第40話

「ジガン!」


「おお、ゼン殿、来てくれたか」


ノックスペインをネラに任せ、俺はナントローモのダンジョン、ジガン達が魔物と交戦中の25階層に転移した。


「状況は?」


「うむ、魔物は強くもないのでな、問題ないんじゃが…ほれ、左の岩のところに見えるじゃろ、異形の姿。奴等が魔物の殲滅を邪魔をしてくるのじゃ。そこそこ強くてな、一掃するのはまあ出来んこともないが、このスタンピードの原因なら捕まえるべきかとも思うてな」


俺はジガンが指す方向に目を向ける。

荒野のような様相の25階層、大きな岩が点在する。その一つに異形の姿とジガンに言わしめた存在がそこにいた。

エルフ?

いや、角があるな…

それに肌色もくすんだ紫、いや、黄土色?の部分もあるし。


ナヴィ、わかるか?


〔エルフ族の異形種かと〕


異形種?


〔長命種にたまに見られる肉体的異形を持って生まれた奇形児のことです。主に異形種と呼ばれています〕


魔物と交配したとかではなく、単なる奇形?


〔はい、長命種は寿命が長いため生殖本能が薄く、300~1000年の間に一人から二人を出産すれば良いほうなのですが、出産時期が遅くなる傾向があり、それが原因かは不明ですがまれに奇形児が生まれるようになったのです〕


じゃあ、彼はただのエルフ族ってこと?


〔はい。長年濃い魔素の中で生活してきたからか、多少姿形がより異形になってはいるようですが、間違いなくエルフ族です〕


奇形児か・・

人間だって奇形で生まれたりするよな。多指症とかもそうだし、もっと状態がひどい場合もある。

でも、なんでその異形種と呼ばれるエルフたちがスタンピードの魔物達を守って俺達攻撃してるんだ?


「ジガン、他に邪魔してくる奴等ってみんなあんな感じ?」


「そうじゃな、獣のような姿の者もおれば、ワシらドワーフみたいな姿の者もおったぞい」


「いったん、魔物だけ駆逐していこう。異形の姿をしている彼らとは意思疎通できるか後で試そうか」


俺はそう指示を出すと魔物達を次々に殲滅していった。

ジガン、ノエル、グレイも異形種と呼ばれる魔物ではない存在は放置して魔物だけを屠っていく。

いや~ほんと強くなったなぁ。

ノエルも杖術がMAXなだけあって、流れるような動きだし、グレイも大剣を小枝のように扱ってるじゃないか。

ジガンだってハンマーなのに次の攻撃までのロスタイムがほぼ無いぞ。大振りしているようで次の動作を考えて動いているんだな。

魔法もリキャストタイムがゼロに近い。

正直ほんと俺必要なくね?って思うんだよ。

感心しながらジガン達の動きを見ていたら魔精錬石の魔素も尽きたのか、魔物も見えなくなりスタンピードは終わったように見えた。

後は彼等、魔物倒しながら気づかれないようにじりじりと一か所に追い込んでいった異形の彼等をどうするかなわけだけど・・

凄い殺気を感じる。

じりっと一歩近づけば、ズザッと一歩後退り。

ヒリつく空気が辺りを囲んでいる。


「あー、すみません、俺は冒険者兼商人のゼン・コウダと言います。あなた方はどういった所属の方々ですか?」


怖くない、怖くないよーって雰囲気を醸し出し勇気をもって話しかけた。

一瞬空気がビリッとなった感じがしたが、一人のエルフの異形と思わしき人物がすっと前に出てきた。


「我々は魔族。世界に疎まれた存在。お前は何者だ」


え?魔族って言ってるけど?


〔この世界に魔族という種族はおりません〕


「魔族・・という種はアスガルディアには存在しないと思うんだけど」


「お前たちが生んだ種族よ。我らは魔王様を主に頂く選ばれた新たな種族として、お前たち古来種に復讐を遂げる者なり」


「魔王?」


〔600年前に勇者によって倒された存在ですね〕


「あー、魔王って600年前に勇者に倒されましたよね?」


「勇者!魔王様を屠ったにっくき存在!我らは魔王様を復活させ、我らを迫害してきた貴様らに復讐する!」


「魔王って復活するの!?」


「ふっ。魔王様は不死の存在。勇者に倒れたとはいえ、存在が滅することはない!」


え、ナヴィほんと?


