第17話(三人称語り)

薄ぼんやりとした月の光に照らされて、一台の荷車が見えた。

荷車は吊るした魔導具からの光を伴にして、頼りない月の光しか届かない薄暗い街道を走っている。

御者台にはフードの付いた外套を纏った男が、つまらなそうに手網を繰りガタゴトと荷車を引く音だけを聞いていた。フードを目深に被った御者からは特に警戒した様子もなく、荷車は順調にリンデンベルドの街を目指している。

街道には他に一台の荷車もなく、また旅人なども歩いていない。

夜は夜行性の魔物も警戒が必要で、盗賊が出る事もある事から、旅人も行商人も野営地で一夜を明かすのが当たり前で、夜の街道を無理して往くことなどないのだから。それゆえ荷車が護衛も付けずに夜の街道を走っているのは少し無謀に過ぎるのだが、店に出す商品を急いで仕入れた為、昼夜問わずに走り続けているのだと言われれば、店の盛況ぶりを慮れば無理からぬことと思われた。

荷車は順調に走り続ける。

リンデンベルドの街迄はあと半刻程といったところだろうか。


ガザザッ

ザザッ


街道を挟む木立の間から音がした。

魔物かと、御者は慌ててヒュージラカンに鞭入れ、荷車のスピードを上げた。直後、ドシュッと何かに突き刺さる音がした。

ギギー!とヒュージラカンの鳴き声と共に衝撃を受けて荷車が横転、御者は為す術もなく荷車から放り出されてしまった。

一頭のヒュージラカンには矢が刺さっており、矢を受けた痛みと驚きで暴れたために軛も壊れもう一頭のヒュージラカンも怪我をして横たわっている。

まだヒュージラカンの興奮が収まらぬうちに、ザザッと木立から街道に誰かが躍り出た。


「おい、荷車を確認しろ!商品は無事かっ!」


木立から出てきたのは口元を布で覆った数人の男達だった。みな一様に黒ずくめの格好をしている。

最初に声を出したのは主犯格の男らしく、その場にいた五人の男達が一斉に荷車に向かう。


「くそっ、扉が開かねぇ!」


「バカめ!先ずは荷車を立てろ!」


主犯格の男の言葉に男達が横転している荷車を元に戻そうと取り掛かる。

命令していた男は御者の元まで歩き生死を確認すると「死んだか?ま、どうでもいいがな」と酷薄な笑みを浮かべた。

荷車を元に戻し、男の一人が扉を開ける。


「おい、どういうことだ!?何にもねぇぞ!」


「なんだと!?」


主犯格の男が荷車に駆け寄り中を確認した。


「バカなっ!なぜ何も無い!?」


男は荷車の中に入り隅々まで探すが荷車の中は空っぽだった。


「くそっ!どうなってるんだ!確かに今日荷車で仕入れた品を運搬すると言っていたのにっ」


「へえ、誰から聞いたんですか?」


御者がムクリと立ち上がった。


「なにっ!?死んだのではなかったのか?」


「残念ながら、あの程度の衝撃では死にませんよ、ゲイール」


「なっ!誰だっ何故私の名前を知っている!?」


主犯格の男が不意に名前を呼ばれ口元を覆った布に気づき、しまったという顔をする。


「口元を覆ったからといって、バレないとでも思ったのですか?」


御者は笑いを噛み殺しながらゆっくりとフードを下ろした。

薄ぼんやりした月明かりの元にその顔が露になる。


「お前はっ!」


主犯格の男、ゲイールがフードを下ろした御者を食い入るように見詰めた。

他の男達は状況がわかる訳でも無く、ゲイールと御者を交互に見ては、互いに顔を見合わせ何時でも動けるように体勢を整える。

随分と場馴れしている。日頃からこういう事には慣れているのだろう。


「お久しぶりですね、ゲイール。あれから1年も経っていないので、お元気でしたか、などと聞くのも堅苦しいでしょうか」


「オルトっ、貴様なぜここに!」


ゲイールが御者、オルトに向かって言い放つ。

そう、ここにいるはずなどないのに、と。


「良い主人にめぐり逢えましてね」


オルトは誇らしげな笑顔で微笑んだ。


「それで、誰から聞いたのです?この荷車の事」


