第34話

冒険者ギルドに着いた俺は、ネラ達と合流し受付に向かった。

夕方にほど近い時間という事もあり、ギルド内は空いている。受付嬢と目が合ったのでぺこりと頭を下げた。


「ブループラチナムのリーダー、ゼンと言います。指名依頼を頂いているそうでお話を伺いに来ました」


「ブループラチナムの方ですね、少々お待ちください」


受付嬢はスっと立ち上がると奥へと下がる。

しばらくすると受付嬢は、いかにも秘書という出で立ちの女性を伴って戻って来た。


「ブループラチナムの皆様ですね。ギルドマスターの秘書のハンナと申します。マスターのところへご案内致しますのでこちらにどうぞ」


いかにも秘書という出で立ちの女性は本当に秘書だった。

笑顔は少し冷たい印象を受ける綺麗な人だ。薄く笑ったその笑顔は目が笑っていないためか営業スマイルにも見えず、こちらに全く興味がないと雄弁に物語っている。秘書ってそんな簡単に心中を読まれて務まるのかな…


「ゼン様お待たせしました」


秘書ハンナさんの笑顔を残念に思っているとオルトに声を掛けられた。

全員ギルドに来たようだ。


「オルト、ナジ、ジガンは一緒に来てくれ。ノエル達はここで待機な」


俺はさっと指示を出しハンナさんの後に着いていく。

階段を上がって奥へと進むと、ギルドマスターのいる部屋へと通された。


「ギルドマスター、お連れ致しました。ブループラチナムの皆さんです」


ハンナさんは俺達を部屋へ案内するとお辞儀をして出ていった。


「君たちがブループラチナムか。俺はギルドマスターのダリウスだ。まあ座ってくれ」


「はじめまして、ブループラチナムのリーダー、ゼンです。では遠慮なく」


ダリウスさんがソファーに座るよう勧めてくれたので、3人は座れそうなソファーだった事もあり、俺は端っこに座ったのだが、オルトもナジもジガンまでソファーの後ろに立ったまま座ろうとしない。

振り返って目配せしたけど三人とも首を横に振ったり、スンって表情のまま片眉上げたりで誰も座ってくれなかった…

しょうがないのでちょっと位置を真ん中にズラして座り直す。ダリウスさんにクスッと笑われたじゃないかよ…


「ゼンと言ったかな。随分若いね。君がAランクで他のメンバーもほとんどがBランクだと聞いているが」


「ええ、うちのメンバーはほぼBランクです。Cランクのメンバーもポイントが貯まればすぐにBランクに上がれる実力は持ち合わせてます」


「ほう、パーティとしてもBランクだし実力派揃いとは恐れ入る」


ダリウスさんは40代後半の細マッチョなイケおじで、一見人当たりが良いが目の奥に鋭い光を宿しているので侮って対応を間違えると痛い目を見そうだ。

そんな人に値踏みされているため、室内はピリピリとした空気が流れている。

正直やりにくい…


「あの、指名依頼が来ていると聞いて来たのですが…」


「ああ、すまないね。スタンピードが起きた事は聞いているかい?救援要請が君たちブループラチナムにも来ているんだが、実力不足なら止めた方が良いと思ってね」


目を眇め俺達の実力を測るかのように強い視線を送るダリウスさんに、俺は溜め息を隠せない。


「まずは依頼内容を伺っても?」


歳若いというだけで判断されるのもあまりいい気分ではないし、どういう内容かも分からないのではこちらとしても対応に困るのだ。


「ふん…随分落ち着いているね」


ダリウスさんから出ていたピリっとした空気が凪いだ。


「スタンピードが起きた場所は王都アデリオンの近くのダンジョンでね。そこはパーティにAランクの冒険者が1人はいないと入れないほど魔物が強いんだが、3日前大量の魔物が王都を襲った。元々Aランク以上の冒険者が集まる場所だ、Sランクの冒険者だって何人かはいる。だが、魔物の数が多過ぎる事もあり、アデリオンの街は今魔物の侵入を許している。このままだと王都が壊滅状態になるため各地のAランク以上の冒険者に救援要請を出しているんだ。ほんとはSランク冒険者が良いけど、Sランク冒険者なんてそんなにいないからね」


重い溜め息を一つ。

ダリウスさんは俺の目を見つめながら続きを話し出す。


「Aランク以上…といったところで実力はバラバラだ。ましてやメンバーのほとんどがBランクでは無駄死にしかねないしね。正直、君たちには荷が重いのじゃないかと思っているよ」


肩を竦め依頼書をテーブルの前に置き、トンっと指で叩いて「断った方が良い」と呟いた。


「数はどのくらいなんですか?」


正直目立ちたくないし、面倒くさいから断りたい。

でも王都壊滅状態って事は人的被害が相当だろうと想像がつく。


(ナヴィ、アイベルンやナントローモのダンジョンの魔物と比べると王都のダンジョンの魔物の強さはどのくらい?)


