第31話

ふぅ……

天井を仰ぎ深い溜息を落とす。

薄暗い部屋に気まずい空気が流れた。

…情報が集まらない。

一報を受けてすぐ、ナントローモの諜報員達に徹底的に調査をさせた。二日間の成果は魔獣の角の依頼とダンジョンでの魔物素材集めの依頼が終わったという事だけ。

その二つの依頼と速さを鑑みても、ブループラチナムという冒険者パーティは只者ではない、そう決定付けるには十分ではある。

普通の冒険者パーティにダンジョンでの魔物素材集めを二日で終わらせる事等出来ないのだから。


「ベニー、依頼完了報告の時リーダーと思われる人物はいなかった、そうだな?」


「はい、シードさん。ブループラチナムのリーダーは歳若い少年、いえ、美少年だそうですが、報告に来た中にそういった人物はいませんでした」


はぁ……

また深い溜息が口をついて出た。

…なら、リーダーは盗賊団討伐の準備をしていると考えるのが自然か。

幸いな事にまだ討伐に向けて動いてはいないようではあるが、情報がないためどう動くのか予想がつかない。シードはあまりにも情報が集まらない事にイラついていた。

泊まっている宿屋は見つけた。だが、誰一人戻って来ない。

受けた依頼は3つ。どれもパーティ全体で対応するような内容だ。にも関わらず、メンバーを分散させてあっという間に完了させている。

どちらの依頼にもリーダーは参加していないと考えられる。


「ジェモ、拠点での迎え撃ちによるパーティ全滅は難しいと?」


「まあ、そう考える方が自然だな」


「他に意見がある者は?」


シードは部屋にいる諜報員達を見回す。

誰も目を合わそうとしない。


「この二日かけて調べても、ブループラチナムの情報がほとんど出てこない。ただ実力は相当あるという憶測だけ。ザッケル側の情報は?」


「特に何も…街道に出た盗賊を捕まえたとギルドに引渡しに来たくらいだそうです」


ベニーが首を振りながら残念だと言わんばかりに溜息を吐いた。


「謎だらけだな。強い事は間違いないが、どのくらいの実力なのか、普段の行動、ましてや弱点になるような事も何も分からないとは」


シードはやれやれと呟いた後、額をぐりぐりと押す。


「酒好き女好き博打好き…冒険者なんぞこの三つのどれかがほとんどだろうがね。酒場にも娼館にも賭場にも居ないとくりゃあ、至極真面目な冒険者様ってとこか。大体が歳若い少年少女だって話だ、強さが尋常じゃねえってのが憶測ではあるが、そう考えた方がしっくり来る」


ジェモもあまりの情報のなさに遠い目をしていた。

部屋の中は薄暗いがそこにいる全員の見通しも暗くまた重かった。


「しょうがないね、今回はジェモの提案通りしばらく身を隠そう」


シードが重い口を開く。


「根城は捨てるんで?」


「いや、冒険者達に痛い目に合ってもらう為にトラップを仕掛けておく。根城を壊されても困るしね、自衛手段は必要だ」


「冒険者の怒りを買って余計に壊されませんかね」


「中に居ない事が分かれば余計な体力は使わないさ。根城は捨てたと思うだろう」


「そんなもんですかねぇ」


ジェモは半信半疑ではあるものの、シードの言葉に反対するでなく隠れ先の情報を話し出す。


「キンベイムへの街道の途中に丘陵があるんですが、街道から外れて丘陵に進むと大きな木と大岩が立ち並ぶ一角があるんでさ。一見その先は何も無いように見えるんですが、大岩の奥に洞穴がありまして。そこは奥が広くなってるんで隠れるには丁度良い場所になるかと」


「崩れる心配は?」


「まあ、大丈夫でしょう。地盤も硬いですし」


「なら、早急に移動するようマルケスに連絡するか。ブループラチナムが動く前に準備を終わらせないとだしね」


シードはトラップを起動して夜陰に紛れて移動するようマルケス宛のメモをベニーに渡す。

急使を使う訳にもいかないので直接連絡するしかない。シードの指示である事が分かるようメモには暗号とマークが記載されていた。


「商会の方は?」


「ナントローモへ移動したのは間違いないですが、その後の消息がぱったり途絶えてます」


はぁ……

シードはまた深い溜息を零した。

…蒼銀の月商会を襲えばしばらくは食いつなぐ事も出来るはずだったというのに、そっちも情報が得られないとは、一体どういう事なんだ。


「蒼銀の月商会の会長は美少年だって事と、エルフ族とドワーフ族が居るらしいってのは分かったんですが、ザッケルに居たのは2~3日程度だったようで、あまり情報がないとペデロが…」


