第20話

怒涛の一日だった。

大浴場でのんびり風呂入っていたとこまでは充実した一日とも言えよう。

結局明け方まで看病していた俺は、ネラが無事に第一次成長期を終えて自身の部屋に戻っても眠れなかった。

それはオルトも同じようで、疲労の色が濃い。

ナジやノエル、レビーもネラの部屋には入ってこなかったものの、何時呼ばれても良いように部屋の前で待機していた為、ジガン以外の全員が疲労困憊の様相を呈していた。

ジガンもある意味疲労困憊かもしれないが…まあ、ただの二日酔いとも言うけども。

それでもピリピリしていた雰囲気は解れみんなも少し余裕が出たようだ。


「昨夜はなんかあったのかの」


「そうだね、ジガンにも知らせておこうか」


俺は昨夜ネラが第一次成長期を迎えたこと、その時に高熱や激しい痛みからか随分苦しんでいた事を話した。


「ふむ、エルフ族の子供が成長期に大変な思いをすることは聞いておったが、そんなに酷い状態になるとはのぉ…ワシが聞いておった話とはちと違いがあるの」


顎髭を触りながらふむと考えるジガン。


「ジガンの聞いた話はどんな内容だったんだ?」


「うむ。熱は出るが身体の痛みに悶え苦しむなんて事はないそうじゃぞ。あまりの高熱じゃったら身が持たん。ネラはもしかして高位のエルフか」


「どういう事?」


「うむ、高位エルフは自身の持つ精霊の力に比例して成長時の苦痛が他のエルフよりも酷くなるらしい。ワシも聞いた話じゃから確かかは分からんがエルフの成長痛は精霊の力に比例するとよく言われておるからの」


なら、次期エルフの女王候補のネラならその苦痛は推して知るべし…か。


「なんにせよ、もう成長は終わったようだよ。ほんとに随分大きくなったからね」


「ネラ、元気になるよね?」


「ああ、きっと元気になるよ。もう少し寝かせてあげような」


「はいっ」


レビーにとっては妹のようだったみたいだけど、今は同い歳くらいだからな。きっと驚くぞ。


「俺はネラの様子を見てるから、みんなは休みを満喫してくれ」


「なら、私も。交代で様子をみましょう」


「あたしもネラの傍にいたいです」


オルトとノエルが交代で看病を名乗り出てくれた。

ナジやレビーも頷いているから、みんなネラの事が心配なんだな……

でもせっかくの休みだし…

あ、休日は延長すればいっか。


「じゃあみんなも疲れてるだろうから順番にネラの傍にいて、様子をみていようか。体調が急変する事は多分ないとは思うけど、心配だもんな」


「はいっ」


「大丈夫…もう起きた」


声のした方に一斉に視線が集まる。


「ネラ!?」


こくんと頷きテトテトと歩いてくる姿には以前の面影はうっすらとあるものの、もはや別人と言えるほどにネラは様変わりしており、一同全員目を見張り言葉を無くしてしまう。

それほどに美少女に成長していた。


ポスっと俺の膝の上に乗りぎゅっと抱きしめられた俺は「ちょ、ネラっ!?どどどうした!?」とちょっと慌ててネラを引き剥がした。


「むぅ。ゼン…なぜぎゅってしてくれない?ネラ嫌い?」


「き、嫌いなわけないだろっ」


「じゃあなんで?」


無垢な瞳でじっと見られると、正直ドギマギしてしまうが、美少女ではあってもネラはネラであって、いきなり成長しちゃったけど、可愛い娘であるわけで。

そっと、ネラをぎゅってしながら頭を撫でる。


「…ネラ、身体は大丈夫なのか?」


「ん、平気。ゼン、オルトありがと。昨夜いっぱいお世話してくれた。ノエルも驚かせた、ごめん」


ポスっと膝から降りたネラはオルトの頭を撫でた後、ノエルにぎゅっと抱きついた。


「ネラちゃん…良かった。もう大丈夫なんだね」


ノエルは自分もとネラを抱きしめて半泣きだ。


「ネラ俺だって心配したんだからなっ」


「うん、レビーもありがと。ナジも心配してくれてた、ありがとね。ジガンは…心配した?」


コテっと首を傾げジガンを見る。

幼女じゃなくなっても可愛いのは変わらないんだな。

ジガンはバツが悪そうに「ワシは酔っ払って寝とったからの。さっき聞いたばかりじゃが、心配はしたわい」とボソボソ呟いた。


「ネラ…喋れるようになったんだな」


今更ながらに気づいたけれど、ネラが喋っている。


「ん、成長した。もう喋れる」


にこっと笑うネラは最高に可愛かった。

エルフ族の子供って喋れなかったのか…


〔いえ、どうも喋れないように呪いがかけられていたようです〕


え!?呪い!?


