38.夏嵐の時代の顛末②

「恐ろしい存在というのは、いついかなる時に目の前に現れるか分からないものだ。本当にな……」

後の祭り。その言葉がここまで似合う男も居ないだろう。私は淡々と語った。

自らの人生の転換点。そこまでの道筋を。



私の考えや価値観とは完全に合わない空間で、己を殺しながら、蔑むべき研究に身を投じる………その日々は私には耐えられるものではなかった。

薬にも頼ったのだが……………無駄な足掻きだった。薬の影響もあってか、私はこの施設を襲撃する妄想に囚われるようになった。元々、そういう副作用がある薬だったんだ………………

それで……早い段階から施設の全体図や構造を、自然と頭の中に入れ始めていた。

施設を攻撃する計画について、夜通し考える事もあれば、実験を見ている最中に、逃避的に考えている事もあった。

そのうち、それが形となって、現実味を帯びてきた頃には、私の中で施設攻撃は決定事項になっていた。もう、迷う事も、躊躇する事もなかった。

異能力者や突然変異体を匿っている組織がある事は、噂程度には知っていた。だが、それが実際、どこを拠点にしていて、どの辺りを活動範囲にしていて、どの程度の規模の人員を有するかも分かっていなかった。

実際に施設を攻撃して、被験体を連れて逃げるにしても、逃げる先が無いのでは話しにならない。首尾良く線路を敷いても、終着駅が無いなら、どこ行きという看板は掛けられない。行き先不明の列車に乗る事は出来ない。計画には大きな風穴が開いていた…………………

それが変わったのは、共同体が異能力者や突然変異体の研究施設を攻撃し始めた時だ。

職員全員を殺害し、収容されていた同胞を助け出す彼らは、勇敢ではあったが、あまりにも統制が取れていなかった。彼らの計画した襲撃は幾度となく失敗し、大勢の仲間を失っていた。

施設を襲った者の中には生きて捕らえられた者も居て、彼らには激しい尋問が行われていた。尋問というベールの下では、身体中を焼いたり、自白剤を投与して、廃人にさせたりといった事までしていたが………彼らは口を割らなかった。

そこで、“雲の上の方々”は、自白をさせる、もしくは相手の考えを読み取る異能力を持った者に尋問をさせた。

その中には、君達の施設に居る子も含まれていて、私はその子の監視役として尋問に立ち会ったんだ。

もちろん、ここにはもっと大きな、雲の上の派閥争い的なものがあったんだろうが、今となっちゃ分からない。

ともかく、そこで彼らの捕虜が尋問される姿を見た。尋問をする子の隣で、尋問担当者があーしろ、こーしろと指示を出して、その子がそれに従って捕虜に尋問をしていくんだ。

まぁ、尋問というより、あれはただの質問だった。尋問担当者がどんなに荒れた口調で叫んでも、その子は敬語でゆっくりと、そして温度の感じない声で聞き出すだけだったからね。とはいえ、その子の異能力で捕虜はどんな事も話してくれた。

自分はどこの出身だとか、異能力があると知ったのはいつとか、好きなものは何とか、感動した事とか、好きなドラマのワンシーンはどこかとか、山ほど教えてくれた。

だが、決まって肝心な事は話さなかった。いや、話せなかったの間違いだ。

捕虜は自分の仲間の事、自分達の指導者の事、自分達の仲間の数、活動拠点の事など、当時の現場から雲の上の方々のまでが、喉から手が出るほどに知りたがった事は何一つ喋らなかった。

その事を聞くと、いきなり喉が詰まったかのように声を発さなくなるんだ。でも、口は動くんだ。何を話そうとして、パクパクと唇を動かしはする。しかし、唇の動きから発そうとしている言葉を読み取ろうとしても、単語にすらならないんだ。

現場では何が原因でこうなるのか、答えはでなかった。雲の上の方々がどう思い、何を考え、何を答えとしたかは分からないが、異能力者を使った尋問は行われなくなった。

でも、私はあの時、物凄く胸の鼓動が高鳴っていたんだ。

味方が捕虜になった時のために、処置を施した奴が居る。それだけで私は興奮していた。己の感情の高ぶりを、周りに悟られないようにするのに必死だったくらいだ。

手を取るに足る指導者が存在する。捕虜になった味方など、もう自らの意の元に動かせる駒ではない。そんな駒に足を引っ張られ、身体を蝕まれる訳にはいかない。

だが、そのために味方の暗示か催眠かは分からないが、味方の口を閉ざす処置をするなんて、普通じゃない。完全に、手段に正邪せいじゃの区別を設けず、行動に制約を作らない。そんな人物が彼らの中に居る。それだけで私は、長らく埋まらなかったパズルのピースが埋まった快感に身を震わせんばかりに、高揚していた。