ニヤリと笑い一歩前に歩くオルト。


「...くっ」


「レビー、でしょうか」


また一歩前に歩きオルトは徐々にゲイールとの距離を詰める。


「な、なんのことだ」


冷や汗が頬を伝うのが月明かりで見て取れる。

ゲイールの顔色は薄暗い中でいっそう悪く見えた。


「ふふふ、しらばっくれても無駄ですよ。蒼銀の月商会の荷車が、今夜仕入先から商品をたんまり乗せて、護衛も付けずに戻ってくる。そう聞いたのでしょう?」


じりじりとゲイールが後退る。

他の男達も同様に少しずつ距離を取りオルトの様子を伺っている。


「この情報ね、嘘なんですよ。貴方にしか教えていない情報なんです。これ、どういう意味か分かります?」


くっくと声に出すほどに笑うオルトに、ゲイールが吠えた。


「それがどうしたと言うんだ!貴様を殺せばただ荷車が盗賊に襲われたで済む話だろっ」


勝ち誇ったように言うゲイール。


「殺せれば良いですけどね」


肩を竦めておどけてみせるオルトに、ゲイールは「コイツを殺せ!」と喚き散らした。


殺せと言われた男達が一斉に飛び掛って来る。

オルトはその一人一人に軽く当身で気絶させていく。ほんの2~3秒の出来事だ。

当然、目で追えるような速さではない。

ゲイールにはオルトに向かっていった男達が、気づいたら倒れていたようにしか見えなかっただろう。


「なっ!いっ一体何がっ」


「ふふっ、私ね、良い主人にめぐり逢えたと申しましたでしょう?お陰様で、こんなにも強くなれたのですよ。言うなればこれはゲイール、貴方のおかげ、なのでしょうか」


倒した男達を一瞥したあと、ゆっくりとゲイールに向き直り綺麗に微笑むオルト。

まるで紳士の挨拶のように左手は後ろに回し、右手を胸元にあてスっとお辞儀をしてみせた。


「とはいえ、主人の物を盗もうだなんて頂けませんねぇ。この罪は贖うべきではありませんか?」


「な、何を言ってるんだ。盗むだなんて人聞きが悪いだろう!現に何も盗んでなどいないのだからなっ」


「おや、おかしな事を言いますね。蒼銀の月商会の荷車を襲っておいて、荷車の中身まで確認していたのに」


まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるように優しく話すオルトはスっと魔導具を取り出した。

カチッと魔導具に付いているボタンを押すと

「おい、荷車を確認しろ!商品は無事かっ!」

「くそっ、扉が開かねぇ!」

「バカめ!先ずは荷車を立てろ!」

オルトとゲイールの間の空間に先程までの黒ずくめの男達とゲイールのやり取りが声と共に鮮明に映し出された。

空間に映し出された映像にはハッキリとゲイールが荷車の中身を確認している所も映っている。


「これね、映像保存の魔導具なんですよね。私のご主人様が作成されたものなんですが、この録画と書かれているボタンを押すと魔導具のレンズとやらを向けた先を映像という形で残せるんです。凄いですよね。本当に私のご主人様は素晴らしい方で、私など想像も出来ない物をポンポンと作成されるんですよ。おかげで毎日がとても楽しいんです」


ふふふっと自慢げに主人の事を話すオルトは、屈託のない笑みを浮かべていた。


「そ、そんなものは、まやかしだっ!」


ゲイールが先程よりも顔を青くしてまくし立てた。


「まやかし?この映像は先程貴方が行っていた行動ですよ。それをそのまま映像として保存しただけです。どう言い繕うが、どの道この映像と一緒にギルドに突き出しますがね」


そう言うやいなやオルトはゲイールに近ずき手刀を繰り出す。ゲイールは何をされたかも分からないままその場にくず折れた。


「ふぅ、因縁はこれで終わり、と致しましょう。こんな小物に関わる時間が無駄でしょうから。...ただ、ゲイールとお嬢様にはゼン様に会える機会を頂けたという一点において感謝しておりますよ。まさに僥倖でしたからね...」