〔いいえ、魔王に不死性はありません。事実勇者に倒され死んでますし、勇者もただの人族です〕


えーどういう事よ?


〔さて?〕


ナヴィから小首を傾げる雰囲気が伝わる。

器用だな。


「その、魔王様って不死のスキル持ちだったの?」


「はっ!魔王様はその不死性を持って我らを導いて下さっていたのだ!"我は不死身ゆえ、何人なんぴとたりとも我を傷つける事能わず。例えその身が滅びようとも我はこの不死身の身体をもって復活せしめる存在である"魔王様のお言葉だ。600年前勇者に倒れはしたが、偉大な魔王様はお言葉の通り我らの為に必ず蘇って下さる!」


エルフの異形の彼は興奮状態で周りの異形の者達に同意を求めた。

「そうだ!魔王様は不滅だ!」

「貴様らを倒し我らの世界を創って下さる尊いお方が勇者などに屈するものかっ」

「天誅を下すために復活されるのだ!」

等の怒号が興奮した異形の彼等から次々に飛ぶ。


「いや、死んだ時点で傷つけられてるし、不死身だったらそもそも死んでなくない?」


当然の疑問を口にするも異形の彼等は「魔王様は不滅だ!」を繰り返す。


「あーはい。不滅不滅。じゃあ、この一斉スタンピードはいったいどういう意図で?」


「魔王様は復活される!」


「人族殲滅したかったとか?」


「魔王様は不滅の存在!」


「スタンピードと魔王様復活の関係性は?」


「魔王様は不死身なのだ!」


何を言っても不滅だの不死身だのを繰り返す彼等にちょっと頭の血管がプチっと切れた。


「やかましいっ!黙れ!!今度不死身だの不滅だの言ってみろっ、鼻の穴に針金突っ込んで豚っぱなにしたその針金握りしめてこのフロア全力で引きずり回すぞゴラァっ!」


俺は殺気を全開にした大声で異形な彼等に怒鳴った。

ピタッと静まり返る荒野の平地。

怒気を含んだ視線で彼等を睨みつけると、直立不動になった異形の彼等の顔から冷や汗が大量に流れだした。

不滅だ不死身だとやたら厨二病を拗らせたような会話にそろそろ我慢の限界だったのだ。


「で、一斉スタンピードと魔王復活の関係性は?」


「…」


「針金突っ込むぞ」


「はっ、はい!スタンピードによる人族の死と犠牲になった魔物の死、それら大量の死を生贄に魔王様の魂を復活させる予定でおりましたっ!」


「は?死を生贄?」


ナヴィ、そんなことで魂って復活するの?


〔…死という負のエネルギーを集束させて何かしらの動力源に変換…いや、そんな原理は存在しないし実現不可で…ブツブツ〕


あ、ナヴィが思考の海に沈んでいった‥‥


「その死んだ魂とかを生贄にするってこと?」


「大量の死が、その魂が、エネルギーが渦巻くことで魔王様がそのエネルギーを使い復活してくださるのだっ」


まるで馬鹿な子を見るような瞳で諭すように言われた俺は、頭に一つの言葉が思い浮かんだ。


「他力本願」


おっと、つい口に出しちゃったぜ。

俺の言葉に異形の彼等がビクッと体を震わせる。


「えっと…、その大量の死とやらのエネルギーを魔王様が感じ取って自ら復活してくれる、ってことでいいのかな?」


逆に馬鹿な厨二病患者を見る眼差しで俺は異形の彼等に質問した。

少し顔を赤らめ、ずっと代表して喋っていたエルフの異形の彼がプルプルと震え始めると「魔王様は…魔王様は"我は不死身ゆえ、何人なんぴとたりとも我を傷つける事能わず。例えその身が滅びようとも我はこの不死身の身体をもって復活せしめる存在である”と仰っていた!我らはその言葉に縋るしかなかったのだっ!」と声を荒げて俺を凝視した。


