

これで情報漏洩はバッチリだ。


オルト達に面倒くさい冒険者ギルドの指名依頼を対応して貰い、俺達は開店準備の為に宿を引き払い建てたばかりの店舗に向かった。

ハイデルワイスに着いて直ぐ、商人ギルドに商会の店舗設立報告、転移陣の特許申請、各種魔導具の見本納品(商人ギルドでの喧伝用である)、店舗用の土地の斡旋と店員の募集を依頼しておいた。

今日は店舗に商品の陳列をしつつ、店員募集で集まった人達との面接を行うのだ。

面接官は俺、ナジ、ノエルだ。

ジガン、レビー、ネラには店舗の方を任せて早速応募してくれた人を面接することに。

店舗の2階、執務室として使う部屋の前に椅子を並べ順番に並んで貰うと20人近い人が応募してくれたようで、執務室前の廊下は混雑してしまう。

とりあえず一人一人と面接を行い、こちらの条件と相手の人となりを確かめ5人の男女を雇い入れることにした。

接客業が主な仕事になるので、基本は明るく丁寧でコミュニケーション能力が高そうなタイプを選んでいる。

面接終了後、商品説明や労働基準、接客内容などを説明して早速明日から来てもらう事にした。これで商会の開店準備はほぼ終わりだ。オルトが戻る頃には商品も並べ終わるだろう。

いよいよ本格的な商会の運営開始である。


「おはよう。いよいよ今日から蒼銀の月商会の活動が始まるね。まあリンデンベルドの仮設店舗の活動もあったはあったけど、あれはノーカウントって事で。ここ、ルトワール領ハイデルワイスが俺達蒼銀の月商会の始まりの店だ」


俺は朝食の席で食事の前に意気込みも新たに話し始めた。


「店内での接客は新しく雇った5名に対応して貰うつもりだ。常に2〜3人は店で5名の従業員の上司として接客対応や商品説明のフォロー、異空間からの商品補充などの為に居てもらうけど、今まで通り素材集めや魔導具作成、武器や防具の作成など、各々の作業もやって欲しいと思ってる」


ぐるりと全員の顔を見回すと、こくんと頷く仲間達。

頼もしい限りです。


「帳簿の管理や品質管理、接客員の知識向上等も大切ですね。帳簿や品質管理は私やナジが担当しても宜しいでしょうか」


「もちろんだよ、オルト。商会運営方法はオルトやナジに任せるさ。なんたって、二人は優秀な副会長と番頭なんだから」


手放しで褒めるとオルトもナジも照れたのか、俯き何やらモゴモゴ言っているがこれは本心だからな。


「新しい商品の開発は進めても大丈夫ですか!?」


ノエルが瞳をキラキラ輝かせてちょっと興奮気味に俺の顔をじっと見つめてくる。

うん、最近商品が増えて控えて貰ってたもんね。


「良いよ、商品として売り出すかは試食会での評価次第だけどね」


俺は苦笑しながらもノエルに許可を出すと、満面の笑みでもってコクリと頷いた。小さく「やったー」って声も聞こえたけれど、とりあえずやり過ぎない程度に開発して欲しいかも。

だって食事系が増えすぎて陳列棚に入らなくなりそうだし。


「ゼン、ネラは素材集めに行きたい」


接客は得意ではないようで、ネラが素材集めに立候補した。


「ギルド依頼でも良い」


ちょっと上目遣いでテーブルの上に両手をぐーにして置いているあの子は妖精でしょうか。俺を惑わすなんて、ネラ恐ろしい子!?


