第6話
本来一人部屋なので、5人も集まるとさすがに狭い。とりあえず思い思いに座ってもらい俺は今後の話と俺の稀少スキルについて説明した。
「という訳で、商会は立ち上げるつもりなんだけど、多分色々邪魔が入ったり?俺のスキル目当てで拉致られたり?危険な事もあると思うんだよ。その自衛の為にみんなにもレベルアップして、スキルを伸ばして欲しいんだ」
「剣豪スキルに大賢者スキル?それに空間収納だなんて……正直信じられる話じゃ…」
オルト、心の声がダダ漏れだぞ。
「まあ、百聞は一見にしかず。って事で、見てみよっか。異空間」
俺は異空間のドアを出し、みんなを中に入るよう促した。一瞬引き攣った顔をしていたナジやオルトもレビー、ノエルが順に中に入ると、怖々足を踏み入れた。
「え…これは……」
言葉を失いただただ呆然と中を見渡している。ソファーとテーブルセットが置かれた10m四方の空間である。見るものなど殆どないのだけどね。
「これは無属性魔法の1つで、異空間を作り出せる魔法だね。今後はこの空間を快適に改造して、ここで生活出来るようにするつもりなんだ」
「無属性魔法……本当に使える人がいるなんて…」
ナジがボソッと呟いた。
「俺はとんでもない人と契約したのでは…」
オルトも驚きを隠そうともせず青くなった顔で俺にチラリと視線を向けたあと、目が合うと慌てて逸らされてしまった。なんだよ、取って食ったりしないんだが。
「ああそうだ、今後売り出す商材もここで作っていく事になるよ、全部じゃないかもだけどね。今出来ている商材についてはまた後で紹介するから。先ずは買い物して冒険者ギルド行かないと」
俺は早々に話を打ち切って、当初の予定通りみんなの服や食器等を買いに行く事にする。異空間から出ると、年少組は新しい物を見た興奮で顔をキラキラさせているが、年長組はなんだか青ざめた顔をしているのが印象深い。まあ、慣れてくれ。
「おっと、最後に大事な事ね。こういった理由で秘密保持を優先させる必要があって、普通に人を雇用出来ないから、契約魔法で縛れる奴隷である君たちを雇うことにしたんだ。今後売り出す商材もレシピとか持ち出されるのも困るしさ。それだけの意味しかないから、警戒する事はないからね。でも今話した事も今後話す事も俺のスキルの事も全部秘密にして欲しい」
出来る限りの優しい笑顔でニコリと微笑み良い人アピールをしておいた。
年少組は「絶対秘密は守ります!」といい笑顔だ。
「こんな事誰にも言えないですよ。こっちの命まで危なくなりそうです……」とは年長組である。その為のレベルアップなのだよ。ハッハッハ。
全員が俺くらいになれば命の危険は随分減るからね。とはいえ、成長促進とか俺も持ってる補正スキルがないと厳しいか……
(ナヴィ、みんなのレベルアップに役立つスキルってある?)
〔奴隷契約によりマスターと繋がった為、ナビゲートの効果を付与する事は可能です。またステータス補正スキルに配下用の補正が出来るようスキルアップ致しましょう〕
(おお、それは良いな!さすがナヴィだ)
〔スキルアップに少し時間が掛かりますが、ダンジョンに向かう迄には対応しておきます〕
(サンキュー!ナヴィ)
コソッとナヴィと会話しつつ俺達は職人通りを服飾店に向かって歩き出す。
「なあなあご主人様!服って俺らの服買ってくれるのか?」
レビーは随分と浮かれている。
「ん?そうだよ、レビー達は今着ている服しかないだろ。それに今の服はいい物ではないから、ちゃんとした服を5着は買うからね、下着も5着選ぶこと」
「ええ!?そんなに買ってくれるのか!?」
「もちろんだよ。毎日同じ服着る訳にはいかないからな。ああ、レビーは成長期だし、少し大きめの服を選ばないとだな」
そういいながら、ついレビーの頭を撫でた。今の俺の年齢だと弟みたいなんだが、実年齢からすると子供みたいな感じでさ。なんだか可愛がりたくなるよね。
「ご主人様、俺たち奴隷にそこまでしていただく必要はございません。1着あれば十分です」
ナジが厳しい顔で俺に言う。
でもそれは俺の勝手だし、譲る気は一切いないのだよ。
「ナジ、君たちは大事な仲間だ。最低限、人として必要な物はちゃんと揃えるし、君たちも必要な物があれば遠慮なく言って欲しい。そこは譲れない。あと俺の事、ご主人様って呼ぶのはやめて欲しいかな。ゼンで良いよ」