〔マスター達であれば差はあってない様なものでしょう。数がどのくらいかによりますが、殲滅するだけならこちらに被害など出ることもありません〕


(…逆に俺達が魔物扱いされたりしてな)


「まさか受ける気かい?」


「ええ、まあ」


「冒険者としての期間は短いと聞いている。変なプライドや過剰な自信は身を滅ぼすよ」


またダリウスさんからピリピリした空気が発せられた。


「俺達は冒険者としての活動はあまりやってないですし、歳若いから実力不足と思われるでしょうが…多分その辺のSランク冒険者より強いですよ、全員」


はぁ…と溜め息を吐いて嫌そうな顔をする俺。


「信じて頂かなくても結構ですし、詳しく話す気もありませんけどね…正直引き受けたい訳でもないですし。ただ壊滅状態になるかもって事は既に被害もかなり出ているんですよね。人道的にほっとく訳にもいかないだろうから…」


「ゼン様、王都迄は荷車では時間が掛かると思います。夜通し走り続けても3日は掛かるかと」


ナジが顎に手を当て移動時間を助言してくれた。


「ネラにバフかけてもらって走って行くか、俺だけ先行して転移陣設置したら来て貰うかかな」


「「ゼン様一人だなど許容出来ません!」」


オルトとナジがシンクロした…

心配し過ぎじゃないかね?俺二人よりも強いと思うよ?


〔そういう問題ではありません〕


う、うん。そうか。


「ダリウスさん、うちのメンバーも引き受ける気満々なので、王都の状況を分かる範囲で結構ですので教えて頂けませんか」


「君たちは状況を甘く見ているのかもしれないが、Aランク冒険者が1人は必要なパーティで魔物1体を倒せるかどうかなんだ。そんな魔物が数百から千体程の数で押し寄せて来てるんだよ。これは遊びじゃないんだ、簡単に引き受けるものではないよ」


「千?思ったより少ないな」


「なっ」


ダリウスさんが驚きつつ何か言おうとするが俺は構わず喋り続けた。


「ダンジョンから王都迄のルートは街道が1本、周りは湖や森が有るから分散される事も無いか。森を抜けられたら隣街のベルンハイムにも被害が出そうだね…ダリウスさん被害は王都だけですか?」


「ゼンっ!」


ドンッとテーブルを叩いて俺を威圧する。


「申し訳ないですけど俺より弱い人に威圧かけられても効かないですよ。それより被害状況は?」


逆に俺が圧をかける。


「ぐっ…」


途端に顔から色が失せるダリウスさん。必死に耐えるが姿勢を保てず徐々に前屈みになってきた。俺は少しずつかける圧を強くする。

とうとう耐えられずダリウスさんはテーブルに手を付きそのまま突っ伏した。


「わ…がった…」


俺は威圧をやめた。

途端に辺りの空気は軽くなり、ダリウスさんもガバッと起き上がると顔面冷や汗ダラダラになりながら俺を睨みつけチッと舌打ちをする。


「被害状況は?」


「…今のところ王都だけだ」


しぶしぶといった顔で状況を教えてくれる。


「じゃあ今から移動しよう。全員街門でネラにバフかけてもらってくれ。全力で行く」


「はいっ!」


「ではダリウスさん、指名依頼は受けますので手続きをお願いします」


ダリウスさんは執務机の上にある呼び鈴を鳴らしハンナさんを呼ぶと「依頼の手続きをしてくれ」と短く伝えた。


「君たちの強さは正直どのくらいかは分からないが、普通のAランクレベルではない事は分かった。だが、くれぐれも油断するなよ。若者の未来が閉じるところなんて見たくはないからね」