「復活ったって、魔王様とやらは不死身とか不死のスキルは持ってなかったみたいだし、復活させるための手順も何もなくて、魔王様頼みだったわけでしょ?何か根拠とか、明確な指示でもあったわけ?」


「そ、そんなものは…ない」


項垂れ、可哀そうなほど意気消沈する彼に俺はちょっと同情の気持ちが芽生えてしまう。

や、だってほんとに可哀そうなほど項垂れているんだよ?彼だけじゃなく他の異形の皆さんも、グスグスと泣き始める始末。

はぁ…


「とりあえず、経緯とか事の顛末を説明してください。俺たちは別に貴方方をどうにかしようって思っていませんので」


なるべく優しく穏やかな表情を作って異形の方々に向き合った。

その場の空気が一気に弛緩したこともあり、緊張を解した彼らはポツリポツリと600年以上前から始まる異形種迫害の事実から話し始めてくれた。


ざっくりまとめるとエルフやドワーフ、獣人族の長命種から生まれた奇形児が酷いいじめや迫害を受け、国に居られず人族の国に集まった。人族は奇形児が生まれることは極稀なうえに短命であるため、いじめや迫害といった事象が浮き彫りになっておらず(正確には生まれた時点で淘汰されただけだろうが)自分たちのような奇形児も受け入れて貰えるのではと勘違いをしていたため、人族の国でもまた迫害を受けた彼等はダンジョンの奥深くに潜って一つの村を形成したそうだ。しばらくそこでひっそりと生き延びていた彼らの中から魔王と言われる程の力を持った存在が誕生し、人族の国を乗っ取るために戦争を仕掛けたが、勇者によって討伐されてしまった。希望を失った彼等は魔王が常日頃言っていた言葉”不死身”を信じ復活させるための膨大なエネルギーを準備すればそのエネルギーを使い魔王が復活するのではと、願いを持って一斉スタンピードを計画したのだと。

負のエネルギーが復活の力になると信じていたのは、魔精錬石の一部に魔王の身体の一部を使ったからだそうで、600年もの間朽ちることもなかったのが不死身である証拠だと信じていたらしい。

鑑定してわかったのだけど、魔王の身体の一部は不死身だから残っていたのではなく、勇者との闘いの際に体の一部が化石化してしまっただけだった。

はぁ…

そうね、ただ人と違う姿形で生まれてきただけでいじめやら迫害を受けたのだから、恨みつらみは当然の思考だ。簡単にその命を奪われてきたのだ、復讐しようと魔王が戦争仕掛けるのも気持ちはわかる。

結局失敗に終わったし、魔王復活も失敗だ。

まあ、魔王は不死身ではないのでそもそも生き返ることなんて無理なんだけど。

こうなってくるといよいよ彼等が不憫すぎて…


ナヴィ、皆に伝えてくれるか?


〔思念伝達でマスターの思念を全員と繋ぎます〕


うん、ありがとう。


「エルフの貴方、ずっと代表として話してくださっていたけれど、あなたがリーダーでいいですか?」


俺はエルフの彼に問いかける。


「ああ、失礼した。私はグロウ、魔族の村の代表として取りまとめをしている者だ。名乗りが遅れて申し訳ない」


「おれはゼン・コウダ。冒険者兼商人です」


すっと手を出し、握手を求める。


グロウは一瞬怪訝な顔をしたが、目を見開き一瞬驚くも意図を解したようで恐る恐る俺の手を握った。

軽くグロウの手を握りよろしくと伝えると、俺は自分の考えをグロウ達に向けて提案し始めた。


「貴方方がずっと迫害を受けてきたのはわかりました。とても大変で辛かったことでしょう。正直、俺にはその辛さとかは頭ではわかっても深く理解することはできないし、また簡単に理解されたくもないでしょう」


グロウの顔を見ると、その瞳は過去自身が受けた迫害を思い出しているのだろう、怒りが見て取れる。


「ですが、このまま復讐をしても報われるとは思いません。この世界が貴方方だけになっても、そのまま生きていけるのかと問うたらきっと無理だと思うでしょう?世界は残酷です。貴方方だけで世界の資源を有効活用したり、魔物と戦ったり、今はいいでしょうが、貴方方の数が少なくなれば生きていくことは難しいです」


