第5話

ふぅ…

熟睡も熟睡、完璧な睡眠だったな、うん。

寝覚めの良い朝だ、頭も身体もスッキリしており、ベッドの大切さを改めて噛み締める。

噛み締めつつ2度寝しちゃおうかしら。


〔マスターさっさと準備してください〕


あ、はい。


少しくらいのんびりしたってバチは当たらないと思うよ…


俺は身支度を整え宿屋の食事スペースへ行き女将さんに声を掛けた。


「おはようございます」


「おはよう、朝食直ぐに持ってくからねぇ」


「あ、女将さん。今日もお願いしたい事があるんです」


「なんだい、またファムかい?」


「いえ、あー、あのですね…」


俺は周りに聞こえないよう小声でパン作りの話を依頼した。新しいパンだと言うと、女将さんは怪訝そうに顔を顰めつつ、それでも手間賃と材料代を支払うので了承してくれ、朝の忙しい時間が終わった頃に作ってくれる事になった。

イースト菌をそのまま渡す事は出来ないので、パン種を作って貰ってそこにイースト菌を入れ、もう一度捏ねて貰うという手順を説明するため俺も一緒に見学する事になる。

朝食を食べても時間までは2時間以上空くので俺は市場に行く事にしチャチャッと朝食を食べ終えるとその足で市場に向かった。

ケチャップ用の材料の買い出しと出来ればベッドが欲しいのだけど、ベッドは市場に売ってる訳ではないし先に食材を買おうかね。昨日と同じように目に付いたサンド系のパンや燻製肉を買い、最後に野菜の売り場を見て回った。

トマトにそっくりな野菜があり、匂いを嗅ぐとまさにトマトで、品種的にはヨーロッパで主流の縦長な感じのトマトだ。

箱いっぱい買い込み、ニンニクっぽいものも購入。玉ねぎは新玉ねぎみたいな見た目のものが売っていたのでそれも大量購入した。

後はローリエとかいうハーブなんだけど、ここだとどれが近いんだろうか。分からないので幾つか適当に買い、時間もまだ余裕があるのでベッドを見にこうとしたのだがある屋台でとても気になる物が目に入り思わず足を止め凝視してしまう。


「なあナヴィ、あれってバター?」


〔バター?ああ、マスターの世界ではその様に言われますね。こちらではブールと言います〕


「ブール?へえ、今まで見かけたことなかったけど結構貴重なの?」


〔はい、保存が難しいので平民にはあまり売れません〕


まあ確かにね。常温だと溶けちゃうもんね。

俺は早速ブールを売っている屋台に行き自分が知ってるバターかどうかじっくり眺める。氷の入った大きな箱に小さな木の器が収められており、器に入っているブールはお馴染みのバター特有のクリーム色をしていた。間違いなくバターだ!


「すみません、ブールはおいくらですか?」


「1つ、銀貨7枚だよ」


1つの器にはだいたい100g程が入っているよう

で、それが銀貨7枚。高いねぇ。保存も出来ないのに。これじゃあ確かに普通は買えないわ。

俺は買うけど。保存出来るし。


「あるだけ下さい」


「え!?あるだけだって? 坊主冷やかしなら帰ってくれや!」


「いえ、本当に欲しいのですが」


「……今あるのは6つだ。それ全部買うつもりか?」


「はい、お願いします」


「……銀貨42枚だ。保存出来るのか?」


「問題ありませんよ。マジックバックありますし」


店主に銀貨42枚を支払い、俺はバター、いや、ブールを受け取るとマジックバックに収納する振りをして空間収納にしまい込む。銀貨を受け取った店主は途端に機嫌良くなったのか


「坊主、マジックバックは万能じゃねえぞ。早めに使っちまわないと、ブールが傷んじまう。温度が高けりゃ溶けちまうしな、気を付けろよ」


とご機嫌に注意事項を宣ってくれた。


「ご忠告ありがとうございます」


お礼を言って市場を離れ、俺もご機嫌でベッドが売られている家具屋に向かうことにした。ふかふかの布団も一緒に売ってるといいなぁ。

しばらく歩き、目当ての家具屋に着くと早速中に入り店主に声を掛ける。


「すみません、ベッドが欲しいのですがありますか?」


「いらっしゃい。ベッドかい、幾つか取り揃えてるよ、こちらにどうぞ」


店主さんはベッドが置かれている場所に案内してくれた。


「え?随分小さい……」


「ああ、これは見本だよ。ベッドは場所を取るからね、1/10サイズの物で選んで貰うようにしてるんだ」


「実物での確認は出来ないんですか?」


「裏の倉庫にある物なら見れるけど、そうでないものは見れないんだ」


「って事は、今日持って帰る事も物によっては出来ない?」


「うーん、選んで貰ったベッドを作るからね。今日直ぐには無理だね」


「そうですか……制作にはどのくらい掛かります?」


「ふむ、あまり凝った物でなければ2日も有れば完成するけど」


「そうですか。なら、一旦見せて下さい。おすすめとかってありますか?」


「そうだねぇ、このベッドはどうだろう。材質はトレントのものだから普通の木材よりは全然丈夫だね。普通の木材だと、このテードルの木がおすすめだよ。トレント程丈夫って訳にはいかないが、他に比べて十分に丈夫だし、虫避け効果もある」


店主さんは幾つか見本の中から紹介してくれ、説明を聞く限りトレントの木材で作ったベッドが1番良さそうだった。元が魔物なだけあって丈夫な上に加工もしやすい為ある程度オーダーメイドも出来るそうだ。


「じゃあトレントの木材のベッドが良いのですが、サイズは大きめに出来ますか。見本の2倍くらいの広さが欲しいです。あと、ベッドの上部に棚を作って物を置けるようにして欲しいです」


