第16話
ベーコンの在庫も増え、石鹸も無香料と香料付き、しかもハーブと柑橘系、フローラルと種類も豊富に準備ができた。
今日はオルトがいよいよ酒を解禁する日である。
リビングに全員が揃い、俺、ナジ、ジガンの目の前に、ビール、ワイン、ワインの絞りかすを蒸留して作ったグラッパ、ウイスキーが並べられた。
ノエル、レビー、ネラにはぶどうに似た果実でワインには向かなかった品種で作ったジュースを配る。
これも商材にするつもりだ。
「良い香りだ」
ワインからナッツのようなベリーのような芳醇な香りがする。
ウイスキーのグラスからは燻製したような奥深い香りが。
グラッパのグラスからはぶどうの香りが楽しめた。
ビールからはもちろん馴染み深いホップの香り。
どれも堪らない。
「全てゼン様の世界のお酒です。正しく酒造出来たと自負しています」
ゴクッと喉を鳴らし、緊張を隠せないオルト。
俺も酒の香りにもう我慢の限界だ。
先ずはビールから。
キンキンに冷やしてくれたビールを口に含んだ瞬間、堪らずゴクゴクと一気に飲み干してしまった!
「っかー!!これ!これだよっ!このキレ!喉越し!まさしく俺が飲みたかったビールだっ!!!」
うおおおおぉ!
ビール!ビール!!ビール!!!
ビールバンザイ!!ヒャッハー!
ナジやジガンも、ビールを飲み、最初は炭酸に驚いた様子だが、その美味さにやはり一気に飲み干してしまった。
「なんじゃ!この酒はっ!」
「凄い!エールと全然違いますよ、これっ!」
二人とも凄い勢いで食いついた。
分かるよ!こっちのエールって冷えてないしキレもないし酸っぱいしね。
「ゼン様の飲みなれたビールの味でしょうか?」
「ああ!オルトこの味だよっ!この炭酸の強さ!少しほろ苦いホップの味!ビールだよ!!」
俺は思わずオルトに抱きついてしまった。この喜びを全身で伝えたかったんだ。
俺まだ16歳で飲酒してるけど!こっちの世界じゃセーフだし!これからもこのビールを楽しめると思うともう最高だ!!
お互いに抱きしめ合い、喜びを分かち合う。
「おい、ビールはもう無いのか?」
ジガンが焦れたようにビールのおかわりを要求するので、つい俺も「あ、俺もおかわり!」とお強請りしてしまった。
「次は他の酒を飲んでください」
と、オルトに「試飲会ですので」と注意されてしまう。だってビールがあまりにも美味しいんだもん。
「次はワインを飲んでみてください」
オルトに勧められてワインを一口。
「おわっ、凄いな、渋味と酸味それに熟成された香りやぶどうの爽やかな香りまで口の中いっぱいに広がってふわっと鼻に抜ける赤ワイン独特の重厚な味わいが後味を引くよ」
正直そんな詳しくはないんだが、複雑な味が楽しめる一杯だ。
「うむ、これはまた酒好きには堪らんのぉ。複雑に絡み合う渋味と酸味がいい感じじゃ」
「俺はよく分からないです...不味くはないけど、渋味がちょっと」
「ふふっワインは大人でも好き嫌いが分かれるからね。俺もそんなに詳しくはないんだけど、これはまだ飲みやすい方だよ」
「そうなんですね。うん、飲み慣れれば癖になるかも?」
コクリともう一口飲んでは、吟味するナジにチーズを食べさせると「あ、ワイン飲んでチーズ食べるとどっちも美味しくなります!」と喜んでくれた。
実はブールと一緒にチーズも作っていたのである。いいおつまみだね。
「では次はウイスキーを...」
言うまでもなく、芳醇で燻製しているような香りと度数高めな感じがジガンに大ヒット。
グラッパはフルーティーな香りでナジが大絶賛だった。
「いや〜どの酒も最高の出来だよ!」
「ありがとうございます、実はまだ試作中ですが白ワインとブランデーも作っています」
にこりと微笑むオルト。
ぶどうも栽培しだしてるんだよね…異空間で。
おかげで俺またゴーレム作らされたし。
うん、まあ商材は多い程良いしな。
ふぅ〜。ちょっと酔っ払ったな。
「よ〜し、これで酒は問題ないね。オルト、酒は売り出す準備にどれくらいかかりそう?」
「瓶詰めは出来ています。ビールも炭酸が抜けないように作って頂いた魔導具(ビールサーバー)に入れました!何時でも売り出せます」
「よし、リンデンベルドで売り出そう」
ニヤリと笑ってオルトに目配せすると、ギュッと握りこぶしを作り、こくんと頷く。
俺の意図は伝わったようだ。
さあ明日から本格始動だ、待ってろよ!デボアン商会!