強大な敵の存在を認識してしまったら、それに挑まざるを得ない。例えそれが目の前に居ない、どこの誰とも分からない人物であったとしても、己が力量をかけて、そいつと闘ってみたい。そんな気分になってしまった。

職業病さ。もう、止められるものでもないんだ。無意識に身体が闘争を求めていたんだ。強い相手との闘争をね。今となっては、そんな気持ちはないし、恥ずべき思いを抱いていたと思ってる。

話を戻すと、尋問を行った日の夜、彼らを自分の計画に巻き込む事を本格的に考え出した。そのためには、何があっても彼らの指導者と接触せざるを得ない。施設を襲って、君達被験体を逃がし、身の安全を確保するためには、どうしても彼らと接触し、計画の一端を担ってもらう他はなかった。

接触するには彼らをいち早く見つけ出し、なおかつその事を誰にも悟られてはいけない。彼らをおびき出すには、何かしらの………衆目に触れる事案を発生させれば良い。

それと同時に、接触した事を隠匿するには彼らに自分達の存在をある程度認識させる必要があった。

そのためには相手が異変だと思う事を起こし、気付かせるのが一番だ。

彼らが神経を尖らせ、掴んだら絶対に離さないであろう情報を流す………………それが、私なりの合図シグナルだった。

期を見て………私は施設の実験棟の壁を爆破した。



(ば……爆破………?)

爆破……そんな事…あっただろうか?いや、こいつが言うからには本当にあったのだろうが、私にはピンと来るものがなかった。

(爆破……直接見ていないにしても、何かしらの衝撃が来るはず………)

思い出せ。何か、何かあったはずだ。何か……何か………何か…………

私は記憶をさかのぼり、ありとあらゆる情景を思い起こす。

だが、全く引っ掛かるような情景は思い出せない。

一体どういう事だ。爆発があったのなら、音だってするだろうし、衝撃だってくるはずだ。それが無いという事は、あの施設の耐震性が強すぎて、分からなかったのだろうか。それとも、何か別の要因が…………?

「爆破をしたのはいつ?」

「実験の最中だから昼間だな」

降川の答えで、私は脳細胞の回転に磨きをかけてゆく。

「爆破に使ったのは?」

「150グラム程の自作時限爆弾だ」

「爆発した後、どれくらいの被害を出したの?」

「実験棟の壁を吹き飛ばしたよ。仕掛けた場所自体がもっと外壁一つしかない場所だった事もあって、何人かの研究者に負傷を強いた。これくらいだな」

降川は淡々と、極めて事務的に答えた。そこに温度はなく、ただ言葉が耳へと流れてくるだけだった。

その事から、その後の展開は察しが付いた。

(賭けに負けたんだな、こいつは……………)

人生を決める博打だったはずのこの行動が、思いもしない方向へと転がった。降川の言い草からはそんな心境が見て取れる。

「続けて良いか?」

降川は口を動かすたび、生気を失っているように見えた。

だが、める訳にはいかない。めさせる訳にはいかない。今更という事もあるが、この機会は今しかないのだ。

「良いよ。ゆっくり…自分のペースで話して良いから」

私は降川を気遣いつつも、話の先を促した。

「爆破を決行した日は自分も実験に立ち会う日にした。アリバイを作る必要もあったし、自分の仕掛けた爆弾くらいで死ぬのなら、自分もそこまでの存在というだけの話だと思っていた。……………それだけ…大きな存在に刃向かっていたんだからな…………」

降川は冷淡と思えるほどに静かに、ぶっきらぼうに、そして悲観的に話し出した。

拭えない過去は、時既に男を呑み込んでいた。男の熱は冷めていた。今そこにあるのは、途方もない絶望が発する例えようのない、されど確実にそこにある薄ら寒さだけだった。




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