第4話

翌朝、俺は16階層、17階層を抜け18階層へと降り立った。

18階層19階層は荒野フロアになっていて、蛇型の魔物やゴリラ型の魔物が主に生息している。どっちも皮が高値で売れる貴重な魔物で、当然強いのでなかなか市場に出回らない。まあ、俺にしてみればどちらもサクッと首チョンパなのだけど…

さっさと19階層を抜け20階層ボス部屋へと踏み込むとボスはミノタウロスと呼ばれる牛型の魔物だった。中ボスの定番やね。


名前:-

種族:ミノタウロス

LV:46

HP:780/780

MP:125/125

攻撃力:305

防御力:178

魔力:236

魔防:153

俊敏:102

スキル:斧術LV6、風属性魔法LV4


斧スキルはLV6か、結構強いな。しかも魔力200越えかよ。これ、Bランク冒険者パーティーでもヘタしたら死にかねないぞ。

俺はミノタウロスを鑑定してみてステータスの高さに驚いてしまった。まあ、俺にはなんら脅威ではないのだけどね…

サクッと踏み込んでスパっと首チョンパ。はい、終了。ミノタウロスが消えた後にはドロップアイテムがキラリと光りサクサク回収。

今回は牛鬼の鎧とミノタウロスの魔石、膂力の指輪だった。


「鑑定」


牛鬼の鎧:風属性に耐性がある鎧。

効果:防御力+50、風属性耐性+25


ミノタウロスの魔石:ミノタウロスの魔力が宿った魔石。

効果:-


膂力の指輪:装備すると攻撃力が上がる。

効果:攻撃力+15


へえ、牛鬼の鎧なかなか良いな。まあ、俺には不要だけど高値で売れるかもね。膂力の指輪も売りだな。ミノタウロスの魔石って何に使うんだろ。ナヴィ分かる?


〔主に錬金素材に使用されます。ミノタウロスの魔力は風属性ですので、例えば剣と錬金して風属性を付与させる事が可能です〕


へー、錬金ってエンチャント(付与)効果付けられるんだ。


〔後は鍛冶師が魔剣を作成する際にも使用されます〕


なるほどね。需要はあるのか、ならこれも売ってしまおう。

俺はアイテムを空間収納にしまい、ボス部屋の奥の間に入り20階層への転移指輪を取ると21階層へと階段を降りた。

21階層はザ・ジャングルとでも言うのか熱帯地域特有の湿気と蒸し暑さが非常に堪えるエリアだった。

魔物も強酸攻撃してくる厄介なキラーアントや麻痺攻撃をしてくるマッシュイーターにキラービー等植物型と虫型魔物が主流で地味に面倒くさい。植物型は単体が多いけど虫型は群れで行動するので、1匹見つけたら30匹はいると思えっていうアレである。

そして麻痺。これが厄介なんだ。キュアで解除出来るけど、痺れた瞬間一瞬ではあるけど思考停止してしまう。


ナヴィ、麻痺耐性スキル取れそう?


〔もう少しお待ちください……可能となりました〕


〔スキル 麻痺耐性を習得致しました〕


サンキュ!ナヴィ!


麻痺耐性も覚えた事だし、また棒立ち作業続けていくか。

あーでも、正直キラーアントの強酸攻撃も装備品痛むから困るんだよね。あいつらは見つけた瞬間殲滅するか。腐食耐性とかでなんとかなるのかな?


〔耐性スキルは習得可能ですが、装備品への効果はありません〕


「ダヨネー」


しょうがない、キラーアントは索敵範囲に検知したら速攻殲滅って事で。俺はまた棒立ち苦行を開始する事にした。索敵で確認しても他の冒険者パーティーは居ないようなのでとりあえず今日1日続けよう。夕方になっても俺はセーフティエリアには戻らず(戻る時もボス部屋を通るが、ボスは出ないらしい)21階層にテントを張り結界魔法で結界を張りつつ温度と湿度も調整する。いやー無属性魔法超便利よ。ついでに隠密スキル発動して魔物から感知されないようにしておけば、ゆったりまったり休めるのだ。

……アレ?結界を身体を包むように張っておけば湿度と温度地獄の熱帯エリアも快適になるのでは?

あ、でもそれだと魔物の攻撃も弾くから麻痺耐性上がらないのか。って、ん-?いやでも常に身体に結界張っとけばどんな攻撃も弾くから耐性自体いらないとか……?いやいやそんな事してたらMP消費半端ないし、あ、でも今も夜中結界張ってるやん……


「うわっ、ナヴィ俺無駄な事やってた!?」


〔いいえ、マスターの耐性スキルを上げる事は無駄ではございません。毒、麻痺の耐性がカンストすれば状態異常無効のスキルにレベルアップが可能となり、強酸などの腐食攻撃も含め耐性異常の攻撃は全て無視出来ます。もちろん装備品に効果はないので腐食は避けられませんから結界を張り続ける事もお勧め致しますが。後は精神異常耐性も欲しいところですね〕


「精神異常耐性?」


〔はい、魅了や呪い等精神に働きかけてくる攻撃は精神異常耐性によってレジスト可能になります。出来れば精神異常無効化スキルにレベルアップしたいので、精神異常耐性系のスキルの習得が必須と思慮致します〕


「そうはいっても精神異常耐性ってレベルアップ難しいんじゃないの?」


〔34階層に呪い攻撃を主体とする魔物、39階層に魅了攻撃を得意とする魔物がそれぞれ生息しておりますので、そこでレベルアップするとよろしいかと〕


「呪い攻撃って……もしかして魔物ってアンデット?」


〔はい、マスターは聖属性魔法がありますので、アンデットとは相性が良いです〕


いや、そんな相性いらんわ。


とにかく先ずは麻痺耐性のレベルアップをするべく、21階層で苦行を続け、3日目にしてようやくLVカンストからの状態異常無効スキルへのスキルアップが完了した。

いやー、30匹くらいのキラービーに取り囲まれながらの麻痺攻撃にキュア&ヒール祭りはほんとキツいし羽音はウザイし、レベルカンストした瞬間索敵範囲のキラービーやマッシュイーター、キラーアントらを殲滅してやったわ。お陰でレベルも上がったぜ、うははは!スッキリした!


