37.夏嵐の時代の顛末

「私は…あの日………」

私は語った。

聞き手はただ一人。最も聞いてほしくない人物であり、聞かせたい、知ってほしい人物でもある一人の女性。

モンテ・クリスティーナ・トーナ。彼女の運命を歪めた私が今更何をやっても、無から有を作り出す事にはならないが、それでも、自分勝手かもしれないが、吐き出させて欲しい。

あの日の顛末を。歯車が狂ったあの日の事を。




私はあの日、君達全員を救出するつもりでいた。それが出来なかったのは私の落ち度だ。本当にすまない。

私が施設を襲撃する事を思い付いたのは君達の居る施設での研究に参加するようになって、すぐだった。

施設に訪れるようになって、上層部の……いや、“雲の上の方々”の考えを知った。彼らは君達を最大限利用するつもりでいた。私はそれに耐えられなくなったんだと思う。

特に……君達の異能力や突然変異した身体機能を別に人間に移す実験は酷いものだった。

あれには私が教官時代の教え子が多く実験台にされていて……異能力を持った従順なる兵士による軍隊。それを作り上げる計画の前段階における実験だったんだ。

君達の血液、遺伝子、細胞……そういったものを移植された教え子達が……ある者はよがり狂って、血反吐を吐きながら死んでいった………ある者は移植された遺伝子を身体が受け入れる事が出来ずに、神経が焼ききれる程の苦痛によって廃人になってしまった………………

我ながらに弱い。職業軍人であるというのに……あんな死に様だけは迎えて欲しくなかったなんて、思っている自分が居るんだ。彼らは私が居るから……私が計画の一端を担う存在だったから、快く辞令に従ったんだ。本当は計画の一端どころか、意見一つ採用されないただの旗印スケープゴートに過ぎなかったと言うのに………私が居るからと…………




「待って、ちょっと…本当に待って………」

私は悔恨を口にする落ちぶれた将帥のを制止して、混乱しながら脳みそをフル回転させる。

これ以上の情報は頭を狂わせるだけだった。そうなる前になんとか頭の中で整理を付けなければならない。

(まず………強化兵士…?を作る計画があって……それを主導というか指示したのが“雲の上の方々”……?)

「まず、質問して良い?“雲の上の方々”って………何?」

降川は、応答を待たずに質問されたと言うのに、顔色を変えず、淀み無くに答えた。

「その名の通り、雲の上に居るとすら思えるほど、位の高い人々で、私や施設の人間達の最高指揮系統を握っているとされた人々の総称と言うか、蔑称というか、そういうものだ。私も現場の人間達が使っているのを聞いて、私も使うようになった」

降川は淡々と口を動かした。その話しぶり覇気といはおろか、生気すら感じられない。

私にとって、その様子がどうにも気味が悪く思えた。

「強化兵士計画ってのは…?」

「強化兵士、つまるところ君達の持っている異能力や突然変異した要素を兵士に取り込ませて、異能力者と突然変異体による軍隊を作ろうとしていた訳だ」

「そうする理由は?……こういっちゃ悪いけど、元の人達オリジナルが居るじゃない。その人達を軍隊に組み込もうとは思わなかったの?」

私の疑問に、降川はしばし目線を床にやり、私の方に目線を戻した。

「………異能力の発動及び発現の仕組みは分かっていない。突然変異の原因も解明されていない。そんな状態に、自分の意思に関係なく、陥った者達が正常に軍事行動を行う事は困難を極める。いつかの上層部はそう判断した」