俺はどうせ1から作るならカスタマイズしたくなり、アレコレお願いしてみた。店主さんは請け負ってはくれたけど、制作には通常より日にちが掛かるそうだ。


「ベッドマットとか布団はここでは制作してないですか?」


「あるよ。でもお客さんの場合はこっちもオーダーメイドになるけどね」


店主さんは肩を竦めて時間がかかる事を暗に伝えてきた。まあ、しょうがないよね。ベッドがキングサイズだもん。


「種類はあるんでしょうか?」


「選ぶ程はないかな。見てみるかい?」


「お願いします」


店主さんにベッドマットを見せて貰うも、ベッドマットっていうか布団マットっていうか…うっすいんだな。


「厚みはこれしか種類ないですか?」


「分厚い物かぁ……無くはないけど時間も掛かるし値が張るよ?」


「どのくらいの厚みでおいくらでしょうか」


「そうだねぇ、今のマットの3倍くらいの厚みで値段は銀貨30枚、お客さんのベッドに合わせると銀貨60枚ってとこだねぇ」


「ベッド自体は銀貨40枚でしたっけ?」


「トレント材だしそうなるね」


「布団はこれだと幾らでしょうか」


「オーダーメイドだし、銀貨20枚かな」


「全部で金貨1枚と銀貨20枚か」


「やめとくかい?さすがに高いだろう」


「んー、いえ。購入させて頂きますよ」


(手持ちは殆ど無くなるけど、冒険者ギルドと鍛治ギルドからの買取金が入るし、問題ないだろ?)


〔問題ありません。またダンジョンに行きますし、今回だけでも少なく見積もって金貨40枚以上にはなりますので多少の散財はどうとでもなります〕


(そうだよな。じゃあさ、他も買うか!)


〔何を購入されるのですか?〕


ふふふ。


「あの、他にソファも買いたいのと、テーブルセットも見たいです」


「おや、お客さん羽振りが良いね。ソファだとこっちだ。まあ見本になるけどね」


店主さんはそう言いながら笑顔でソファを紹介してくれた。ソファもテーブルも既製品で気に入ったものがあったのでどちらも直ぐに受け取りマジックバックという名の空間収納に収め、金貨1枚と銀貨35枚を支払い、1週間後にベッドを受け取る為の受け取り票を貰う。

店主さんは久々の大きな取引だと喜んでくれたようで「今後ともご贔屓に」といい笑顔で送り出してくれた。

俺も思った以上の買い物にほくほくだ。


〔マスターそろそろ女将さんとの約束の時間です〕


おっと、浮かれ過ぎたな。ナヴィ、そこの路地から宿屋の部屋まで転移するわ。


俺は念の為に隠密スキルを発動し、誰もいないか確認すると路地を進んで物陰から宿屋の部屋に転移した。そのまま1階に降り女将さんに声をかけると相変わらず元気な声が返ってくる。


「あいよー、こっちに入っとくれな」


キッチンスペースに入ると女将さんが更に奥の部屋から出てくる。


「で、なんだって。パンを作るんだっけかね」


「はい、パン種を作って焼く手前にもう1つ工程を増やしますので、まずはいつも通り作って頂けますか」


「あいよ」


女将さんは慣れた手付きでパン種を作っていく。小麦粉、塩、少量の砂糖と水しか入れないで作っているのだけど、バターって入れないの?


「女将さん、ブールは入れないんですか?」


「ブールだって!?そんな高級なもの入れる訳がないだろ」


「そうなんだ…あ、じゃあ、もう1つブールを入れて作ってくれませんか」


俺はそう言いながらマジックバックからブールを取り出し女将さんに渡した。


「ええ!?あんたこんな高い物よく持ってるねぇ。まあ、いいよ、もう1つブール入りで作るんだね?」


「はい、材料費含めて2倍お支払いしますのでお願いします」


女将さんは手早く1つ目のパン種を作ってくれたので、イースト菌をそのパン種に入れてまた捏ねて欲しいと伝えると「こりゃなんだい?こんな少量入れただけで何か変わるのかい」

と不思議そうだ。


「捏ね終わったらしばらくパン種を寝かせておくんです。そうすると焼きあがったパンはふかふかになるはずなんですよ」


「ふかふかのパンだって?さっきの汁入れただけでかい。うーん信じ難いねぇ」


「パンが焼きあがったら一緒に味見しましょう。さて、次はブール入りでお願いします」


女将さんはブールを適量小麦粉に入れ、さっきと同じ要領でパン種を作っていき、またイースト菌を入れたパン種を捏ねてくれる。

1つ目のパン種はまだもう少し寝かせる必要があるので、俺はお礼も兼ねてハーブティーを入れて女将さんに振舞った。


「あらー、美味しいじゃないか。こりゃなんのお茶だね」


「俺のブレンドティです。薬効はリラックス効果が高く疲労回復や気分向上、肌荒れにも効果が高いですよ。香りや味わいにも拘ってるんです。気に入って頂けました?」


「ブレンドティ?あんたが作ったのかい。おやまあ若いのに、随分多才だねぇ。もちろん気に入ったよ、毎日でも飲みたいくらいさ」


女将さんはニコニコ笑いながらお茶を飲んでくれた。気に入ってもらえてよかった。このお茶は薬草屋で見繕った乾燥薬草から美味しい配合を奇跡的に見つけた俺のオリジナルなのだ。ダンジョンでの癒しのお茶にする予定なのである。

女将さんと他愛もない会話を楽しみ、1つ目のパン種の発酵も良い感じに進んだので、そろそろ焼きに入ってもらう。


「女将さん、パンが焼きあがるのにどのくらい掛かりますか」


「そうだねぇ、だいたい20分くらいかねぇ」


「じゃあ続けて2個目のパン種も成形しちゃいましょうか」


「そうしようか」


女将さんは手早く2つ目のブール入りパン種を成形していき、1つ目のパンが焼きあがったので籠に取り出し、そのまま2つ目のパンをトレイに載せてオーブンに入れてくれた。

また20分ほどで焼きあがるので、まずは1つ目のパンの味見といこう。

焼きあがったパンからは香ばしい良い香りがしており、2人で顔を見合わせながらたまらずパンを手に取った。


「良い香りだねぇ、おや、柔らかい!」


「うん、持った感じはふかっとしてますね。食べてみましょう!」


女将さんは恐る恐るパンを齧る。

俺は半分に割った感触も確かめたあと、割った側を口に入れる。

いつものパンとは違い口当たりがとても良い!ふかふかだから大して噛まなくても飲み込めるし、小麦の美味しさが口いっぱいに広がるようだ。少し甘いのは砂糖のせいだけではないのだろう。いつものパンだと甘みも何も感じられないしね。