うん、いい朝だ。
快晴である。
心地よい風も吹いている。
「リンデンベルドまで移動しようか」
俺の掛け声にナジがヒュージラカンを荷車に繋ぎ御者台に乗ると、「はっ!」と手綱を操りヒュージラカンが歩き出す。ゆっくりと荷車も動き出した。
「いよいよ、ですね」
オルトが真剣な面持ちで更に問う。
「デボアン商会はナジの報告によると、私がいた頃とそう変わらない品を取り扱っているようですが、どうなさるのですか?」
「主な取引は小麦や生鮮食品、雑貨類。うちの商材と被らないが、顧客を根こそぎ奪えば問題ないさ」
「え?ですがどのように...」
「小麦は異空間で栽培して、デボアン商会よりも安値で売れば良いし、生鮮食品もデボアン商会より高値で仕入れると仕入先に持ちかければ良いだけ。もちろん売り値は安くするから、客はこっちの商品を買うだろう?利益にはならないだろうけど、関係ないよね」
ニヤリと笑いオルトを見る。
つい悪い顔になってしまう。
が、オルトも同じように悪い顔でニヤリと笑った。
「うちの商材はどうやって売り出すのですか?」
ノエルがコテっと首を傾げる。
うちの子はなんで一々可愛いのだろうか。俺をどうしたいのよ。
〔別にどうもしたい訳ではないでしょう〕
冷静なツッコミありがとうございます。
気を取り直しノエルにいい笑顔を向けて「試食や試飲をやるつもり」とサムズアップする。
「試食と試飲ですか?」
「そ。ノエルの作ったパンを小さくカットしてジャムも準備する。屋台で買ったクレープも小さくカットしてマヨネーズを乗せて、酒も見せる保存機能付きの陳列棚に美味そうに見えるようにガラスコップに入れておくんだ。実際に試飲させるのは一口分入れたコップの方だけどね。ビールは喉越しもあるから、3口分くらい必要かも」
「なるほど、実際に食べたり飲んだりすれば、うちの味の虜になるし噂の回りも早そうですね」
「じゃあ小さくカットしたパンやクレープを準備しないとですね!」
「場所は何処でやるんじゃ」
「市場だよ。商業ギルドに話しを通して、屋台を出す許可貰うんだ。ま、屋台って言ってもこの荷車だけどね」
程なくしてリンデンベルドの街に着いた。
早速商業ギルドで屋台の許可を取り、空いてるスペースに荷車を置くヒュージラカンは邪魔にならないよう、人目につかない所で異空間のメウブル達が居るところに入ってもらう。
「さあ、魔改造した荷車を屋台verにして試飲と試食を配るぞ!」
俺達は荷車の横を上下に開き、荷車の軛や轅を取り外し上下に開いた下側扉の脚にしてテーブル状にする。その上に陳列棚魔導具を置き、中に色々と入れていく。反対側も同じようにし陳列棚魔導具を置くと、喧伝用の首から下げる見せる保存機能付きの陳列棚に並々と入れたビールや氷が入ったウイスキー、ワインを入れた。
極小オーブンからはパンを焼く匂いを撒き散らしておく。
視覚と嗅覚に訴えかける作戦である。
辺りに香ばしいパンの匂いが充満した頃、俺達は客寄せを開始した。
「いらっしゃい!いらっしゃい〜!ふかふかのパンにジャムやマヨネーズ、ケチャップはいかがですか〜?美味しいお酒、ビールにウイスキー等もありますよ〜!」
良い匂いに釣られて一人、二人と客が足を止めたので、すかさず試食をしてもらう。
「なんだこれ!うまっ!しかもすげぇふかふか!!」
「ジャムとやらをつけると甘くて美味しい!」
と口々に驚きの声を挙げる。
「良ければこちらもどうぞ」
とマヨネーズを乗せたクレープをわたす。
「なっ!!これはなんだ!!美味い、美味すぎる!おい、これ!この白いヤツはなんて言うんだ!?」
「マヨネーズと言います。良ければ購入して頂けませんか?保存機能付きの瓶か普通の瓶をお選びできますよ」
「幾らだ?」
「保存機能付きの瓶は保存期間3ヶ月程で繰り返し使えますので銀貨15枚で普通の瓶なら銀貨3枚になります」
「銀貨3枚の方だ、そっちを買うぞ!」
「ご一緒にふかふかパンやジャムもいかがでしょう」
「ふかふかパンをくれ!」
「俺も!マヨネーズとふかふかパン、後ビールもくれ!」
「あたしにも売っとくれ!」
「こっちもだ!」
次から次へと客が殺到してあっという間に試食試飲分が無くなったが、噂が回るのは早いもので、ずっと客足が途絶える事はなく、こちらの売行きは翳ることなく順調だった。
翌日からも同じように客引きと試飲試食を繰り返し、商品をどんどん売っていく。
3日と経たず、屋台には凄い行列が出来ていた。
では次に移行しようか。
ナヴィ、デボアン商会の近くに空き家は?