「ナヴィ、25階層にセーフティエリアないんだよね?なら、一旦34階層まで降りて呪い耐性付ける?」


〔21階層から29階層は毒や麻痺攻撃が主体の魔物ばかりですし、レベル上げにもさほど有効ではありませんので、30階層へ入りアンデット系を一気に殲滅しながら35階層を拠点として34階層で呪い耐性のレベルアップを致しましょう〕


「ん、OK。じゃあ、サクッと30階層のボス倒しちゃおう」


ナヴィの言う通り確かに20階層帯は毒やら麻痺やら耐性ないとキツい魔物ばかりだったけど、それ以外は特に警戒する必要も無い魔物だったので最短ルートで駆け抜け5時間程で30階層のボス部屋に辿り着く事が出来た。ボスはクイーンアントとその取り巻き数匹。ただしクイーンアントが次々と取り巻きを召喚してくるのでさっさと倒さないと詰む。普通の冒険者パーティーなら。

俺は範囲攻撃魔法のウィンドストームを放ち、範囲から零れた取り巻き達をフェザーロンドで屠っていく。ちなみにフェザーロンドはウィンドカッターの上位版で複数の風の刃が前方向にまるで踊るように飛び交う魔法である。

残るはクイーンアントのみとなり、取り巻き達を倒されたクイーンアントが怒り狂って強酸を飛ばし、前脚で踏みぬこうと攻撃を仕掛けてくる。俺が攻撃を避け距離を取るとまたクイーンアントは取り巻きを召喚してきた。


「チッ、面倒くさいな」


名前:-

種族:クイーンアント

LV:87

HP:3850/3850

MP:246/438

攻撃力:382

防御力:650

魔力:363

魔防:344

俊敏:78

スキル:仲間召喚LV5、土属性魔法LV6


「コイツ意外と硬いんだよな。HPも多いし。まあ、土属性魔法より仲間召喚優先してくるから楽は楽だけどさ」


襲いかかってくる取り巻き達をサクサク倒しながら、ふと思い立つ。


「なあ、ナヴィ。無属性魔法の攻撃魔法にディメンションスラッシュってあるよね。アレって名前の通りなら、物理防御無視なんじゃない?」


〔無属性魔法のディメンションスラッシュは次元魔法ですので、指定した場所の次元そのものを切断します。その為物理的な強度は関係ありません。ただし魔法である事に変わりはない為、魔法的な強度、すなわち対象の魔防が高い場合は失敗する事があります〕


「へー、何でも切れる訳じゃないのか。魔防の高さに影響って事は俺の魔法攻撃力が相手の魔法防御力を上回ってれば攻撃は有効?」


〔はい、その通りです〕


ふーん、なら余裕でいけるな。

まだ使った事ないし、無属性魔法の魔法攻撃、やってみるか!

俺は取り巻き連中を一掃した後クイーンアントにむけて


「ディメンションスラッシュ!」


と唱えた。


シュカッ


と言う音と共にクイーンアントの首と胴体が若干ズレた。後ろの空間には亀裂が入って真っ暗な空間が覗いている。後ろの空間は音も無く閉じるとクイーンアントの頭はボトッと地面に落ち、そのまま身体ごと消え去っていった。


「うわー……ディメンションスラッシュってエグ……手応え感がなんもねぇ」


なんの抵抗も出来ず消え去っていったクイーンアントにちょっと同情しつつ、俺は無属性魔法の威力に身震いした。無属性魔法って希少だってのも頷けるわ。こんなん持ってるって分かったら恐怖しかないわな。

俺は自分の希少性を再認識しつつクイーンアントのドロップ品を確認する事にした。


「鑑定」


クイーンアントの魔石:クイーンアントの魔力が宿った魔石。

効果:-


蠱毒の短剣:攻撃すると追加で毒を付与する短剣。

攻撃力+25


「また魔石か。クイーンアントの魔力だから土属性かね。で、こっちは攻撃時毒を付与する短剣と」


俺はクイーンアントの魔石を空間収納にポイッと入れ、短剣を見つめる。

毒を付与するなら、使えるかな?いやー、やっぱイラね。短剣も売りだ売り。使いどころがないであろう短剣をさっさと収納し、俺は奥の間に入って指輪を取ると31階層に降りる事にした。

31階層からはアンデット系の魔物がうようよしており、弱い部類のスケルトンも大量に押し寄せてくるらしく、気を抜かないようにとナヴィに注意された。

索敵を発動すると辺り一面アンデット……

冒険者パーティーは全く検知されず、スケルトン、グール、リッチ、レイス等見渡す限りアンデットだらけだ。ナヴィが言うには、対アンデットの耐性を持って臨んでも、30階層帯の湧きの速さが尋常ではない為、普通の冒険者パーティーでは対応出来ないのだそう。そのため30階層帯はほぼ放置というか、冒険者が来ることが無くなりアンデットがやたら増えた状態になっているのだとか。

俺はとりあえずホーリーレインを索敵範囲に放ちアンデットの殲滅を謀る。一瞬で索敵範囲からアンデットが消えるも1分も経たないうちにまたしてもアンデットだらけになった。

リポップしたものも多いけど索敵範囲外から集まって来たものの方が多いようだ。


「どんだけいるんだよ」


独りごちて索敵範囲にまたホーリーレインを放ち、MAPを頼りに前進する。ドロップアイテムは空間収納に索敵範囲内の物を自動で収納出来る機能をナヴィが付けてくれたのでわざわざ拾う必要はない。ただし索敵スキルを使っている状態が条件になっているので、個別に倒した魔物から出たドロップアイテムは自力回収になるんだけどね。といっても、それも空間魔法を唱えるだけなんだけど。

無限の容量って素敵だよね。正直、今空間収納にどれだけのアイテムが入ってるのかさっぱり分からんわ。後で整理しよ。

とにかく索敵からのホーリーレイン→最短ルートを前進→索敵からのホーリーレイン……を繰り返し一旦35階層のセーフティエリアを目指す。3時間程を費やしやっとセーフティエリアに辿り着いた。そこは冒険者パーティーが1組も居ないためか静まり返っており、広い空間は15階層のセーフティエリアよりも何となくだが暗く感じてしまった。

灯りが足りない訳じゃないのだけれど……

俺は部屋のど真ん中にテントを張り、全身を浄化魔法で綺麗にした後テントに入って毛布の上にダイブする。


「あー……今日は疲れた……」


朝から移動してボス倒してアンデット殲滅して……

既に夕方になっている。疲れもピークだ。

俺は空間収納から野菜たっぷりのスープと串焼きを2本取り出し夕食にした。


「くぁー、野菜の旨味が染み渡るぅぅー」


スープは相変わらず塩味だけど、野菜から出た旨味が口に胃に全身に染み渡った。一気に身体の緊張が解れる。串焼きを頬張りスープを飲む。パンが食べたくなって、具なしの丸パンをスープに浸けて口に運ぶと齧ったところからジュワッとスープが染み出してなんとも言えぬ幸福感に包まれた。