「凄い!柔らかいよ!いや、ふかふかだよ」


女将さんは驚きで目をまん丸にしながらもパンをどんどん口に入れていく。


「はい、思った通りふかふかのパンですね!小麦本来の美味しさと甘みも感じられて、このままでも十分に美味しいですが、トーストしたものも食べたいかな」


「トースト?」


「パンをスライスして、トースター…いえ、オーブンで良いのでさらに焼くんです。表面はカリッと中はふかっとした状態になりますし、焼いた表面にブールやジャムを塗って食べるととても美味しいんですよ」


「はあー、あんたは物知りだねぇ。パンの食べ方にそんな洒落たもんがあるなんてねぇ」


こちらでは、ブールも高級だし、パンが硬いから、スープに浸して食べるとかしか応用がないんだよね。サンドウィッチもパンは硬いしね……


「トースト用に何枚かスライスして貰ってもいいですか?」


「あいよ、今焼いてるパンが焼きあがったらスライスしたのを焼いてみればいいんだね」


「はい、お願いします」


俺はにっこり笑ってお願いした。

ブールはあるからいいとして、ジャムはどうしようか。果実はまだ残ってたし後で作るかな。

女将さんがパンをスライスしている間に、ブール入りのパンも焼きあがったようだ。オーブンからトレイを出し1つ目とは別の籠に入れてくれた。

スライスしたパンをトレイに並べ、またオーブンに入れる。今度は表面だけを焼くので、時間を気にする必要があるので味見は後にする。片側の表面が焼けたようなのでひっくり返し再度焼く。両面が焼けたので、皿に取ってもらいブールを塗って女将さんに渡した。


「まずはトーストから食べて見てください。ジャムがないのが残念ですけど」


「いいのかい?先に頂いても」


「もちろんですよ」


そう言うと、女将さんはトーストを口に運んだ。齧るとサクッと言う音が聞こえた事にビックリしたようで俺とパンを交互に見ては口を押さえて驚きの表情になっている。俺はうんうんと頷いて咀嚼を促す。

ついでに自分のトーストも口に入れる。同じようにサクッと音がして、口いっぱいにブールの旨みと塩味、パンの香ばしさなどが広がってとても美味しい。ジュワッと広がるブールがパンをより一層美味しく仕上げてくれるのだ。カリッジュワッと口の中も楽しい。


「はぁ……美味い。トーストってバター…じゃなくてブールを塗れば塗るほど美味いよな…」


「ほんとに美味しいねぇ、こんなの食べたことないよ!お金貰ってこんなご馳走まで食べちゃって、なんだか申し訳ないよ。でも新しいパン、かい?これはほんとに凄いねぇ」


「お口にあったようでよかったです。これ売れますかね?ブールが高いから微妙かな。あ、ブール入りのパンも食べてみましょうよ!」


トーストに夢中で忘れてたけどブール入れたパン、こっちが本来のあちらのパンのはずだし、期待値は高いんだよ。


俺と女将さんはせーのでパンを口に入れる。


「!!」


「うんまっ!」


パンの香りも、噛んだ時に広がる小麦の味も、ほのかな甘みも1つ目とは比べ物にならない程強い。

これはブールが小麦の旨みを引き出してるのか?原理は分からないけどブールを入れた方が旨みが凄いわ。


「ブールを入れただけで味が全然変わるじゃないか!?こりゃ貴族様に絶対売れるよ!」


「ほんとですか!?いやー、ブール高いから売れないかもって思ったけど、売れそうなら定期的に作れるように準備していこうかな」


「あんたはマジックバックもあるから、上手く使えばいい商売になるんじゃないかい?はぁ、こんな美味いものを食べれるなんてお貴族様は羨ましいよ」


「価格を出来るだけ抑えるようにしますので、たまの贅沢で買ってください」


「あはは、商売上手だねぇ」


俺は女将さんにお礼を言って本日の代金、銀貨4枚を支払い、残ったパンを少しおすそ分けして部屋に戻った。

女将さんに作って貰ったパンは大成功だ。

これ、毎日食べれるようにしたいし、異空間にオーブン作りたいかも。

あーでも、自分で作る物が多過ぎるなぁ。マヨネーズや、酢、ケチャップに石鹸も作っていくんだし、錬金術で魔導具も作って行くんだよな…料理関係は正直人手が欲しいかも。

そもそも商人はゆっくり考えようと思ってたのに、なんだか色々やりたい事が増えて来ちゃったんだよね。

商材としては後でも良いんだけどさ。

ただ生活水準の向上は結構大事なんだよなぁ。やっぱ日本の生活水準かなり高いもんなぁ。そんな中で中年まで過ごしてきたから、便利な物はどんどん取り入れていきたくなるじゃない。ここは不便って程では無いけど、食に関しては正直改善が必要なレベルだろ。ただでさえ色んな料理に溢れてた中、だいたいの物が美味しいって日本がおかしいのかもだけど、食に関する追求は多分世界一だった気がするよね。美味しくないと淘汰されていくんだから……

まあそこまでとは言わないが、こっちでの生活が長くなるんだもの、ある程度は美味いものを食べたいし、風呂欲求も満たしたい。なんなら衣類に関しても、もっと着心地や肌触りの良い物で揃えたくなるのが自然の摂理っつーもんじゃない。無理にはやらないけど妥協するにはまだ早い。どうしたもんか…


(なあ、ナヴィ。新しい情報を盗まれないで人を雇う方法ってなんかある?)


