第38話
ガチャリ
と執務室のドアをあけると、真っ先にオルトが出迎えてくれた。
足音を聞きつけたのか、テーブルには湯気を伴った温かな俺ブレンドティが置かれ、ノエル自慢のスコーン(ベーキングパウダーを作るのが大変で、完成までに随分と苦労したのよね…)とクロテッドクリームにジャムが用意されている。
「おかえりなさいませ、ゼン様。お茶をご用意致しましたので先ずはお寛ぎください」
執務室のデカいテーブルには俺のためのお茶しかなく、ギルドマスター達の視線がちょっと痛い。
が、俺は王様やらお貴族様との謁見で精神をかなり削られているので構わずソファーに座り一口お茶を啜ると、焼きたてのスコーンにクロテッドクリームとジャムを塗りたくり、大口を開けてガブリと食べた。
んはー!んまい!
まさに至福!
正面に座ってるギルドマスターや斜め向かいで腕を組みチラチラとこちらを伺うSランク冒険者の皆さんを華麗にスルーして皿のスコーンを次々に口に放り込んでいく。
皿の上が見事に片付いたころ、オルトが俺の視界に入り込んだ。
「それでゼン様。謁見は如何でしたか?」
口の中の甘さを俺ブレンドティで流し込み、カチャリとカップを置く。
勿体つけるつもりは無いのだけれど、何処まで対応すべきか悩み所なのだ。
「労って貰ったよ、一応ね。一斉スタンピードの件は取り合って貰えなかったから、オークのダンジョン調査の結果で動き方を決めようと思ってる」
ふぅ、と溜め息を吐くオルト。
「思った通りの結果でしたね。確かに荒唐無稽な話ですが国の一大事に発展するかもしれないというのに、調査すらしないのですか」
「俺達はナントローモ、アイベルン、ノックスペインのダンジョンから魔精錬石を探して破壊。それ以外は放置だな。ハイデルワイス近辺のダンジョンはノックスペインだけだし、そこさえスタンピードが起きなければ後は知らん。正直慈善活動家じゃないんだ、国の事はそれを治める立場の人がやればいい。魔物が強い、または広すぎるダンジョンは対処しておくから、後は自分らでやって貰おう。ブループラチナムは今後一切指名依頼は受けない」
ギルドマスター達には悪いが、厳しい顔で彼らに視線を送り指名依頼は受けないという言葉を強調しておく。
「そうですね、一斉スタンピードが起きたとして、低レベルのダンジョンであれば対処も可能でしょうから、その方針で宜しいかと」
オルトも頷きながら俺の決定を受け入れてくれた。
「十中八九起きるでしょうけどね」
「意図も分からないし、誰が計画してるのかも分からないってのが気持ち悪いけどな」
「ナジが見つけたようですね」
はぁ…
「ジガン達はナントローモに?」
「はい。ジガンとノエル、グレイはナントローモに。ネラとエイダンはアイベルンに向かいました」
さすがだな。何も言ってないのにアイベルンに行ってくれてるなんて。
ナヴィの指示?