「はぁ、美味い……身体も温まるわ…」


一日動いたからか、塩分多めの味付けが非常に美味しくて俺は一気に食べきってしまった。早食いは胃に悪いってのにな。


「あー、コーヒー飲みたいなー」


ふぅ、と溜息を吐き、空間収納から茶葉とお茶セットを取り出し水属性と火属性を複合させてお湯を作り茶葉を入れたポットに注ぐ。少し蒸らしてカップに注ぎ、コーヒーの代わりのお茶を堪能する事にした。

茶葉は紅茶のような茶色ではなく、緑茶に近い色合いで、店主に聞いたところハーブティーのようなものらしい。あまり冒険者は購入しないそうで、茶葉に興味を持った俺になんでか色々教えてくれたのだ。こちらの世界にコーヒー豆ってあるのかな…あったら良いな…

コーヒーを恋しく思いながら、俺は現在の自分のステータスを確認した。


「ステータス・オープン」


名前:ゼン・コウダ

年齢:16

LV:29

種族:人族

HP:1952/2273

MP:2939/3544(+600)

攻撃力:2503(+40)

防御力:2470(+32)

魔力:2544

魔防:2458

俊敏:2500(+20)

幸運:37

スキル:剣豪LV7、大賢者LV7、空間収納LV-、鑑定LV MAX、聖属性魔法LV6、探索LV3、火属性魔法LV4、風属性魔法LV5、索敵LV7、ステータス補正LV6、MP消費軽減LV6、水属性魔法LV6、土属性魔法LV4、無属性魔法LV6、隠密LV3、HP自動回復LV MAX、MP自動回復LV8、状態異常無効LV-、呪い耐性LV3(new)

ギフト:全言語理解、ナビゲート

装備:

ミスリルソード(効果:攻撃力+40)

皮の胸当て(効果:防御力+12)

探索用ブーツ(効果:防御力+20)

アクセサリー:疾風のピアス(効果:俊敏+20、回避率10%)


うむ、スキルが多すぎて見づれー……

にしても、ステータスが軒並み2000越えかよ、すげぇな補正。まだLV29よ?

ヒールやキュア、30階層ではホーリーレイン使ってたから水属性と聖属性の伸びがいいね。後3日程呪い攻撃受け続ければ呪い耐性もカンスト出来るかな?呪い→アンチカース→呪い→アンチカース→たまにヒール……呪いは受けるけど通常攻撃は避けるから体力的にしんどくなるんだよね…

まあ、あまりにしんどくなったらホーリーレインで周囲一帯殲滅して結界張って休むようにすれば良いか。俺は明日からの呪い攻撃耐性アップを効率的に出来るか考えるも、あまり良い案は浮かばなかった。おかしい……大賢者持ってるから頭は良いんだよな??


「ふあぁ〜〜〜。むぅ、寝るかなぁ」


腹も膨れ、どっと疲れが出たのか俺は寝る事にした。明日もまたアンデット祭りだしね。


それから4日、呪い耐性がカンストするのに思った以上に時間がかかったが何とか呪い耐性がLV10のMAXになり、次の魅了耐性の為39階層を目指し階層を降りていった。魅了攻撃してくる魔物はブラッドハーピーという魔物でアンデット種ではあるが、物理も魔法もどちらもそこそこ強い為、油断出来ない相手だ。しかも魅了を掛けられると自分の意思が持てない為、攻撃を受け放題になる。アンチドーテで解除出来るものの、自分が魅了されたら魔法が使えない為意味がない……何度か攻撃されれば魅了は解けるのだが、物理も魔法も威力が高い為、魅了が解けると速攻ハイヒールで回復しないとHPがヤバいのだ。正直魅了耐性のカンストは長丁場になる事は明白だった。

まあ、それでも精神異常無効スキルの為にはやるしかないのだが……


「ナヴィ、なんか良い方はないのかな?魅了耐性カンストに時間掛かりそうよ?」


〔スキルレベルが上がれば魅了攻撃されても魅了されにくくなりますので、攻撃を受ける→レジストするを繰り返しスキルレベルをカンストするしかございません〕


「マジかー……まあレジスト可能だから100%魅了される訳じゃないし、魅了レジストしても魅了攻撃受けた事になるからスキルのレベルは上がるって事ね」


しょうがない……腰を据えてカンスト迄頑張るか……

ブラッドハーピーから魅了され、爪やら風属性の魔法攻撃を受けながら魅了が解けたらHPは満タンにする「いのちだいじに」で俺は一日ずっとハイヒールを唱え続ける覚悟を決め魅了耐性スキルのカンストに取り組む事にした。

しばらく地道に続けていたのだが、


「ナヴィ、魅了くらい続けたせいか気持ち悪い……ヒールしたけど、頭痛は治ったのに気持ち悪いのにはなんでか効かないんだよ」


〔精神異常状態を繰り返しているので身体に負荷が掛かったのでしょう。ヒールが効かなかったのも精神異常によるダメージの蓄積だったからと思われます。本日は切り上げセーフティエリアへ戻り休まれる事をお勧め致します〕


まだ開始して数時間なのだが、魅了になるとブラッドハーピーへの仲間意識やら尊敬というか、敬愛というか、愛しい!という気持ちが込み上げてきて、魅了が解けるとそういった気持ちになっていた不快感が一気に襲いかかってくるので、脳みそも心の状態も目まぐるしく変わるのを繰り返しているうちにだんだんと感情がぐちゃぐちゃになって気持ち悪いし頭痛も激しくなってしまったのだ……

ヒールで頭痛は治まったけど気持ち悪いのは治らないし、感情のぐちゃぐちゃも治らないし頭がモヤモヤするし精神的にフラフラなのである……

俺はナヴィの助言通りまだ早い時間ではあるがセーフティエリアへ戻る事にした。

気持ち悪さのせいでアンデット共に魔法を放つのも一苦労だ。それでも範囲攻撃魔法なので命中率を意識せずに済んだことは随分助かった……

やっとの思いでセーフティエリアに辿り着き、テントを最後の気力で張り終わると浄化クリーンすら出来ずブーツもそのままに毛布を引っ張り出すと倒れるように横になった。


〔マスター、お辛いでしょうが水だけでもお飲みください〕


「無理……」


今は何も口にしたくない。

うつ伏せでは余計に気持ち悪いので、ブーツをなんとか脱ぎ、腰ベルトを外して剣共々毛布の横に置く。仰向けに体制を変えて気持ち悪いのが治まるよう目を閉じた。

気持ち悪さは抜けないが疲労もあったのか睡魔が急激に襲ってきた。

結界を張る事も出来なかったので心の中でお願いする。


(ナヴィなんかあったら起こしてな……)


