第19話

麗らかな日差しの中、のんびりと荷車が往く。

舗装もされていない道をガタゴトと荷車の車輪が轍を残す。

本日も晴天なり。

いい天気だ。

開けた窓から爽やか風を感じながらネラを膝に乗せてぼーっと外を眺めた。

内側に目をやれば、所狭しとうちの商品が積み上げられており、見るからに高価そうな魔導具なんかもこれ見よがしに置いてある。

俺は無意識のうちにネラの頭を撫でていた。

最近は忙し過ぎてネラとの触れ合いが足りていなかったから。

はぁ〜癒される。

うちの子はみんな可愛いけど、ネラは格別可愛いわ。

何度も言うが、こんな娘が欲しかった!

そんな狭い荷車に俺とネラ、ノエルとレビーが商品を挟んで左右の窓側に座りジガンが後ろ側に陣取っている。

ナジとオルトは御者台に座っているが、御者はナジに任せオルトは居眠りだ。

傍から見たら、護衛も付けず呑気な商人達の一行に見えるだろう。

惜しまれつつもリンデンベルドの街を出た蒼銀の月商会の荷車は、豪華な装いを纏って現在北に向かって移動中なのである。

時々冒険者らしい一行を追い越したり、行商人を追い越したりしながら、急ぐでもなくのんびりと旅を楽しんでいた。


しばらく走っていると、案の定お呼びでない御一行様が道を塞ぐ。

本日2回目の盗賊の皆様との邂逅である。


「おい、痛いめみたくなけりゃその荷車を置いていきなっ」


無骨な男が怒気を孕んだ声でがなり立てた。


「お頭、御者の男は綺麗な顔してますぜ」


「おい、荷車の中の男はえらく別嬪じゃねぇか。奥には女もいるぜ。こりゃ当たりだなっ」


「随分とお綺麗な御一行様じゃねぇか。俺達が楽しんだあとに全員纏めて奴隷商に売ってやるからなぁ。特に荷車の中の男は俺ですらその気にさせやがるっ」


男達が下卑た声で思い思いに囃したてた。

やっぱり俺に食い付いてくる奴がいるんだが...

ふっ、美しいって罪だな。

...言ってて違和感しかないわ。

中身アラフォーのおっさんには荷が重いです。

っていうか、うちのノエルに手を出そうだなんて、お父さんは許しませんよ!?


「悪いけど、俺男に興味無いんだよね。あと、うちの子に邪な考え持つのも禁止だから。ナジ、オルト、やっちゃっていいよー」


「お任せを」


言うやいなや二人はあっという間に盗賊御一行を気絶させ、ロープで縛り上げた後丁寧に目隠しする。

俺は異空間を開き、ナジとオルトがその中に盗賊達を放り入れた。先客の盗賊達が中からギャーギャー言っているが構わず扉を閉じる。盗賊の皆さんには悪いけど、ロープは元より目隠しもしてあるので、自分達が何処にいるのか分からない状況なのだ。

この先の街で冒険者ギルドに引き渡すまでは、目隠しを外すつもりはないので、諦めて欲しい。


今後も盗賊と遭遇したら容赦なく捕まえて行くつもりだ。アイツらは捕まえても捕まえても次から次へと湧いてくる。まるでGのような存在だな...

それとも何か?リポップでもしているのだろうか。んなわけないか。

ま、うちの荷車は豪華で目立つようにしているので、入れ食い状態よ。片っ端からとっ捕まえていけば、多少は治安も良くなるよね。

うちのナジやジガンを奴隷落ちさせた奴らが誰か分からないのが腹立たしいが、盗賊掃除で多少なり溜飲も下がるというものだ。

そう、わざわざ荷車に乗って窓から商品を見せびらかしながらのんびり走っているのは盗賊ホイホイ実演中だからなのだ。

街を出て半日も経たないってのに、二回も襲われるんだから、実に優秀なGいや盗賊ホイホイなのである。

こんな日常じゃ、そら護衛は必須だよな。


入れ食い状態の盗賊ホイホイも、さすがに三回で打ち止めのようで、リンデンベルドから出て最初の街が見えてきた。

それほど大きな街ではないものの、それなりに活気もあるようで、冒険者らしい一行の出入りが多いように見える。

俺達の荷車も無事街に到着し、体裁を考え宿を取る事に。それと、ここずっと働き詰めなみんなの為に2~3日休日とする事にした。

福利厚生ちゃんとするって言ったのに、休日がなかったもんね…ブラック企業じゃん...