〔従属魔法で契約すれば、主人の意に反する事は出来なくなりますが、主人に従属すると言う事は命を差し出す事と同義ですので、お互いが納得しないと契約出来ません。そのため普通は雇用人に従属契約は行いません。基本的には奴隷を買って働かせる事が多いです〕


奴隷かぁ……

こっちの世界では当たり前の制度なんだろうけど……

あっちじゃ倫理的、道徳的観念とかで忌避されて廃止されたし、人身売買自体禁止されてるのよ……

どうにもその感覚が強いというか、当たり前の倫理観として根付いてるから、いくら世界が違うとなっても受け入れにくいんだよなぁ…


(ナヴィ、こっちの奴隷制度について教えてくんない?)


〔奴隷には、借金奴隷、終身奴隷、愛玩奴隷、犯罪奴隷の四種類があり、借金奴隷は奴隷自身が自分の借金分を返済出来れば解放されます。また、愛玩奴隷も買われた先で、主人の意向によっては奴隷から解放される事もあります。終身奴隷は、親が食べるために子を売り払ったりして本人の所属を奴隷商人に売り渡す事で身分がずっと奴隷となってしまった者で、基本的に死ぬまで奴隷から解放される事はありません。犯罪奴隷は、法律上厳しい罰として奴隷に身分を落とされた者ですので、採掘作業や城壁工事などの過酷な環境下の作業場に送られ、作業従事中に亡くなる事がほとんどの為、売買自体があまり行われない奴隷となります〕


奴隷と一言で言っても色々あるのか…

借金奴隷って、冒険者とかも救出支払い出来なくて奴隷になったりするアレだよね。

借金返済したら奴隷から解放されるんなら、普通の雇用人と変わらないんじゃね?強制的に働かせるってだけかな。

もし奴隷を雇うって事になったら終身奴隷じゃないと困るのか……


(ナヴィ的には奴隷を雇用するってどうなの?)


〔マスターの個人情報の漏洩防止を考慮するなら、合理的な雇用関係かと思います〕


うーん……そうね。

別に酷い仕打ちするつもりもないし、秘密を守って欲しいってだけで、ちゃんと衣食住を提供しつつ給与も払えば、奴隷契約という名のただの雇用関係な訳だもんな。相手の人となりは大事だけど奴隷になりたくてなった訳じゃないんだし、ちょっと見てみようかな……


(なあナヴィ、この街に奴隷を売ってるとこってある?)


〔はい、奴隷商は2箇所ございますね〕


そっかぁ、じゃあ行ってみようかな。

もしさ、料理スキル持ってる人とかいたらラッキーだしさ。


〔そうですね、奴隷を購入するのは悪くないと思います。マスターに買われた奴隷は良い待遇になると思いますので、寧ろどんどん購入されると良いのではないでしょうか〕


あ、うん……

やっぱ購入ってなるんだな……

人身売買って禁忌だから、ちょっと気が引けるわぁ……雇用って事になんないかねぇ…


購入って言葉にちょっと気が重くなったけど、そろそろ鍛治ギルドに行っても良さげな時間だし、買取金を受け取ったら奴隷商に行ってみようか。

冒険者ギルドの方は夕方だって言ってたしな。時間も潰せて丁度いいかも。

俺は宿屋を出て鍛治ギルドに向かった。

ギルドの中に入り、受付のおっさんに声を掛ける。昨日のおっさんとは別人だった。


「こんにちは。昨日査定をお願いした者です。買取金の受取に来ました」


「ああ、まだ査定してるよ、もう少し待ってくれ」


別のおっさんが座ってたのは昨日のおっさんがまだ査定中だったからか。

俺は了承し、武器や防具の並んだ棚を見て回る事にした。

鑑定を使いながら、武器や防具を見ていくも特に欲しいと思える物はなかった。出来れば革の胸当てを買い替えたかったんだけどね。

しばらく眺めていると昨日のおっさんが現れて買取金を渡してくれた。


「坊主、どんだけダンジョンに潜ってたんだ?武器も防具も多いが魔石の量が半端じゃねえぞ」


「あはははは……」


そう言われても苦笑いをするしかない……


「ほら、受け取りな。買取価格は全部で金貨23枚と銀貨34枚、銅貨8枚だ。膂力の指輪に牛鬼の鎧、蠱毒の短剣にオーガキングの大斧、これだけで金貨16枚だ。それにミノタウロスの魔石とクイーンアントの魔石が金貨1枚と銀貨50枚。ゴブリンの武器防具が大量にあったが、それらが金貨4枚、残りはこれまた大量の魔石分だ」


「言っとくが、きっちり査定した結果だからな」


なんも言ってないのに、おっさんは何故か念を押してくる。


「ありがとうございます」


思った以上の買取額に思わず顔が笑み崩れる。


「武器防具のドロップ品だが、次回も有れば持って来てくれ。アンデット系の魔石も質が良かったし、これならこっちも儲けられるからな」


おっさんは疲れた顔ではあるが、ギルドとしては儲かるらしいので次も持ってくる事に問題はなさそうだ。嫌な顔されたらどうしようかと思ったけど、大丈夫そうだな。


「しばらくしたらまたダンジョンに潜るつもりなので、その時は買取お願いしますね」


俺は笑顔で鍛治ギルドを出て寂しくなった懐が一気に潤った喜びを噛み締める。

それにしてもミノタウロスの魔石やクイーンアントの魔石って他の魔物の魔石とはやっぱ違うんだな。


〔魔物固有の魔力が込められているかどうかによって、魔石の価値は変わります。普通の魔石は魔力はありますが、固有魔力ではないので汎用的に活用出来る分力は弱く、魔物の固有の力が籠った魔石はネームド魔石と呼ばれ、錬金術や鍛治で魔剣作成に使われたり、また込められている力も強いので貴重なのです〕