ダリウスさんは俺の肩に手を置くと優しく送り出してくれた。16歳の小僧がリーダーのパーティだ。随分心配してくれたんだろう。気持ちは有難く受け取っておこう。


「先程はすみません。俺達の実力を少しは分かって頂きたくて」


ぺこりと頭を下げるとダリウスさんは苦笑いだ。


「死ぬなよ…」


「はい。では行ってきます」


俺達はギルドを出て街門へ行く。


「ネラ俺以外にバフを」


「ん。ゼンは?」


「俺は自分でブーストかけるから大丈夫」


「分かった」


ネラが緑蔭の風で俺以外にバフをかけ、準備は整った。ちょっと屈伸とか身体を解し「じゃあ行こうか」と全力で走り出す。

一瞬で街門は見えなくなり、MAPを頼りに最短距離で王都に向かった。

直ぐに日も沈み夜の闇が訪れる。

俺達は構わず森や草原、山などを月と星の光を頼りに一気に走り抜けた。街道に沿って移動していては時間がかかる。道無き道を走った方が早いのだ。

途中休憩も挟んだものの十数時間、全力で走った俺達は早朝に王都に着いた。


「ここら辺はまだ被害がないみたいだな」


いくつかある街門のうちハイデルワイス側の街門は被害はなく、そのまま王都内部に入っていく。

中心に進む程に被害は酷く、ダンジョンがある方の街門へ続く通りはめちゃくちゃになっていた。

人がいないか辺りを確認していたが、生きている人は既に王宮へ逃げたようで、索敵範囲には反応はない。街の中心にある王宮区域は高い城壁と頑丈な門で閉ざされており、魔物の襲撃を防いでいるようだった。俺達は移動しながら出くわす魔物は全て倒して来たため、ハイデルワイス側の街門から王宮区域までの魔物の排除は終わっている。


「ナジ、レビー、ネラは右側から魔物を討伐してってくれ。オルト、グレイ、エイダン、ジガンは左からお願い。俺は王宮区域の門に集まってる魔物を一掃する」


「承知しました!」


それぞれに索敵を使って街にいる魔物の徹底排除を行うよう指示した後、俺は王宮の門に群がる魔物を倒すため、門に結界を張りウィンドストーム、ファイアストーム、フェザーロンド、アイスバインドを次々に繰り出す。

属性持ちの魔物がいても、大抵の魔物はこれで倒せただろう。ざっと見回し索敵でも確認し王宮区域の魔物は全て討伐完了だ。

たかだか数十体、大した労力は必要ない。

俺は王宮区域の門の前に立ち上を見上げた。


「おーい!誰かいませんかー?」


……


城壁…いや、城塞か。そこには普通歩哨が居たりするんだけど…

居ないのかな?


「おーい!救援要請を受けた冒険者パーティ、ブループラチナムですー!」


城塞に人影が現れた。


「おいっ!魔物はどうした!?」


「全部倒したよ!街の中はうちの仲間が今見回ってる!」


「はあ!?倒したって!?あの数をお前一人で!?」


「あーはい、上から死骸見えます?この辺の黒焦げの奴ー!」


「ちょっ!まじか!?ブループラチナム?確認するからちょっと待て!」


人影はスっと消えほどなく門の中がざわつき始めた。

門も分厚く頑丈な為、なんとなく聞こえる程度だが、城塞に人が集まって来て上から覗き込まれる。

城塞の上と下でやり取りがあったのか、門が開いた。


「うわっ!ほんとに魔物がいなくなってる!この黒いのが魔物の残骸か!?」


「なんだと!?何十体もいたはずだぞっ!?」


「ブループラチナムという冒険者パーティと聞いたが、君一人か?」


中から3人の騎士と思われる格好の人が出て来た。

鎧が一番立派な人が俺に近づき話し掛けてきた。


「他のメンバーは街に残ってる魔物の討伐に行ってまして、直ぐに戻ると思います」


「門の前には数十体の魔物が居たはずだが…この残骸が魔物だろうか」


騎士みたいな人は近くの黒焦げを指差した。


「はい、面倒だったので魔法で一気に攻撃しました。一応門を壊さないようにしましたが、魔物も素材が残るようにすべきでしたか?」


「いや、問題ない。ああ、自己紹介しよう。私は王国騎士団総長のフェリックス・バルバドルと言う。こちらはホールデン・トランバート副総長とマーヴィン・アルスナー第一師団長だ」


フェリックス総長の紹介に二人が会釈する。

騎士の礼はしてくれないのか、そういったものがないのか…見たかったから残念だな。


「ブループラチナムのリーダー、ゼン・コウダです。他のメンバーはまあ追々」


いないから、紹介出来ませんです、はい。


「ハイデルワイスのギルドから連絡は受けている。随分早かったが…ここの魔物を一掃したんだ、希少なスキル持ちなんだろう。とりあえず話を聞きたい。君の仲間は大丈夫か?応援が必要なら…」


「総長、我々が行っても役に立つとは思えません」


ホールデン副総長が苦々し気に言い放って、ふいっと顔を逸らした。


え?なに?王国騎士団ってそんな弱いの?

