第18話
翌朝、俺達はギルドに向かって荷車を走らせている。中身はもちろん犯罪者の皆さんだ。
ギルドに向かう前に、デボン会長にお宅の娘と副会長がウチに盗みに入ったのでギルドに突き出しま〜すと、言付け済みだ。
申し訳ないが本日蒼銀の月商会はお休みしますの立て札も忘れていない。完璧だ。
ギルドに着いて、早速受付嬢に犯罪者とっ捕まえたので引き取りをお願いしたいと告げると、リンデンベルドのギルドマスターが現れた。会うのは初めてだな。
「犯罪者の引き取りだとか?」
恰幅の良いおっさんが見た目に反して丁寧な対応をしてくれる。
「はい、蒼銀の月商会会長でBランク冒険者のゼン・コウダと申します。夕べうちの荷車への襲撃と、商会に帳簿を盗みに来たデボアン商会の副会長と娘さん、そしてそのお仲間達を捕まえました」
「君が蒼銀の月商会の会長だって?随分若いんだな。俺はここのギルドマスターのドランという。妻がお宅のふかふかパンを気に入って、いつも食べているよ。俺はビールが気に入ったがな」
ニヤリと笑い握手を求められたので、握り返す。
「それで、襲撃と盗みとは穏やかではないな。話を聞きたいが、先ずは捕らえた犯人を引き取ろう」
「オルト」
「承知しました」
最後まで言う前にスっと荷車へと向かう。御者台に座って貰っているジガン以外のナジとレビー、ノエルまでも付いていく。
程なくしてロープに括り付けられたゲイールやアンナお嬢さん達が連れられてきた。
アンナお嬢さんはギャーギャーと騒いでいるが、ゲイールは顔面蒼白で俯いたままだ。
「ほぉ、ほんとにデボアン商会の娘だな。まあ、現行犯で捕まったんだ、とりあえず地下牢だな。おい、連れて行け。ゼン、と言ったか。君はこちらへ。少し話を聞かせてくれ」
ドランがギルド内の部屋へと案内してくれた。
「適当に座ってくれ」
俺は言われた通りソファに座る。
ナジ、オルトが後ろに立ちレビーとノエルはジガンと一緒に荷車で待つ為に外へ出ていった。
「良いのか?」
「捕らえたのは後ろの二人ですから」
広い部屋でもないので、ナジとオルトがいれば事足りるし、大人の話を聞かせるのもね。
大して興味も無さそうにドランさんは頷く。
「それで、何があったのか詳しく話して貰えるか?」
ドランさんに促され、俺は昨日の顛末を話していった。
「うん、話の通りなら荷車を襲撃した者達も、帳簿を盗みに来たお嬢さん達も未遂に終わったが、まあ普通に犯罪奴隷だろうな。何か証拠があれば確実なんだが、デボアン商会の会長さんが手を回せば、無罪放免とまではいかないものの、軽い刑になりそうだ」
「軽い刑、とは?」
少し眉間に力が入る。
「罰金を支払うだけとか、棒刑10回から20回程度くらいだろう」
グッと一瞬身体に力が入ったオルトの気配を感じ、俺はマジックバックから出すテイで空間収納から魔導具を2つ取り出し、ドランさんの前に置く。
「これは?」
「証拠映像です」
「証拠...えいぞう?」
ドランさんが魔導具を掴みまじまじと見る。
俺はもう一つの魔導具を持ち、再生ボタンを押した。
「何やってるの!?帳簿は見つかった?」
「お嬢さん!ここに来ちゃダメですって!出入口で見張っててくださいよっ」
「うるさいわね!いいから早く見つけなさいよ!」
魔導具からは夕べの蒼銀の月商会での出来事が俺とドランさんの間の空間に映し出された。
「おわっ!何だこれはっ」
いきなり映し出された映像にドランさんはソファに仰け反り、テーブルに足をぶつけながらも目を見開いたまま魔導具から映し出さる映像を食い入るように見つめていた。
映し出された映像は鍵開けの二人が店内に入ってきた所から俺が部屋に入って行くまでをきっちり録画してある。
暗闇でも鮮明に映る暗視機能付きで、ちゃんと顔も分かるようになっている優れもの。
「これ、夕べうちの商会に盗みに入ったアンナお嬢さん達のやり取りです。この魔導具は、目の前の出来事を映像として保存出来るものなんですよ」
「...そんな事が?」
「はい、ビデオカメラ...あーいや、映像保存魔導具と言います。ドランさんが持ってる方はデボアン商会の副会長がうちの荷車を襲撃した時のものが映ってますよ」
俺はにこりと微笑み、ドランさんから魔導具を受け取ると再生ボタンを押下した。
またびっくりされると困るので、横の壁に向かってレンズを向ける。壁にはゲイール達が襲撃している様子が薄ぼんやりした月明かりのもとに映し出された。
「これ、証拠となりますよね」
更にいい笑顔でドランさんを見ると、「あ、ああ。確かにこれなら...」と渋い顔をしながら答えてくれた。
う、うん!と咳払いをしたドランさんは、居住まいを正し真剣な眼差しで俺を見る。
「この魔導具は、お前、いや君が作ったと言ったな」
「はい」
「これはまだ他にもあるのか?」
「商標登録用に予備で幾つか作った物が余ってますね」
ふむ、とドランさんは考え込む。
欲しいのかな。あげないよ?売り物だし。素材調達が面倒だからあまり作れないし。
「幾つ余っている?商標登録済みなら売り出すのだろう?今後も作っていくのか?一つ幾らだ?」
矢継ぎ早に質問された。
欲しいのか...