へえー、ゴブリンとかの魔石は魔剣には使えないってことか。


〔全く使えない訳ではありませんが、あまり普通の剣と変わらない威力の剣にしかならないのです〕


なるほどねぇ、ってあんま解ってないけどさ。

ま、高く売れるんなら良かったよ。

さて、冒険者ギルドに行く時間にはやっぱり早いから奴隷商に行こうかな。

俺はMAPを確認して、近い方の店に行くことにした。職人通りから外れ別の通りに出る。人通りが少なく感じるものの、寂れた感じはなく整然と物が整理された通りを進み目当ての場所にたどり着いた。

特段いかがわしい雰囲気も無く、普通の店に見える。怖々扉を開けて中に入ると店員と思わしき人と目が合った。


「いらっしゃいませ。本日はどのような奴隷をお探しで」


「あ、はい。あーその、よく分からないので、一通り見せて頂いても良いでしょうか」


「おや、奴隷を買うのは初めてですか?」


「はい」


「ではご予算と、どのような事に使われるかお伺いしても?」


うーん……言い方は丁寧なんだけど、奴隷は商品って感じの扱いなんだな…


「そうですねぇ…出来れば料理が得意だとか手先が器用だとか?あとよく動ける体力のある人だと嬉しいです。予算はまだ決めてないのですが、実際に見てから判断したいです」


「ほうほう。料理が得意に手先が器用、体力がある、ですね。何人ご希望でしょうか」


「それもまだ決めてなくて……」


「性別はどうされます?」


「あー、決めてないです。あ、でも借金奴隷だと返済後は契約解除ですよね。なので出来れば終身奴隷だと良いのですけど」


「ふむ、ご希望に沿った者を何人か見て頂きましょうか」


しばらく考えこんだ店員は何度か頷くと


「ではこちらにどうぞ」


と、奥へ案内してくれた。

階段を下り地下に入ると鉄格子で囲われた部屋が幾つか連なっており、中には男女別に数人づつが入れられていた。

俺は店員に紹介される前にどんどん鑑定していき、自分の要望を満たす人が居ないか確認していく。


「ナジ、前に」


ある鉄格子の前で店員は声を掛け、俺に向かってにこりと微笑む。


「これ等いかがでしょう。手先は器用なほうですよ」


「なるほど…」


先に鑑定で確認していたけれど、確かにいいスキルを持っている。

スキル商人。

欲しい人材だ。年齢も若くて健康面でも問題ないし、何より魔法が使えるみたい。


「この方は、金額は……」


本人を目の前にして聞きにくいな……


「銀貨88枚になります」


「え……」


人1人の値段として安すぎないか!?


「おや、ご予算を超えてしまいましたか?」


ちょっと店員の顔に蔑みの色が浮かぶ。

こいつムカつくな。


「いや、人の値段がそんな安い事に驚いただけです」


「おやおや、それは失礼致しました」


慇懃無礼に礼をする店員に更にイラっとするが、奴隷商などそういう人種なんだろう。でなきゃ人身売買なんて出来ないわな。


ざっと見た感じ他に良いスキルや料理に関連するスキルを持った人材も居なかったので、俺はナジという名の奴隷を雇用するためナジ本人に話しかけてみた。


「あの、俺は冒険者なんですけど、将来的には商人として商会を立ち上げていくつもりです。まあ見た目若いし信用なんて出来ないと思いますが、良かったら俺の所に来ませんか?」


「……何で俺に聞く?」


ナジは敵意剥き出しの表情も隠さない。

まあね、奴隷になった時点で心は荒むよね…


「うん、だって、やりたくないなら無理に来てもらうのも悪いから」


「はっ、お優しいことで」


「どうだろう、俺と一緒に仕事するの嫌かな」


ポリポリ顔をかき、ナジの出方を伺ってみる。ほんとに嫌なら無理に来てもらうつもりはないんだよね。


「一応、衣食住は提供するし、3食きちんと食べて貰うよ。働きに見合った給金も支払うつもりだし」


「は!?」


「え?なに?」


「本気で言ってるのか?」


「あれ、雇用条件はそこそこ良いと思うんだけど…まだ足りないのかな。店員さんはどう思います?」


俺はこっちの常識がないので奴隷商の店員に確認してみる。


「あはは、お客様のように奴隷に給金を支払うなど普通は有り得ませんな」


店員は苦笑いだ。そんなおかしいことかね?


「うーん……でも別に悪条件で雇うつもりはないんだよね。一緒に生活しながら、俺のやりたい事を手伝って貰う訳だしさ」


自分の普通はあちらの普通なので、こちらの普通ではないんだろう。

でもだからといってこっちに合わせる必要もないと思ってる。お互い楽しくやっていきたいんだよね。

しばらく考えこんだナジは「俺を買ってください」と答えてくれた。


「はい、ではよろしくお願いしますね。店員さん、手続きをお願いします」


「承知しました。ナジ、出なさい」


そう言って鉄格子のドアを開けナジを外に出し、奴隷契約を奴隷商人から俺に更新する契約魔法を行使するために1階の客室に向かった。

ナジは身なりを整えるため一旦どこかへ連れて行かれたが…

客室で少し待つと、ちょっとだけ身綺麗になったナジが現れた。

店員は銀貨88枚を受け取ると、契約魔法でナジの主人を俺に移してくれる。


〔スキル 奴隷契約を習得致しました〕


(え?ちょ、ナヴィさん!?)