〔潰れた商店がございます〕
「ナジ、聞いた?」
「すぐに手続き致します」
スっとナジが一礼して走り去った。すぐに空き家は俺達の店になるだろう。
「商業ギルドいくよ」
「私達はこのまま本日分が完売する迄続けます。お気をつけて」
「ん、よろしくね」
俺は後の事はオルトに任せ商業ギルドに向かった。
言うなれば今までのはデモンストレーション。商業ギルドに俺達の商会の力を見せつける事が必要だった。ついでに魔導具も卸しておくか。利益をチラつかせれば、すぐにでも空き家で商売が出来るだろう。新参のうちの商会を優遇して貰わないとな。
このまま客を呼び寄せ、デボアン商会への客足を奪う。
あちらの主力商品である小麦もうちの商会の方が安い事をそれとなく宣伝するつもりだ。そのうちデボアン商会の取引客もこちらに流れて来るだろう。
「みんな今日もお疲れ様。ノエル、夕飯今日も美味しそうだね。さ、いただこう」
「いただきます!」
食事のあいさつもそこそこに、がっつくレビー。余程お腹空いたんだな。まあ、ここ何日か屋台の客が凄すぎて、みんな大変だったもんな。
ナジのおかげで空き家を購入出来たし、ジガンのおかげでその空き家もリフォーム済み。商業ギルドに店出す許可も取ってすぐにでも営業出来る状態だ。
ナジのリサーチのおかげでデボアン商会の商品の仕入先は分かってるし、これから先の展開が楽しみだ。
「疲れてるとこ悪いけど、明日からデボアン商会の近くにある店を開業するために、商品の陳列をしないとなんだ。手伝ってくれる?」
夕食を頬張りながら、みなブンブン首を縦に振る。いや、飲みこんでからの返事で良いんだよ?
「オルトはデボアン商会の人に見られるのは不味いから、店の奥で品出しとか客の動向とかを見ててくれ。ナジは俺と一緒にデボアン商会に挨拶な」
「「はい」」
食事の後、荷車を移動させて全員で店の前に立つ。
明日からはここが蒼銀の月商会である。とはいえ、あくまでも仮だけどね。デボアン商会潰したらさっさと店仕舞いする予定。オルトを無下に扱ったリンデンベルドを富ませるつもりは無いのだ。
ジガンに看板を付けてもらっている間に店の中に商品を並べるため、店の中に入ると、さすがである。伝えた通りにリフォームしてくれていて、仮とはいえテンションが上がってしまう。
みんなもこの高揚感を感じてくれていると嬉しいのだけれど。
チラリと周りを見回せば、頬を紅潮させているナジとオルトの姿が見えた。レビーもノエルもニコニコで、ネラも物珍しそうにキョロキョロしている。
みなで顔を合わせ一斉に作業に入った。
メインは酒。食品サンプルのように、見せる用の保存ケースに入れたビールやウイスキー、ワインにグラッパ、お子様用にぶどうジュースを店先に置けるよう設置棚を準備する。ビールサーバーや酒瓶は店の真ん中に目立つように並べ立てておいた。ビール用に炭酸が抜けないジョッキサイズの瓶や普通のジョッキ、業務用のビールサーバーに一般用のビールサーバーと各種取り揃えている。ジョッキを最初に購入すれば、そのジョッキにビールを入れるという方式にするのだ。試飲の時みたいに一々回収は面倒だからね。
石鹸も各種陳列し、商品紹介のポップを目立つように取り付けた。こっちの世界初ポップである。
またパンをブール入りとブールなしで陳列棚に分けて入れ、マヨネーズにジャム、ブールにチーズ、ケチャップと陳列していく。
ベーコンも当然ポップ付きで並べておく。
店の奥には各種魔導具にひっそりと小麦や豆を置いて完成だ。
もう少ししたら砂糖もここに並ぶだろう。
これだけの商材がある店は正直ないよな。
今度ノエルにクッキーも商品として作ってもらうつもりだし、お子様から大人まで客足は絶えないだろう。
準備も完了し、俺は「みんなお疲れ様。今日はゆっくり休んでくれ。明日からまた忙しくなるからね」と労い、店の奥へと促す。従業員部屋として住み込み出来るように見せかけた部屋を作っており、実際休憩も出来るのだが、もう遅いので異空間でゆっくり休んで貰いたい。
