第32話
盗賊団を討伐した翌朝は冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような有様だった。
それはそうだろう、ダロンの村の近くを根城にしていた盗賊団の一員がギルドの下働きとして雇われていたのが発覚したのだから。
俺達は盗賊団討伐依頼の完了報告を終え、捕まえた盗賊団を全員ギルドに引き渡した。
その中にギルドの下働きをしていたベニーという男がいたため、ギルド内が騒然としたのだ。
当然ギルドマスターも慌てて事情聴取やら、ギルド本部への報告やら事態の収集に奔走する事を余儀なくされ、ギルド全体が慌ただしく動く羽目になったのである。
こっちは受けた3つの依頼は完了したので、ナントローモに残る必要も無い。
ギルドマスターが俺達にも事情聴取したがっていたが面倒くさい事に巻き込まれるのも嫌なので隣街のルトワール領アイベルンへと移動する事にした。
なんせ、盗賊団全員を捕まえられたのって、諜報君1号2号に情報収集させてたからだしね。
ナントローモとザッケルの諜報員達は、ナジやオルトがレビーとネラをそれぞれ伴って捕まえたんだけど。
それだって事前に情報収集してたからだもんな。企業秘密という事で、話せる事など何も無い。そういう事もあって早々に街を出たのだ。
ルトワール領へ続く街道では平和そのもので、道中暇だった事もあり、放置しておくのも気が引けたというのもあって盗賊団の根城のトラップを解除しに行ったんだけども…
まあほんと尽くトラップに引っ掛かり散々な目に遭ったのよ。
いやだってさ、壁から毒矢だの、毒針の敷き詰められた落とし穴だの、天井から突き出される毒槍だの、足を狙った鎌攻撃だの、トラップなんて可愛いものじゃなくてね。
なんせ基本毒なのよ。
本気で殺す気満々な仕掛けばかりでさ、足首がスパーンて刈られそうだった鎌攻撃、あれ避けれてほんと良かったわ。いやだって、スパーンて、ほんとスパーンて音が脳内で聞こえたからね?
マジで俺だから何とか無事だったものの、あんなん討伐中に引っ掛かったら正直やばかったと思う。
あまりにも腹が立って根城丸ごと灰にしてやったのは言うまでもない。残しといてまた盗賊が居着いても困るというのもあったけど、ほとんど八つ当たりに近かったのは否めないよね、うん。
まあ、誰にも見られなくて良かったよほんと。
荷車に戻った俺は冷や汗でびしょびしょな上に挙動不審だったけどもな…
それ以外は盗賊にも遭わず順調そのもので、ルトワール領に入ってからは旅人や行商人も多く見られた。
アイベルンの街はやはりダンジョンが近くにあるため、こちらもナントローモと同じように冒険者が多い。ただナントローモのダンジョンとは違い階層は深いもののフロアの広さは一日有ればフロアボスの部屋迄辿り着ける程度で、魔物は強いが慣れた冒険者パーティなら30階層迄は数日で回る事が出来る。もちろんBランク以上のパーティであればの話だが。それでも10階層迄なら辛うじてCランク冒険者のパーティでも魔物を狩り、素材を集める事が可能な為、ここでレベルを上げながら一攫千金を狙う冒険者は多かった。
20階層以降に出る魔物の中に希少な素材を持つ魔物が偶に現れるのだそうだ。
とりあえず冒険者活動は地味で面倒な上に、興味のある依頼も少ない事が分かったし、それなりにパーティとしてのポイントも稼げたのでアイベルンでは屋台で商会活動を頑張る事にした。エイダンやグレイはまだまだレベルアップが必要なのでダンジョンに行ってもらうことにしたら、レビーとネラも行きたがったので引率のオルトと5人でダンジョンに向かって貰う事にして、残った俺、ナジ、ノエル、ジガンで屋台をやる為にした。早速市場で屋台の準備を行い、パンの焼ける良い匂いを撒き散らしながら呼び込みを始めると、直ぐに客が集まり屋台は客で賑わい始めた。やはりふかふかパンやクレープ、コロッケやメンチカツ、ピザにカルツォーネが物珍しい事もあり、次々に売れていく。キンキンに冷えたビールも同じように売れ行きが良く、保存瓶が足りるかな?なんて心配になった程だ。どれも在庫は山のようにあるので大丈夫だけれど、後でビールの保存瓶は作っておこうと決めた。ジョッキで売っていたが、やはり移動時を考えると蓋が閉まる方が良い事もあり、少し高めでも使い回せるので売れ行きは良かった。ビールの味を知ってしまうと欲望は抑えられないのである。ぐふふふふ。
2週間程アイベルンで活動した後、次の街へと移動する。
グレイもエイダンもLVは十分に上がったので錬金術の方に注力して貰い、スパルタで錬金させているのだが、二人ともなかなかに良い腕でスキルが覚醒しただけはある。ちょいちょい合間を見てグレイは料理、エイダンは調薬も頑張って貰った。
ちゃんと休みは設けているので、みんな休日は思い思いに過ごせているようだ。
ビバ!ホワイト蒼銀の月!
