18.検査②
検査はレントゲン、血液の採取と健康診断で行われるような視力検査から身長、体重、握力の計測などであった。
こんなもので自分の異能力の事が分かるのか疑問ではあるが、俺は言われるままに従った。
「はいっ!オツカレ~!カツカレ~!キーマカレ~!ククルカレ~!」
本当に良く分からない事を言いながら、モンテなんたらさんは俺と教官の元にやってきた。
検査の終了後、少しの間、研究員の人達の休憩所のような場所で待たされていたのだが、てっきり、診察室みたいなところで検査の結果を言われるもんだとばかり思っていたが、まさか向こうから来るとは予想外だった。
モンテなんたらさんは、手袋をはめた手で数枚の検査結果の資料と思われる紙を持って、俺と教官が座っている長椅子に腰掛けるとホチキス留めされた資料を手渡してきた。
「まず、君の身体なんだけど~!心臓とかの臓器の機能が底上げされてるって言ったじゃん!具体的にはね、君の心臓は君が走れば走るほど長距離を走る事に適応していくって事が分かったよ!もっと詳しく言うと、君の心臓は普通の人の心臓より一・二倍肥大化してるみたい!」
「あぁ…そうですか…」
「えぇ~!反応薄くなぁい?!もっとプリーズ!リアクショォン!!」
「そうは言われましても…あの、これ以上心臓が大きくなるって事は……?」
モンテなんたらさんは少し考えた後に笑みを浮かべて断言する。
「う~ん………ま、無いと思うよ!」
「こ、根拠は…?」
不安げに尋ねる俺の態度とは裏腹に、自信たっぷりな表情でモンテなんたらさんは根拠を述べた。
「普通に考えて?人間の身体が環境に適応しようとするのは、その環境で生きやすいようにするため。その上で、自身の遺伝子上の特性が伸長するとしても、新しく得た環境への適性と天秤にかけて、優先度が低ければ退化するし、優先度が高ければ進化するの。そう考えると、君自身の特性も、君自身が居る環境に合わせて変化するって訳。己の特性が己を刺す事も稀にあるけど、その特性は己に与える損害よりも、利益の方が大きいなら、身体に残り続ける。つまり、君の特性が君の身体に与える損害よりも、利益の方が大きいっていう事なら残る。ここまで良~い?」
「あ…はい…」
モンテなんたらさんのいつもマシンガントークが鳴りを潜め、丁寧にゆっくりと理知的な話が展開されている。
(これもまた……人間の側面って奴?それか、二重人格……とか?)
俺はそんな事を思いながらも、モンテなんたらさんの話に耳を傾けた。
「君自身の特性で言うなら、君は血液は通常より酸素の運搬量が多くて、血液の中の赤血球や白血球の割合もかなり高いの。これは言ってなかったけどね。普通なら白血病になっちゃうくらいにはね。でも、なってない。これってつまり、白血病にならないよう、どこかで身体がしっかり、白血球の量、もしくは機能を調整してるって事になる。身体の一部分に起きた一つの変化が他の部分の変化を促す連鎖反応……君の身体では今それが起きてる」
真っ直ぐに俺を見つめるモンテなんたらさんの目は余りにも澄んでいるように感じた。
こんなに親身になって説明したりするのは、研究者あるいは学者としての興味関心から、利益より学術的な理論を組み立て、それを実験動物である俺に直接話す事でその理論を実践してもらうため……ではないのだろう。
ただ単に説明してあげたい。
そんな一心で俺に時間を割いて長々と説明をしてくれているのだ。
この女性の目は少なくとも、欺瞞や繕うような感じを受けない。
(本当の本当に、何の見返りも求めずに俺に説明をしてくれているんだ…)
この人は…町医者みたいな客商売でもないってのに………
「今日はかなりの運動をしたと思うんだけどね、普通の人は四時間で七十二キロも走れない。特に今時の人は運動不足もあるだろうけど……君もその中の一人だったろ?でも、君はやってのけた。これは君自身の特性によるものだ」
人差し指を上に指し、モンテなんたらさんは言った。
