第8話
宿屋に戻り、早速夕食を注文する。みんな余程腹が減っていたのか凄い勢いで食べてるな。昼もちゃんと食べたのに、昼食が足りなかったか?
宿の夕飯だけでは足りなそうなので、一旦俺の部屋に集まって異空間に入って貰う事にした。屋台で買った食事を振る舞おう。部屋の説明もしたかったし、ちょうどいいか。
「さあ座って、夕飯足りなそうだったから食事を出すよ、遠慮なく食べてくれ」
俺は空間収納から、人数分サンドウィッチやクレープ、スープに女将さんの得意料理ファムを出す。
ついでにマヨネーズも取り出してテーブルに置いた。
「よろしいのですか?」
オルトが遠慮がちに聞いてくるので「もちろん、食事は腹いっぱい遠慮なく食べる事。これは副利厚生の1つだね」ニカッと笑いながら言いつつ、俺ブレンドのお茶を入れる。
「ふくりこうせい?」
「あー、俺たちのルールってこと」
「では遠慮なく…いただきます」
「うん、どんどん食べて」
4人はやはり夕飯だけでは足りなかったようで、美味しそうに口いっぱいに頬張り始めた。うんうんよく食べよく寝てよく動く。大事な事よね。
「あーお腹いっぱい!ゼン様美味しかったです」
「そうか、レビーちゃんと咀嚼して食べたか?」
「はい!ちゃんと噛んで味わって食べました!」
そうかそうか、レビーはいい子だなー。
「食事も終わった事だし、今後の事を説明するね」
「はい」
「そんな構えなくても大丈夫だよ、ナジ」
ちょっと緊張しているっぽいナジに声をかけ今後について説明する。
「先ずは明日からは俺一人でダンジョンに潜ってくるよ。みんなのレベルやスキルなどの鑑定結果を見れるような魔導具を作るための素材調達の意図と、パーティー組んだ状態で俺が魔物を倒せば、何もしなくてもみんなのレベルが上がるだろうから、ある程度のレベル上げの為だね。まあ、簡単に言うとパワーレベリングってやつだ」
「パワーレベリング、ですか?」
オルトが小首を傾げて呟いた。
「そう、みんなには俺との繋がりが出来てて、レベルが上がる度にステータスの成長補正が付くんだ。だからある程度レベルが上がったらダンジョンに行って更にレベル上げをして貰おうと思ってる。パワーレベリングで正直ダンジョンの低層階の魔物なら簡単に倒せるくらいには強くなってると思うからその辺は心配しないで」
「え?成長補正……ですか?」
いやいやオルト君、そんな怪訝な顔はやめようよ…おっさん傷つくよ。
「んー、そうねぇ、俺にはギフトが有るんだけど、そのギフトから派生した自我が賢者スキルと融合してスキルアップして出来たスキルが大賢者な訳で、ナヴィって言うんだけど、そのナヴィ曰く、俺のステータスの成長が普通のままだと魔法行使時に影響が出るってんで、ステータス補正のスキルを習得したんだよね。それに大賢者は無詠唱や魔力操作、魔力感知に魔法命中率とかを持っててスキルとして現れてはいないんだけど、俺が魔法使う時はナヴィがそれらを最適化してくれてるんだよ。大賢者にスキルアップしたら演算能力が凄い向上した上に自我まであるもんだから、正直俺要るの?って感じなのね。そんなもんだから、俺と奴隷契約したみんなには俺の恩恵ってスキルが付与されててね。奴隷契約解消したり、繋がりが切れたらその恩恵スキルも無くなってしまうんだけど、契約関係が続く限りは恩恵スキルによって人の何倍、何十倍もの強さで成長出来るんだよ」
「自我を持ったスキル……ですか。ゼン様は、本当に規格外な方なのですね…考え方も俺たち奴隷に対する対応や待遇も普通とは違いますし…」
「うーん……そうねぇ…言うつもりは無かったっていうか、言っても信じて貰えないだろうなって思ってはいるんだけど…」
「ゼン様?」
俺は異世界転生者である事について、話すかどうかずっと迷ってた…