「その上層部は“雲の上の方々”の事?」

「分からない。だが、理由はもう一つある」

降川はそう言うと、またもや目線を私の顔から外した。

そして今度は目線を私の顔に戻さぬままに告白した。

「異能力者や突然変異体は、軍事利用する要員ではなかった」

その言葉に、私はぬぐいきれない違和感と、例えようのない悪寒を感じた。瞬時に心臓の鼓動が早くなる。

この言葉はどんな意味にも捉えられる。

「……あ、あの……じゃあ、兵士に異能力とかを取り込ませようとしてたのは、軍部の独断専行……って事?」

「そういう訳ではない。あくまでも、異能力や突然変異した身体機能を持つ従順な兵士によって構成された軍隊。これを作ろうとしていた事は確かだ。一部の上層部の利益や理想のために行われた事ではない……と思われる」

(一部の人間達の利益でも、理想でも無い……ね……)

降川は少なくとも、知り得た事を正確に、そして嘘偽りや主観を混ぜる事無く話している。それだけは分かる。

だからこそ、問題なのだ。

施設における実験は軍事利用のためではない。それが仮に事実だとしよう。

ならば、なぜ異能力者や突然変異体を隔離し、実験し、研究する必要がある?

確かに、社会の様々な事に利用できるが、それだけのためにここまでの事をするだろうか。そのための予算や資金、土地、設備、人員、これをどこから持ってきたと言うのだ。

民間が草の根的にやっている事なら、ここまでの規模で人やモノや金を動かせる訳がない。明らかに政府機関が、そして政府機関以上の何かが後ろに居る。それでないなら、こんな事は出来ない。

私は脳細胞の中では様々な思いが交錯して、考えがまとまりを見せなかった。

(なんだ?なんなんだ?誰が、どんな組織が関わっているんだ………?何が目的でこんな事をしている?金は違う?名誉?利益?理想?そんなもののためにここまでやる………)

そんなもののためにここまでやる。そう、やったのだ。私が自らの人生を狂わせ、身体を実験をし、自由を奪った連中に復讐するために、人工生命体を作りまくったのと同じように。

私は思わず頭を抱えた。

私と同じだ。いや、私も同じむじなだっただけにすぎないのだ。奴らと一緒なんだ。奴らが何かを追い求め、そのために私を含めて様々な人間達の人生や尊厳を踏みにじったのと同じように、私も人工生命体やその材料にした動物達の生涯をぶち壊したのだ。

(何がここまでやるだよ……自分だってうじゃんか………)

子が親に似るように、私は奴らに似てしまった。何て馬鹿げた事だろうか。憎んだ者達と同じ存在に、いや、それよりも矮小わいしょう卑小ひしょうな存在に成り下がっている。

相手は崇高な理念や理想を掲げて、非道な実験を行っているに対し、私は、それが共同体のためになるとは言え、自分の目的のためだけに動物を虐げ、実験を繰り返した。

私と奴ら、どちらの方が悪質だろうか。比べる必要もない。どちらも悪だ。ただ、私の方が卑屈で、弱く、愚かで、無意味で無生産的であったというだけなの話だ。

私の行った実験は何の意味も持ち得なかったし、貢献もし得なかった。

奴らは……奴らのした事は、意味があったのだろうか、何かしらの貢献が、この際、社会的なものでも、学術的なものでも構わないが、何かそういうものはあったのだろうか。

(どうであれ……私は……何て虚しいんだ……自分で自分を苦しめて……その上、やっている事も奴らと同じで……自己嫌悪に走って……で、結局奴らの目的も分からずじまいで…………)

私はお腹の辺りがぽっかりと風穴が開いたかのように、冷たい。

私の精神は例えようのない凍えを感じていた。

(私は一体何を…………)

「続けて良いか?」

思い悩み、尽きる事の無い自己嫌悪と虚しさに沈む私の思考を、降川の一声は押し留めた。

「………良い…けど……」

私が返事をすると、降川は続けた。

「私は限界だった。もうこんな仕事は続けられない。だから、施設そのものを攻撃し、君達を助ける事にしたんだ。無論……思い通りの結果とはならなかったが………」

男の懺悔にも似た、自省はとうとうと話されていった。

もう、私には自らの疑問のために口を挟む気力はなかった。




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