ベニーが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「美少年…?」


シードがベニーの報告に引っ掛かりを覚え、顎に手を当て考え込み始めた。


…ブループラチナムのリーダーも美少年ではなかったか?それにエルフ族とドワーフ族の冒険者もいる。蒼銀の月商会は道中に護衛を依頼もしてないと聞いた。


「まさかっ!」


「ど、どうしましたかっ、シードさん」


ベニーが慌ててシードの様子を窺うもシードはじっと空中を見据えて固まったまま自分の考えに没頭していた。


「シードさん…?」


「ブループラチナムは蒼銀の月商会だ」


「は?」


「だから、ブループラチナムという冒険者パーティは蒼銀の月商会だったんだ」


目をギラギラさせて瞳孔が開いたままシードはベニーの肩を掴んで「同じだったんだ」と呟く。

ベニーはシードの様子に気圧され、少し後退りつつもなんの事かと説明を待った。


「シードさん、すいませんが分かるように説明してくださいや」


焦れたようにジェモが先を促した。


「いきなり現れたブループラチナムという冒険者パーティ、情報を探っても大した事は分からなかった。蒼銀の月商会についても、方々から噂は聞こえていたが、いきなり頭角を現して今まで見た事の無いものを売り一気に有名になったが、結局後ろ盾や繋がりがある商会、商人、貴族などの情報は何も出てこない。あれだけ様々な新しい商品を売っているのだから、個人だけで出来るわけがないはずなのにだ」


シードは自分の考えを捲し立てるようにベニーやジェモ、部屋にいる諜報員達に言い聞かせる。


「それにエルフやドワーフが仲間にいる。移動経路も時期も同じなんだ、これは偶然と言うにはあまりにも一致し過ぎているだろう?」


ジェモの表情がスコンと落ちた。

ベニーは何を言われたのかまだ理解出来ずにシードを凝視していた。


「あいつらは冒険者で商人だ」


「えっ?えっ?」


「はぁ……なんてこったい。どうりで情報が上手く集まらない訳だ。冒険者として情報を集めても商人として動いてりゃあ情報が集まるわけもねえ、その逆もまた然り…か」


ジェモが額に手を当てやれやれと首を振る。


「商人だろうと冒険者だろうと、強い事には変わりない。蒼銀の月商会を襲う事が出来なくなったのは痛いが、自ら火に飛び込む虫になる訳にはいかない。全部諦めて早々に隠れるとしよう。ベニー、すまないがマルケスのところへ行ってくれ。ジェモはペデロに急使を。内容は連絡するまで待機と」


シードはそれぞれに指示を出すと、自分は食料など必要なものを仕入れて隠れ家へ行くと伝えた。


「俺達はどうしやすかぃ」


「ジェモ達は引き続きここで情報収集だ。依頼が失敗したら連絡を。俺も様子は見に来るが、頻繁には動けないだろう。連絡はベニーが担当してくれ」


「分かりました」


部屋にいた全員がそれぞれ動き出す。

ブループラチナムという冒険者パーティを避けるため、生き残るため、全員が緊張と不安を隠せないまま闇の中に消えていった。



「頭、ベニーが来たぜ」


盗賊の一人がマルケスの元にベニーを通す。

夜通しヒュージラカンを走らせたベニーは疲労の色が濃い。


「ベニー、情報を掴んだか?」


マルケスはのんびりと酒を飲みながらベニーを見た。


「シードさんからです」


ベニーはメモを渡すと、近くにあったジョッキを掴んで水を入れに行く。水の入った樽にジョッキを突っ込み水を汲むとぐっと一気に飲み干し、一息付けるとマルケスを窺いみた。


「シードの奴どういうつもりだ、ここを捨てて隠れろってのは…相当に強いって事か?」


マルケスはメモを指でピシピシ弾きながらベニーを見る。追加の情報がないか顎をくっと上げ催促した。


「ええ、ブループラチナムという冒険者パーティは蒼銀の月商会だったんですよ。ですから商会を襲う事も出来ません。奴らを相手にするのは危険だそうです」


ベニーはメモには書かれていない情報を伝えると、「メモにあるように今夜、夜陰に紛れて移動するよう言い使ってます。これから必要なものを纏めてトラップを起動して下さい。俺はダロンの村にいる奴らに戻ってお頭の指示に従うよう伝えたあと、ナントローモに戻ってギルドで依頼失敗の情報を待ちます」