〔習得可能でしたので…持っていた方が今後の為にもよろしいかと〕


全く…習得可能でしたので、じゃないよ。どんだけチートなのもう。

まああって困るものでもないだろうけどさ……


「契約は完了しました。今後ナジの主人はお客様となります」


「はい、ありがとうございます。これで全て完了なんですよね」


「はい、ナジを連れて行って問題ありませんよ。お取引ありがとうございました」


やっぱり慇懃無礼に礼をする店員に「どうも」とだけ返し俺はナジを連れて店を出た。

料理スキル持ってる人居なかったなぁ……

もう1つの店にはいるかね…


「あ、そういや自己紹介まだでしたよね。俺はゼン・コウダ、16歳で一応冒険者やっててランクはDです。これからよろしくお願いしますね」


渾身の笑顔で自己紹介をするも「奴隷に敬語は使わないでください」とつれない態度を返される。


「あはは、ごめんね。癖でさ」


「俺はナジ、20歳です。よろしくお願いします」


ペコッと頭を下げたナジは、まだ俺を警戒してみえた。まあそう直ぐには仲良くなれないか…


「じゃあ、悪いんだけど、もう1つの奴隷商のお店に付き合ってくれる?料理関連の得意な人材を雇いたいんだよね」


俺はそう言いながら、もう1つの店に向かって歩き出した。ナジも後ろに着いてくる。良かった、速攻逃げられたらショックだったかも。


「後で冒険者ギルドにも行くんだけど、それが済んだら服とか食器とか買いに行かないとだね」


「……ありがとうございます」


うん、ぎこちない。


「お腹は大丈夫?夕食は、あ、宿どうしよう。部屋空いてるかな。最悪一緒の部屋でも良いか。女将さんに宿代払えば大丈夫な気がしてきた。なあ、部屋空いてなかったら一緒の部屋でもいい?」


「……大丈夫です」


「空いてたらちゃんと借りるから心配しないでね」


とてもぎこちない会話の中、もう1つの奴隷商の店に着いたので、早速中に入り店員に声を掛ける。

さっきの店と違って店員…さんは爽やかな笑顔で対応してくれた。


「いらっしゃいませ。本日はどのような御用でしょうか」


良いね、慇懃じゃないのがとても良い。


「料理が得意な人は居ますか?性別も年齢も問いませんが、出来れば終身の方が良いのですが」


「承知致しました。丁度良い子が居ますよ、連れて来ましょう」


「あ、出来れば一通り見せて頂いても構いませんか?」


「構いませんよ、ではこちらにどうぞ」


店員さんは笑顔で俺を案内してくれる。通された所は個室が並んだ通路で、ドアに大きめの窓が付いて中の奴隷を確認出来るようになっていた。窓の上にカーテンが着いているので、一応プライバシーは守られるようになっている。

俺は奴隷を素早く鑑定していく。ちょっと気になる人材を見つけたので後で交渉させて貰おうかな。


「メリル、こちらへ」


店員さんはひとつのドアの前に立つと中にいる人物に声を掛け、スっと横にズレると俺にニコリと微笑みんがら「メリルです。以前は貴族様の所で働いていたので料理は得意ですよ」と紹介してくれた。

俺はサッと鑑定したが、料理に関連するスキルは持ってないようだ。他に気になるスキルもないし、称号に【手癖の女王】やら【貴族の情婦】やらの不穏な文字が……


(ナヴィ称号って何?)


〔稀に条件を満たした功績を残した場合に取得できるもので、スキルとは違いますが取得するとステータスにも影響を与える事のある肩書きの1つです〕


(ステータスにも影響出るの?)


〔微々たるものですが。例えば【手癖の女王】なら素早く盗みが可能になるとか【貴族の情婦】なら異性の目に多少魅力的に映るなどです〕


(へー、じゃあこの女性信用出来ないタイプか)


〔称号を取得した経緯を考えると、あまり人となりは良くないでしょうね〕


(なるほどね)


俺は急激に興味を失い、店員さんに他に居ないか確認すると少し考えこんだので、好きに見させてもらう事にした。

奥に進み1人の女の子が目に付いた。


名前:ノエル

年齢:14

LV:1

種族:人族

HP:18/18

MP:21/21

攻撃力:5

防御力:6

魔力:9

魔防:8

俊敏:17

幸運:12

スキル:(水属性魔法)、(風属性魔法)、(料理)

状態:片目失明、火傷、右脚腱切断


(料理スキルカッコが付いてるけど、これどういう事?)


〔潜在能力として持っているスキルで、覚醒していない状態です。今見えているスキルは得意なスキルですので、訓練次第でスキル覚醒可能でしょう〕


(へぇ、それはいいね!あ、そうだ。エクストラヒールなら彼女の怪我って治るよな?)


〔問題ございません。全て元に戻ります〕


(ん、なら聞いてみる)


俺は女の子に問いかけた。


「ねえ君、俺の所で働かない?基本的には料理を作って貰うのだけど、どうかな?」


「え?……私……ですか?」


「うん、君だよ」


「あ……わ、私は……こんな見た目ですし、片目も……片足も不自由で……とてもお役には……」


おずおずと女の子は返事をする。


「問題ないよ、怪我なら治せる。君、名前は?俺はゼン・コウダって言います。冒険者やってるんだけど、ゆくゆくは商会を立ち上げるつもりなんだ。その手伝いをして欲しいと思ってる。主に料理だけどね」


鑑定で知ってるけど、俺は自分の紹介も兼ねて女の子の名前を聞いた。


「な、治せるのですか?」


「うん、あ、でも今は大っぴらに言わないで。あまり人に知られたくないんだよね、面倒臭くなるから。はは」


ここの店員さんならなんとなく大丈夫な気がしてるけど、やっぱり大っぴらにはね……

ちょっと誤魔化した感が出ちゃったけどそれはしょうがない。


「あ……あの、私……」


「うん、一緒に行く?」


「はい!私ノエルって言います!お願いします!連れてって下さい!!」


「よし、じゃあ決まり!店員さん、この子にします」


「はい、ですが、ノエルは片目も片足も損傷しておりますがよろしいので?」


「大丈夫ですよ。損傷してても問題ありません。あ、あとあちらの人ともお話しても良いでしょうか」


俺は気になってた人の部屋を指差し店員さんの許可を貰うと部屋の前に移動する。


名前:オルト

年齢:27

LV:4

種族:人族

HP:33/33

MP:28/28

攻撃力:11

防御力:9

魔力:20

魔防:17

俊敏:23

幸運:10

スキル:(風属性魔法)、(土属性魔法)、(短剣術)、(酒造)

状態:正常

称号:犯罪奴隷(濡れ衣)


スキルに酒造って文字が見えて気になってたんだよね。酒造って事は、酒を造れるって事だよね。これは是非ともスカウトしたい!