「残ってるのは二つ。今後も作るかと言われると、面倒なので必要に迫られたら、商品価格は一つ金貨80枚ですね」
「金貨80枚...」
正直金貨80枚はぼったくりなんだけど、安売りするものでは無いからね。
金持ちの道楽とか、どっかの組織とか、個人じゃなかなか手を出せない物として位置付けたい魔導具だから。下手したら世界が変わる可能性も出てくるし。取り扱いは注意です。
「必要なんですか?」
俺は金額を聞いて固まっているドランさんに先を促してみる。
「欲しい、な。その魔導具があれば、危険なダンジョン内の情報を共有出来たり、犯罪者の証拠収集にかなり役立つ。...が、思った以上の金額だ...それほどの魔導具だから仕方ないかもしれんが、ギルドで購入出来るのは一つがせいぜい...」
厳しい表情で魔導具を睨むドランさんは今後のギルド活動に使いたいと話してくれた。
う〜ん、確かにいまの冒険者レベルでは深い階層の魔物と対峙して生き残れる確率は少ない。少しでも情報があれば対策も練れるし、生き残る確率もアップするだろう。
それに、犯罪者達の余罪調査や、ギルドに依頼される調査事案にもかなり有効だろうし。
〔この二つの魔導具を、証拠品としての役目が終わった時点で売ればどうでしょうか。恩を売っておくのもよろしいかと〕
あー、そうだね。それいいかも。
「ドランさん、この証拠品で良ければ二つで金貨80枚で売りますよ。もちろんちゃんと犯罪者達が刑を執行される事が前提ですが」
証拠として提出するつもりだったのでその後は考えてなかったけど、ゲイールやアンナお嬢さん達の罪が確定してから回収するのも面倒だ。
売ってしまってもいいだろう。
「良いのか?」
ドランさんがパッと顔を上げ、期待に胸を膨らまる。
「証拠品として提出してくださいね。罪が確定したら後はお好きに。ああ、今の映像削除するのもなんだから...記録媒体に残せるようにするか…ドランさん、録画した映像を別の魔導具に保存しておいて、いつでも再生出来る魔導具要ります?映像保存魔導具で記録して、その映像をコピー、えっと複製して別の魔導具に保存、再生専用の魔導具に入れて再生。映像複製魔導具は、金貨2枚で再生専用魔導具は、金貨15枚...」
「え?な、複製?なんだ?」
「あ~いえ、なんでもないです」
あははと笑って誤魔化した。
よくよく考えたら、あまり便利にすると自分の首を絞めそうだわ。
ただでさえ錬金地獄なんだもの...
記録媒体用のはこっそり作って証拠品の魔導具からコピーだな。
下手に渡して間違って消されたら困るし。
「一旦魔導具は持って帰ります。貴重な物なので、裁判の時にお持ちしますよ」
「そうか。だがあまり時間はかからんだろう。類を見ない証拠品があるんだ。期間は短いだろうが犯罪奴隷になる事は決まったも同然だ」
ニヤリとドランさんが笑う。
「あ、それと一つお願いしたいことが」
「ん?なんだ」
「うちの副会長のオルトなんですが、以前はデボアン商会の番頭だったんですよ。店のお金を横領した罪で犯罪奴隷に落とされたんですが、冤罪なんですよね」
ドランさんは驚いてオルトを見た。
ぺこりとお辞儀で返すオルト。
「当時アンナお嬢さんと恋仲だったようで、結婚を申し込んだらいきなり罪を被せられたそうです。しかも犯罪奴隷が確定した後に牢屋に副会長のゲイールが来たそうで、アンナお嬢さんとは自分が恋仲で、店のお金は自分達が横領していたと、会長に横領がバレそうになった為オルトに罪を擦り付けたのだと嘲笑ったそうです」
俺はオルトから聞いた話をドランさんに話し、ゲイールに罪を認めさせオルトの冤罪を晴らして欲しいとお願いした。
「ただアンナお嬢さんは横領の事やオルトに罪を擦り付けた事は知らないような口ぶりでしたので、その辺も含め、調査をお願いしたいと思ってます」
「ああ、分かった。冤罪だと言うならリンデンベルドの裁判官達が絡んでいるだろうな」
ふむ、と腕組みをしながらドランさんが教えてくれたのは、リンデンベルドの裁判官達がいかに腐敗しているか。賄賂は当たり前で、何も無ければ刑が重くなるというものだった。
冤罪や不問など金さえあれば何でも好きに通るらしい。まともな裁判官は半分もいないのだそうだ。