オルトは倒れているゲイールに冷たい視線を向けながら、主人を思い浮かべ、ふっと短い息を吐く。

月明かりに照らされたその顔は、憑き物でも落ちたように穏やかな表情へと変わっていた。



ガタッ

ゴソゴソ

ガサガサ


深夜、店は昼間の喧騒とは打って変わり、シーンと静まり返っている。

人の気配の無い店内で先程から物音がしていた。


「おい、もっと静かに探せっ」


怒鳴るような勢いの小声が店内に響く。


「ちょっ、しーっ!しーっ!」


二人の男が真っ暗な店内でまるでコントのようなやり取りをしていた。


「何やってるの!?帳簿は見つかった?」


「お嬢さん!ここに来ちゃダメですって!出入口で見張っててくださいよっ」


「うるさいわね!いいから早く見つけなさいよ!」


小声の応酬と共にガタッと音が響く。

ビクッと身体を震わせ互いに口を抑え辺りの様子を伺うが、店に誰かが出てくる事はなかった。

ふぅーと一息。目配せをし会長室に向かう。

会長室には金庫が置かれており、その中に仕入先も書かれた帳簿があるのだ。

目当ての金庫を見つけ、鍵を開けるための道具を取り出しガチャガチャと慎重に鍵を破る。

素人の手腕ではなく、明らかに手馴れていた。

ガチャ。


「開きました」


鍵開けに成功して男は得意げに振り返る。


「中確認して!帳簿を探しなさいな」


チッと舌打ち男は金庫の中身を取り出した。

もう一人の男が出された書類等を確認していく。


「ありました。これです」


お嬢さんと呼ばれた女性に帳簿を渡すと、金庫の中を更に確認する。


「おい、魔導具関係の書類は無いのか?」


「書類は出したやつだけだ、他にはなんも入ってねぇな」


「くそっ、デボン会長からは魔導具の利権も奪って来いと言われてるんだ!何かないのかよ」


「ありませんよ?」


パッと灯りがついた。


「えっ!?」

「わあっ!?」

「きゃっ!」


驚きに三人が三様に声を上げる。


「いけませんねぇ、人様の店に盗みに入るなんて。デボアン商会のアンナお嬢さん」


「ナ、ナジ!」


「はい、アンナお嬢さん」


「こ、これは違うのっ。盗むとかじゃない!あ、貴方のためなのよっ」


アンナが帳簿を握りしめ必死に言い繕う。

男二人は手に短剣を持つと見えないように後ろに隠した。

ナジは呆れたように三人を見やる。


「人様の店から帳簿を奪うのが俺のため?随分とおかしな事を言いますね」


「お嬢さんこうなったらもうコイツを殺すしかありませんよ」


「ちょ、何を言いますの!?そんな事したら帳簿を奪っても、同じ商品を売り出したらうちの商会が人殺しをしたって噂になりますわ!」


「いや、帳簿を奪って同じ商品売り出した時点で盗みを犯した事は噂になりますよ」


冷静にナジが突っ込む。


「商会の従業員が情報を売ったりするのは日常茶飯事の事ですわ。ですから、その程度の噂など幾らでも潰せますのよ。でも、人殺しはダメよ」


「よく分からない理屈ですね。アンナお嬢さんは従業員を奴隷送りにしてる癖に、人殺しは嫌がるんだ」


ナジの顔に嫌悪が浮かぶ。

アンナは一瞬何を言われてるのか分からずナジの嫌悪を訝しむ。


「元恋人だったのに記憶にないとか、凄い女だな」


ナジは嫌悪を通り越し侮蔑の表情を向けた。


「オルト...のことかしら。恋人ですって?ちょっと優しくしたら調子に乗って結婚しようだなんて。冗談じゃなくてよ。私と結婚するなら大店の跡取り息子じゃないと釣り合いが取れませんわ。それなのに恋人だなんて思い上がりも甚だしい!店の番頭だったから無下に断れなかっただけで、恋人だと思った事など一度もございませんわ」


嫌そうな顔でアンナが悪態吐いた。


「それにしても、何故ナジがオルトを知っているのかしら。オルトは店のお金を横領した罪でゲイールが犯罪奴隷になる様に手を回したと言っていたわ。お父様も私を嫁に望んだ事もあって、止めなかったと聞いてるから犯罪奴隷に落ちたはずよ」


「アンナお嬢さんとゲイールが横領した癖に随分な言いようですね。貴方達がオルトに罪を被せたんでしょう」


「さっきからゴチャゴチャと!お嬢さんそいつやっちまいましょう!」


アンナとナジの会話に業を煮やした鍵開けの二人が一斉に飛び掛かる。

ナジは慌てること無く二人から短剣を奪い手を捻って無力化した。


「う〜ん、なんか食い違ってんね?」


会長室にスっと入ってきたのはゼンだった。


「ゼン様」


「ナジはその二人縛っちゃって。アンナお嬢さんは...どうしようね」


「盗みに入ったんじゃ、同じように縛っておけばよかろう」


ジガンも部屋に入るとアンナに近ずきロープで縛ろうとする。


「ちょっと何するの!?私はデボアン商会の娘なのよ!?」


アンナが後退りながらキッとゼン達を睨みつけた。


「そう言われてもな。盗みに入ったのは事実だし、これ犯罪だって分かってる?」


呆れたようにため息を吐きながら


「ノエル、アンナお嬢さん縛って」


と、後ろに控えていたノエルに声を掛けた。女性を縛るのだから同じ女性の方が良いだろうというゼンなりの優しさであろう。


「ゼン様、オルトが戻りました。無事終わったみたいです」


レビーがぴょこっと顔を出し、オルトが戻った事を知らせてくれた。


「夜も遅いし、みんな一旦休もうか。朝になったらコイツら全員ギルドに突き出して後は任せよう」


ゼンは捕まえた犯罪者達を荷車に入れるよう指示をだし、荷車ごと異空間の檻に閉じ込める。これでどうやっても逃げる事は出来なくなった。


「ゼン様今のは...」


「ああ、新しく異空間作ったの。丁度荷車が入る大きさのね。終わったら解除するけどね。さ、みんな寝た寝た」


ゼンは寝るように言うと自身も部屋に戻って行った。

なんのてらいもなく言うゼンに、緊張していたみなの身体から一気に力が抜ける。

ほんの少しだけ笑うような、呆れるようなそんなため息とも取れる声を残し、蒼銀の月商会はまた静かな夜を迎えるのだった。

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