後はナヴィに任せよう……



〔マスター、ご気分はいかがでしょうか〕


「ん……ナヴィ?」


〔はい、マスター〕


「おはよう、俺どれくらい寝てた?」


〔だいたい15時間程です〕


「あー……そんなにかー」


目を覚ましたもののどうも頭がスッキリしないし、身体中バキバキだ。

長時間眠っていた事が原因なんだろう。


「んー……うん。気持ち悪いのは治った。でもモヤっと感が残ってるな……やっぱ気持ちがぐちゃぐちゃだったからなぁ。寝ただけじゃまるっとスッキリしないか」


テントを出てバキバキになった身体をストレッチで伸ばし切る。

大分スッキリした。


「あー風呂入りたいわー」


少し熱めの湯船で首まで浸かってリラックスしたい。これほんとどうにかならんもんかね…

結界で湯船作ってお湯入れたらいけるんじゃね?スッケスケってのがイタいか?なら土属性魔法で湯船作って内側も外側も結界で覆えば良いのでは?

俺は早速土属性魔法で工作を開始し、足を伸ばしても余裕な大きさの湯船に結界でコーティングして、早速お湯を張ってみた。湯船には良い具合に漏れも染みもせずお湯が溜まっている。ついでに湯船を囲むように2m四方の囲いを作っておく。誰もいないけど、だからってだだっ広い場所で風呂に入っても落ち着かないしね……

湯船からは暖かな湯気が立ち上っており、こうなってくると頭や身体を洗いたい欲求が出てきた。

石鹸やシャンプーなんてこの世界にはないから自分で作るしかないんだけど…どうやって作るんだろう……

確か油と苛性ソーダで作れるんだっけ?苛性ソーダって、劇薬だよね。そもそもこっちにはないだろうし……代わりになるものは…

ああ木灰だ!木灰は木が原料だからその辺に生えてる木を燃やせば出来るな。油は動物性油脂だったはず。いっそ魔物から取るってのもありよな。確かオークの肉があったから、脂身溶かして塩析すれば臭いも抑えられるし質もいい物が出来るって書いてあった。そう、異世界転生ものの小説に!

ふははは、読んでて良かった異世界転生ジャンル達。

あ、俺って頭良い!石鹸作って売れば良いじゃん!富裕層に売れるって!

思わぬ所で見つかった商材についつい顔がニヤケてしまう。だが先ずは風呂だ。せっかくお湯を張ったんだから、入らねば。

俺は浄化クリーンを唱えて身綺麗にした後、服を脱いで湯船に浸かった。え?湯船に入る前に身体を洗うのは常識です。今は洗えないのでクリーンで代替だけどもな。


「くぁーーーー!」


染みる!染みるわー!

首まで浸かって全身が一気に暖かくなり、コリやら疲れやらが解れていくのを感じる。

日本人なら風呂でしょー!


「はぁーーー、いい湯だなぁ」


俺はブクブクと身体を沈めて頭まで湯に浸かりザプンとお湯から頭を出す。ホカホカになった頭も顔も全身も、全てがポカポカでふにゃふにゃだ。

温泉の素は流石にないから疲労回復の薬効がある薬草を湯に入れてみるか。香りが良い薬草とかも一緒に入れるのもありだな。柑橘系でもいいな。今度市場で探してみよう。ゆっくりじっくり風呂を堪能し、風呂上がりのビール……は無いので果実水を飲む。


「美味い!」


はぁー、最高か!

ブラッドハーピーから受けた精神異常状態も風呂のお陰でスッキリさっぱり洗い流せたようだ。

今日はこのまま飯食って寝よう。


「ナヴィ、今日は耐性アップ休むよ」


〔はい、心身ともに休息は必要ですので、それが宜しいでしょう〕


テントに入り毛布の上に座りながら残りの果実水を飲み干して、空間収納を漁ってみたら食料がどうも心許ないな。とりあえず硬いパンとチーズを取り出した。スープも、と思ったが残りがほとんどない。

一旦出した食料を胃に収め、空間収納内を確認する。

サンド系のパンが5食、串焼き10本、硬いパンが10個にチーズとベーコンが少々……

スープも残り3食分か。野菜やら肉やらで自前で料理すればスープは足せるけど、正直自信ないわ、料理……


「うーん……魅了耐性スキルアップって多分時間掛かりそうだよな。良くて1日2レベルアップ、後半下手したら1日1レベルアップ出来ないかもしれないし…」


「ステータス・オープン」


名前:ゼン・コウダ

年齢:16

LV:30

種族:人族

HP:2426/2426

MP:3700/3700(+600)

攻撃力:2657(+40)

防御力:2624(+32)

魔力:2700

魔防:2614

俊敏:2657(+20)

幸運:37

スキル:剣豪LV7、大賢者LV7、空間収納LV-、鑑定LV MAX、聖属性魔法LV7、探索LV3、火属性魔法LV5、風属性魔法LV6、索敵LV7、ステータス補正LV6、MP消費軽減LV6、水属性魔法LV6、土属性魔法LV4、無属性魔法LV7、隠密LV3、HP自動回復LV MAX、MP自動回復LV9、状態異常無効LV-、呪い耐性LV MAX、魅了耐性LV2(new)

ギフト:全言語理解、ナビゲート

装備:

ミスリルソード(効果:攻撃力+40)

皮の胸当て(効果:防御力+12)

探索用ブーツ(効果:防御力+20)

アクセサリー:疾風のピアス(効果:俊敏+20、回避率10%)


随分強くなったよな……

よし、決めた!