〔はい〕
サンキュ、ナヴィ。
「じゃあオルト、俺達はノックスペインに行くか。行った事ない街だから、走って行くしかないけども」
チラッと見ると八の字眉になっている。
「ゼン様の全力疾走は勘弁してくださいね。私が着いていける速さでお願いいたします」
ふむ、そんな差はないと思うんだが…
「ベルトルドさん、俺達はこれで失礼します。フェリックス総長さんたちが戻ってきたら、オークのダンジョンから魔精錬石が見つかった。ナントローモ、アイベルン、ノックスペインのダンジョンの魔精錬石は排除しておくけれど、それ以外のダンジョンについては一切関知しないし、今言ったダンジョン以外の一斉スタンピードはそう遅くないうちに起きるだろうけれど、ブループラチナムは手を貸さない。国のことは国で考えてくれ、と伝えてください」
ギルドマスターであるベルトルドさんに向かって伝言を頼み、俺達は執務室を出ようとした。
「ちょ、ま、待ってくれ!」
ベルトルドさんが慌てて俺の腕を掴んで引き留めてきた。
チラッと掴まれた腕に視線を落とし、ゆっくりと振り返る。
「あ、すまない。…ゼン、リンデンベルド領のダンジョンからも魔精錬石が見つかったというのはどういうことだ?なんの知らせも来ていないが」
「ああ、俺達は遠距離会話が出来るんですよ」
ナヴィを通して会話できるだけだけど。あながち嘘ではないもんね。
「そういう魔導具をパーティーメンバー全員所持しているんですが、先ほどオークのダンジョン調査に向かった仲間から魔精錬石を見つけたと報告があったんです」
魔導具なんてないけどもな。
「馬鹿なっ!王都からリンデンベルド領までどのくらい距離があると思っている!たかだか1~2時間でわかるはずない!嘘をつくな!!」
フェイトさんがすごい勢いで食って掛かってきた。
つばが飛ぶからやめてほしい。
やれやれ、と頭を振り、俺はフェイトさんに向き直る。
「俺は無属性魔法の持ち主でして、転移魔法が使えるんですよ。んで、錬金術スキルも持っています。前に転移用の魔導具を作成し、リンデンベルド領のオークのダンジョン付近に転移先の魔導具を仕掛けてあるんです。で、これ、転移魔導具ですけど、これを使ってオークのダンジョン付近に転移した。そっからダンジョン内を調査して、先ほど報告が来たってことです」
俺は転移用の魔導具を手に持ち、ひらひらと見せびらかす。
「…無属性魔法だと?そんな希少なスキルを持っているだって?」
フェイトさんの顔色が一気に青くなっていく。
「すごいな、無属性魔法持ちか。だからとんでもなく強かったのか。もしかして、賢者スキルも持ってたりしてね」
アルクさんが興味津々な視線を向けてくる。
アルクさんニアーです。大賢者スキルにアップグレードしています。
「他にも希少なスキルを持ってそうだな」
話したことのなかったSランク冒険者ロイさんがボソッと呟いた。
皆俺のスキルに興味を持ち始めたな…やばい。話逸らさないと。
「ベルトルドさん、これで答えになってます?では俺達は先を急ぐので」
「いや、ちょっと、ほんとにちょっと待ってくれ」
ベルトルドさんが焦って引き止めてくる。顔色は悪いままだ。
「リンデンベルド領のダンジョンから魔精錬石が見つかったっていうのは本当なんだな」
ベルトルドさんはじっと俺の目を見つめ固唾を飲んで俺の答えを待った。
「本当ですよ。今から仲間がナントローモとアイベルンのダンジョンを調査しますし、俺達はノックスペインのダンジョンを調査するつもりです。間違いなく魔精錬石は見つかるでしょうけど、3つのダンジョンの魔精錬石は廃棄しておくので、気になるならそれ以外のダンジョンを調べてみては?」
「あ、ナジ。ゴブリンのダンジョンも調査お願い。魔精錬石の探索用魔導具が出来たからそれを使ってくれ」
俺はわざとらしく魔導具を使っているかのように喋って、実際はナヴィから伝えて貰った。
いかにも会話しているように、うんうんと頷いておくことも忘れない。
「もういいですか?ノックスペインには行った事がないので転移魔導具は使えないんで、急ぎたいんですけど」
ベルトルドさんは眉間に皺を寄せグッと目を閉じた後、意を決した表情で口を開いた。
「俺もノックスペインのダンジョンに連れて行ってくれないか。状況をこの目で確認したい」
「ギルドマスターが直接行くのですか!?」
サブマスターのミハエルさんが驚き上擦った声で叫んだ。存在感が薄かったけど、居たなそういや。
「ゼン達ブループラチナムからの情報だけでは騎士団、ましてや貴族連中など動かないことは明白だ。一斉スタンピードが起こったら、この国は壊滅的な被害を受けるんだ。先ずは情報収集して状況把握するべきだろう」
ベルトルドさんがミハエルさんに諭すように話し、Sランク冒険者達に向き直った。
「冒険者ギルドとして依頼を出したい。Sランク冒険者パーティにも同行して、情報収集に協力して貰えないだろうか」
うん、いや。
勝手に話を進められてもね…
連れて行くの俺達なんでしょ?