ベニーは言い切ると、足早に部屋を出ようとした。


「おい、本気で言ってるのか?依頼が失敗したところでまた受けるかもしれねえだろ。根本的な解決にはならねえだろうが」


マルケスは眉間に皺を寄せるとベニーに凄んだ。


「冒険者の依頼失敗はランクの減点に繋がるんです。一度失敗した依頼を再度受ける事はあまりありませんよ」


「だが、失敗の報告をせず、俺達を探し始めたらどうする」


「大丈夫ですよ、ギルドの依頼には受注からある程度期間が決まってて、それを過ぎると自動で失敗になるんです。期間過ぎての失敗は自ら報告しての失敗より減点加算されるんで、早々に見切りをつけると思います」


ベニーは冒険者ギルドで下働きをしているため、ある程度ギルドのルールに詳しい。マルケスはベニーの説明を聞き納得したように頷くと舌打ちをして他の盗賊仲間に根城にいる仲間全員を集めるよう指示を出した。

たかだかぽっと出の若造共が集まる冒険者パーティに戦う事を避けて逃げるよう指示を出すのは盗賊の頭としても、冒険者の先輩としても矜恃を踏み躙られた気分だ。それでもシードがそう決断した。なら従う方がいい。今までシードの判断は間違いなどなかったのだから。マルケスは自分に言い聞かせるように根城の仲間にこれからの予定を話し出す。

どよめきが溢れる室内に怒声を響かせて、移動の準備を開始させた。



夜陰に紛れ街道を往く荷車が数台。

その周りをヒュージラカンに乗った男達の集団がひっそりとキンベイムに向かっていた。

意図せず月明かりすらない雨の夜だった。街道に引かれた轍やヒュージラカン達の足跡は雨足に削られその痕跡は流される事だろう。


マルケスはヒュージラカンに乗りながら雨に打たれ真っ暗な街道を心もとない明かりを頼りに慎重に手網を繰っていた。

夜陰に紛れて移動するにしても大所帯の移動に神経を尖らせる事は必至だ。なるべく荷車に乗り込ませ、溢れた者はヒュージラカンで移動する。強まる雨足のお陰で多少気は楽になったものの、移動自体は辛い。

尖らせた神経は余計な事を考えさせるにうってつけだった。


大きくなりすぎた盗賊団を面倒に思いながらも力を誇示できる環境を捨てられず、冒険者パーティに討伐され続けても返り討ちにしてきた。

ちっぽけな矜恃ではあったが、今回はそれすら捨てなければならない事にマルケスは苛立ちを隠せない。荷車に一杯の食いつなぐ為に残しておいた盗品や食料品、武器等を詰め込んで逃げるように根城を出た事もまた苛立ちのひとつだった。

強まる雨足に前も見えない。


「チッ、何もかも気に食わねぇな」


ボソッと呟いた声は雨の音に掻き消された。

そのはずだった。

が、ふいに返事が返ってきた。


「何が気に食わないんです?」


優しげな声がマルケスのすぐ隣から聞こえる。

バッと声のした方を振り返ると、雨足が激しく視界が悪い中、辛うじて人影と思われる姿が見えた。

耳元で聞こえたはず……その思いが一瞬頭を過ぎる。だが人影は1m程離れた所に立たずんでいる。


「誰だっ」


マルケスは目に力を入れてその人影を凝視するが、真っ暗な街道でフードを被っているため顔は分からない。多分男だろうと身長から当たりを付ける。

慎重にヒュージラカンを停め、後ろの荷車も停めた。周りを囲んでいた数人の盗賊がマルケスの近くに集まり警戒にあたる。


「あなた方を討伐しに来た者です」


人影から声がするとザワりと盗賊達から殺気が漏れた。


「はっ、たった一人でか」


「そう思いますか?まあ、一人でも十分ではありますけど」


声はマルケスや盗賊達からの殺気を全く気にする風でもなく楽しそうに聞こえた。


「随分と舐めたことを…おい、姿を見せろ。どの面がこんな巫山戯た事を言ってるのかその顔拝んでやるっ」


マルケスは怒りに震えた声で呟くとヒュージラカンから飛び降り明かりを手に取り声の主に一歩近ずいた。

明かりを翳しても魔石の発光器具では大した光源にはならず、男の顔は分からない。マルケスはイライラしながらも慎重にもう一歩前に進んだ。


「まあ、隠すつもりもないですし、こう暗いと動きにくいでしょうから…」


声の主はそう言うとパチンッと指を鳴らす。

一瞬にして辺りは光に包まれた。


「うっ!」


マルケスは急な光源に目が眩み、腕で目を隠す。


「ああ、すみません。ライトという魔法です。これで良く見えるでしょ?」


屈託なく笑う男はフードを取り、ニコリと微笑んだ。


「とりあえず自己紹介でもしましょうか?ブループラチナムのリーダー、ゼンと言います。ついでに蒼銀の月商会の会長もやってます。もう会うこともないので見知りおいて頂く必要はありませんけど」