〔はい、古い精霊術の一つのようで、ネラが第一次成長期を迎え精霊の力を使えるようになった為解呪されたようです〕


…そうなのか。

呪いって、アレ?王家絡み?


〔はい〕


解呪出来たのは良いけど、王家側に知られたりとかないよね?


〔おそらく問題はないかと〕


そっか。

でも、こうなるとネラのレベルアップは急務だな。


〔そうですね、自分の身は守れるくらいには強くなっておいた方が良いでしょう〕


「ネラ、身体しんどくない?喋れなかったのが呪いのせいとかだと、今後の事を考えると早急にネラのレベルアップをしておいた方が良いと思うんだよ」


「呪い!?」


ネラ以外が驚きネラと俺とを交互に見る。そういやネラの事みんなに話してなかったっけ?

俺は憶測ではあるけれど、と前置きしつつネラがエルフ族のエルディアス大公家の一人娘で、次期女王候補だったこと、エルフのエルカディア王家の次期女王候補にギフトも称号もなく、ネラが育てば確実にネラが次期女王になる事を阻止するために30年前に誘拐されて、人族の国であるリオンテールの森の奥深くに捨てられた事などを話した。

ネラもある程度事情は分かっていたとナヴィが言ってたので、ずっと辛かっただろう。

呪いもその王家の奴らがネラがもしも誰かに拾われても、事情や出自を喋れないようにする為の措置だったらしい。声は出せても言葉として発する事が出来ない…文字も習ってない自分にはどうすることも出来なかったのだと、ネラはポツリと呟いた。


「ゼン、ダンジョン行く?ネラも行く」


「じゃあ、まずは冒険者登録してパーティーメンバー登録しようか。ダンジョンへは明日から行くとして先ずは武器や防具を買いに行こう」


「むぅ、冒険者登録して武器や防具買ってすぐ行く」


「え?昨夜凄い高熱出してて酷い痛みも伴ってたんだぞ。体力的にキツイだろうから明日にしなさい。今日は俺がダンジョン行ってネラのパワーレベリングをするから、な?」


「ダメ。精霊召喚慣れる。ネラも行く」


俺がパワーレベリングを勧めてもネラは頑として譲らなかった。

しょうがない、護衛用ゴーレムを2台にしてネラの守備を固めれば何とかなるかな…


「分かった。でも少しでも体調が悪いなって俺が判断したら異空間に戻ること。これは絶対だからな」


俺が条件を提示すると少し不貞腐れたような顔をしたが、唇を引きむすんだ後頷き小さくガッツポーズをしていた。体調の悪さを隠すつもりか?

