第10話

宿に戻り、キッチンでパンを焼いているノエルに声をかけ部屋に戻る。

異空間に入ろうとしたら丁度ナジ達が戻ってきた。

どうやら結構時間も経っており、ナジも一旦買い物を終え、ノエルと食事を摂るために戻ってきたらしい。


「…なあ、おい、お前…」


「ジガン、ゼン様と呼んでください!契約に抵触しますよ」


オルトが素早くジガンを窘める。


「むぅ、奴隷契約とやらか…ちっ、いちいち面倒な」


「まあまあ、従属契約に変更するからもうちょっと我慢してよ」


俺はジガンの腕を掴んで異空間に入る。

オルト、ナジ、レビーも後に続き、程なくしてノエルも戻ってきた。

一区切りしたそうだ。


全員が座ったのを確認し、俺ブレンドティーを入れる。ネラの椅子は足りないし、子供用でもないので俺の膝の上座って貰った。

なんだろう、このむず痒い気持ち…

俺はネラを膝の上で抱っこしながら緩んでしまう顔に力を入れてバレないようにぐふんッごふんッと咳払いで誤魔化しつつ、ついついネラの頭を撫でてしまう。


〔マスター…ちょっと気持ち悪いです〕


(ちょ、ナヴィさん!?)


〔いえ、かなり気持ち悪いです〕


ぐふぉぉ!

ナヴィさん辛辣。

でもしょうがないじゃない、ネラが可愛いんだから!

気を取り直し全員の顔を見て、俺はジガンとネラを紹介し始めた。


「さて、今日から新しく仲間になったジガンとネラだ。見ての通りジガンはドワーフ族で、ネラはエルフ族だ。みんな仲良くね。ジガンは鍛治スキルを持ってるから、今後は鍛治が出来る環境を整えて鍛治に従事してもらう予定だ。で、ネラはハイエルフの幼体、つまりまだ成長を迎えていない状態で、訳あって奴隷になっちゃったけど出来れば親元に返してあげたいと思ってる。といっても今のままだと命が危ないから、成長期を迎えて強くなってからになるけどな」


簡単に二人の自己紹介をすると


「オルトです。ジガンは先程もお話しましたので覚えてくれていると思います。ネラ、よろしくね。あ、あと、ジガンの事は呼び捨てにしますね。ゼン様にお仕えする仲間ですので、敬語や敬称は不要でしょう」


と、オルトがさっと自己紹介を続けた。ネラに挨拶する時はちゃんと膝まづいて視線を合わせてくれていた。さすがですねオルト執事。


「小僧共に丁寧な対応など求めておらんわ」


ふんっと鼻息荒く睨めつける。

ジガンはまだおこである。


「俺はナジです、よろしくジガン。ネラもよろしくね」


「俺レビー!ドワーフのおっさんよろしくな!ネラって何歳?俺の妹くらいかな、ねえゼン様ネラの頭撫でていい?」


「ネラ、レビーがいい子いい子したいって。頭撫でてもいいかい?」


ネラは俺を見てレビーを見る。

そんな仕草ひとつ取っても可愛らしい…

くぅー、こんな娘が欲しかった。

小さくこくんと頷いて、じっとレビーを見詰めるネラ。


「ワシはおっさんじゃないんじゃが…」


ボソッと呟いたジガンの言葉は一旦スルーです。

髭面豆タンクに構ってる暇はないのだ。だってネラがじっとレビーを見つめてなでなでを待っているのだから!


「わぁ、ネラは可愛いなぁ!」


レビーはワシワシとネラをいい子いい子した。

俺の膝に座っていい子いい子されるネラ。

キュッと目を瞑り、ほんのりと頬を染めながら口角が上がっている。

もう一度言おう。こんな娘が欲しかった!