ただオルト君、犯罪奴隷なんよね…


「店員さん、犯罪奴隷の方って交渉可能ですか?」


「はい、オルトですね。彼なら問題ありませんよ、犯罪と言っても殺人ではありませんので」


「そうですか、それは良かったです」


まあ、称号に濡れ衣ってあるし、そもそも犯罪者でもないんだろうね。


「あの、オルトさん、で良いのかな。俺はゼン・コウダって言います。冒険者です。もし良かったら、俺と一緒に仕事しませんか?今は冒険者やってますが、商会を立ち上げるつもりなんです。オルトさんにはちょっと特殊……と言っても変な事じゃないですよ、お酒造って貰う事になりそうなんですけど、どうでしょうか」


「奴隷の俺に意見を聞くのか?というか、冒険者なのに商会を立ち上げるだって?危ない事じゃないだろうな。俺は犯罪奴隷なんだ、城壁工事に従事してればそのうち解放されるのに、怪しい事には関わりたくない」


オルトは睨みつけるように俺をみる。

後ろに店員さんに連れられてきたノエルを見て更に警戒が増したようだ。何も怪しい事なんてしないのに……


「店員さん、オルトさんの城壁工事って期間はどのくらいですか?」


「2年程でしょうか」


(ナヴィ城壁工事2年って無事に終えられるもの?)


〔過酷な労働条件下の元で2年ですので身体を壊す者がほとんどで、運が悪ければ死ぬ事もありえます〕


(そうか……奴隷から解放された後に通常雇用って考えたけど、厳しいかもなぁ)


「2年は長いですよ。労働条件も良くないでしょうし、身体を壊す事になるかもしれません。俺は別に危ない事も怪しい事もするつもりはありません。ちゃんと3食お腹いっぱい食べて頂きますし、福利厚生は手厚いです」


「ふくり…?」


「あー、住む所も提供するし、衣服もちゃんと用意します。休みもありますし、給金も労働に見合った金額をきちんとお支払いします」


「はあ?奴隷に給金だと!?」


「普通に働いて貰うので、当然給金は払います」


「冒険者なのにそんな金があるとは思えない」


「んー……確かに今はDランクですが、この間までダンジョンに潜ってて、素材やドロップ品売った金額が既に金貨20枚以上あります。それは鍛治ギルドの分で、これから冒険者ギルドの分を受け取りに行きますが、同じくらいの査定額になると思いますよ。なので、お金に困る事はありません。これから商会で売る事になる商材達も、今この世界には無いもので、でも絶対売れると自信がありますしね」


「……なんで俺に声掛けた」


「オルトさんにはまだ覚醒していない才能があるような気がしまして。ただの勘なんですけど、そういうの俺大事にしてるんです」


ニコッと笑ってみる。

安心してください。スキル、持ってますよ!


「オルト、ゼン様の条件はかなり良いですよ。嘘をつくような方にも見えません。2年の城壁工事はほとんどの人が身体を壊すほどの過酷な労働です。このまま城壁工事に行くよりもゼン様の所へ行く方が良いのではありませんか」


店員さんも推してくれた。

ただ犯罪奴隷は法律上刑期を過ぎれば奴隷から解放される。それに対して、今俺と契約すると言う事は犯罪奴隷から終身奴隷になり、奴隷の身分から解放される事はなくなるということだ。例え刑期中の労働が過酷でほとんどの犯罪者が刑期満了を迎える前に命を落とすことになっていても、死ぬまで奴隷となるよりかは希望があるのだろう。


「無理にとは言いません。終身奴隷になるのは抵抗あると思うので。刑期が終わった後に身分回復の為に奴隷契約を解消する事は出来ますが、その後は従属契約をしてもらう必要がありますので奴隷から平民にはなれても、俺に従属する事に変わりありませんし」


「……身分が回復出来るなら構わない。従属契約も承知した」


オルトは少し考えた後、俺と契約する事を了承してくれた。よし!酒が造れるぞ!


「ありがとうございます。では俺と一緒に働きましょう。店員さん、お願いします」


「承知しました。ではノエルとオルトの契約をゼン様に移しましょう」


そう言って店員さんは移動を促した。


「ちょっと待ってくれ!」


俺達が1階に移動しようと動き出すのと同時に近くの部屋から呼び止める声が聞こえた。

訝しみつつ声の聞こえた部屋に近づいてみると、少年が必死な形相で俺を見ている。


「さっきの声は君かい?」


「そうだ!なあ、あんた冒険者で金持ってんだろ!?なら俺も一緒に連れてってくれよ!何でもするから頼むよ!」


鑑定した時に特に目に止まったスキルも無かったので気にもとめてなかったんだけど、この少年はなんでこんな必死なの。


「なんで俺と行きたいのかな」


「俺…俺強くなりたいんだ!それにあんたは奴隷に親切だし、変な事させないんだろ!?」


「店員さん、この子はどうしてこんな必死なんですか?」


ちょっと必死過ぎて困惑する。


「実はこの子、レビーには他に買い手が居るのです。相手は変わった性癖の持ち主でして、私どもとしてはお断りしているのですが…最近は圧力が強くなり、困っておりまして」


店員さんは眉毛をへの字に下げ労わるようにレビーを見た。とても紳士的な方だな。奴隷商なんて人を人とも思わない連中ばかりだと思ってたのに…

それに変わった性癖って…アレだよね。男が好きとかショタ好きとか……そりゃ嫌だわなぁ……

うーん、とは言え…


(鑑定)


名前:レビー

年齢:13

LV:1

種族:人族

HP:19/19

MP:12/12

攻撃力:8

防御力:6

魔力:5

魔防:8

俊敏:19

幸運:15

スキル:(剣士)