普通信じられないだろうしさ。でも、持ってるスキルが規格外な上に、奴隷契約で恩恵スキル付与しちゃうし…商材だってこの世界には無いものばかりだし…まあ、契約したから言っても良いのかなぁ。
「あー…俺、実はこの世界の人間じゃあないんだよね。身体はこっちの世界のなんだろうけど、魂っていうの?それが別世界のものっていうか」
俺は迷った挙句、神様のクソ野郎にやられた一部始終とか俺の世界での常識も少し織り交ぜて説明した。
「という訳で、俺はこっちで育った訳じゃないから奴隷という制度に対して忌避感と言うか、罪悪感と言うか、犯罪行為をしてる気分になるんだよ。だから俺の世界で言うところの会社っていう組織のルールに近い感覚でみんなには接したいんだ。まあ、奴隷契約を結んでいる時点で会社とは全然違うんだけどさ」
「ゼン様神様に会ったってこと?すげぇー!」
「にわかには信じられませんが、ゼン様のスキルを知ってる以上、嘘だとも考えられませんね……そもそもギフトなんて言うものすら私の27年の人生で聞いたこともありませんでしたし」
「俺も正直信じられませんが、でも、これで俺たち奴隷に対する対応には納得がいきました。考え方が根本的に違うのですね…」
「あたしはゼン様のこと全部信じます!ゼン様が異世界人だとか転生?したとかどうでもいいです。ゼン様に出会えた、ゼン様があの地獄の様な苦しみから救って下さった!あたしにはそれだけが事実で大事なんですもん」
ノエル……純粋過ぎるよ。初めて親を見た雛鳥のようだな…まあ、あんな酷い状態だったんだ、分からなくもないが…
「そう、ですよね。俺もあのままだったらどうなってたか…俺、商人見習として商会長に付いて各地で商材を仕入れながら街で売ったりして独立する為の修行中だったんです。旅は順調で護衛も街毎に雇ってたのに、ある街で雇った護衛が盗賊の一味で…」
ナジがポツポツと奴隷になった経緯を話し始めた。これ、少しは俺の事信頼してくれてるって思っていいよね。
「次の街への移動途中、護衛と仲間の盗賊どもが俺たちを襲って…商会長は俺を庇って殺されてしまいました。積荷もお金も全部取られ、俺はこの街で奴隷として売られたんです…ゼン様に買って頂かなければ、多分男娼としてどっかの商館に売られていたでしょう。奴隷商が年齢的にちょっと厳しいが顔が綺麗だから高値で売れるだろうって…ゼン様に提示した金額よりは安値でしたが、男の奴隷としての金額ではそれなりだったそうです。ですからゼン様が男娼としての金額以上の提示額に人ひとりの金額として安すぎるとか、なんの交渉もなく提示額を支払った事に驚いたんですよね…」
「え…ナジもやばかったの?男娼ってアレだよね、男相手の…」
「はい…ですからゼン様には感謝しかありません」
「ナジ、あなたも大変な目にあったんですね…ゼン様、私の話も聞いて頂けますか?」
「オルト、無理に話さなくてもいいんだぞ?」
「いいえ、聞いて頂きたいです。愚かだった自分を反省する為にも」
オルトは犯罪奴隷だっけ。でも濡れ衣だよね。
とりあえず話を聞くために俺ブレンドのお茶を入れ直す事にした。
「話は聞くよ、でもその前にお茶、入れ直すな」
「ありがとうございます」
入れ直したお茶を啜ってオルトはゆっくりと話し始めた。
「私はある街のそこそこ大きな商会で番頭のような仕事をしておりました。使用人を取りまとめ、仕入れも任され商会での地位は商会長、副会長の次だったのです」
随分といい仕事してたんだな。立ち居振る舞いが綺麗だし、丁寧な対応も出来てたから、職位は高いと思ってたけど予想以上だわ。
「商会長には年頃のお嬢様がいらっしゃって、私はそのお嬢様と恋仲になり、将来を誓い合いました。
お嬢様と結婚して商会を盛り立てていくつもりで、商会長に結婚の許しを頂く事にしたのです。簡単には許して頂けないと思ってはいましたが、商会長の怒りは凄まじく全く取り付くしまもありませんでした。私はお嬢様への気持ちを諦める事は出来ず、お嬢様も私と同じ気持ちでした。そのはずでした…」