ダメ!ブラック!蒼銀の月商会はホワイトな企業です!


宿の部屋に入って異空間に入ると、みんなそれぞれの扉から異空間に入って来た。宿取っても休むところは異空間の各自の部屋だもんね。


「みんなお疲れ様。今日はギルドに盗賊御一行を引渡したら、終わりにするね。明日から3日間休暇にするから好きにしてていいよ。街を見て回ったり、ゴロゴロしたり身体を休めてくれ」


「ゼン様はどうされるのですか?」


「そうねぇ、セリスタのダンジョン踏破してこようかな。オークがいっぱい出てくる方のダンジョンもざっと回るのもいいかも。ネラは俺と一緒に行くか?」


じっと俺を見つめていたネラはこくんと頷き、ぎゅっと俺にしがみついた。


「大丈夫、ちゃんと守るし護衛用のゴーレムも連れていくからな。ネラには指一本触れさせないぞ」


抱き上げ頭を撫でるとまたコクリと頷きポスっと俺に身体を預ける。

はぁ...可愛い。

ネラはまだ喋る事は出来ないけど、随分と感情表現が豊かになったように思う。

ただ今日はちょっと不安そうだからダンジョンに連れていくのは止めた方が良いのかな。


「ゼン様、俺もダンジョン行きたい!」


「ん?そうかレビーも行くか」


「はいっ」


満面の笑顔でレビーが頷き、俺も嬉しくてついレビーの頭をわしゃわしゃ撫でた。

ネラも一緒にレビーの頭を撫でる。

なにこの子!激可愛いんですけど!!


「3日もお休み頂けるんですか?私は街を探索しましょうかね。お酒の飲み比べなどもしつつ、他店の商品も確認したいですね」


オルトがウキウキしてるけど、それ休みの行動としてはどうなの。仕事じゃないの。


「あ、俺も店は回りたいな。オルト、お酒は遠慮しますけど、他店の商品見て回るの付いていっていいですか?」


「ええ、もちろん。お酒の時は、ジガン、行きますか?」


「うむ、珍しい酒があるかもしれんしの。行くとしよう」


三人が和気あいあいと予定を話し合うのを見ているとこっちまで楽しい気分になれるね。


「ノエルはどうする?」


「あたしは食べ歩きしたいです、あと、洋服とか色々買いに行きます」


えへへっと笑うノエルはとても楽しみですと言いながら、キッチンに向かって行った。

お茶を入れてくれるみたいだ。

みんなには休みもなく働いてもらってたもんな…

喜んでもらえて嬉しいけど、これからはちゃんと定期的に休めるようにしないとだわ。

ノエルの入れてくれたお茶を飲み、一息入れた俺達は冒険者ギルドで盗賊御一行を引渡すと、そこから別行動をとる事にした。

もう休みモードですよ。


俺はネラを連れて市場をふらっと見て回る。

特に欲しいものもないのだが、ネラはあまり外を出歩けないから、色々見せてあげたくて。

お出かけする時はフード付きのポンチョのような服を着て耳を隠さなければならないのが少し可哀想だけどね。

それでもやっぱり楽しいのか、物珍しそうにキョロキョロする姿がもう、それはもう、いやもう本当に可愛いのよ。

つい、これ食べるかとか、これ買おうかとか、世話焼いちゃうのだ。世話を焼きすぎてる自覚がある分、気にかかっているのだけれど…

地味に嫌がってないよね?嫌われてないよね?

お父さんマジウザイとか思われてないよね?

そんなこと思われてたら、普通に死ねるよ?


〔思ってないですし、お父さんでもありません〕


ちょっ!ナヴィさん!?

お父さんだもん!俺はネラのお父さんだもん!!


〔違います〕


!?

酷い...

でも、ネラはウザイとか思ってないのね?

良かった。

って、なんでわかるのさっ!


〔...フォローするとお話しましたが〕


えー!ナヴィだけネラと話してるとかズールーイー!