「しかし!」
言いかけたナジをオルトが止める。
肩を掴まれたナジはオルトを見ると顔を顰めるもそれ以上は何も言わなかった。
良い待遇を受けても自分たちは奴隷でしかない、立場を忘れない為にもあまり優遇されたくはないのだろうか。奴隷制度なんてよく分からんし、分かりたくもない。これは俺のエゴなんだろうね……
ちょっと空気が悪くはなったけど、目当ての服飾店に着いた俺は1人最低5着を上下で購入する事、下着も5着、寝る時ようなどの部屋着についても3着以上、靴も3足は購入するよう言いながら、1人銀貨15枚を渡した。
全員驚いてはいたが、早速服を選び始める。
レビーもノエルも嬉しそうだ。オルトはパッパと必要な物を選んでいく様がかっこいい。ナジも渋い顔をしつつも、ちゃんと自分に合うものを分かっているようで、言われた通りの数で服や下着を揃えていた。この二人についてはチェックは不要だな。俺はレビーが選んだものをざっと見て、ちょっとだけ手直しする。着回し出来るように皮のベストは2着はいるだろう。それにシャツの袖がヒラヒラしてて動きにくいから別の物にするよう伝えて、ズボンも直ぐに破れそうな物を厚手のズボンに変える。レビーはちょっと残念そうだったけど、俺の選んだ服はちゃんとレビーに似合っているので最終的には喜んでくれた。
ノエルは短めのスカートに下にスパッツのようなズボンを合わせたり、膝下まであるワンピースだったりとてもオシャレさんだ。似合っているのでその服はそのまま購入するよう伝えつつ、ズボンも何着か買うように促した。ダンジョンに入るから、ワンピースじゃちょっとね。
それぞれ洋服は購入完了したので、店の奥を借りて着替えて貰う。何時までも奴隷服のままってのも嫌だろう。みんなが着替えている間、腰ベルトに付けられる小さな鞄を購入し、購入した服を入れる(振りをして空間収納にしまっておく)。空間収納に4人の個別収納場所を設けて個別に使用できるようにしておいたのだ。
全員着替え終わったので、それぞれの鞄を渡しながら、マジックバックである風に使うよう指示した。もちろん個別に空間収納が使える事もコソッと伝えてある。嬉しそうな年少組、驚愕の顔の年長組、と様々だけど、やっぱりこれにも慣れてくれ。
「ゼン様、ありがとうございました。こちら衣類購入後のお釣りです」
律儀にお釣りを返そうとするナジとオルト。
「いや、それは君たちが自由に使って良いよ。まだ食器類も必要だし」
そう伝えつつ、食器類は俺の方で全部購入済みだ。大きな鍋やら皿やらカトラリーはちゃんと揃えたし、ついでにタオルなどもバッチリである。
「よし、次はベッドだな」
困惑する年長組は無視して、俺は家具屋に向かった。家具屋の店員さんは俺を見るなり「おや、受け取りにはまだ早いですが、何かご入用で?」とニコニコ顔で対応してくれた。
「はい、俺の仲間のベッドが欲しくて、オーダーしてもいいですか?4つ必要なんですが」
「もちろんだよ。4つもだなんて、有り難い話だ。じゃあ早速、素材はどうする?同じようにトレント材にするかい?」
「いえ、この間オススメしてくれたテードルにします。サイズは普通で大丈夫です」
「それなら材料も揃ってるし、そこまで時間は掛からないで作れるよ」
「ほんとですか!良かった。あ、でもベッドマットは厚みは俺と同じにして欲しいんです」
「ふむ、材料はどうする?お客さんと同じ品質だとちょっと足りないぞ」
「今あるもので、1番良い質の物なら作れそうですか?」
「そうだね、それなら材料としては十分に有る。品質もそんなに悪くはないからその分値段も張るけど、良いかい?」
「はい、構いませんよ。それでお願いします」
「ああ、布団はお客さんと同じ物の普通サイズで良いかい?」
「ええ、それで大丈夫です」
「よし、ベッド4つ。承りました!4つ分の制作日数として3日程掛かるから、受け取りは今から9日後だな」
「分かりました。ではこれ、ベッド代です」
俺は金貨1枚と銀貨60枚を支払い受け取り票を新たに貰う。
「あ、ソファとテーブルセットも必要だった」
今あるのは俺一人が寛げるだけの物だし、テーブルセットも足りないのだ。