〔マスター、落ち着いて下さい〕


おぅふ。

すみませんでした。


「あたしはノエルです。ジガンさん、ネラちゃんよろしくお願いしますね。ところでさっき、ジガンさん何か仰ってませんでしたか?」


ノエル、君は優しい子や。髭面豆タンクの呟きをちゃんと拾ってあげるなんて…


「ジガンは年齢が130歳超えなんだけど、ドワーフ族ではまだまだ若いんだよ。人族で考えると20代前半くらいなんだ」


「「「「ええぇぇぇーーー!!!」」」


うん、まあ、驚くよな。

顔の大半が髭だしさ、顎髭も三つ編みとかできそうなほどだもん。


「なんじゃ、ワシが若いのがそんな驚くことか」


「あー、、はは。みんなドワーフ族とは初めて会ったからね。気を悪くしないでくれ」


ふんっと鼻息一つ。

これだから人族はなんてブツブツ言ってるけど、傷ついちゃったかな。


「さてジガン、あ、俺も敬語や敬称はなしにさせてもらうね。で、本題なんだけど」


俺は今までの経緯をざっと話した。

ジガンは眉間に皺を寄せたまま話を聞いていた。

途中目を大きく見開いたり、キョロキョロと周りを見回したりと忙しなく動いていたものの、最終的には口ポカーンに落ち着いたようで、しばらく俺を見つめたまま固まっていた。


「…ここは無属性魔法で創り出した空間じゃと?」


我に返ったのか、ジガンが人差し指を下に向け異空間を指しながら確認してくる。


「まあ、そうなるね」


「ならワシは今おま、いや、ゼン殿の恩恵とやらのスキルが新しく覚醒しておると…?」


「うん、まあ覚醒しちゃってるかなぁ…」


俺はポリポリと頬を掻きながら答える。


「ゼン殿の希少性の高いスキルのせいで、ワシらも危険な事に巻き込まれる可能性があるからレベルアップしろっちゅうことか?」


「それについては最初に説明出来ず申し訳ない…」


「なんちゅうことじゃ…ワシは夢でも見とるんか?じゃが、こんな空間まで見せられては…」


ジガンが惚けたように俺を見ているが、さすがに腹も減ったのでちょっとスルーさせて貰おう。


「話も終わったし、食事にしようか」


俺は空間収納から屋台で購入した食べ物を次々に出していく。

今朝作ったマヨネーズや、さっきノエルが焼いたふかふかパンもブールと一緒に取り出してテーブルの上に並べていった。


「さあ食べよう。遠慮しないでどんどん食べてくれよ」


俺はふかふかパンやマヨネーズを塗ったクレープをまだボーッとしているジガンに渡す。

おぼつかない手つきで皿を受け取り、マヨネーズを見ては俺を見て、またマヨネーズを見てはオルトやナジ達を見るジガン。

いいから早よ食べなって。


そんなジガンを気にしつつも俺は膝の上で大人しく座っているネラに小さくちぎったふかふかパンを食べさせたり、果実水を飲ませたりと甲斐甲斐しく世話を焼きながら自分も腹を満たしていく。

ネラはふかふかパンが気に入ったようで、自分でパンをちぎって食べてはにこりと俺に微笑んでくれた。可愛いのぉ…


「さっきゼン殿が話しとったパン、ほんとにふかふかじゃ…それにこの、マヨなんとかの馥郁たる香り、奥深い味わい…これは酒が進みそうじゃわい」


髭にマヨネーズをベッタリ付けてジガンはうっとりとクレープを眺めていた。

酒、酒かぁ。俺も早く美味しい酒が飲みたい。

が、俺には異世界転生ジャンルを読んで得た適当な知識しかない。

正直酒造はオルトのスキルに頼るしかないんだよな…


「ゼン様、ジガンはこれから冒険者登録ですよね。ネラはどうされますか?」


「その前に服の購入をしたいです。俺が買うにも好みやサイズも分からないですし、ネラのは特に…」


「そうだな。先に服を買ってその後冒険者登録を頼むよ。ネラはあまり人前に出さない方が良いから、ノエル、悪いけどナジ達について行ってネラの服一式買ってきてくれる?」


「はい!」


「レビーは今日はネラとお留守番な。遊んであげてくれ。あ、でも出来れば外には出ないで。エルフってだけで人攫いにあいかねないから」


「分かった!ネラ、兄ちゃんと一緒に遊ぼうな」


ニカッと笑うレビーにネラも笑顔で答えた。


「とりあえず俺はダンジョン行って来るけど、ネラは成長する迄は冒険者登録もパーティー登録も出来ないから、みんなで守ってやって欲しい。決して一人にしない事。俺が戻る夜迄はできる限りこの部屋からは出さない事。ネラ、昼間はいないけど、夜はここに戻るからな、いい子で待っててね」