〔マスター...〕


はい、ごめんなさい。


ちぇっちぇっ。

良いな良いな。

俺もネラとお喋りしたいよぅ。


ちょっと不貞腐れた俺の雰囲気を察してか、ネラが俺の頭を撫でてくれた。

初めての娘からのいい子いい子!

パパは天にも登る気持ちですっ!


にこにこと笑い頬ずりをして全身で喜びを現すアラフォーのおっさんがここにいます!

見た目少年だけど大丈夫ですか!?

俺捕まりませんか!?


〔落ち着いてください〕


あ、はい。

でもさ、エルフっ子ってだけでも尊いのに、こんなに可愛いんだぞ。そら娘にメロメロになるのは仕方ないじゃない。


〔そうですか〕


そうなのです!


結局ネラに終始デレデレの見た目少年中身おっさんがただただ鼻を伸ばして楽しむ時間になってしまった…

ネラも楽しんでくれたかな…


異空間に戻り、ノエルの美味しいご飯も堪能した俺は大浴場でゆっくりと湯に浸かる。

自分の部屋の風呂も大きいけど、今日は更に大きい風呂にゆったりと浸かりたかったのだ。


「ふぅ……良い湯加減だ」


身体も頭も洗って湯加減バッチリな湯に浸かっていると、今日の疲れがホロホロと溶けていく。


「あぁ…幸せだ」


ガラガラガラ……

大浴場のドアが開いた。


「あ、ゼン様。こっちの風呂場に来るの久しぶりですよね!一緒に入れるの嬉しいなー」


「これはゼン様。珍しいですね」


レビーとナジが大浴場に入って来た。


「ゼン様まだあがらないですよね?俺急いで頭と身体洗うから待っててくださいよねっ」


そう言うとレビーはワッシワッシ頭と身体を洗い始める。


「まだゆっくり浸かるつもりだから、ちゃんと綺麗に洗うんだぞ」


ガラガラガラ


「あれ、ゼン様ではないですか。こちらにいらっしゃるとは嬉しいですね」


「おお、オルト。ジガンと酒飲みに行ってたの?顔が赤いけど」


「あ、分かりますか?少し酔いは覚ましたつもりだったんですけどね、はは」


ポリポリと頬を掻きながらちょっと千鳥足で洗い場まで歩いて行く。

まだちょっと酔ってない?大丈夫?


「ジガンは?」


「多分寝落ちてるかと」


「そんな飲んだの?美味しいお酒あったんだ?」


「いえ、結局ビールやウィスキー、ブランデーと自分達のお酒が一番美味いってなりまして、ジガンの部屋で飲んでました」


「ふはっ、そっか」


確かにうちの酒が一番美味いよな。

なんだかんだ食に関してはこっちの世界で一番美味いって思えるわ。

後はだし巻き玉子とか味噌汁飲みたいな……

魚は川魚しかないっぽいから、出汁も味も期待出来ないのよね。味噌もな……大豆なんてないだろうし、あっても作り方分からんしな。

はぁ。

なまじあっちの世界で美味い物を食べてきた記憶がある分、どうにも恋しくなるというか…


「ゼン様!見てみて!俺こんなに筋肉ついたんだぜっ」


ザブンっと水しぶきを立てながら湯船に入ったレビーは嬉しそうに自分の腕の筋肉を俺に見せ「腹だってほらっ」と無邪気に腹筋を眼前に晒しては力を入れて筋肉を強調してきた。


「おお、偉いぞレビー。もう立派な剣士だな!」


えへへっと笑うレビーは年相応の少年だが、身体つきは随分と立派になっていた。


「俺も筋肉つきましたよ」


「私も全体的に引き締まった気がします」


それぞれ筋肉を見せ合い、触り合う。

すげぇだの、綺麗な筋肉だの、意外に筋肉談義に花咲いて楽しい風呂タイムを満喫出来た。

湯上りにビールを1杯、とキッチンに向かうと「ゼン様!」とノエルの焦った声が飛びこんできた。


「ゼン様ネラがっ!」


え!?っと振り返ると、ノエルが俺を呼び3階のネラの部屋へついてきて欲しいと泣きそうになっていた。


「どうした!?何があった?」


声をかけても蒼白な顔でネラが、ネラが…とうわ言のようにガタガタと震えているノエルを抱きしめ「オルト、ナジ、どちらか一緒に来てくれ!レビーはノエルを落ち着かせてあげて」