そんなんで国を守れるんだろうか…


〔騎士団のほとんどは貴族ですからね。強さなんて大して必要ではないのでしょう〕


え、それって戦争になった時に役に立たないんじゃ…


〔魔王との戦い以外にこの世界では戦争などありませんでした。その魔王も600年前に勇者によって討伐されておりますので、騎士団なんて名ばかりです〕


えー……

魔物が普通に跋扈する世界で?

スタンピードが普通に発生する世界で?

嘘でしょ?


〔魔物討伐は冒険者の仕事で、騎士団はあくまでも王都を守るのが仕事です。それにスタンピードは100年に一度あるかないかで、起きたとしても今までは冒険者ギルドが対応していました。このように街中に被害が出る事など事例がございません〕


今回は魔物が強いってこと?


〔冒険者の質が落ちたのかもしれませんね…〕


まあ、確かに弱いよね。ステータスが低過ぎ。

と、このいたたまれない空気をなんとかせねば。


「もうすぐ戻って来ますので、少しこのままお待ち頂いても?」


俺は苦々し気な空気を出したままのホールデン副総長とそれを受けて途方に暮れるフェリックス総長に救いの手を差し伸べる。

あからさまにホッとしてるよ…ほんとに大丈夫か王国騎士団。


「ゼン様戻りました」


「おつかれ、どうだった?」


オルトとナジ達がそれぞれ戻って来たので様子を聞いてみる。


「街の右側から索敵しましたが、魔物はほとんどおりませんでした。また、街の建物はほとんど倒壊してましたが怪我人など取り残されている住人もおりません、ただ被害に遭った住人の遺体があちこちに…」


ナジがぎゅっと拳を握り唇を引き結ぶ。

嫌な光景を見せてしまったな。


「私達も左側から索敵しましたが、概ねナジの報告と同じでした」


オルトも顔色が悪い。いや、全員街の被害状況を目の当たりにしたんだ、顔面蒼白で辛そうだ。


(ごめん…辛い経験させてしまった…)


「フェリックス総長、ブループラチナムのメンバー全員揃いました」


「うむ、では中に入ってくれ。話を聞こう…いや、王都の状況を話そう」


フェリックス総長はそう言うと俺達を王宮区域にある騎士舎へと案内してくれた。

道中騎士と思われる人達や冒険者パーティと思われる人達がバタバタと働いているのが見えた。


「ああ、怪我人の救護活動をしてるんだ。魔物と戦って怪我した冒険者や街の住人達で比較的軽傷な者達はこちらで手当てしていてな」


深い溜め息と一緒にホールデン副総長が教えてくれる。


「重症患者は王宮内で医師達が見ているが、軽傷の者まで手が回らなくてね」


マーヴィン第一師団長も王宮に目をやりポツリと呟いた。


「回復魔法を使える冒険者やポーションが足りてないんですか?」


冒険者なら回復魔物を使える者もいるだろうし、ポーションだってあると思うのに、何故か絶望的な空気を醸し出す騎士団の面々についポロリと聞いてしまった。


「水属性の魔法使いは少ないし、詳しくは後で話すが冒険者は今ほとんどが出ている。ポーションも王宮に残ってる物はほとんどその冒険者達に持って行かれたからな…」


フェリックス総長が困り果てた顔で溜め息を吐いた。

うむぅ?

とりあえず話を聞かんと分からんな。


フェリックス総長に連れられたそこは騎士舎にある総長室だった。


「座ってくれ」


促されソファーに座る。総長室は貴族様の部屋だけあって広めの作りで、俺達9人とフェリックス総長、ホールデン副総長、マーヴィン第一師団長が入っても座れはしないがそこまでの圧迫感はなかった。

まあ、ソファーには俺の他にオルトとナジ、ノエルとネラにも座って貰ったからな。


「先ずは門の前の魔物を討伐してくれて助かった。例を言う」


ソファーに座ったフェリックス総長が頭を下げた。

ホールデン副総長とマーヴィン第一師団長も慌てて頭を下げる。

騎士団、それも長が付く偉い人達ってみんな貴族様だよね?簡単に頭なんて下げちゃっていいの?


