39.夏嵐の時代の顛末③

実験棟の壁の爆破自体は成功した。実験の最中だった事もあって、誰一人として爆弾に気づく事はなかった。

何人かの負傷者と、実験設備に損害を出す事にも成功した。

実験室自体も壊してしまったから、実験用の防護ガラスが飛び散って辺りは散々だった。どうにか衝撃と熱風を身体に受けて、他の大多数の同席者と同じように爆発を仕掛けた容疑からは外れる事が出来た。

だが、問題はその後だ。

爆破をしたのはあくまでも、彼らに……共同体に気づいてもらう必要があったからだ。こんな爆発は、自分達以外には内部の人間にしか起こせない。それに気が付けるのは共同体だけだ。私の当時の同僚や上層部は共同体からの攻撃であるという可能性を捨てきれない。内部犯の可能性にたどり着くには時間がかかるはずだった。

それより早く、共同体が内部犯に気づく。そして、何らかの接触がある。そう思った。

後は時間の問題…………そう思っていた。

だが、数ヵ月経っても、共同体からは何の接触もなかった。自分以外の自衛隊上がりや、研究者、施設の事務員……彼らの動向を注視して、少しでも異変を感じたら、身辺を探って、共同体の人物を見つけ出し、接触する。それが私の考えていた共同体への接触方法だった。

しかし………寝ても覚めても、そんな事は起きなかった。何の理由や障害があったのかは不明だ。

事実として、共同体は動かなかった。事態を傍観しようとしたのか、現時点では様子を見て、介入のタイミングを見計らっていたのかも分からない。

その間に………私に捜査網が及んだ。

私のような人間が、爆弾くらい簡単に作れる事は、書類に目を通せる人間なら誰でも分かる。その上………別にこれは自画自賛してる訳じゃないが、私には功績があった。特殊作戦の、それも敵対的な勢力の要人に対する暗殺計画の実行・指揮経験があった。容疑者に上がらないはずはない。

身辺を洗われるのは今度は私の方になってしまった。

私は行きつけの店というものを作らなかった。網を張られるのを防ぐためだ。それに、顔見知りや知人といった関係性にある人間を作ってしまえば、そこから情報が漏れる危険があった。

もう自衛隊の将官ではないが、それでも、自分の素性や性格を、第三者に知られるのは良い気分はしなかったんだ。

行きつけも無し、顔見知りも無し、知人も無しと来れば、出来る事は尾行と家捜しだけだ。

家には盗聴器が設置され、監視カメラも付いた。長年、人を動かしてきたんだ。物の配置一つ違わなくとも、こういうのは気づけるもので、どうやら家捜しした当日中に気づけたようだった。こうなれば、対処は楽だ。こういう時、盗聴器や尾行に気づいても、本当に気づかないフリをするのが正解だ。それもあからさまにやっちゃいけない。

相手に情報を渡さない、漏らさないためには自分の動向を見せないのが、古典的かつ初歩的で、最も効果的なやり方だ。

まず、家というものの機能を大幅に簡略化した。食事は近くの弁当屋を不規則に利用し、マンションから三キロ圏内のベンチで食事を取り、弁当のケースもそこで捨てる。

これは撒き餌だ。拾いに来るようなアホが来るなら、その程度の奴らが見張ってると知れる。来ないなら中々の上玉が派遣されたと見て間違いはないだろう。

拾いに来た奴を捕まえても良いが……自分の事を見ていた奴を捕まえたとか、内部監査の新人にヤキ入れたとか言い訳出来るには出来るんだが……捕まえる必要はなかったとか、日頃からそういう事をしてるって事はやましい事があるとかで、捕まえた奴の仲間やうえ(上司及び上層部の事)が来た時に逆に尋問されかねない。

見張られてるストレスからそういう事をやっちまう奴も要るだろうが、そういうのは大概罠だ。引っ掛かるようなら、自分の頭の大した事ないって話さ。

盗聴器が仕込まれて、数日後には住んでいたマンションの管理人の歩き方が変わった。監視と入れ替わったんだ。外見はどうとでもなるが、中身はどう足掻いても無理だからな。007のジェームズ・ボンドでもなきゃ完全に模倣する事は出来ないだろう。

それとほぼ同時に、中年で猫背の入居者が来た。

猫背でありつつ、服はれて、少しダボダボなくたびれた印象の服ばかりを来ていた。体型が見えにくくてな、一般人か、監視か判別が付きずらかったが………仕事は中小の商社のサラリーマンなのに、ふくらはぎからくるぶしにかけて締まりが良かった。

鍛えてないとあんな身体にはならない。見ている事が分からないように、一瞬しか確認はしてないが、恐らく当たっていただろう。

もし……あの中年が監視じゃなかったとしても、捜査網が縮まっている事は感じていた。

もう、けつに火が着いてしまっていた。そんな時だ。

共同体から接触があった。






「接触?」

「接触といっても、声がしただけだ。そして、その声の主は去っていった」

「声…?!声ってどういう事?!姿は見えなかったって事?!相手は異能力者?!何を言われたの?!というか、どこで声がしたの?!マンション?!マンションは盗聴器外してなかったんだよね?!そいつは盗聴器に気づかなかったって事?!」