風呂から上がってきた三人に指示をすると俺はネラの部屋へと駆け出した。

部屋に入りベッドに駆け寄る。

ネラは酷く苦しみながら全身から大汗をかき、必死の形相でのたうち回っていた。


「ネラっネラ大丈夫かっ!」


ネラを押さえた手が熱い。高熱を出しているようだ。


「ヒール!」


急いで回復魔法を唱えるが、全く効果が見られない。


「ハイヒール!……エクストラヒール!」


回復魔法のレベルを上げて唱えてもやはり効果がなかった。


「タオルを持ってきてくれ!」


「はいっ」


俺は空間収納からボウルを取り出し水属性魔法で水を作り、氷も作ってボウルに入れた。原始的な方法だが身体を冷やすしかないっ。

オルトが持ってきてくれたタオルを浸し、硬く搾ってネラの額に乗せる。

ネラが暴れると落ちてしまうので、冷たいタオルで首や腕などを拭っていく。


「ネラ大丈夫だからな、熱下げるために首にタオルを巻こうな」


額に乗せても落ちてしまうので首に巻き、少しでも体温を下げさせる。

脇の下にも冷たいタオルを入れるのも有効だったはず。

こっちの世界には解熱剤なんてないから、とにかくタオルを使って熱を下げていくしかない。


「ネラ、大丈夫ですからね。熱もすぐに下がりますからね」


優しく声をかけながらオルトは汗を拭いていく。

俺も首や脇のタオルがすぐに温くなってしまうため、ネラの体温を下げるために氷水で冷やしたタオルと取り替えては冷やす、を繰り返した。

一体何でこんな高熱が…

痛みもあるのか苦しみ方も尋常じゃない。こっちには病院も医者も居やしないのに。


〔マスター。第一次成長期かもしれません〕


え?


〔エルフ族特有の成長痛のような物かと思われます〕


はあ!?

こんな高熱で尋常じゃない苦しみを伴うのが成長痛だって!?


〔劇的に変化致しますので、身体への負担が相当なのでしょう〕


そんな……

でも病気じゃないんだな。


〔病気であれば回復魔法で治りますので。病気ではありませんが、高熱は身体によくありませんので冷やす事は有効な手段と思います〕


そうか。

じゃあ、このまま熱が下がるまではタオルで冷やし続けていくよ。

第一次成長期って、こんな大変な目にあうのかよ…第一次って事は第二次ってのもあるんだよな。エルフって大変なんだな……


その後もしばらく高熱と痛みが続いていたが、明け方、ネラの身体はピタリと動きが止まった。

意識はない状態ではあるが、熱も下がり痛みも引いたのか苦悶の表情は消え去っていた。


「ゼン様、熱は下がったようです。呼吸も穏やかになりましたし、もう大丈夫なのでしょうか」


「どうだろうか…正直分からな、うわっ!」


いきなりネラの身体が光だした。


「え!?なに?ネラっ!?」


オルトが焦ってネラの身体を引き寄せようと手を伸ばす。俺はその手を掴み一歩後ろに下がるとネラの身体に徐々に変化が現れた。

光が眩しくてよく見れないが、少しずつ身体が成長しだしたのだ。


「ゼン様…これは」


「うん、第一次成長期を迎えたんだ。ネラは今幼体から成体に成長しようとしてるんだと思う」


エルフ族の成長過程なんて誰も知らないことだ。

正直驚きを隠せない…

やがて光は収束し、そこには幼体だったネラの姿はなく幼女から少女に成長したネラがいた。

4~5歳くらいだった姿は12~13歳くらいにまで成長したようで、一晩にして驚く程の変貌を遂げていた。


「……ゼン…」


「ネラっ気がついたのか!?」


ネラは腕を伸ばそうとして、そのまま気を失った。

寝息が聞こえるので、心配は要らなそうだ。

成長にかなりの体力などを使ったために疲れたのだろう。


「はぁ…。とりあえず、第一次成長期は無事に終わったようだな」


「そ、うですね…頭が追いつきませんが、エルフ族特有の成長過程を目の当たりに出来た貴重な機会だったのですよね…」


オルトと顔を見合わせ、お互いに八の字眉になりながらははは、と乾いた笑いが互いの口から漏れたのだった…

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