「あと、街中の魔物や生存者確認も…すまなかった…」


「いえ…オルト、ナジ今のところ街に魔物はいないでいいんだよね」


「はい。新たに入って来なければ」


オルトが代表して答えてくれる。

まだ顔色は悪いままだが…


「門にいた魔物はせいぜい数十体でしたが、数百から千体が押し寄せたと聞いてました。他はもう討伐出来たのですか?」


俺はダリウスさんから聞いた数より明らかに少ない魔物の数に不思議に思っていた。

たかだか数十体の魔物にSランク冒険者もいたであろう状況なら街の被害はもう少し抑えられたと思ったから。


「うむ、最終的にはそのくらいの魔物の数だったように思う」


フェリックス総長は蒼白な顔でスタンピードが起こってからの事を話し始めた。


「ダンジョンに向かっていた冒険者パーティがダンジョンから魔物が出て来ているとギルドに一報を届けたのが最初だった。その時は数体の魔物だったが、ダンジョン内の冒険者達の状況確認も必要だからと、近隣の街のギルドに直ぐに来れそうな冒険者パーティを集って討伐と調査の為の討伐隊を編成したんだ」


……スタンピードが発生したらダンジョン内の冒険者って…

俺は怖い想像が次々に頭に浮かびゾッとした。


〔上手く隠れられれば生存の可能性はあります。ダンジョン内が広く、見通しが悪ければ更に生存率は上がります〕


(王都のダンジョンって結構広いんだよな?)


〔はい。低階層は森や洞窟もあるフロアですので生存率は高いと思います〕


(そうか…無事だと良いが…)


「ダンジョンから出た魔物は討伐出来たと報告があった。内部の調査を始めようとした時、第2陣が出て来たらしく、討伐隊はほぼ壊滅した。数十体の魔物が一気に出て来たらしい…」


「そんな…」


ノエルが両手で口元を抑え目を見開いた。オルトやナジ達もぎゅっと目を瞑ったり、少し顔を背けたり痛ましい出来事にショックを隠せない。


「命からがら逃げる事の出来た冒険者から全滅の報告を受け、ギルドは直ぐにSランクの冒険者パーティを指名依頼で呼び出した。王都にいた連中は大抵他の依頼で居ないからな。王宮にもスタンピードが発生したため協力の要請が来た。すぐさま国王に報告し、私は騎士団を率いて街門を守る為に指揮をとったのだ」


「まあ、何の役にも立たなかったがね」


ホールデン副総長がボソッと呟いた。


「それでも魔法は少しは役に立ったさ」


マーヴィン第一師団長は眉間に皺を寄せ悔しそうに反論するも「本当に少しだったけどな…」と自嘲気味に言い放つ。


「第2陣の数は最終的には数百体いや、千を超える数はいただろう…魔物の進行は遅かった為にSランク冒険者パーティもいくつか王都に戻り我らと共闘してくれたんだが、数が多すぎた…結局為す術なく王宮区域まで撤退を余儀なくされ、住人達も守れず…」


噛み締めた唇から血が滲む。フェリックス総長は握り締めた拳で滲んだ血を拭った。


「頼む、冒険者を、王都を救ってくれないだろうか。救援要請で来てくれたがこの有様だ、本来ならば依頼は断るような内容だろう」


グッと目を閉じ逡巡した後、強い眼差しで俺達を見たフェリックス総長は


「これ以上王都に被害を出さない為にSランクの冒険者パーティが主体となって魔物の好む匂いで王都から魔物達を別の場所に誘導しているんだ。この作戦は一時しのぎでしかない。匂いが切れたらまた王都が襲われる。誘導してくれている冒険者達の命もこのままでは危ない。我らでは弱すぎて何も出来んのだっ。弱い我らが言う事ではないと重々承知の上で君らの強さに縋るしかない」