私は間髪入れずに、質問をまくし立てた。

この時既に、私の脳細胞は想定されるどんな答えでも、それらが与える影響について考察し、具体的な当時の状況や情景を想像していた。

「お、恐らくだが、気づいていたからそうしたのだろう。一言だけなら聞き間違いか、何かの物音が偶然そう聞こえたという方が信憑性がある。いくら、異能力や突然変異体の存在を知っていたとしても、それを異能力や突然変異体の仕業と断定する事は出来ないと判断したのだろう。それに、監視されている人間の元に行かせるんだ。いくつも場数を踏んだ手練れを寄越したのだろうよ」

降川は私の勢いの気圧されつつも、冷静に推測を話した。

「そ…それで、何て言われたの?!」

「耳元でな。「やれ」と。その後、肩を叩かれた」

「それだけ?!」

「あぁ、それだけだ」

完全に想定外だ。まさか、たった一言、「やれ」という言葉だけだったとは、予想もしなかった。

「少し低めで、落ち着いてはいたが、女性の声だった。マンションの部屋のドアの前でだ。今でもはっきり覚えている」

降川は補足で、言われた場所まで口にしたが、そんな事は今の私に必要ない情報だった。

まず、言葉を掛けてきた人物は透明化の異能力か、類似の変異が起きた突然変異体だろう。そして女性であり、場数を踏んでいる手練れ…………そこまでは良かった。想像していた通りだったし、事態から想像される一番ベターな人物像だった。

しかし、その人物が声をかけてきたのがたった一言で、プラスその後の肩ポンだけで施設の攻撃を決行したというのか、この男は…………!

(あまりにも頼るには細すぎるでしょ、その糸は!確かに追い詰められてたのかもしれないけどさ……!たった一言!たった一言って…………!)

私は目眩めまいがしてくるようだった。

「その………一言だけで、攻撃しようって決めたの?」

「まぁ、そうだな。実際、私が計画を実行に移そうとした時、尾行や監視が一切無かった。共同体が何人か人材を派遣して、それら排除したんだろう」

「そ、そんな事してくれたの?本当に?」

訝しげに疑問をぶつける私に、降川は肩をすくめた。

「たぶんな」

「たぶん?!」

「そうでもなきゃ、私の計画は成功していない。それに、その女性が去った後、部屋の中に入ったら煙草の匂いが充満していた」

「煙草の匂い?」

煙草?どういう事だ?まさか、その女性は部屋の中に入ったという事?でも、入ったら姿は見えないとは言え、監視に一部始終を見られる訳だし、透明化の異能力か突然変異体が来たと、勘づかれてしまうはず…………

(この時には、もう、監視や尾行は居なかった?それとも、共同体が派遣した人材によって入れ替わっていた………?)

どちらにせよ、その女性、もしくは女性の同僚が降川の部屋の中に入った事は間違いない。そして、その人物が煙草を吸い、その事は監視に悟られず、報告される事もなかったという訳だ。

「煙草を部屋の中で誰かが吸った。監視をしている連中がそんな痕跡を残すような事をする訳がない。となれば、共同体しか居ない。彼らは俺を見つけた。それだけで俺は頼もしい味方を見つけた気分だったよ」

降川は安らかな表情を見せた。まるで当時の情景が甦ってきたとでもいうかのように、落ち着いていた。

「こうして、俺は共同体が自分を認識したと確信を得て、行動を起こした訳だ。ま、拙い確信ではあったが、すがるしかなかった。この時ばっかりはな」

共同体がこの時、何をしたのか。資料には記載されていなかった事が山ほどある。

降川による施設実験棟の爆破。恐らく、共同体の工作員であろう女性。

女性については機密事項であるとは推測できるが、なぜ降川の自作自演の爆破が記載されていないのか。

(資料の記載とあまりにも違いがありすぎる。組織の構成員にすら隠しておくべき事があるのか………)

所属していても、今だ全容が掴めない不思議な組織である共同体。

役割は細分化され、細分化された組織構造に、垂れ下がるように無数の下部組織が出来ている。

“白い六月”もその一つであろう。

降川の場合、諜報部門が降川の行動を確認し、接触し、行動を一部始終監視していた。という事になる。そうでなければ、いきなり被験体を大勢連れて逃げてきた奴なんかを受け入れる事は出来ないはずだ。

だが、それはあまりにも受動的すぎる。直接介入のチャンスはいくらでもあったはずだ。

それなのに、どうして共同体は動かなかった………?


ひた隠しにされてきたあの日の顛末が、ついにベールを剥がされる。

男の口はもう、止まる事を知らない。死に急ぐように、生き急ぐように、彼はところどころ早口になりながら語り続けた。





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