状態:正常


剣士スキルはあるけど、それ以外なんも無いし…

あー今のメンバーだとレベルアップさせるにも前衛職居ないから、剣士スキル磨いていって護衛とかでも良いか…

俺は雇ったメンバーには冒険者登録して強くなって貰うつもりだった。だって俺のせいで色々巻き込まれるかもしれないからね。稀少なスキル持ちってだけで狙われちゃうらしいし、俺に手を出せなくても周りの人に手を出すかもだから。


「変わった性癖の人に狙われてるの?それは確かに嫌ですねぇ…」


「なあ、俺嫌だよ!変なおっさんに買われたくねえんだ」


小さいながらも身の危険を察知してるのね。不憫…


「レビー、と言ったっけ。俺は変な趣味も性癖も持ち合わせてないし、君が強くなってくれるなら有難い。でもそれ以外に仕事もきちんとしてもらうつもりだよ。それは大丈夫かな」


「し、仕事って何すれば…」


「うん、君は…雑用とかかな…。これといって決まってないけど、給金分働いて貰う事になる。みんなと同じようにね」


「ああ、俺なんでもする。だから俺も連れてってくれ!」


「分かった。店員さん、すみませんがこの子もお願いします」


「宜しいのですか?ゼン様であれば私も否やはございませんが、予定外だったのでは…」


「大丈夫です。人手は欲しいので」


「分かりました。ありがとうございます。では契約を致しましょう」


店員さんはレビーも部屋から出し1階の応接室へと移動し、3人の奴隷契約を俺に移してくれた。

俺は金貨1枚と銀貨90枚に色をつけて金貨2枚を支払った。


「ゼン様お釣りをお持ち致します」


「いえ、お釣りは結構です。俺みたいなガキに丁寧に接してくれたうえに、信頼まで頂いた気がして」


「それはこちらの方ですよ。お若いのに、しっかりしてらっしゃるし、奴隷を蔑ろに扱うような方ではないと安心出来ます」


「はは、なんだか期待が重いですね」


「ふふ、私の目は確かでしたね」


「よろしければ、ここでノエルの怪我を治していかれますか?」


あー……やっぱり普通に聞こえてたよねぇ。


「私は少し席を外します。ですので、何か起こっても私の預かり知らぬ事ですね」


気遣いも素晴らしいね……

店員さんはニコリと微笑み言葉の通り部屋から出ていった。


「ふむ、確かにノエルの怪我は直ぐに治した方が良いね。これから色々歩くし」


俺はソファーに座ってるノエルを見やる。

ノエルは不安そうに俺を見つめたままだ。


「これから君の怪我を治すけど、良いかな」


なるべく優しげに声を掛けノエルの反応を待つと「お、お願いします……」と小さな声で祈るようにノエルが呟いた。


「うん、緊張しなくていいよ。治癒魔法かけるだけだから」


ぎゅっと目を瞑り身体を強ばらせているノエルの頭を優しく撫でる。ちょっと俺まで緊張してきた。大丈夫だよね、治癒出来るよね?人にかけたことないからちょっとだけ不安よ。俺はバレないように深呼吸する。


「エクストラヒール」


ノエルをキラキラと眩い光が包み込む。

光が収束すると、ノエルの顔の火傷も潰れて失明した目も綺麗に元の状態に戻っていた。


「うん、治ったかな。ノエル、歩ける?」


ノエルは俺の顔を凝視して自分の顔や目を確認した後、ゆっくりと立ち上がり腱の切れた足を動かした。


「あ……うご、きます……目も……見え……る、あ、あ、顔、顔も……痕が、火傷の痕が……」


「うん、火傷の痕はもうないよ。ノエルの右目もちゃんと見えるようだね、良かった」


「あ……あああ……うわああぁぁぁ!!」


ノエルはその場に崩れ激しく泣きだした。女の子なのに顔にケロイド状の火傷の痕が残り、右目も失明していた。足だって腱を切断されたんだ、14歳の女の子には耐え難い苦痛だったはずだ。どういう経緯でそんな事になったのかは分からないけど、随分辛かったんだろう。俺はノエルをそっと抱きしめ泣き止むのを待ちつつ「みんな、魔法の事は内緒ね」と約束してもらう。

しばらくするとノエルは泣きやんだらしく、俺の胸に盛大に涙の跡を付けて恥ずかしかったのか後退り距離をとって顔を覆う。手の合間から見える顔は真っ赤だった。


「す、すすすみません!!ご主人様の服を汚してしまいました」


真っ赤な顔のままノエルは謝るがそんな事はどうでもいい。今の動きで足も問題ない事が分かって良かったよ。


「ノエルの怪我も治ったし、これからの予定を伝えるよ。先ず、みんなの身の回りの物を買いに行こう。服とか食器、ああ、そうだ、ベッドも必要だな。今日から泊まる宿に部屋を取らなきゃ。それが済んだら冒険者ギルドに行って査定額の受け取り、で、みんなの冒険者登録だね」


「え……冒険者?」


オルトが怪訝な顔で聞き返してきた。

まあ、そうだよね。


「詳しい話はここでは出来ないから、一旦宿に行こう。そこで話すよ」


俺はそう言うと、店員さんを呼び諸々手続きを終えた。奴隷契約は移して貰ったけど、書類上の手続きもあるからね。


「本日はありがとうございました。またご縁がございましたらよろしくお願いします」


「こちらこそ、ありがとうございました」


お互いにお礼を言いつつ店を出て宿屋に向かう。

女将さんに部屋を確認すると人数分は空いておらず、2部屋借りる事が出来たので、ノエルに1部屋、残り俺の部屋と合わせて2部屋を4人で使う事に。女将さんに人数分支払うので、と許可して貰った。俺の部屋にはナジが、残りの部屋をオルトとレビーに使ってもらう。

話もあるので、全員俺の部屋に集まって貰った。

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