〔エルフです。落ち着いてください〕


あ、はい。


「素材集めやギルドの指名依頼はネラが中心になってその日のメンバーを決めて行ってくれるかい?」


「ん、ネラに任せる」


ぐっと胸の前で拳を握るネラ。

美幼女から美少女に成長しても可愛いのは変わらないね!変な虫が付くんじゃないかお父さんは複雑な心境だぞ。


「ゼン様。ご報告したい事がございます」


スっと手を上げオルトが戸惑いがちに声を上げた。

小さく頷いて先を促すと既に終わった事ではあるのですが、と前置きをしてオルトが話し始めた。


「昨日指名依頼を受けた時、冒険者達が話していたのですが、リンデンベルドのダンジョンでスタンピードが起きたそうで、近隣の街や村に被害が出たそうです」


「スタンピード!?」


「はい、セリスタのダンジョンは何事もなかったようですが、オークのダンジョンの方で大量のオークがダンジョンから出てきたそうです」


「セリスタの冒険者だけで大丈夫だったんですか?」


ナジが少し眉を寄せてオルトに尋ねる。


「いえ、リンデンベルドの冒険者にも救援要請が出て、総出で対応したようですよ」


オルトは冒険者ギルドで出来るだけ情報を集めてくれたらしい。


「私達も偶にオークの素材集めに行っていたし、放置していた訳でもなかったはずなのですが…」


「うん、リンデンベルドのダンジョンはどっちもそこそこ冒険者パーティが潜ってたよね。セリスタ側は30階層以降のアンデットの数がヤバい事になってたけど、俺達が物凄い勢いで狩っていったから、寧ろ魔物の数が減って困ってたくらいだしな」


俺達が状態異常無効のスキル取得の為にセリスタのダンジョンはしょっちゅう狩ってたんだよね。オークのダンジョンは定期的に素材集めに行ってたくらいだけど、スタンピード起こすような兆候なんて……


〔スタンピードの原因はダンジョン内の魔物の飽和によるものだと言われてますが、飽和状態になる原因は放置だけとも限りません〕


「え、そうなの?」


〔はい。原因については解明されていない為、一番可能性の高いダンジョン放置が有力な説になっているだけです〕


「原因って特定されてないのか…まあでもスタンピードはもう解決したんだよね」


俺はオルトを見ると「冒険者の被害も大きかったようですが一応は」と頷いた。

なら、これ以上被害が拡大する訳ではないし、気にする必要もないか。


「あの…ポーション売りに出しませんか?」


珍しくエイダンが意見を出した。

遠慮がちではあるものの、利益目的というより救援目的として提供したいと言う。無償と言わなかったのは商会運営を考慮してくれたのかな。


「ふむ。街の住人や冒険者の被害が大きかったなら、回復薬は必要か…」


俺は少し考え込む。

あまり目立ちたくはないのだけれど、支援が必要なら提供するのはやぶさかではない。

被害が大きい場合、ポーションは品薄になる可能性がある。高騰すると、住人の生活もままならなくなるからな。もしかして炊き出しとか必要だったりするのか?

スタンピードの被害ってピンとこなかったけど、あっちの世界でいう地震などの被害と考えると…


〔諜報君1号2号で情報収集して必要な物があれば支援を考慮してはいかがでしょう〕


「そうだね。情報収集は俺がやるよ。開店時間迄に諜報君達を放って戻るから、それまで開店準備よろしくな」


「はい、お任せください」


「エイダンは回復ポーションを作成してくれ。在庫はあるけど、どれだけいるか分からないからさ」


良い意見を出してくれたエイダンを労いながら調薬をお願いしておく。エイダンは嬉しそうに「任せてください!」と請け負ってくれた。


「スタンピードがどう影響するか分からないけど、本日蒼銀の月商会ハイデルワイス店は開店します。みんなよろしくね」


「「「「「はい!」」」」」


うん、良い返事です!



セリスタの街門の近く。

少し森に入った所に転移した俺は、異空間から諜報君達を20組取り出し街の状況を探るよう行動基準を再錬成する。

1号2号のペアが20組セリスタへと飛んでいった。


……ダンジョン内も調査しとくか?

いや、冒険者ギルドがやってるだろう。戻らないと。女将さんは無事だよな…

少し後ろ髪を引かれるが、俺はハイデルワイスの店舗へと転移した。



「ゼン様おかえりなさいませ」


執務室に転移した俺をオルトとナジが迎えてくれた。無事に開店準備は完了し、新しく雇った従業員さん達もスタンバイ済みとの事。

1階に降りると、既にふかふかパンやピザなどの焼ける匂いを振り撒いている。ビールやワインなどの酒類の食品サンプルのケースも店頭に置いて、蒼銀の月商会のハイデルワイス店は無事開店を迎えた。