「ナヴィ、一旦街に戻るよ。魅了耐性のスキルアップは時間掛かりそうなのに食料が心許ないから、買い出しに行こうと思う。ついでに空間収納に貯まったドロップアイテムも売りたいしね」


〔では、今日はここで休み、明日戻りましょう〕


「いや、30階層の奥の間までアンデットを倒してくだけだからこれから戻るよ」


〔もう少し身体を休めた方が良いのでは〕


「心配性だなー、風呂入ってリフレッシュ出来たし、疲れも残ってないから大丈夫だよ」


〔……マスターがそう仰るなら〕


ナヴィが心持ち不機嫌…というか心配してる?感じの声(と言っても頭ん中に響くだけなんだけど)になってる。

でも、大分スッキリしてるし、ほんとに疲れは取れたから問題はないんだ。オロオロしてる感じが伝わってきてちょっとくすぐったい。魅了攻撃でダメージ受けたの結構気にしてるっぽいな、別にナヴィのせいじゃないのに。


「じゃあ、テントも片付けたし、戻るか!」


俺はホーリーレインをぶっぱなしながら全力で走って30階層ボス部屋の奥の間を目指す。ほんとにホーリーレインで空いたスペースを最短で走るだけなので簡単楽ちん作業なのだ。

1時間程で奥の間に辿り着き、地上への転移魔法陣に入ると光の柱が立ち一瞬のうちに地上へと転移した。


「ここは……」


俺は辺りを見回し地上のどこに出たのか確認する。どうやら入り口の近く、冒険者ギルドの管理小屋のすぐ隣に出たようだ。とりあえずギルドの職員さんに声をかけ、ダンジョンから戻った事を報告する。


「お、坊主戻ったのか!予定日数なしの救出依頼不要だったから心配してたんだぞ。2週間以上も戻って来ないからおれぁてっきり…はぁ、あの後やっぱり後悔してな…若者の無謀を止めるのも大人の役目だってのに…いやー良かった良かった、これで一安心だ」


ギルド職員さんはどうやら俺がダンジョンに入る手続きをしてくれた人だったようでなかなか戻って来ない俺を心配してくれてたようだ。

バシバシと俺の肩を叩きながらダンジョンから無事に戻った事を喜んでくれた。


「すみません、ご心配をお掛けしました」


俺はお礼を言って管理小屋をそそくさと後にした。正直恥ずかしい。心配は有難いんだけどもね…

街道に出て人気がない事を確認する。


「誰も居ないね、よし。試してみるか」


俺はもう一度辺りを見回し、誰も居ない事を再確認するとセリスタの街の街道沿いの森の中を思い浮かべ「転移」と唱えた。

一瞬で周りの景色が変わり森の中に移動していた。


「おおっ!成功だ!」


実は無属性魔法がレベルアップして、転移と異空間の魔法を覚えたのだ。

ダンジョンから出られるかとこっそり試したけど何故か発動しなかったから不安だったけど、ダンジョン外ではちゃんと転移出来たようだな。

ナヴィ曰く、無属性魔法のレベルがもっと上がればダンジョン内でも転移出来るようになるということだ。残念ながら転移は一度も訪れた事がないと転移不可の制限があるんだが、行ったことが有れば距離に関係なくどこにでも転移出来るらしい。もちろん人に見られる訳には行かないので、街の中や街道に転移する訳にはいかないけど、それでも随分楽になりそうだし、普通にテンション爆上がり案件である。もう1つの異空間魔法。こちらも凄く気になっている。まだ試してないので宿で落ち着いたら試してみるつもりだ。


「さて、誰も居ないよね……」


俺は森の中から街道に出るため木の影からこっそり街道を覗き込む。

良かった、誰も居ないわ。

ササッと街道に出て歩き出し、街門を通って宿屋に向かった。

あの宿屋、また泊まれると良いな。

中央通りを進み、この間まで泊まっていた宿屋に入ると受付で呼び鈴を鳴らす。


「はいよー、ちょっとまっとくれー」


元気の良い声が奥から聞こえ、しばらくすると女将さんが出てきた。


「お待たせしちまったねぇ」


「いえいえ、部屋は空いてますか?4~5日泊まりたいのですが」


「はいよ、この間の部屋で良いかい?」


「覚えてくれてたんですか?もちろんその部屋で大丈夫です」


「そりゃ覚えてるさ。若いのに随分礼儀正しい子だからねぇ」


女将さんはそう言ってケラケラ笑った。

部屋のカギを貰うついでに思いついた事を口に出してみる。


「あの、お願いしたい事があるんですが」


「なんだい?」


「お金はお支払いしますので、女将さんのファムを20人前程作って頂けないでしょうか」


「なんだって?ファムを20人前!?」


「はい。実は今までダンジョンに潜ってたんですが、食料として屋台で買ったファムを持っていったんですけど、どうにも口に合わなくて。食べれない訳ではないんですけど、女将さんのファムが美味しかったからどうしても比べちゃって……」


「おやまあ、嬉しい事を言ってくれるねぇ。20人前くらい直ぐに作れるけど、小分けするには入れ物がないよ、鍋やボウルに入れるとかでいいなら、まあなんとかなるかねぇ」


「それで大丈夫です。入れ物の分含めて代金はお支払いします。おいくらですか」


「そうさねぇ、ファム1人前なんて銅貨1枚もしやしないし、入れ物代が幾らか分からないけどまあ、銀貨2枚と銅貨6枚くらいかねぇ」


「では、女将さんの作業代も込みで銀貨5枚でどうでしょう」


「ええ!?それは貰いすぎさ」


「いえ、忙しい女将さんの時間を使って頂くんですからそのくらいは」


「いやでもねぇ」


「入れ物代だって幾らかまだわからないんですし」


「そうかい?なんだか悪いねぇ」


「あ、じゃあもう1つお願いしたい事が」


「おや、まだあるのかい」


「あ、いえ。宿の裏庭をお借りしたくて。風呂に入るためにちょっと土属性魔法を使いますが、元に戻しますので場所だけお借りできないでしょうか」


「風呂だって?そんなものどうやって……風呂なんてお貴族様しか入らないようなもんだよ。土属性魔法で何するのか知らないけど…まあ、元に戻すんなら使っとくれ」


「ありがとうございます!裏庭の使用料も銀貨1枚追加しますね!」


「あらまあ、なんだか悪いねぇ」


俺は女将さんに宿代とファム代と裏庭使用料で銀貨10枚を渡すと、一旦ギルドに行く事を伝え宿を出た。

ふふふ、言ってみるもんだな。女将さんのファムは屋台のより全然美味いから、正直あれをダンジョンでも食べれるのは嬉しい。それに風呂!断られなくて良かった!今日もゆっくり湯船に浸かるぞー!