お父さんは見逃さないからね。


「じゃあ、先ずは冒険者ギルドにって言いたいとこだけど、服が必要か」


膝下20cmの裾だったワンピースが膝上になってるし、パツパツだしな。


「ノエル、服を貸してやってくれないか。これから買いに行くにも、外出出来る服はないだろうから」


「はい、じゃあネラちゃん着替えに行こうか」


ノエルは笑顔で了承してくれネラを伴って自室へ戻って行った。


「耳は如何なさいますか?フード付きのマントを準備致しましょうか」


「俺達が着るようなマントはネラには合わないのでは?」


オルトとナジが意見を出してくれるが、今後の事を考えるとフード付きのマントより、帽子とかの方が良いかもしれない。マントは少々邪魔だろうからね。

ただ、ネラが強くなれば襲われたところで返り討ちだしな…俺達も居るし。

幼女じゃないし、一人で行動する訳でもないから大丈夫な気がする。


「うん、エルフは珍しいから注目はされるだろうけど、これからは強くなるし、ネラに決めてもらおうか。耳を隠すつもりかどうかも含めて」


あれこれ考えてもネラの考えが大事だ。

確認するとネラは耳は隠さない事にするらしい。

人族の国ではエルフは目立つけれど、ドワーフ族のジガンも居るし目立つのはしょうがない。

ネラもエルフである事を隠すつもりがないのなら、後はみんなで強くなれば良いだけだ。

早速冒険者ギルドに登録し、俺とネラ、レビーはダンジョンに向かう。武器や防具もサッと選んだのだが、ネラは弓と短剣を選んでいた。

エルフと言えば弓という定番だが、風属性魔法が得意なので一番扱いやすいのだそうだ。なんでそんな事知ってるの?と思ったけれど「しっくりくる」の一言で片付けられた。


ダンジョンに入り護衛用ゴーレムを展開させて前をレビー、後ろに俺という布陣でネラを守る。


「精霊召喚、シルフ」


ネラが徐ろに精霊を召喚した。


「うぉっ」


びっくりして思わず仰け反ってしまったじゃないか…


「わぁーちっちぇー!これが精霊?」


レビーがパタパタと飛び回る精霊を見て大はしゃぎだ。


「まだ慣れてないから下級精霊だけ。強くなったら中級や上級精霊も呼び出せる」


ネラは呼び出した精霊に「魔物居たら魔法で攻撃。弓で援護する」と言うと精霊を先行させてダンジョンを移動し始めた。

1階層2階層と進み、順調にゴブリンどもを倒していく。正直俺ら必要なくね?という疑問はスルーして、ハイエルフの次期女王候補の力というものを遺憾無く発揮するネラはどんどんレベルアップしていく。昼前にダンジョンに潜り遅めの昼食も手早く済ませ、その後もずっとダンジョンで過ごす。

なんというか、気づいたらほんの数時間で10階層のボス部屋にまでたどり着いていた。

ネラは精霊を2体召喚し、魔力切れも起こすこと無く向かうところ敵なしの状態である。いや、本当に俺ら必要ないですわ…


「ネラ、この階層はボス部屋のみで、扉を開けて中に入ると戦闘開始だ。ボスはオーガキングだけど、手伝う?」


「いい、一人で大丈夫」


「そっか。じゃあ、俺らは後ろで邪魔しないようにしてるから、危なくなったら声掛けるんだぞ」


こくんと頷きシルフとサラマンダーを連れてボス部屋に入ると、ネラは「攻撃」とだけ指示して弓を番える。

精霊達はそれぞれ得意な魔法をオーガキングに詠唱し、ネラはいつの間にか魔力で作れるようになった弓矢を射た。速戦即決。

オーガキングは為す術なくその場に倒れ消えていく…

哀れ…

ドロップしたアイテムを拾い転移の指輪を取った事を確認し、11階層へと降りて行く。


「ネラここからはパーティーメンバーとの連携も考慮して魔物を狩って行こう」


「連携?」


「うん、パーティーメンバーと一緒に戦う時に互いの間合いとか癖、攻撃の種類とかを把握しておくのはとても大事だからな」


と、言いつつボッチ勢だった俺も苦手なんだけども。誰かに合わせるとか壁役だの立ち回りだの、知らん!って感じではある。

ま、一緒に戦うのはレビーとだし、俺は後ろで見てるだけに留めておくよ。

無理だもん。

中身おっさんだし。


「前衛はレビー、後衛はネラの構成で戦って行こうか。レビー一撃で倒さずトドメはネラに任せるようにね」


「はいっ」


うんうん、レビーは相変わらず素直でよろしい。


「ゼンは?」


「俺は二人の連携を後ろから見てるから。気にせず戦って」


ネラが、ん?という顔をするがにこりと笑顔で返しておく。レビーも、ん?という顔になっているが、やはり笑顔で返しておいた。

二人とも、俺の事は気にするな…


11階層からレビーとネラが一緒に戦い始めたが、魔物が大して強くない事もあり危なげなく順調に先を進んでいた。

攻撃してくる魔物をレビーが受け止めネラが精霊に攻撃させるか自分で倒す。

たまに短剣を使って近接戦闘もしていた。

なんというか、阿吽の呼吸が出来上がっていた。

ほんの半日なのに、精霊の扱いも上達しているし、ほんと戦闘センスも素晴らしいね。

ネラのレベルも大分上がったし、もう心配する必要もなさそうだ。

今日はこの辺にして異空間に戻るか。

異空間に戻る事を伝えるとネラがちょっと不機嫌になったが、無理は禁物なのでね。有無を言わせず強引に戻った。


半日程度のレベルアップだったけれど、ネラのレベルは10になっていた。


名前:ネラ・エルディアス

年齢:50

LV:10

種族:ハイエルフ族

HP:292/292

MP:380/380

攻撃力:236(+15)

防御力:255(+32)