未だ雨足の強い中、ゼンは軽く会釈するとチラリとマルケスを見やり、周りの盗賊達に視線を移す。

盗賊団の周りにはジガン、ノエル、グレイ、エイダンが前後左右に姿を見せた。


「お前がブループラチナムのリーダーか。笑わせてくれるぜ、こんな小僧がAランクだと?冒険者としての経験も大して無いくせになぁ」


「あなたは随分と強さに拘りがあるようですね。何なら手合わせしますか?一騎打ちでも良いですし、全員纏めてでも良いですよ」


ゼンは軽く肩を竦めてマルケスを挑発した。


「小僧、舐めやがって!おめぇみてえなヒョロ玉なんざ、俺一人で十分だ!」


一気に顔を真っ赤にさせたマルケスがゼンに向かって飛び出した。

剣を振り下ろし、ゼンに切りかかる。

ほんの一歩分横に身体をズラし避けたゼンにマルケスは横なぎの一撃を繰り出す。ゼンも剣を抜いて受け止めると後ろに飛び退いて距離を取った。

改めて剣を構えマルケスの攻撃に備える。


「チッ、ちょこまかと」


マルケスも正面に剣を構えゼンの動きに全神経を集中させた。

ほんの一合交えただけでもゼンの強さを全身で感じていた。

雨で視界が滲む。

身体が冷えて手も悴んだように上手く剣を握れない。

いや、悴んだように震えているのは恐怖からか、マルケスの脳裏に余計な思考が浮かんでは消える。

冒険者としての経験は自分の方が上のはず。相手の動きをよく見て癖や弱点を攻めれば勝てる。そういう自信が漠然とあった。それが経験を詰んだ冒険者としての矜恃だった。

だが、マルケスは今そんな経験など何の役にも立たないと強く思い知らされていた。

本物の強さの前では、経験などただのゴミ。

目にかかる雫は雨なのか冷や汗なのか、ゼンを前に全身から汗が吹き出る。

たったの一合切り結んだだけである……

それも一方的に剣を振りかざしたのはマルケスだ。

それでもマルケスは次の一手を切り結ぶ勇気が持てずにいる。


「かかって来ないのですか?なら俺から行きましょうか」


焦れたゼンが言葉と共にゆっくり動いた。


「ヒッ!」


奇声を上げたマルケスは恐怖に歪んだ顔でその場にくず折れた。

ゼンの剣は膝立ちのマルケスの首をしっかり捉えている。


「はぁ、自分の強さに自信を持っていたようですが、正直この程度ではうちのメンバーの誰一人にも勝てないですよ。という事で、大人しく捕まって下さいね」


ゼンの言葉に戦いを見守っていた盗賊達がジリジリと後退りし始める。マルケスが負けるとは思っていなかったようだ。


「う〜ん、逃げても無駄ですよ、というかどうせ逃げられないけど…うん、面倒だし、新しい魔法試してみよう」


ゼンはそう言うと「スリープ」と唱えた。

盗賊達が次々にバタバタと倒れていく。


「お、成功っぽい?ジガーン!荷車の中にいる盗賊達の様子見てー」


「なんじゃ、自分で見れば良かろうて」


ジガンはブツブツ文句を言いながら荷車に向い中の様子を窺った。


「うん?盗賊共は全員眠っとるようじゃぞ」


「おおー、範囲指定の魔法だったんだけど範囲も自分で調整出来るし大成功だなっ」


ゼンはことのほか嬉しそうに「じゃマルケスにも」と新しい魔法スリープを唱え眠らせた。


「よし、じゃあ盗賊や荷車を異空間に突っ込もうか」


「全く人使いの荒い…」


ジガンはぶつくさ言いながら


「ほれ、エイダンもグレイも手伝え」


と、異空間の扉を開けて次々に盗賊達を放りこんでいく。慌ててエイダン、グレイが続きノエルはヒュージラカンの手綱を引いてはジガンに渡していった。

雨はまだまだ降り続き轍の跡を消していく。

盗賊達もまた、街道から綺麗さっぱりと消えていった。


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