ウキウキしながら大通りを歩いているとあっという間に冒険者ギルドに着いた。スイングドアを抜け買取用の受付に向かう。昼前なので冒険者の姿はなく丁度いい。


「すみません、買取をお願いしたいのですが量が多くてここに出すのが難しいのですけどどうすればいいですか」


「ん?なんだ、そんなに多いのか?」


受付には嬢ではなく、おっさんが座っており、胡散臭そうに俺を見た。


「ええ、まあ。魔物のドロップ品もありますし、素材や魔石も大量で」


「なら裏の解体場に来てくれ、そこのドアから来れる」


おっさんは顎でドアを指すとさっさと奥へ引っ込んだ。俺は言われた通り解体場に行くとおっさんが待っていたので、奥からも来れるようだ。


「とりあえずここに出してくれ」


「はい、素材も魔石も武器や防具も全部出しちゃって良いですか?」


「まあいいだろ」


では、と俺は空間収納に収まってるアイテム達を次々と出していく。もちろんマジックバックから出しているテイで。


「お、おい……ちょ」


おっさんは次々に出されていくアイテムの量に目を丸くして言葉に詰まり出した。ヤバいかな。

うーん魔石の量が半端ないからな……まだまだあるんだけど、一旦やめとくか。なんせアンデット殲滅しまくったからねぇ…

ゴブリン系のドロップアイテムも剣やら弓やら大量だしなぁ。いちいち拾わなくてもナヴィが拡張してくれた空間収納の機能のお陰で自動で収納されちゃうからねぇ…


「あー、買取お願い出来ます?」


若干おっさんの顔色を伺いながら声をかけてみる。


「ちょ、お前……いや、全部は無理だぞ。多すぎる。ギルドが破産するわ!」


「あー、そうですよね……ははは」


「魔石と素材はなんとか買い取れるが、武器や防具は鍛治ギルドか商人ギルドに持って行け。買い取ってくれるだろうさ」


「そうですか、ありがとうございます。魔石も買い取ってくれますかね?」


「はあ!?お前まだ持ってんのか!?」


「ええまあ…」


おっさんは驚きがピークに達したのかしばらく俺を凝視して


「お前のマジックバックは中サイズ以上か?」


と、恐る恐る聞いてきた。やべぇ……


「いえ、中サイズですよ、パンパンだったんです」


慌てて違うと否定するものの、どうにも腑に落ちないのか胡乱気な視線が痛いです。


「まあいい、この量は直ぐに査定出来ん。明日の夕方また来い、それ迄に査定して金は用意しておく」


「分かりました、では明日の夕方来ます」


俺はペコッと頭を下げてその場を後にした。うーん、マジックバックの容量超えてたか……いっそ大って事にしとく?もうその辺の冒険者なんて怖くもないし、毒も耐性付いたしな…

ナヴィどう思う?


〔何か言われたらマスターの考えの通りマジックバックの容量は実は大だったと言えば問題ございません。マスターの強さ以上の冒険者はこの辺りにはおりませんので、しばらくは安泰でしょう〕


そっか、じゃあまあ、そうするか。

よし、なら鍛治ギルド行って武器や防具を買い取って貰うかな。

ふむ、鍛治ギルドは…と。俺はMAPを確認して鍛治ギルドの場所を探す。鍛治通りにあるようだ。

大通りを1本逸れて鍛治通りに入り道なりに進むと鍛治ギルドが見えてきた。金床とハンマーの看板、その上に鍛治ギルドの文字。なんかゴツイな。デカい扉を開けて中に入ると、受付は2つしかなく冒険者ギルドみたいに冒険者達がくつろぐテーブル席などもない。その代わりに武器や防具の陳列棚がズラっと並んでいた。受付を見るとやっぱりおっさんが座っている。ちょっと残念な気持ちで受付のおっさんに


「買取をお願いしたいのですが」


と声をかけた。


「武器か?防具か?」


「両方です。量も多いのですが大丈夫でしょうか」


「ふん、どのくらいだ」


「そうですね……100個くらい?」


「はあ!?」


おっさんは素っ頓狂な声を上げ実に胡散臭そうに俺を見る。

うん、なんかめんどくさい。


「なら、そこに出せ」


「え、ここにですか?」


どうやらおっさんは俺が嘘を付いていると思ったようだ。しょうがないので、言われた通り受付の前の床にガシャガシャっと武器や防具を出してみた。


「なっ!?」


「武器や防具はこれで全部です。魔石もあるのですが、そちらも買取お願い出来ますか」


そういうや否や魔石をザラザラザラーっと床にぶちまけた。

おっさんはあんぐりと口を開けその様子を見ていると我に返ったのか急に立ち上がり受付からこっちに出てアイテム達を手に取り確かめ始めた。


「これ全部お前が倒して手に入れたのか?」


「え?ああ、はいそうですね」


「……これはミノタウロスの魔石、それに牛鬼の鎧…。こ、これは!?クイーンアントの魔石だと!?それに蠱毒の短剣!!30階層のフロアボスを倒したのか!?」


「まあ、そうですね」


「なっ!?」


おっさんは鑑定スキルでも持ってるのか?


(鑑定)


俺はこっそりおっさんを鑑定すると【アイテム鑑定】というスキルを持っていた。なるほど、人や魔物の鑑定までは出来ないが、アイテムなら鑑定出来るスキルなのか。良かったわ、鑑定スキルじゃなくて。俺のスキルとかステータス見られるとヤバいからね。


〔スキル 隠蔽を習得致しました〕


お、ナヴィ流石!これって俺のステータス隠蔽できるってスキルだよな?


〔はい、習得可能となりましたので。スキルの発動をおすすめ致します〕


おっけー、(隠蔽)

これでよしっと。


やっとおっさんは驚きから立ち直ったのか数多くの武器や防具を見回してため息を吐いた。


「すまないが、直ぐに査定は出来ない。悪いがまた明日、そうだな昼過ぎに来てくれ」


「分かりました」


俺はそう言って鍛治ギルドを出た。

うーん、査定に時間がかかるなぁ。食料の買い出ししたかったんだけど、手持ちの金で買うかな。収入が幾らか分からないと買い出しも気が引けるから、ほんとは金が入ってから買うつもりだったんだけど…


〔マスター、冒険者ギルドも鍛治ギルドも査定額は金貨20枚以上になると思いますので問題ないと思います〕


そう?じゃあ食料調達しに行くか。もう昼時は過ぎていて腹も減ったし、昼食も兼ねて市場へ行って色々買おう!俺は鍛治通りから市場に向かって歩き出す。心なしか早歩きだ。

市場に着くといい匂いが鼻をくすぐり、釣られて腹から盛大な音が鳴った。


「腹減ったー!」


屋台を見ると美味しそうな串焼き肉が目に入る。隣はケバブみたいに塊肉を焼いていて、野菜と一緒にクレープ生地のようなものにくるんでいる。お気に入りのピタパンもあった。

腹具合いに任せピタパンとクレープを買いスッキリとした味わいの果実水も買って一気に頬張る。

美味い!このクレープみたいなやつ、生地がモチっとしてて噛みごたえがあるから腹に溜まるなぁ。マヨネーズがあればもっと美味しくなるのに…

マヨネーズ…マヨネーズかぁ、卵と塩と油と酢で作れるよな。酢は穀物…米や麦からだっけ?多分ないだろな。ビネガーなら比較的簡単に作れるよな、材料はフルーツだっけ。マヨネーズもビネガーでいけるだろ?てかビネガーもあるのか?ナヴィ、こっちには酢やビネガーってある?