「ソファとテーブルならこの間買ってくれたのと同じ物はまだあるよ」
「あ、じゃあそれください。ソファは2つあります?」
「大丈夫、あるよ」
「じゃあそれは今日持って帰ります」
「はは、相変わらずお客さんのマジックバックは便利だなぁ。代金は銀貨25枚だ。今案内するよ」
店員さんは笑いながらソファとテーブルセットの所へ案内してくれ、銀貨を支払いそのままソファ2脚とテーブルセットをマジックバックという空間収納に収めた。
「いやー、相変わらず豪気なお客さんだ。今後ともご贔屓に頼むよ」
「こちらこそ、ありがとうございました。では9日後にまた来ます」
俺の買い物を4人はポカーンとしたまま見ていたが、さすがにベッド1つに銀貨40枚には驚いたのかオルトが恐る恐る問いかけてきた。
「あの…ゼン様。先程のベッドはもしかして我々の分でしょうか」
「うん、そうだね。君たちが使うベッドだよ。あ、ごめん。俺と同じサイズのが良かった?俺のはキングサイズな上に、トレント材使ってるんだけど、材料がないかなって思って、1個グレード下げちゃったんだよね」
「い、いえ、サイズとか普通で…いえあの、ベッド1つに銀貨40枚ってさすがに高価すぎます」
「え、でも、ペラペラのベッドマットじゃ身体休まらないよ?睡眠は大事だから、きちんと休めるベッドでないと」
俺はキョトンとオルトを見る。
「……」
オルトは俺のキョトン視線を受け、諦めたように「お心遣い感謝致します」と顔を伏せた。
ベッドは大事よ。本当に。だから妥協はしない、みんなのベッドについてもね。まあ、俺と全く同じにするととんでもない金額になるから、そこはちょっと下げるけど…
「さて、冒険者ギルドに行かないと」
みんなを促し冒険者ギルドに向かう。そろそろ夕方だし、丁度良いだろう。
「こんにちは、昨日の査定分の受け取りに来ました」
俺は受付のおっさんに声を掛けると、おっさんは「昨日の坊主か。査定ならできてる、ほら金貨25枚と銀貨56枚だ。受け取りな」と、買い取り金を渡してくれた。
「品質が良かったからな、多少色は付けといたぞ。特に魔物の素材は損傷も無いし、無駄にする所が無い分高値で売れる。良い品だった。査定は大変だが、ギルドとしては儲かるからな。また持ってこいよ、きっちり査定して買い取ってやろう」
ニカっとおっさんが笑う。
「ありがとうございます。また持ってきます」
俺は礼を言いその場を離れようとすると、おっさんがまた声を掛けてきた。
「おい坊主、こんだけ魔物を倒してるんだ。冒険者ランクの昇格試験受けれるんじゃねえのか?」
「え?」
「そっちの受付でポイント確認してみろ。少なくともCランクの昇格試験は受けられるくらいポイントは貯まってるはずだ」
「あ、そっか。ギルドカード確認してないわ。おじさん、ありがとうございます」
俺は丁寧に頭を下げ、おっさんの言う通り隣の受付嬢にギルドカードを渡すとランクアップの試験が受けられるか確認して貰った。
「ゼンさんのポイントは9081ポイントですので、Cランクへの昇格試験が受験可能ですね」
おお!10000まで後ちょっとじゃん。
「ランクアップの試験は今からでも可能ですが、どうされますか?」
「え?今からでも大丈夫なんですか?じゃあお願いします。あ、あと彼らの冒険者登録も良いでしょうか」
「はい、では手続きを進めます。そちらの4名様は、まずこちらの用紙に記入をお願いします」
テキパキと仕事をこなしていく受付嬢さん。ちょっとかっこいい。
あ、そういや文字の読み書きって4人とも出来るのか?俺は確認しようと4人に目を向けるとレビーが不思議そうにしながらもたどたどしく用紙に記入していた。
「レビー?どうした?」
「あ…ゼン様、いや、なんでもねえ、あ、ないです」
「うん?そうか?」
〔レビーは文字の読み書きを習ってはいなかったのでしょう。マスターと繋がった為、全言語理解のギフトが影響し、普通に読み書き出来るようになったと思われます〕
(ああ、それで戸惑ったのか。なあ、これって俺との契約が切れたらどうなんの?)
〔読み書きは出来なくなるでしょう〕
(そっかー。じゃあレビーには勉強も必要だな。他のみんなはどうなの?)