「君の身体の中で特性を受け入れ、更に身体に取り込み、身体全体がその特性に合わせて機能を強化及び向上させようって方針に転換された訳。今まではただの身体の一機能でしか無かったの。それが、身体全体を巻き込んで身体そのもののありとあらゆる部分の機能を向上とさせようとしてる。君は明らかに人間離れした人間、異能力者に成りつつあるの」
異能力者に成りつつある。
人間離れした人間。
この二つの文言が俺の頭の中で反響する。
(そうか、言ってたもんな。突然変異体だって)
人間でありながら、人間とは違う機能を持ってしまった。それが異能力者であり、俺もその中の一人。
「君は本当に……人類の新たなる可能性に成り得る存在なのかもしれないね…」
「新たな……可能性…ですか…」
俺が復唱するように、疑問を口にする。
「そう。君は人間の身体の悪い部分をとことん克服してる。単純に考えて、白血球が多いって事は病気になりにくいし、酸素を多く取り込めるって事はその分、身体を動かしまくれるし、血液の量が多いって事は単純に皮膚に付いた傷も治りやすいしね」
確かに、聞いている限りでは人間の大部分の弱点を克服できてはいる。
だが、その代償はワンショットライターだ。いかに病気になりにくいとか、怪我が治りやすいとか言われても、何か酷い火傷でも負ってしまったら最後、火だるまになって骨一つ残りはしないだろう。
こういうのは、こちらを立てればあちらが立たずで、身体能力の向上というメリットの代わりに、血液が発火するというデメリットを受け入れたという事で、「これが異能力です!」って言われても、「いやいや、劣化じゃん!」って言われるのがヲチだ。
「私はね、異能力者の事をホモ・スーパーナチュラルって呼んでるの。まさしく、超自然的な力を持つから、そのまんまだけど、そう呼ぶ事にしてるんだ。でも、君の事は……『ハイ・ヒューマン』…そう呼んでも良いかな?」
ハイ・ヒューマン……上位人間という事か。
「いや、どこが上位なんだよ」と俺は心の中でツッコミを入れる。
「あの、私…お世辞にもハイ・ヒューマン何て呼ばれるような特性は持ってませんよ。メリットとデメリットが不相応ですよ。ただの劣化人間ですよ」
「そんな事はないよ。君は突然変異体であり、一見、非自然的な特性を持っているように見えるけど、科学的にいずれは説明がつくものを持っているだけだ。人間としての身体能力が軒並み向上しているし、上位種と呼ばれて不相応な事は無いと思うよ~?」
モンテなんたらさんはそう言ってのけた。
上位だとか、簡単に言ってくれる。身体能力が上がってる?だからなんだ。今やただのお尋ね者だ。
(特性があろうが、手放しで喜べる訳でもない。そんな事を言われたって、励ましにもならんよ……)
俺は心の中で辟易としながらも、表情には出さずに居た。
「そうですかね…」
「そんな事はどうでも良い。で、結果は?」
そんな俺の心中を知ってか知らずか、教官は俺の手にある資料を掴むと、ページをめくる。
「ほう、通常時で既に常人の一・五倍の心拍数が、一時間走ったら三倍まではね上がる…か」
「血流の流れとかも耐えられるように血管が丈夫に作られてるみたい」
ふっ
教官の口から笑いがこぼれた。
「こいつぁ、良い。凄まじい逸材が居たもんだぜ」
「そ、そうですか…?」
「あぁ、鍛えがいが有りそうだ」
「はぁ……」
教官は口角を上げつつ、資料の端々に目を走らせる。
俺は読んでも専門用語の羅列で、全く書いてある事の意味が分からず、一ページ目で脳が理解する事が出来ず、ギブアップしてしまったが、教官はしっかりと理解できているようだ。
「あの……すみません…」
「ん、何?質問?」
「ここに書いてある事、全部噛み砕いて教えてもらえませんか…?」
俺は遠慮がちにか細い声で言った。
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