「そんなことはわかっているっ!それでも!我等は!傷ついた尊厳は復讐を遂げてこそ癒えるのだっ」


グロウの悲痛な声が響いた。


「怒りを忘れろとは言いません。ですが、怒りや復讐だけで生きていくことは難しいです。俺は貴方方を庇護しようと思っています。俺の、俺達の仲間になりませんか?」


グロウが言いかけた言葉を飲み込んだ。


「俺、無属性魔法を持ってましてね、異空間を作ってるんです。そこは広大な土地があって農場や酪農を営んでるんですよ。その場所は俺達仲間以外は立ち入れないし、ダンジョンみたいに危険もありません。そこに村ごと引っ越して農場や酪農場で働いたり、自分の得意分野で活躍したりして安全で豊かな生活を堪能しませんか?」


「なっ!異空間!?いや、ちょっなんだって?」


俺の言葉にグロウ以下異形の彼等がざわついた。

まあ、何を言ってるのかわけがわからないだろね。うん。


「今、俺の異空間の映像を見せますね」


そういうと俺は異空間に放っている諜報君3ドローンの映像を大型映像投影魔導具スクリーンに映し出す。

どよめきが起こるが、みな一斉にスクリーンを凝視した。

一通り説明を終えると、グロウが「信じられない」と言葉を零す。


「どうだろうか。ここなら安心して暮らせるんじゃないか?」


「なぜ、こんな破格の待遇を我等に?正直我等は疎まれる存在だ。人族に仲間だと受け入れられるなどあり得ない」


険しい顔でごく当然の質問を投げかけるグロウ。


「うん、まあ貴方方異業種と呼ばれる存在がこの世界に存在しているってことはさっき初めて知ったわけで、俺としては姿形が人と違うだけのただのエルフ族やドワーフ族、獣人族であってそれ以上でも以下でもないんですよね。スタンピードについては迷惑なって気持ちはあったけど、俺達には大した問題でもなかったし、迫害されてるってのを知った以上、放っておくのも後味が悪い。人の目を気にして生きていかなければならないなら、劣悪な環境で生きるよりは俺の異空間の中のほうが数十倍も快適だし、俺としては人手が欲しかったから丁度良いんだよ。もちろん、仲間になって貰ううえで従属契約は結んで貰うけど生殺与奪なんて権利を行使するつもりもない。うちのメンバー全員も従属契約結んでいるんだから、その点は安心して欲しい。むしろ、俺との繋がりが出来ることでスキルが増えたり俺の相棒のサポートが受けられたりと良いことづくめだと思うよ」


俺の言葉にジガン、ノエル、グレイがうんうんと頷く。


「少し、話し合う時間をくれ」


グロウはじっと俺達を見つめると、時間をくれと仲間たちと話し合うため少し離れた場所に向かった。


「ふむ、長命種じゃから異空間がこの先永遠に存在するかどうかは大きな問題じゃぞ」


「その点は心配ないよ。俺が居なくなっても異空間が存続できるよう改良済みだし、それに多分なんだけど…俺、不死スキル取得したっぽいのよね」


〔フッ…〕


「なんじゃと?!」


「いやなんでかは分からないんだけどもさ、魔王が不死身だとか不死だとか色々言われてたからかな?ナヴィが…頑張っちゃったっていうか?すまん、俺も良く分からん」


ジガン達の鋭い視線を無視して俺は考えることを放棄した。

だって、俺のせいじゃないし。

俺、欲しいなんて望んでもなかったし。


「ますます人間離れしていくのぉ」


髭面豆タンクからボソッと呟きが聞こえてくるが、それも放置だ。

知らん知らん


結局グロウ達は俺の提案を受け入れた。

異形種と呼ばれる自称魔族、40名。

無事従属契約を結び異空間に迎え、居住地区を慌てて整えたり、異空間や商団の事についての説明をナジとジガンに丸投げし俺達は王都に帰還した。

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