〔オルトもナジも問題はございません。ノエルは少々計算や歴史等の勉強は必要かと〕
(年長組は基本的にスペック高いのか。じゃあ年少組にだけ勉強させれば良いかな)
「ゼンさん、Cランクの昇格試験の準備が整いましたので、こちらにどうぞ」
受付嬢さんに案内され、ギルドの奥の練武場に行くと一人のおっさんが立っていた。
「おう、お前が受験者か。俺はこのギルドの長でベリックという。よろしくな」
「よろしくお願いします」
ペコッとお辞儀をして相手を見ると手に持っていた練習用の剣を投げて寄こした。
「試験にはこの刃を潰した剣を使う。魔法使いってわけでもねえんだろ?まあ魔法も使っても良いが俺は剣士タイプだからな、詠唱終了まで待ってやるつもりはねえからよ」
「剣で大丈夫です」
無駄口の多いおっさんである。
「ふん、さすが急上昇中のルーキーだな。落ち着いたもんだ。良いか、試験は俺が参ったと降参するか試験続行が難しい負傷を負わせるかだ。ケガはポーションで治せるから遠慮はいらん。俺も手加減するつもりはねえから、全力でかかって来な」
「分かりました」
「では、Cランク昇格試験開始です!」
受付嬢さんの声とともに俺はおっさんに向かって踏み出し、首チョンパ…は出来ないのでおっさんの横から首に剣を当てるだけに留めておくと「チェックメイトです」と呟いた。
「なっ!?」
おっさんは多分俺の動きすら見えてなかっただろう。潰れた刃先を首に感じ冷や汗が流れている。
「ま、参った」
そう言うと剣を放り出し両手を上に上げる。
俺は剣を首から下ろし、元の位置に戻った。
「ありがとうございました」
またペコッとお辞儀をしておく。
「はぁ…とんでもない腕前だな。全く反応出来なかったぜ。とにかくCランクは合格だ。Bランクも直ぐに受けるんだろう?こりゃ俺じゃ無理だし、誰か見繕っておくから、ポイント数教えてくれるか」
「9081ポイントです」
「っかー。こりゃほんとに直ぐに受けに来そうだ。坊主、名前はなんていったっけかな」
「ゼン・コウダです」
「ゼンか、覚えとくよ。うちのギルドから最年少Bランク冒険者が出そうだな。おい、レジータ、ランクアップの手続きをしてやれ」
「はい、ギルドマスター」
受付嬢さんレジータって名前なのか。
レジータさんはギルドカードを受け取り何やら手続きをしに行く。俺はどうしたらいいんだ?
「ゼン、もう戻っていいぞ、試験は終わりだ」
「あ、はい。ありがとうございました」
「今どき礼儀正しい奴だな」
ボソッと聞こえたけど、スルーして受付に戻ろうと振り返ると何故かみんなが口を開けて俺を見ていた。冒険者登録は終わったのだろうか。
「ゼン様!凄いです!!」
「ああ、ほんとだよ!ゼン様すげぇ強いんだな!俺びっくりしたぜ!」
「ノエル、レビー、ありがとう。見てたの?」
「はい!でも気がついたらゼン様がギルドマスターの所にいてほんとに驚いたんです!」
ノエルもレビーもキャッキャと試験合格を喜んでくれた。年長組は青を通り越して白い顔をしている。何故だ…
「ゼ、ゼン様。本当にお強いのですね。想像以上で頭が追いついていかないのですが…」
「オルトにもこのくらいの強さにはなって貰うつもりだよ。まあ、オルトは長剣ではなく短剣の方が合ってるから、戦い方は違ってくるだろうけどね」
「わ、私がですか!?いくら何でもゼン様のように強くはなれません!」
「はは、心配しなくても大丈夫だよ。俺と契約してる以上、俺のギフトの恩恵を受けることが出来るからさ」
ポンポンと肩を叩き、受付に戻るよう促した。
「ゼンさん、Cランク昇格おめでとうございます。こちら手続きが完了致しました」
「ありがとうございます、レジータさん」
「いえ、本当にあっという間にランクアップされていきますね。凄いです。このギルド始まって以来、初の快挙ですよ。今後とも頑張ってくださいね」
珍しく嬢の仕事とは違って温度のある言葉をかけてくれたレジータさん。俺は嬉しくなって柄にもなく照れてしまった。
「みんな冒険者登録は無事終わった?」
「はい、終わりました」
スっとナジが答える。そつの無い動きが秘書みたいだ。
「じゃあパーティー登録しとこうか。レジータさん、パーティー登録って条件とかありますか?」
「条件は特にはございませんよ。ランクアップのポイントは直接倒した方が半分、残りをパーティーメンバーに振分ける仕組みになっていることと、パーティーでの依頼報酬や買い取り報酬は個人としてではなく、パーティーとして受け取って頂くので、分配は内部で調整となるくらいです」