俺も風呂に入ってベッドにダイブ予定なのである。
「ゼン様、デボアン商会の事、お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「何言ってんの、オルト。人に濡れ衣着せて美味い汁を吸う奴らなんて商人の風上にも置けないよ。オルトに濡れ衣着せたこともだけど、同じ商人として許せる事じゃないからね」
「ありがとうございます...」
普通に許せないじゃん。
前にノエルが復讐しようって言ってたの聞いて、俺の人生の必須プランになったからね。
デボアン商会の副会長とお嬢様とやらに悪いことをしたらその行ないの結果は自身に返って来る事を教えてあげないと。
そう、因果応報というのだよ。ふふふふふ。
俺はオルトの肩を軽く叩いて部屋に戻る。階段の途中で振り返って見てたけど、ナジやジガン、ノエル、レビーにまで肩を叩かれたり、サムズアップされていた。
オルトも吹っ切れたのかゆっくりと自室に戻っていった。
「私、斜め向かいに新しく店を出します蒼銀の月商会の会長ゼン・コウダと申します。本日は開店のご挨拶に参りました」
「おお、これはご丁寧に。デボアン商会の会長のデボンと申します。こちらは娘のアンナと副会長のゲイールです」
「アンナですわ。ゼンさんは随分お若く見えますわね」
「はは、16歳の小僧ですので、お手柔らかにお願いしますね」
翌朝、早速デボアン商会に挨拶に来た。
でっぷり太った会長と妙にシナを作って俺を見てくるお嬢さん、薄ら笑いを浮かべる副会長のゲイールが迎えてくれた。
「おや、本当にお若い!どちらかの商会のご子息ですかな?」
デボンがにこやかな表情の中、鋭い視線を隠すことも無く探りを入れてきた。
どっかの有名な商会が後ろ盾としているかどうかってとこかな。
「いえいえ、田舎の農家の出身ですよ。商人に成り立てなのですが、たまたま良い商材を扱える事になりまして、運良く店まで出せることに。これからご近所同士よろしくお願いします」
「まあ、商人としての腕がよろしいのね。あやかりたいですわぁ。今度お食事でもしながら、お話をお伺いしたいものです」
お嬢さんが俺の腕を取り上目遣いで近寄って来た。
なんだよこれ。
「はは、時間があれば」
するりと腕から逃れ、ナジを全面に出す。
「うちの番頭のナジです。私共々お見知り置きを」
にこりと笑むと「ナジと申します」とナジが綺麗に一礼した。
「こちら、うちの商品で申し訳ございませんが、お近ずきの印に」
スっとふかふかパンの包みを差し出し、ゲイールが受け取り「有難く頂戴致します」と返答する。言葉は丁寧だが、小馬鹿にした感じが隠しきれていない。ぜってぇコイツ泣かす!
お互いに笑みを交わし、挨拶を終え店に戻った。
「うえ〜、やな奴ら」
開口一番つい悪態をつく。
「お疲れ様でした」
オルトが店先に見えない所から声を掛けてくれる。
「オルトはあの店でよく頑張れてたね」
「この街で一番大きな商会でしたので」
苦笑い。
だよねー。
屋台から店での販売に変わったにも関わらず、朝から盛況な蒼銀の月商会。店を移すってちゃんと宣伝してくれてたみんなに感謝です。
「すみません、この石鹸ってどう使うのでしょう?」
「はい、ご説明致しますね」
綺麗なお嬢さんに石鹸の事を聞かれ、俺は営業スマイル全開で接客する。次から次へと女性客に捕まり石鹸について、または酒について、はたまたマヨネーズについてと、ひっきりなしに質問攻めで。もちろん接客した全てのお客様にご購入頂きましたがね。売上率No.1は俺だね、絶対。
なんというか、女性客はほぼ俺が対応し、男性客はノエルが、おっさん等の酒目当てはジガンに集中した感じだった。ナジとレビーがフォローしてくれてなんとか、といったところだ。
裏方作業に徹していたオルトも大変だっただろう。
昼休憩を順番に取るのも一苦労だったし、ネラも放ったらかし感が否めない...