オルトが泣きそうな顔になって、一口お茶を飲む。とても苦いものを飲み込むように。
「ある日、帳簿と仕入れの品が合わないと、帳簿を管理している副会長から申し入れがあり、仕入れの品が他の商会に流れている、流した人物が私であるという証拠が出てきました。長い間、仕入れの品を他の商会に流し、他の商会から得た金を横領していたというのです。私はお嬢様と駆け落ちを計画しており、その実行前に横領の事件が発覚しました。当然私はそんな事はやっておりません。何度も違うやってないと主張しても、誰も聞き入れてくれず裁判も行われないまま犯罪奴隷にされたのです。後で聞いたのですが、副会長とお嬢様は随分前から通じており、横流しの金は二人が懐に入れていたそうです。私はお嬢様と恋仲になったと思っていましたが、最初から利用されただけの間抜けな男だったのです…結婚の約束も駆け落ちの計画もただただ私の独りよがりなものだったんですよ。犯罪奴隷として苦役に従事するうちに死ぬだろうと、私を嘲笑いながら副会長が教えてくれました。残念ながら私は生きておりますが…」
「オルト…確かに称号には《犯罪奴隷(濡れ衣)》ってなってたけど、随分酷い目にあったんだな…」
「そうですね…人を好きになっただけなんですが、ね……」
自嘲気味に笑いながらお茶を飲むオルトに、俺は慰めの言葉すら出てこない。簡単には言えないよ…
「オルトさん、とても辛い思いされたんですね…でも、今はゼン様に会えました。だから、強くなっていつか復讐しましょう」
「ノエル……そう、ですよね。復讐しても良いですよね」
あ、うん。そうね、強くなってその商会毎潰すか。
俺はどうせ商会立ち上げるんだし、商売で戦うってのもありだよな。
「オルト、どうせなら商会毎ぶっ潰そうぜ。これから立ち上げる商会で正々堂々…とは行かないけど、やり方は色々あると思うしさ」
「ゼン様…ありがとうございます。なんだか目標が出来た気がします」
うん、いい笑顔だ。
「なんだか身の上話をする時間みたいになっちゃったな。みんなの過去についてあれこれ詮索するつもりはなかったんだけど、気を使わせちゃってたらごめんな」
「いえ、聞いて頂けてスッキリしました。私は犯罪奴隷ではありますが、実際に犯罪を犯した訳ではないとゼン様に知って頂きたかった。真っ当に働いてきたのに犯罪奴隷だなんて、悔しくて情けなくて自暴自棄になっていたんです。苦役に従事して死んでしまおうとも思っていました。ですから私はゼン様に救って頂けて本当に良かったと思ってます。ありがとうございます」
オルトは椅子から立ち上がり、俺の目の前で片膝をつくと
「心よりお仕え致しますので、よろしくお願い致します」と、頭を下げた。
騎士の誓いみたいだな…
っと、感動してる場合では無い。
気づいたらナジまで。
「ゼン様、俺も心よりお仕え致します」
「俺も!俺も変な趣味の奴に売られるの救ってくれてありがとうございます。俺は家が貧しくて口減らしの為に売られただけで、みんなみたいな辛い過去なんてないけど、きっと強くなってゼン様にお仕えします!」
「ちょ、やめてよそんな…立って、んで椅子に座ってくれ」
奴隷なんてなりたくてなった訳でもない、理不尽な目にあった挙句に奴隷契約のまま俺に買われてるんだぞ。
ああなんか、本当に凄い罪悪感…
みんなを立ち上がらせ椅子に座らせると俺はモヤモヤした気持ちを落ち着かせる為に茶を一気に飲み干した。
(ナヴィ、奴隷契約のスキル取ったよね?これで従属契約に変えることって出来ないの?)
〔奴隷契約と従属契約はスキルが違います。ですが奴隷契約をスキルアップして支配権限にする事で従属契約に変更は可能です〕
(スキルアップか…条件は?)