割りと邪魔というか足手纏い感半端ないんだが…
「ギルドからの正式依頼であれば、こちらとしては受けるのは問題ないかな…ノックスペインならそう面倒なダンジョンでもないしね」
アルクさんが顎に手をやりそう答えた。
「だが魔物は王都のダンジョン程ではないがそこそこ強い。ダンジョンの調査をするには装備、食料等どのくらい潜るかを決めた上で準備が必要だ」
ロイさんも受ける方向で答える。
「いや、ちょっと待ってください。あなた方を連れてノックスペインのダンジョンに向かえと?時間がかかり過ぎますよ。ダンジョン調査中もまさか移動速度を合わせろとか言いませんよね?」
俺は迷惑だなってのが確実に表情に出てしまったが、構わず喋り続けた。
「準備にも時間がかかるんですよね、正直待ってる余裕はありません」
「なんだとっ!?俺達が足手纏いとでも言いたいげだな!?一緒に行くのを渋るなんて何かやましい事でもあるんだろっ」
フェイトさんがここぞとばかりに食い付いてくる。
やましい事って言うか……
「単純に足手纏いなんですよ」
「なっ!?」
「あなた方の移動手段ってヒュージラカンですよね。申し訳ないですが、俺達はその数倍の速さで向かいます。最短距離を走り抜けるので、街道は往きませんし、ヒュージラカンではなく自身の足で走って向かうので、一緒には無理なんですよ」
オルトを除く全員がポカン顔になった。
あーうん、まあそうなるか?
「そういう訳なんで、自力でノックスペインに行くか他のダンジョンの調査をした方が良いですよ」
「じゃあさ、ゼン君が先にノックスペインに行って転移先の魔導具を仕掛けてくれればいいんじゃないか?で、さっき見せてもらった転移用の魔導具、それを俺たちに貸してくれれば問題解決だよね」
アルクさんが無邪気に提案してきた。
すごいいい笑顔なんだけど…これって、転移魔導具使いたいってことだよね。
うん、めっちゃワクワクしてるもんな…
「…転移用の魔導具使いたいってことですか」
俺はアルクさんをじっと見る。瞳がキラキラしてるよこの人…
アルクさんはブンブンと大きく首を振る。
「はぁ…いいですけど、使用MPは多いですよ。1回にMP50は使いますけど、大丈夫ですか?」
「そんなに使うのか!?」
ベルトルドさんが悲鳴を上げた。
まあ、ステータスを見るとMPは100もないし、そら驚くか。
Sランク冒険者の皆さんだって130~180程度しかないし、転移1回でMP50も消費するとキツイんじゃないかね。
俺達はMP消費軽減のスキルがあるし、そもそもMPの総量が4桁だしな。
「まあ、転移なんてそうそう簡単には出来ないってことじゃないですかね。どうします?それでも転移用の魔導具で移動してダンジョン調査をしますか?そうなると俺達のダンジョン内の移動スピードを落とすしかないか」
「せめてネラのバフがあれば…それでもかなり遅いでしょうけど」
オルト、正直者だぜ。
「あまり悠長にしてるとスタンピードが起こる可能性があるから、ささっと調査したいんだが、ネラを呼ぶか」
〔既にアイベルンのダンジョンを調査中ですが、丁度ボス部屋に差し掛かったようなので呼び戻しますか?〕
(うん、お願い)
俺はネラと交信しているかの様な素振りを見せ「悪いが戻ってきてくれ」と締めくくりベルトルドさんに向き直った。
「バフかけられるメンバー呼び戻します。ベルトルドさん達はダンジョン調査の準備をお願いします。調査は1〜2日で終わらすので、それほど必要な物はありません。食事はこちらで提供しますし、寝る場所もテント一式有れば安全に寝れるようにするので」