魔力:341

魔防:307

俊敏:229

幸運:20

スキル:精霊召喚LV3、癒しの息吹LV1、緑蔭の風LV1、風属性魔法LV1、土属性魔法LV1

恩恵:ステータス補正(低) LV2、無詠唱LV1、魔力操作LV1、魔力感知LV1、魔法命中率LV1、言語理解LVー

ギフト:精霊女王の愛し子

状態:正常、従属契約

称号:エルフの女王、ゼン・コウダの奴隷

装備:

-レントの木の弓(効果:攻撃力+15)

-皮の胸当て(効果:防御力+12)

-探索用ブーツ(効果:防御力+20)


見事に精霊召喚しか上げてない…

明日からはスキルも使うようにしていくか。


「リンデンベルドに隣接した街だからか、特に変わった物はありませんでしたね」


「だいたいの店は回ったようだし、明日はジガンとお酒の飲み歩に行きますか?」


「そうですねぇ、昨日お店は少し回ったのですが、珍しいお酒に巡り会える確率は引くそうですしお酒はウチのが一番でしょうから…」


異空間に戻るとナジとオルトが今日の成果を話し合っていた。

ここはルーデンという街で、リンデンベルドにほど近いためか特に変わり映えのない品々しかなかったようで、二人ともガッカリしている。


「おかえりなさいませ、ゼン様、ネラ、レビー」


「ただいま」


「ん、戻ったの」


「たっだいま〜!」


「そういえば、ネラは俺の事呼び捨てなんだし、みんなも様付け止めたら?」


ふとネラが俺の呼び方がみんなと違う事に気が付いた。全く違和感がなかった。


「私はゼン様の呼び方を変えるつもりはありません」


オルトが笑みを深めてそう言うと「俺もです。ゼン様はゼン様ですから」とナジが続きオルトと笑い合う。


「俺もゼン様って呼びたい!なんか安心するもん」


レビーは俺の裾をギュッと掴んでにへらっと笑った。

う〜ん、なんで?


「ゼン…呼び捨て、ダメ?」


「ん?全然いいよ、ネラは俺の娘みたいなものだし。と言うか、俺にとってはみんな娘や息子のようなものなんだけどな…今の俺の年齢だと無理があるだろうけどさ」


「ジガンも?」


「う…ジガンは人族の年齢的には息子とも言えるけど、髭面だからなぁ。弟だな」


ふふふっとみんなで笑い合う。


「ゼン様にそのように思って頂けていたなんて光栄ですね。今のゼン様の年齢と見た目では、私は兄に見えますが」


「俺も辛うじて兄でしょうか」


「俺は弟!」


「じゃあ呼び捨てにしようよ」


「「いけません」」「やだ」


三人がそれぞれお断りの言葉を発する。

いや、だからなんで?


「夕食が出来ました。冷めないうちにテーブルに着いてくださいね」


ノエルが声をかけながらリビングのドアから出ていく。地下にジガンを呼びに行くようだ。


「美味しそう!」


レビーが目をまん丸にしながら席に着く。

今日も今日とてノエルのご飯は美味そうです。

俺は明日からのレベルアップでは、魔法や他のスキルも積極的に使うようにアドバイスし、明日の為にゆっくり休むようネラを部屋へ送り出す。

ネラも眠そうで、素直に頷くと「お休み」と挨拶をして自室へと下がって行った。


「しばらくネラのレベルアップと状態異常とかの無効化スキル習得の為にこの街に留まる事にしよう。その間お店は休みにするから、みんなも好きに活動してくれ」


「屋台で商品を売っても良いでしょうか」


「働くの!?」


「全部の商品を扱うのではなく、石鹸や酒を売ろうかと思いまして」


「あ、だったらマヨネーズ等の調味料も売りたいです」


オルトが屋台をやりたいと言い出すとノエルも一緒にやりたいと乗り気になった。

休日を満喫して欲しいんだけど…


「俺は素材集めも兼ねてオークのダンジョンに篭もります。資金調達も必要でしょうし」


「ワシも行こう。質の良い魔石が欲しいからの」


「俺はゼン様とネラと一緒にダンジョン行く」


「分かった。でもみんな休日の過ごし方ってのんびりしたり、買い物したり、自分の趣味の時間にしたりさ、身体も心も休める為のものだよ」


全員いい笑顔で、十分に休んでいるし、楽しいです、だそうだ。

蒼銀の月商会はブラック企業かもしれません…

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