早速匂いに釣られお客様が来店である。

しばらく店先で呼び込みをしていたが、客足は悪くない。

順調な滑り出しを見せた商会運営はオルトやナジに任せ俺は執務室に戻った。


「さて、セリスタの状況は…と」


自分の執務机の上に映像受信の魔導具を取り出し、画面に映っているセリスタの街を確認する。

オークのダンジョンはセリスタの街からは距離がある為、スタンピードによるオークの進行は一気に押し寄せたと言うより、パラパラと攻めてきたようで街門である程度防げていたようだ。

街中の被害より街門付近の方が被害が大きい。

住人よりも冒険者の怪我人が多いので、街への侵入は辛うじて防げたのだろう。

回復ポーションは足りなさそうなのでギルドに卸せば適正価格で売ってくれるだろう。


〔大した被害でなくて何よりですね〕


「うん、ほんとだな。女将さんも平常運転だし安心したよ」


スタンピードの件は回復ポーションを100個程ギルドに持ち込む事で事足りた。俺達はそれ以上何もする必要もなかったのでこの件は日常の中で思い出す事もなくなっていった。


「いらっしゃいませ」


「見た事ない食べ物ばかりだけど、これは何かしら?」


「こちらはマヨネーズという調味料です。ご試食なさいますか?」


「まあ試食なんて出来るの?ぜひお願いしたいわ」


上品な奥様然とした女性がマヨネーズに興味を惹かれたようで試食している。

また別の所では商品を片っ端から購入している女性もいて、酒類はやはり男性客が主だった客層だ。

石鹸も富裕層には受けがいい。

2階を見に行くと魔導具に興味を持った人達がどれを購入しようかと吟味している。

やはり魔導コンロ、魔導ライトに魔導簡易水蛇口、魔導簡易お湯蛇口が人気なようだ。

大型の魔導オーブンや魔導冷蔵庫も値は張るものの、気になるお客も多く、魔導製氷機なんかは小型の物が売れ行きが良かった。

質問が多かったのはトイレだろうか。下水処理場が必要なので、手は出せないが購入したいと思うお客は多く質問の数が増えたようだった。

何度も店に訪れては値引き交渉をしてくるお客もいて、正直施行代とかも踏み倒す勢いなので断るのも大変だったわ……



「グレイ、エイダン、魔導具作成は順調?」


異空間の1階。

錬金術の作業場に顔を出し、魔導具作成中の二人に声を掛ける。


「順調です。さすがに新しい魔導具は作成出来ませんが、ゼン様が考案した魔導具は全て作成出来るようになりました」


グレイが作り終わったばかりの魔導具を手に立ち上がって俺に見せてくれる。

エイダンもうんうんと大きく頷いて順調だとアピールしていた。


「良い出来だな。今度何か新しい魔導具作ってみたら?」


「いや、ゼン様みたいには無理ですって。魔法陣はナヴィさんが作ってくれるとしても、何を作れば良いか思いつかないですよ」


八の字眉になって手を振るグレイはエイダンと顔を見合わせ「なぁ」と同意を求めた。エイダンもブンブンと首を縦に振り「想像出来ません」と慌てて答える。


「う〜ん…そんな考え込むような事でもないと思うんだけどな。こういうの欲しいなって思ったのを作れば良いだけだと思うんだけど…」


「その思い付きがないんですよ」


額に手をやりガクッと項垂れるグレイ。


「まあ、強制ではないけど、自分で想像した物を作れるようになると良いし、前向きに検討しといてよ、ね?」


俺は二人の肩をぽんぽん叩いて気楽にやっていこうと激励し、自分も少し錬金していこうと机に座ろうとした。


〔マスター!スタンピードによる救援要請です!〕


「は!?」


〔ネラ達が素材を売りにギルドに寄ったところ、ブループラチナムに救援要請の指名依頼が来たとの事。詳しくは冒険者ギルドでギルドマスターから話すそうです〕


「ナヴィ、全員冒険者ギルドへ向かうよう伝えてくれ。従業員さんには今日は店じまいしたら帰宅して貰って、明日詳細を話すとオルトから説明を。俺は先に行く」


〔承知しました〕


スタンピードだって!?

この間セリスタのオークのダンジョンで起きたばかりだろ。そんな簡単におきるものだっけ!?


また起きたスタンピード。何故か救援要請の指名依頼。何が何だか分からない。

兎にも角にも情報が必要だ。

俺は店を出て冒険者ギルドに向かった。

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