「あ、ああ。というか調査はそんな1~2日で終わるものなのか?」
訝しげに眉間に皺を寄せたベルトルドさんはSランク冒険者のアルクさん、ロイさん、フェイトさんに視線をチラリと向けもう一度俺を見た。
「魔精錬石の探索魔導具作ったので大丈夫でしょう。ノックスペインのダンジョンはそう広くないですし、階層も30階層程度しかありませんしね」
俺はオルトに視線をやりネラがここに転移出来るよう転移先の魔導具を設置し、執務室の転移先を登録した魔導具を異空間経由でネラに渡して貰うよう指示をする。
ま、詳しくはナヴィからだけどもな。
素早い手付きで仕事をこなしていくオルト。うむ、素晴らしい。
「ゼン戻った」
オルトが設置した転移先魔導具から音もなくネラが現れた。俺とオルト以外はみんなギョッとして一瞬身体が竦んだが、喉がゴクリと鳴った以外は大きな反応は見せなかった。流石はSランクやギルドマスターといったところか。
「悪いなネラ」
「ん、大丈夫」
「ノックスペインのダンジョンにこの人達を連れて行く事になってね。ダンジョンまでは転移で行くけど、ダンジョン内では走って貰うからさ。ネラのバフが必要になったんだ」
ちょっと申し訳ない気持ちで説明すると、ネラは「ネラ役に立てる、嬉しい」とニコリと笑んだ。
くぅぅぅ!相変わらず可愛いぜっ。
大きくなったなって思ってたけど笑顔は美幼女の頃のままだな。うちの子は本当に可愛い過ぎて困る。俺ネラのこと嫁に出せるかな。娘を持つ父親の気持ちなんて知りたくなかったぜ。いや、そんじょそこらの馬の骨にはうちの子はやれんな!
…離婚しなかったら俺も子供いたんだもんな…
あ、やべー、なんか泣きそう…
〔マスター、顔〕
おっと…失礼失礼。
俺は百面相してた顔を引き締めこれからの事を話し出す。
(ちょっとうるっとして涙目になってたのは内緒だ)
〔バレてますよ〕
くっ…
「んっんんっ。これから俺はノックスペインに向かいます。ここからの距離だと2時間くらいで着くでしょう」
「ゼン様だけなら…そうですね。私はネラと交代でしょうし…」
「う‥ん、すまないなオルト」
少し寂しそうに笑うオルト。
う…なんか罪悪感。
「あーっと、その間にベルトルドさんたちはダンジョン調査の準備をお願いします。俺はダンジョンに着いたら転移先の魔導具を設置してここに戻りますので、そしたら転移魔導具でノックスペインのダンジョンに移動します。そこで、ネラからバフを受けてください。中に入ったら、魔精錬石の探索魔導具でダンジョン内を調査していきます。基本は皆さんの速度に合わせますが、あまり時間がないので全力で走っていただきます」
「全力で走る…とはどのくらいの間だ?」
ベルトルドさんが恐る恐る問う。
「魔精錬石が見つかるまでですね」
「う…まあ、そうだよな」
「たぶんですが、そこまで深い階層ではないと思いますよ。スタンピードが発生したとして、深い階層からでは外に出るまでに時間がかかるでしょうし、外にでない個体も出てくるでしょうから」
俺は全員の顔を見ると「では俺はもう行きます。オルトはジガンと合流してくれ。ネラ、すまないがここで待っててくれるか」と声をかけると質問を一切無視して執務室を出た。
まあ、あとはオルトがよしなに対応してくれるだろう。
〔丸投げですか〕
うむ、上司ってそういうもんだろ?
〔…〕
俺は心の中でオルトに謝りながら全力でノックスペインへ走り出した。
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