「ああ、ポイントの自動登録もパーティー使用になるんですね。分かりました、では登録お願いします」
「承知しました。パーティー名は決まっていますか?」
「パーティー名かぁ…ブループラチナムで。あ、みんなそれで良いかな」
「「「「大丈夫です」」」」
揃った声にびっくりした。
ふふっと笑い合いパーティー登録も無事に終わった。
「さあ、宿屋に戻ろう。明日はみんなの装備を買いに行かないと。はぁ…お腹空いた」
「装備!?ゼン様、俺にも装備買ってくれるのか!?」
「もちろんだよレビー。君には剣の才能があるからね。前衛職として頑張って貰わないと」
「やったー!すげぇすげぇ!俺頑張るよ!」
「レビー!言葉に気をつけなさい。ゼン様に失礼ですよ」
「ナジ、そんな気にしないで大丈夫だよ。もっと気楽に接してくれていいんだ」
「そういう訳にはいきません。ゼン様は我々の主なのです。そこはきちんと区別するべきです」
「会長と従業員とか、そういった関係で良いと思うんだけど。だいたい様付けだって居心地悪いのに…」
「ゼン様、あまり砕けた関係では契約に抵触する可能性もあるのです。その場合、我々の命に関わりますので、線引きは必ず必要な事なのですよ」
「オルト…。そうか契約の事、そこまで考えてなかった…みんなを危険に晒したい訳じゃなかったんだ。ちゃんとするよ、でもだからって冷遇するつもりはないからな」
俺は頭を下げる訳にもいかず、目を伏せて謝辞の意図を伝えた。
オルトもナジも分かってくれたようだった。本当に年長組は優秀です。
少し重い空気のまま宿屋に戻るが、食堂で夕食を摂り始めるとみんなの顔に笑顔が戻った。
本日も大変美味しい料理である。
女将さんに感謝だ。
「レビー、美味しいか?遠慮なくいっぱい食べろよ。オルトもナジもノエルも腹いっぱいちゃんと食べるようにね」
「はい、美味しく頂いております」
「本当は同じテーブルで食べる事も憚られるのですが…」
「はは、それはしょうがないだろ。諦めてくれ」
「そう致します」
フッと笑み崩れたナジの顔はとても柔らかく、今日初めて見れた笑顔にちょっとウルっときてしまった…中身おっさんだからさ、涙脆いのよ。野良猫が身体をすり寄せてくれた時の感動に近いかも。
「ご馳走様でした」
「部屋戻ってて、俺女将さんに話あるから」
そう伝えると鍵をそれぞれに渡し俺はキッチンスペースに入り女将さんに声をかけた。
「お忙しいところすみません、ちょっとだけお話良いでしょうか」
「おや、あんたかい。ちょいと、お前さん!後頼んでもいいかい!」
「おう、かまわねえぞ。おい坊主、また美味いパン作ってくれや!」
「ちょいとお前さん!声がデカいよ!静かにおし!」
ひょいっと奥から顔だけ出した宿屋のご主人に女将さんは怒鳴り返した。相変わらず元気だな。
「すまないねえ、旦那にもパンを食べさせたらもう虜になっちまって」
「あはは、気に入って貰えて良かったですよ。今日お願いするのも、明日またパンを焼いて欲しいって依頼だったので」
「ほんとかい!?お金はいいからパンを多めに貰えないかい?美味しくてあっという間に食べきっちまってさ」
「構いませんが、女将さんにパン作りを教えて貰いたいんです。今日連れてきた女の子に料理を覚えて欲しくって。なので今日より多くパンを作って焼いて欲しいのですが大丈夫でしょうか?」
「何時間もってのは困るけど、3〜4回作って焼くだけなら構わないさね。ブール入りも作るんだろ?出来ればそっちも半分くらい貰えると有り難いんだけどねぇ」
「ふふ、もちろんブール入りも作りますよ。では出来上がったパンは半分こしましょうか。出来れば女将さんとご主人だけで食べきってください。まだ商品化しないので、あまり量が作れないんですよ」
「もちろんだよ。あんなに美味しいパンは誰にもあげたくないからね」
「良かったです。では授業料として銀貨2枚だけでも受け取ってください」
「まあまあ、ほんとに礼儀正しい子だねえ。パンを貰うんだからいいのに」
「そういう訳にはいきませんよ。女将さんに教えて貰うんですから」
ふふふっと笑い合い、女将さんに銀貨を2枚渡して明日もよろしくお願いしますと礼を言い、部屋に戻る為にキッチンスペースを出た。そういやここのご主人初めて見たわ。いつも女将さんしか見かけないからいないのかと思ってたよ。
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