〔奴隷を5人従えること、半数以上の奴隷から忠誠心を抱かれる事です。忠誠心はもうクリアしておりますので、もう1人奴隷契約すれば条件クリア致します〕
(そっか、じゃあもう1人契約しよう)
「みんな聞いてくれ。ナヴィと話してみんなの契約を奴隷契約から、従属契約に変更する方法を見つけたんだ。もう1人奴隷契約すればスキルアップの条件をクリア出来て、奴隷契約のスキルを支配権限のスキルにアップグレード出来る。明日またオルト達と出会った奴隷商に行って契約しようと思う。支配権限のスキルを習得したら、みんなの奴隷契約を解除するよ。従属契約に変わるけど、これでみんな自由だ。とはいえ、完全な自由では無いんだけどね」
苦笑気味に話す俺に
「ゼン様、あたしはゼン様の奴隷でいたいです。ゼン様と離れるのは嫌です!捨てないで下さい」
え、え?捨てるって何!?
「急にどうした?捨てるって?ただ自由になるだけだよ?」
「嫌です、ゼン様と繋がりが切れちゃう!何でもします!だから奴隷契約を解除するなんて言わないで下さい!!」
椅子倒す勢いのまま縋り着いて泣きだすノエル。
いや、ちょっと待て、捨てるとか繋がりが切れるとかノエルは何を言いだすの!?
「どうしたんだよ、捨てるって何?物じゃないんだから、そんな事言わないの」
「だって奴隷契約解除されたらゼン様との繋がり切れちゃう!従属契約したら自由なんですよね、そんなの嫌ですぅぅう、うう、うわーん」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。従属契約したからって君たちをどうこうする気なんてないからね?奴隷っていう身分から解放するって事であって、今後も俺と行動を共にして貰うし、大事な仲間って事には変わりないよ」
泣きじゃくるノエルの肩を抱きながら一生懸命に説明する。
オルトやナジ、レビーも青ざめた顔をしていた。
え?なんで?
「ねえ、ナジもオルトもレビーも勘違いしてないよね?ね?」
「よ、良かったです。心からお仕えすると誓った瞬間自由にされるのかと…」
「いやいやオルト、奴隷から自由になるのは喜ばしい事だよね、なんでそんな人生終わったみたいな顔してんのよ」
「ゼン様…俺も放り出されるのかとばかり…」
「ちょ、ナジお前まで」
ナヴィさんや、俺なんか変な事言ったっけ?
〔申し訳ございません。私にもよく…〕
そうだよね、俺も分かんないわ……
「とりあえずみんな落ち着こう、ほらノエルも座って。今リラックス効果の高いお茶入れるから待っててな」
俺はカモミールの様な効果のある薬草を取り出し、茶を入れる。全員にお茶を渡してゆっくり飲むよう促した。
「で、何で捨てられるとか放り出されるとかって思ったのよ」
「だって、ひっく、だって…」
「怒ってないから、ちゃんと言ってみ?」
「奴隷契約解除したらゼン様との繋がり切れちゃうんですよね…?」
「いや、切れないぞ」
「え?だって自由になるって」
「身分がね」
「でも奴隷じゃないからお側に居られないんですよね?」
「ん?みんなにはこの異空間に住んで貰うけど…もう部屋も準備したし」
「え?」
「ん?」
「あ……じゃあずっとお側に居ても良いんですか?」
「うん、そうだね。従属契約して貰うし、身分以外今と変わらないかな」
「「「「……」」」」
「え?従属契約したら何か変わるって思っちゃったの!?」
「申し訳ございません。急なお話でしたので、我々の理解が追いつかなかったのです」
オルトが深々と頭を下げた。
「あー…そうなのか、こっちこそごめん。確かに急な話だったよね……」
俺、言いたい事だけ言ってたのかしら……
「さっきオルト達に跪かれた時さ、俺もの凄い罪悪感に陥ったんだよね。だってそうだろ?俺はみんなを奴隷として買ったんだから…俺の国では許される事じゃないから、もの凄く苦しくなっちゃって…だから奴隷契約なんて解除したくて、自分のために従属契約にしたかった。ほんとはそれだって抵抗がある。普通に雇用するのが一番良いのに、俺のスキルや事情でそれが出来なくて。だから一方的な話になっちゃったんだろうね、ほんとごめん」