ふっ、福利厚生に隙は無いぜ。
俺自身もアイベルンのダンジョンに潜ってレベルアップや素材集めを楽しめたし、深い階層の魔物を根こそぎ狩って希少な魔物との遭遇に胸熱な体験も出来て最高だった。
ルトワール領の首都ハイデルワイスまで幾つか街や村を経由して、のんびりと旅路を満喫出来た良い期間だったと思う。
今はハイデルワイス迄の街道をこれまたのんびりと盗賊ホイホイしながら移動中だったりする訳で。
今の自分達のステータスが全員普通にSランク以上だったり、俺の魔法や錬金術がバグなのかな?ってくらいにチートが過ぎてたり、その割に特に何か問題に巻き込まれる事もなかったりと平和そのものが怖いくらいなんだよね。
まあ、何も無いってのが一番なんだけど。
〔フラグですか?〕
ちょっ、ナヴィさん!?
やめてよ怖い事言うの!
〔申し訳ございません。あまりにもマスターがフラグを立てたがっているようでしたので〕
違うからねっ!
ただただ平和に過ごせていたなって振り返ってただけだから!
〔そうですか。確かにナントローモを出てから何事もなく、アイベルンでも、屋台やダンジョンでのレベルアップ、素材集めと順調でした。時々ブループラチナム宛の依頼が冒険者ギルドに来てるくらいでしたし〕
ああ、それね。
大した内容でもないのに指名依頼で、面倒くさいなって無視してる奴。
〔そろそろ受けた方が良いのでは?〕
えー、その辺のBランク冒険者パーティでも大丈夫な内容だったじゃん。ただの素材集めなんだし、別に俺達が受けなくてもさ。
〔まあ、そうではありますが、指名依頼ですからね。完了すればポイントは倍ですよ〕
むぅ…
じゃあジガン、グレイ、エイダンに行ってもらう?
〔オルトかナジのどちらかも一緒が宜しいかと〕
え、そんな面倒くさい依頼?
〔依頼自体はジガンだけで十分ですが、ドワーフ族という面で少し不安があります〕
どういう事?
〔ここは人族の国リオンテールですので〕
ああ…種族差別的な……
〔グレイとエイダンが交渉面で慣れてくれば二人だけで活動させても良いでしょう〕
うん、それだと錬金術作業が滞るから俺の仕事が増えちゃうね。
よし、指名依頼はオルトとエイダン、ナジとグレイのペアで対応して貰うことにしよう。
んで、グレイとエイダンが交渉面とか諸々をオルトとナジから学んで慣れたらジガンやレビーとペアで対応させても良いかもな。
ハイデルワイスに着いたら指名依頼と商会の店の購入とか色々分担しますか。
〔そうですね。マスター、ハイデルワイスで商会運営を本格的に開始するのですよね。でしたら建前上の居住空間の他に大きな倉庫付きの店舗に致しましょう〕
商品の保管って建前ね。
定期的に荷車での商品補充とかもやらないとダメかね?
う〜ん、やっぱり転送してるって事にするか?転移陣の魔道具を作ったじゃん、あれをもう少し改良して限定使用の劣化版を特許取って商人ギルドで売り出そう。数は少なくして、馬鹿高い値段設定すればほいほい広まらないでしょ。
俺達が使ってる奴はもう少し隠蔽機能の精度上げて、見つからないようにしてさ。まあ、見つかっても使用出来るのは俺達だけだから問題ないけども。
商品補充の方法がクリア出来れば普通に店員募集出来るよね。
〔情報漏洩が防止出来るのであれば、従業員を雇い入れることは可能です。ただ、転移陣について貴族から改良依頼等が来なければ良いのですが…〕
来ても断れば良いさ、出来ないって。
〔マスターは貴族の面倒くささを甘く見過ぎです〕
まあ、なるようになるって。
〔はぁ……〕
え……溜息!?
ねえ、ナヴィさんや、君喋りが滑らかになったとか以前に、人間臭くなってない?
〔はぁ……成長型スキルですので…〕
便利に使い過ぎじゃないの?成長型スキル……
〔ハイデルワイスの街門が見えてきましたよ〕
話逸らしたな?
〔いいえ〕
まあいいよ。
ウチの大賢者様は常に成長を続ける俺の大事な相棒だしな。
〔……!〕
ふっ。
俺はナヴィの動揺と喜びの感情のようなものを感じてつい笑いが込み上げる。グッと我慢すると前方に見える大きなハイデルワイスの街門を見上げて、これからの商会活動を思い期待に胸を膨らませるのだった。
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