〔酢…ビネガー…申し訳ございません。マスターの仰っているものについて知見がございません〕


んー、酸っぱい調味料?なんだけど。そんなものないかな。


酢酸菌って酒類と果実で発酵させれば良いんだっけ?無属性魔法で時間進められたら発酵の度合いを早められるんだけど。出来たりしないよね…


〔可能です〕


(可能なの!?)


〔はい、次元系の魔法で物資の時間を進めたり戻したりする事は可能です。ただし生物には不可能です〕


(って事は微生物もダメってことじゃ…)


〔微生物…ですか?多分こちらの世界で概念として確立されていないので、時を進める事は可能ではないでしょうか〕


うーん、こっちで認識されてないの?微生物。カビとか、ウィルスとか、酢酸菌もだけど乳酸菌にイースト菌とかさ。チーズはあるんだから乳酸菌はあるんだよね?パンは硬いからイースト菌はないかもな。微生物っていう概念がないってだけかな。まあいいや、酢を作ってみるか。こっちの酒ってエールとかの麦芽酒だよな。アルコール度数は高くなかっただろうし果実の皮とか入れて発酵させてみよう、上手くいけば麦酢が作れるぞ。ついでにイースト菌も作るか。砂糖と果実と水で出来るしな。

なんか上手くいったら商材が増えるかもだぞ。つい顔がにやけてしまう。俺はやっぱり戦いとかより商人の方が向いてるかもな。

色々考えていたら市場を1周し終わっていたようで、何も買ってなかった事に気がついた。

とりあえず気に入ったクレープを10個購入し、ピタパンも同じく10個、串焼き肉はあるだけ全部買った。他にもブルストと言われるソーセージを挟んだパンも10個購入。ケチャップが欲しいところだ。やっぱり酢は必須だな。

スープの屋台でデカい寸胴鍋ごとスープを売ってくれと言ったら怒られたので先に寸胴鍋を購入し、そこにスープを入れてくれと言ったらやっぱり怒られた。何故だ。しょうがないので別の屋台で寸胴鍋いっぱいのスープを買わせてくれとお願いしたら今度は泣いて喜ばれた。さっきの屋台のスープより美味しかったので、逆にラッキーである。果実水は気に入った味のを2種類樽ごと購入させて貰った。もちろん樽代も支払ったので文句は言われてない。

次に酢やイースト菌作りに必要な物を買うことにした。麦芽酒を樽ごと、リンゴに似た果実を箱ごと、砂糖や塩、卵も大量購入だ。砂糖は正直贅沢品で思った以上に高くて焦ったのは内緒だけどね。

後は石鹸に必要な物も買うか。

……なんか色々手を出しすぎか?いや、いいんだ。楽しければそれで。当初のレベルアップはそこそこ進んでるんだし、やりたい事優先でも大丈夫だろ。ナヴィも文句言ってないしね。

俺は楽しくなってきた気分を正当化して買い物を楽しみ宿屋に戻る頃にはもう夕日も随分と傾いていた。部屋に入り、本日の成果を確認する。

食料は全然足りないのでまた明日買い足すとして、飲み物は果実水が樽で2つ。これは十分過ぎだな。自分でブレンドした薬草茶もあるし、足りないことはない。水も魔法で出せるからね。

麦酢作りに必要な麦芽酒に果実はあるし、マヨネーズに必要な卵、塩、植物油は大量に買った。酢作りに失敗した時のためにレモンに似た柑橘系果物も買ってある。イースト菌作りに必要な果実と砂糖と清潔な瓶もあるし、木灰に必要な木の枝は森で拾うとして、油はオーク肉の脂身を溶かす必要がある。こっちは色々まだ準備が必要だね。夕飯後に先ずはイースト菌作りと麦酢作りをやってみるか。

その前に異空間魔法だな。

どんなものか試してみるつもりだったのに、すっかり忘れてたわ。


「異空間」


俺は魔法を唱えると鋼のような扉が現れた。光沢があるので鋼ではないようだが、これはなんだろう。おっかなびっくり触ると扉は開き中には広い空間が広がっていた。横も奥行も10mくらいだろうか。かなり広い。


「ナヴィ、一度創った異空間って消えないの?」


〔マスターが消さなければ存在し続けます〕


「出入口ってここのまま?」


〔何処にでも出現可能ですし、消す事も可能です〕



へー、すげぇ便利な。

これさ、ベッドとか置いてテントの中から出入りすれば普通の部屋として使えるんじゃね?


〔可能です〕


「空気とかどうなの?」


〔空間収納スキルを使用し、循環させる事は可能です〕


「水とか火とか使えたり?」


〔可能です〕


「風呂やトイレの後の処理は?」


〔魔法で処理するくらいでしょうか。あまりいい案がございません〕


うーん。

水やお湯は下水処理として浄化クリーンしてどっかの川とかに転移させればいいと思う。固形物は乾燥させて粉々にして浄化クリーンした後、これもどっかの土の中に埋めるのでいいと思うんだ。こういう作業を魔導具で実現させればいちいち俺が魔法で処理しなくても済むし、風呂もトイレも、キッチンもこの異空間に作れる気がする。

魔導具の作り方知らんけど。

ナヴィ魔導具の作り方教えて!


〔錬金術の習得が必要です〕


魔導具って錬金術で作るの?


〔魔法陣と素材、魔石を錬金術を使って錬金する事で作成可能となるので、魔法陣についての知識も必要ですが、それは私の方で対応可能です〕


さすがナヴィ!


〔スキル 錬金術を習得致しました〕


うむ、チートが過ぎるがこの際関係ないですな!