随分好き勝手な振る舞いが横行しているのは、リンデンベルド領主の三男が裁判官にいて、割と地位も高い所にいるためだそうで、賄賂も三男から始まったらしい。
ギルドの情報網も侮れないな。
ってかオルトの冤罪ソイツのせいやん、絶対。
「冤罪晴らして頂けたら映像保存魔導具一つオマケで付けちゃいます。なので、よろしくお願いしますね」
そう言うと俺達はギルドを後にした。
「ゼン様、ありがとうございます。冤罪の事...」
「あれさ、ゲイールが一人でやった事かもね」
「え?」
「アンナお嬢さん横領の事はゲイールから聞いたって感じだったからさ。もしかして、ゲイールもアンナお嬢さんに惚れてたけど相手にしてもらえなくてさ、オルト牽制どころか排除されちゃったとか」
俺の推理にびっくりしたオルトが少し考えるように「そういえばゲイールもお嬢さんによく贈り物をしてた気が」とブツブツ言う。
まあ、多分だけどあのお嬢さん、誰にでも勘違いさせるような態度とってチヤホヤされる事が好きだったのかもな。
オルトには言わないけど...オルトとも恋人同士、ではなかったんだろう…
数日後、ドランさんが店を訪れた。
あの後ゲイールを尋問し横領の罪を認めた為、ゲイールは荷車襲撃に横領、偽証罪等が追加され犯罪奴隷4年の刑が下された。アンナお嬢さんは窃盗罪で強制労働3ヶ月の刑、デボン会長は計画を立てた主犯だったため犯罪奴隷9ヶ月、覆面五人や鍵開け二人組も余罪をきっちり調査されそれぞれ犯罪奴隷に処されたそうだ。
こうなるとデボアン商会は実質潰れたようなものである。
「ではオルトの冤罪は晴れたのですね」
「ああ、当時の裁判官も罪に問われて解雇された。裁判の記録にも無罪と書き加えられたよ」
オルトはその言葉を聞いて満面の笑みで「ありがとうございました」と頭を下げた。
これで一安心だな。
「ドランさん、ありがとうございました。これはお約束の魔導具です」
スっとオマケすると言っていた映像保存魔導具を出しドランさんの前に置く。
ドランさんは破顔し嬉しそうに魔導具を抱きかかえた。
「有難い。これでギルドの運営も少しは楽になるだろう。ところで、店は開かないのか?ずっと休みのままだろう」
「ああ、それなんですが拠点を変えようかと思いまして。店仕舞いの手続き中なんですよ」
「えっ!?どういうことだ!」
ドランさんが魔導具を落としそうになりながら目を大きく見開いた。
「う〜ん、もっと大きな街に行こうかと。店はそちらで大きくして行く予定です。道中通った先の街や村でも商品を売って宣伝しながら移動する予定なんです」
にこりと笑んでこれからの事を話せば、みるみるうちに泣きそうな顔になっていくドランさん。
え、なんで?
「そんな...ビールはどうなるんだ。ふかふかパンは...」
顔面蒼白になって訴えて来るけれど、リンデンベルドの領主には思うところもあるからなぁ。ここの領地が富むのは抵抗があるというかなんというか…
「すみません。泡沫の夢...ということで」
「そんな殺生な!」
でも小麦や豆等ここで始めた取引は他の商会にお願いしちゃってるし。うちは撤退するって言っちゃったからね。蒼銀の月商会の品質で低価格な商品はないだろうからほんと申し訳なかったけど、無きゃないで何とかなるでしょ。
俺は儲けるならリンデンベルド以外の領地がいいのだ。ゆくゆくはチェーン店とかにしたいけど、人手がねぇ...従属契約必須だもんな…
輸送部分さえ何とかなれば、ゴーレムで大量生産化を計って各店舗へ品を運ぶとか?
店舗毎にどの品をどれだけ運ぶかのチェックはゴーレムじゃ無理だしねぇ...
ナヴィが分裂してゴーレムを動かせられたら良いのになぁ。
ナヴィが10人とかもう無敵じゃね?
〔...不可能……今は出来ません〕
あれ?なんか考えてる?
〔……〕
まあ、言ってみただけよ。
無茶な事言ってる自覚はあるから気にすんな。
とりあえずドランさんには帰ってもらい、蒼銀の月商会は恙無く店仕舞いを完了させたのだった。
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