フェリックス総長はテーブルに頭が付くくらいの勢いで頭を下げた。


「お前達は魔物を簡単に討伐出来るほど強いんだろう?無茶な頼みだと分かっているが…」


ホールデン副総長も頭を下げ肩を震わせて言葉を続ける。


「王族の命に関わる事を我らが対処出来んのは腹立たしい…だが、我らが弱いのはよく分かった。この危機を乗り越えたならばより一層精進すると誓う。だから頼むっ」


「大丈夫ですよ、救援要請を受けて来たんです。状況が最悪だからと帰ったりしません」


俺は頭を下げる総長さん達にそう言うと、誘導してくれている冒険者達について聞いてみた。


「Sランク冒険者パーティが3組、Aランク冒険者パーティが5組で計42人…うちSランク冒険者は4名残りはAランクか」


「42人で約千体の魔物を相手にしているのですね…」


心配そうにオルトが呟く。


「誘導先は洞窟で、そこに誘いこんで少数の魔物を少しずつ倒していくことになっている」


「なるほどいい作戦ですね。上手く立ち回っていれば全員無事でしょう」


「場所はここだ。王都とダンジョンの間にある岩山。ここに洞窟があって、岩盤も硬度があるため洞窟内部や入口の崩落の心配もないはずだ」


ホールデン副総長が地図を広げて説明してくれたその場所は王都からさほど離れていない距離にあった。急げば10分もかからないだろう。


「諜報君達で魔物の位置を把握した後、各自場所決めて殲滅して行こう。情報収集の間に重症患者の治療を行う。ノエル、ネラ手伝ってくれ。グレイとエイダンは諜報君達の行動基準を再錬成して魔物の位置を確認してくれ」


「お任せ下さい、ゼン様」


「ん、任せる」


「30組くらい飛ばせば十分だろうか」


「上空からなら1号だけで大丈夫だよね」


グレイとエイダンは諜報君の数などを相談し始め、ノエルとネラは魔法や精霊術以外の手段として回復ポーションの数も数え、治癒の準備に取り掛かる。


「という訳で、患者の所へ案内をお願いします」


ポカンとしているフェリックス総長達に回復魔法が使える事を伝え、情報収集の間治療させて欲しいとお願いする。

驚いていた総長はしばらく思考停止していたが「せっ、説明して貰えないだろうか!」と立ち上がりかけた俺の腕を掴み座るよう促した。


「回復魔法が使えるということかね?」


「はい」


「重症患者の治療も出来る、、と?」


「はい」


「魔物の殲滅と聞こえたのだが…」


「あの程度の魔物なら、俺達で殲滅可能です」


「千体の魔物がここに集まっていると思うのだが…」


「一人百ちょいですし、多少時間は掛かるかもですが、特に問題はないですね」


「……ちょ…っと…理解が追いつかないのだが…ホールデン副総長、マーヴィン第一師団長、私には彼らが魔物を殲滅すると聞こえたのだが…」


「はい、総長、私にも同じように聞こえました」


「総長、副総長、ついでに言うなら重症患者も治癒可能であるとも聞こえましたよ」


「う…む…そうだな」


フェリックス総長さん達が処理落ちしたみたいに顔や視線を彷徨わせている。

う〜む、どうしたもんかな。

やっぱりチートが過ぎるのか?

とはいえこれ以上説明も難しい。

俺は「案内をお願いします。見てもらう方が早いです」とだけ言い重症患者の元へと連れて行って貰った。ついでにジガンやレビー、ナジに軽傷患者にポーションを渡すようお願いしておく。これで怪我人は問題なく治るだろう。

オルトにはグレイ達の相談役として残って貰った。


フェリックス総長さん達に案内され、王宮内部の重症患者が集められ治療を行っているという広いフロアに着いた。患者はベッドではなく毛布を下敷きにした簡易的な寝床に寝かされており、よく見ると包帯も足りないのかほとんどの患者は布を宛てがわれただけの状態で、それも血に濡れたままになっている。

医療器具さえ足りず、ましてや治療を行う医師、回復魔法が使える人材も足りない事は一目瞭然だった。

あちこちから聞こえる呻き声や悲鳴は広いフロア一面から聞こえてくる。冒険者や住人が何百人と押し込められたそこはとても治療場所とは思えなかった…


「酷い…」


ノエルが顔面蒼白で震えている。感情をあまり出さないネラも顔を顰めていた。

俺もこんなに酷い状態とは思っておらず、思わず目を背けたくなるのを堪えるのが精一杯でこの惨状に固まってしまった。


はぁ……

ふぅ……

はぁ〜……

ゆっくり深呼吸して気持ちを切り替える。


「ネラはここから癒しの息吹を最大範囲で、俺は奥からエリアヒールをかけた後、損傷部位の酷い患者にエクストラヒールで治癒していく。ノエルはネラの癒しの息吹でも完治しなかった患者にハイヒールを順に、損傷が激しい患者は俺の元へ運んでくれ」


「ん、分かった」


「はい、承知しました」


「フェリックス総長さん達も損傷の酷い患者を俺の元へ運んで下さい」


「委細承知した」


治療手順を共有し、すぐさま治癒に取り掛かる。王宮医師や騎士団の回復魔法使いの人達への説明もフェリックス総長さん達に任せ俺達はどんどん回復魔法を使い治癒していった。

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