ヤバいな。やりたい事がどんどん増えるわ。この異空間を快適空間に魔改造しつつ食生活の改善を進め更なるレベルアップに勤しむと。

うはー、楽し過ぎるな。


〔マスター先ずは夕飯を食べに行きましょう〕


お、すまんすまん。快適空間作成とかに夢中になってた。

俺はナヴィに促され宿屋の食事スペースに降りていき女将さんに食事をお願いした。


「ああそうだ、ファム出来てるよ。どうする」


「ありがとうございます!じゃあ頂いてもいいですか?」


「構わないよ、こっちに来とくれ」


女将さんの後ろについてキッチンスペースに行くと大きな鍋いっぱいに入っているファムが目に入った。凄く美味そうだ。


「これだよ。鍋ごと持ってとくれ。それにしても20人前だし大丈夫なのかい?日持ちはしないよ」


「ああ、俺マジックバック持ってるし、時間停止も付いてるやつなんで大丈夫です」


「おやまあ、随分と高価なものを持ってるんだねぇ」


「ははは、たまたま手に入れて」


あまり突っ込まれたくない話題なのを悟ってくれたようで女将さんは「良い稼ぎをありがとね」と言って鍋いっぱいのファムを渡してくれた。


「ありがとうございます。女将さんのファムはほんとに美味しいから直ぐに食べきっちゃいそうですよ」


「そうかい?必要ならまた言っとくれ、何時でも作るからね」


「はい!ありがとうございます」


「じゃあ食事を運ぶから席で待ってな」


「お願いします」


本日の食事もとても美味しかった。野菜のグリルに鳥肉の煮込みがハーブが効いていてさっぱりと食べられた。豆のスープも絶品で、ベースは塩味だけど野菜の旨味が十分に感じられる。香辛料も効いていてスパイシーなところが食欲を掻き立てる。なんとなくカレーに似ていなくもない。まあカレーというにはかなり薄いので全くの別物なんだけど、カレーの香辛料をついつい思い浮かべてしまうほど懐かしさを感じた。今度香辛料も探してみるか。


さて、美味しく夕飯も食べ終わったし、先に風呂に入るかな。

宿屋の裏庭に土属性魔法で囲いを作り中に湯船を作って結界魔法でコーティング。水属性と火属性の魔法でお湯を湯船に張って憩いのバスタイムを満喫だ。


「はぁぁぁぁ。やっぱり風呂はいいねぇ」


湯船に浸かり、一日の疲れを落とす。

マジで最高です。

風呂上がりに氷を入れた果実水を一気飲み。これもたまりませんな。ビールじゃないのが痛いとこ。ま、こっちのビールは美味しくないからねぇ。エールだし冷えてないし。冷やしても酸っぱいだけのエールじゃなぁ。多分作り方が悪いんだろうね。ラガーならそれほど不味くはないだろうけど、こっちでは作ってないみたいだしな。それも今度作ってみるか。エール作ってる酒蔵買い取って下面発酵のラガーにするだけでいけそうなんだよね。まあ、その為には金だな。当分先の話だけど楽しみは増えた。

よーし、風呂も入ってさっぱりしたし早速酢作りに取り掛かろう!俺は囲いやら湯船やらを更地に戻すため、湯に浄化クリーンをかけ、森の奥に転移させる。結界魔法を解いて土属性魔法で湯船と囲いを更地に戻した。

部屋に戻り、麦芽酒の樽に箱半分の果実の皮と種を入れ、蓋を一部分開けて発酵させるために時間を進める。無属性魔法マジでチート。みるみるうちに発酵が進むのがよく分かる。蓋を全部とり確認すると表面に酢酸菌のコロニーが出来ていた。このまま発酵を進めて酢酸菌のコロニーが無くなれば酢になっているはずだ。俺は蓋を閉めてまた発酵を進める。酢酸菌のコロニーが無くなったのを確認し、匂いを嗅ぐ。ツーンとした酢独特の香りが鼻をついた。木べらで少し掬って舐めてみる。


「酸っぱ!!」


無事に成功したようだ。

出来るもんだな、魔法のお陰だろうけどさ。

後は密閉型の容器に移せば保存は可能だな。この量の密閉型の瓶か。まあ、空間収納に入れておけば発酵が進むこともないから平気だけど、一応後で大きな瓶作っとくかな。錬金術も習得したしね。

じゃあ次は、イースト菌作りだな。

イースト菌作りの密閉型の瓶はそこまで大きさは必要ないので、店にある物で十分だった。早速浄化クリーンで綺麗にし、水と砂糖と切った果実を適量入れてこれもまた発酵促進させるために無属性魔法を使う。どんどん発酵が進みぶくぶくと泡立ってきた。果実がオリに押し出されるように浮かび上がってくる。イースト菌が活性化しているようだ。これをパン種に混ぜて寝かせればふかふかのパンが出来上がる。


「あ、パン種ないし、焼くことも出来ないわ。しまった…成功かどうかも分からんし」


〔宿屋の女将さんに手伝って頂いてはいかがでしょう〕


「それだ!!」


俺は明日また女将さんにイースト菌を使ったパンの制作を依頼する事にした。

ってことで、パンの次はマヨネーズ!

待望の!マヨネーズだ!

早速ボウルに卵黄4つ分に塩、酢を加えかき混ぜる。油を少量入れて更にかき混ぜる。


「う、腕が…」


キッツ…泡立て器こっちの世界にないのってどうなのよ。とりあえずフォークを束にして使ってるけど使いにくいしめちゃくちゃ疲れる…なんか色々足りてないなぁ…

悔やんでてもしょうがないし身体強化してみるか。

(ブースト)

おお、随分楽になったわ。

俺は楽になった腕でどんどんかき混ぜてはまた油を足して更にかき混ぜていく。身体強化のお陰でなんとか無事にかき混ぜきることができ、目の前には見覚えのある黄色っぽいのクリーム状のアレ。そう、マヨネーズ様が鎮座していた。

俺は恐る恐る混ぜていた泡立て器ならぬフォークの束からマヨネーズを掬って舐めてみる。


「マヨネーズだ!!」


懐かしいマヨネーズの味!美味い!

ちょっと感動です。泣いてもいいですか?

たまらず空間収納からクレープを取り出しマヨネーズを塗ってかぶりつく。


「!!!」


一気にに食べ尽くしてしまうほど、マヨネーズとクレープのコラボは最高だった。


「ナヴィ……革命が起こるぞ」


〔……〕


俺はマヨネーズの偉大さに改めて敬意を示し、今後売れるであろう地球の名産品を密閉型の瓶に移し替える。顔はもちろんにやけ過ぎてナヴィから訝しげな雰囲気が感じられるのも華麗にスルーである。

マヨネーズ様を大事に空間収納に仕舞い、本日の成果に終始顔が緩みっぱなしではあるが、明日の為に就寝する事にした。興奮がヤバいので寝れるか不安だったけど充足感に包まれた俺は、あっという間に意識が途切れたのだった。

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