「ゼン様、夜は戻られるのですか?」


「うん、ダンジョンのセーフティーエリアでテント張ったら、異空間に入るから。あれ?言わなかったっけ?」


ちょっと苦笑いのオルト。

すまぬ。

基本説明が足りてないんだな、俺……


「確かに異空間はどこからでも出入り出来ますよね。夜はゼン様と連絡が付きますし私達としては有り難いです」


「夜はなるべくここに集まるようにしてくれると嬉しいかな。みんなの状況報告とか、問題とか相談とか、情報共有したいから」


(そういや奴隷契約の方はどうなった?スキルアップ出来た?)


〔はい、スキルアップ致しました〕


(そっか、ありがとうナヴィ)


「さて、出かける前に奴隷契約の解除と従属契約の手続きをしても良い?」


全員の視線が痛い。

大丈夫だよ、痛くない痛くないよ。

何故か固まってしまっているオルト達に

「首に刻まれてる奴隷紋、さっさと消しちゃおうよ」

と、声をかけ先ずは近くにいたオルトの奴隷紋に手を翳し「支配権限」とスキルを発動した。

そうなんだよ、ずっと気になってたんだ。

奴隷の証だと一目見て分かるように刻まれている紋様。しかも目立つように首元に。

この紋様こそが奴隷である事を人にも自分にも強いてくる。

服で隠せなくもないのだが、大きな紋様であるためそう簡単に隠せないし、普通の奴隷は粗末な衣服なので更に隠すことは難しい。

顔でないだけまだマシなんだろうけど、オルト達もまともな服を着ていても首の奴隷紋は隠せていないままだったのだ。


オルトの奴隷紋は少し光りを放つと、スーっと消えていった。

鑑定で確認すると、奴隷契約は消え代わりに従属契約の文字が表記されている。スキルや恩恵にも影響はなかったようで、無事奴隷から解放されたようだ。


「オルト、終わったよ。これからはもう奴隷じゃなくてただのオルトだ」


俺は無属性魔法で鏡を創り、オルトに渡す。

半信半疑だったオルトも鏡に映っている自分の首元に奴隷紋が消えていることを確認出来たようで、何度も角度を変えては首元を確認し、奴隷紋の痕跡を探すかのように確かめた。

一度俯いたオルト。

ゆっくりと顔を上げたその両の目からは、涙が浮かび、静かにただ静かにその頬を伝っていく。


「ゼン様…ありがとう…ござい…」


最後まで言えずに手のひらで顔を覆い、声を殺して泣くオルトに俺はただ肩を抱いてやることしか出来なかった。


「さあ、次はナジ」


俺は次々に奴隷契約を従属契約に変えていく。

全員の契約を変更してそれぞれに鏡モドキを渡して、奴隷紋が消えた事を確認して貰う。

泣いたり笑ったり、互いの首元を確認し合ったりと皆忙しい。

とりあえず気持ちが落ち着くまでそっとしておいた方が良いだろう。

俺は「じゃあ、ダンジョン行ってくる。また夜にね」と、言い放ちそそくさと異空間を出てダンジョンに向かった。

何か言いかけたノエルも、「おいっ!」と呼び止めようとしたジガンも、無視してしまった。

俺は共感とか出来ないからな…

これは俺がこっちの産まれじゃないから仕方ないだろう。

解放出来て良かったけど、でも従属契約してるしさ…

なんか申し訳ない気持ちの方が強いんだよ。

それでも、喜んでくれたなら嬉しいな…


〔皆充分喜んでおりますよ、マスター。何も従属契約を結んでいるからと卑屈になる必要はございません。奴隷契約と従属契約は全く違うのですから〕


ん、そっか。

どうにもあっちの世界の感覚で考えちまうんだよな。

ナヴィ、ありがとな…

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