奴隷から解放されるのは嬉しい事だという思い込みで、従属契約がどういった契約で、どう変わるとか順序だてて話さなかったからな…
契約が変わった後のみんなの待遇とか俺としては何ら変わるものはなかったけど、配慮が足りなかったのか…
「こちらこそ申し訳ございませんでした。正直なところ奴隷から解放されるのはとても嬉しいです。ですが、それ以上にゼン様と離れるのは嫌だと思ったんです。会って間もないのに、ゼン様の人となりに惚れたと言いますか…
私より10歳以上年下なのに自分の父親くらいの貫禄があって、まあそれは別の世界でそれ相応の年齢を重ねたからって事で理解も出来ましたが。それだけでなく、これから新しい知識や経験が出来るんですよ、ゼン様の側にいれば。
たった3日で目まぐるしく状況が変わり、今まで経験もした事の無いことばかりが起こってるんです。それなりに長く生きて色々な経験をした私ですが、そんな経験など微々たるものだというくらい、びっくりする程に世界が開けたんですよ。ワクワクやドキドキが止まらないんです。こんなに人を魅了しておいて、放り出されるなんて!って、本気で泣きそうでした」
お、おぅ。
熱いなオルト…
いや、ってか魅了したつもりはないんだぞ。
「俺だってそうですよ。最初は俺より若くて顔がいいだけの冒険者だと思ってました。でも、信じられないくらいの幸運が俺に巡って来たんだって、この3日間で実感したんです。ふかふかのパンにマヨネーズ、これは世界を変えるくらい凄い事で!それに俺が魔法を使えるなんて未だに信じられないです!ゼン様の側にいればもっともっと新しい事を経験出来る、自分の常識では考えつかない事を体験出来るって…なのに、要らないって言われたのかと勘違いしてしまって…本当にすみませんでした」
「顔がいいだけの冒険者……
そうか、ナジ、君の気持ちはよく分かったよ」
「あいや、えっと、最初だけですよ!今は全く思ってません!!」
ははっ、ナジの慌てた顔が見れるなんてな。たった3日の間に随分と気を許してくれたもんだ。
そういやオルトもか…
「とりあえず誤解は解けたってことで良いのかな」
「ゼン様ごめんなさい!あたし…勝手に勘違いして、ゼン様に迷惑かけてしまいました。本当にすみませんでした!」
「謝る必要ないよ、俺こそ誤解させるような言い方でごめんな」
「違うんです。あたしが悪いんです、あたしの心が弱くて…ゼン様に頼りきってしまってたんです……」
「ノエル……?」
「ゼン様に治して頂いた傷…アレはお嬢様に、奴隷として売られる前に働いていた、貴族のお嬢様に婚約者を誘惑した罪の代償として受けたものなんです。
もちろんお嬢様の婚約者様を誘惑なんてしてません!…でも、婚約者様があたしに不埒な真似をしようとして…
なんとかその場は逃げられたんですけど、婚約者様があたしから誘惑してきたって、嘘を…
お嬢様は婚約者様の言葉を信じて、あたしはやってないって言っても信じてくれませんでした。お嬢様は罰を受けるべきだ、平民風情が貴族の、自分の主人の婚約者を誘惑するなんてとんでもないって…何度も、何度も頬を打たれました…
誘惑なんてしてないって言い続けるあたしは、反省すらしない嘘つきで性根が腐ってるんだって、もっと罰を与えるべきだって、そう言ってお嬢様に熱した油を顔にかけられました……」
ギュっと手を握りしめて涙を堪えるノエルの顔は青ざめ、冷や汗が伝っていた。
ノエルの惨状を思い俺は目眩がした。怒りでどうにかなりそうだ。
「結局何を言っても信じて貰えなくて、奴隷として売られる事になったんです。
そして奴隷として売られる時に、婚約者様は自分を誘惑した罰だと、笑いながらあたしの脚の腱を切りつけました…
訳が分かりませんでした。何もしてないのに、どうしてこんな目にあったんだろう、どうして誰も信じてくれないんだろう、これからどうなるんだろうって。顔に酷い火傷跡が残って右目も失明して、右脚も動かなくて…奴隷としてすら必要とされないんじゃないか、例え買われても酷い扱いをされるんじゃないかって不安で苦しくて…ずっと怖かった…」