盛況なのはまあ、最初のうちだけで、しばらくしたら落ち着くだろうけどね。
と思っていた頃が俺にもありました...
蒼銀の月商会は瞬く間にリンデンベルドの街どころかリンデンベルド領内で有名になってしまい、近隣の街や村からもお客さんが買いに来てくれるようになった。
特にふかふかパンやマヨネーズはうちで売っている極小サイズのマジックバックを一緒に購入して入るだけ購入したり、ビールサーバー毎購入するお客さんが増えていた。
毎日来れる訳じゃないからだそう。
相変わらず俺の錬金生活は続くけれど...瓶、保存瓶、ビールサーバー、極小マジックバック...etc
それでも当初の想定通りデボアン商会の客足が減り、小麦をうちで取引したいという客が徐々にではあるが増えてきていた。もちろんデボアン商会から乗り換えるという事だ。
他にも豆に芋の取引もである。
案の定アンナお嬢さんがうちに粉かけてきた。というより俺にだけど。
どうやらうちの店の商品たちをどうやって仕入れているのか知りたいらしい。やたらボディタッチをしてきたり、上目遣いで媚びる感じが気持ち悪いんだが...
「ねえゼンさん、いつになったらお食事誘ってくださるの」
「すみません、店が忙しいので、当分の間は難しいですね」
やんわり絡んでくる腕を外し、ニコリと微笑むと「もう、ゼンさんの意地悪」と訳の分からない事を言う。
いやほんとに忙しいし、客じゃないなら邪魔なんだが。他のお客さんがずっとこっちを睨んでいるので、接客に戻りたい。
「あのぉ、こちらの石鹸お土産用に購入したいんですけど、どれがいいか迷ってて、ゼン会長選んで頂けます?」
気の強そうな女性客、ほぼ常連さんが割り込むように話しかけてくれた。
「あ、はい、今」
「ちょっと!今私がゼンさんとお話してますのよ。邪魔しないでくださる!?」
いや邪魔なのはアンナお嬢さんです。
「はあ?品物を買いもしない癖に、何言ってるのよ!」
「私はただの客とは違いますわ!一緒にしないでちょうだいな!」
今にも取っ組み合いになりそう...
「アンナお嬢さん、すみませんが他のお客様のご迷惑にもなりますので、商品購入ではないならまた今度お話伺いますね」
背中をグイグイ押し店先まで移動させると、俺は先程の常連さんの接客に戻る。
「ちょっとゼンさん!?」
まだ何か言ってるけど無視だ無視。
アンナお嬢さんのは世に言うハニートラップだろう。
はぁ。
この二ヶ月程、蒼銀の月商会の売上は順調そのもの。デボアン商会の売上はガタ落ち。良い感じではあるんだけど、あと一歩決め手にかける。
ゲイールが裏でコソコソ動いているっぽいんだけど...
「ゼン様、今日もゲイールから商品の仕入先とか魔導具について色々聞かれました。俺アイツ嫌い」
ちょっと泣きそうなレビー。
ごめんな。
俺は慰めるために頭をポンポンすると、ブーたれて泣きそうだったレビーが満面の笑顔になる。
ねえ、俺ほんとにこの子の親なんじゃない?
〔違います〕
……
「俺もアンナお嬢さんから熱烈なアプローチが...好きだのなんだの。仕入先の情報を持ってきてくれたら結婚して一緒にデボアン商会を切り盛りして行こう。商会長になる夢を叶えてあげる、だそうです」
実はアンナお嬢さんのターゲットが俺からナジに変わっていた。ナジには悪いけど、アンナお嬢さんに気がある振りをして貰っている。俺だとどうしても年齢差を感じてしまうというか、キャバ嬢との疑似恋愛の感覚というか、精神年齢的に無理過ぎて...
レビーにはゲイールの接触があったので、ちょっと罠を仕掛けているのだが。
果たして上手くいくかなぁ。
売上ガタ落ちの情況だから手は打ってくると思うんだけどねぇ。
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