握りしめていた手をじっと見つめていたノエルは、1度大きく息を吸ってゆっくりと吐き出し、俺を見て微笑んだ。
「でも、ゼン様が怪我を全部治してくれました。不安と恐怖でどうしようもなかったのに、ずっと優しくしてくれました。お役に立てればずっとお側に居られる。ゼン様との繋がりがあれば、もう不安や恐怖で心がいっぱいになることなんてないって凄く安心したんです…
だから、奴隷契約を解除したら繋がりが切れるって、一気に心が不安と恐怖でいっぱいになって、悪い方にしか考えられなくなって…」
「パニックになっちゃったのか…」
こくんとノエルが頷いた。
「想像以上に辛い目にあったんだな…もうノエルがそんな仕打ちを受ける事がないように、俺たちがちゃんと守るから。これからは楽しい事や好きな事を沢山していこう」
俺はノエルの眼を覗き込み、落ち着かせる意味も込めてゆっくり頭を撫でた。
辛い過去を一気に話して疲れただろうな…
オルトもナジもレビーもそっとノエルの肩や頭に手を乗せ労わってくれた。
「今日はここまでにして、みんなゆっくり休んでくれ」
俺はそう言ってみんなに宿の部屋へ戻ってもらった。
それぞれの過去を聞いてしまった今、ナジと同じ部屋で休む事に気後れしてしまい、俺は異空間でソファに横になる。きっと気持ちを落ち着けたいだろう…いや、それは俺の方か。
奴隷になる経緯は人それぞれだけど、弱者が
虐げられた結果って事なんだな…
やってもいない、どちらかといえば被害者だったのに、罪を擦りつけられ、受けなくていい罰を受けたノエル…
人生を共にしようと誓い合った人に騙され、罪人にされたオルト…
将来を台無しにされ、師事していた人を目の前で殺されたナジ…
親に貧乏だという理由で売られたレビー…
本当に奴隷制度なんてクソ喰らえだ。
でも…一番クソなのは俺なんだろう。
正直みんながどうして奴隷になったかなんて深く考えていなかった。初めてノエルを見た時は状態の悪さに驚きはしたけど、魔法で治せば良いや、なんて軽く考えてた。結局、奴隷になるって事を理解してなかったんだ。
俺は最低だ…
目を瞑ってもぐるぐると色んな事が思い浮かぶ。自分の事だけで精一杯なのに、人の人生まで背負えるのか。俺のスキルの影響でこれから強くなっていく分、危険も増えるかもしれない。新しい経験が出来るって喜んでくれた。けれど、そのせいで嫌な思いをするかもしれない。これ以上辛い思いをして欲しくない。一緒にいる事が迷惑にならなければ良いのだけど…
はぁ……
少し安易に考えてたのかも。
だからといって後悔する訳にはいかないんだ。俺に出来る事を精一杯やるしかないよな。
先ずは明日また、奴隷商に行って誰かと契約、スキルアップしたら従属契約へ変更。
で、ノエルにはパン、マヨネーズを作って貰う事、ナジにはノエルとレビーの勉強用資料の購入&授業。諸々の買い出し。
オルトには酒造スキル覚醒の為に酒屋等での飲酒による酒造研究。
レビーは読み書きと勉強、剣の稽古。
うむ、これらは俺がダンジョン潜ってる間にやれるだけやって貰おう。
女将さんにパン作りの件話しておかないとだな。
共有収納空間に当面のお金も入れておかないと。
っていうか、俺ダンジョンで休む時異空間で休めば良くない?
まだ快適空間には程遠いけど、少なくともテントで寝るよりは異空間のソファで寝た方が楽だもんね。
ああ、夜はみんなに異空間に集まって貰うようにすれば報連相も出来るし一石二鳥だよな。
うん、グズグズ考えてたって過去が変わる訳でもなし。
明日から忙しくなるんだ、さっさと寝るか。
〔考えが纏まったようで何よりです〕
うぉっびっくりした。
ナヴィ、驚かさないでよ。
〔驚かすつもりはありませんでしたが…〕
なあナヴィ、俺こっちの世界の事、知らな過ぎだな…
〔これから知って行けば良いのです。私がサポート致しますよ。そのために疑似人格を形成したのですから〕
うん、そうだな。
いつもありがとうな。
…そういや、喋り方が随分滑らかな感じになったな?
〔成長型スキルですので〕
あ、はい。
え?
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