17.検査

トレーニングルームを後にして、俺は教官に連れられ、長い通路を通り、研究区画と呼ばれる場所に向かっていた。

区画と区画を繋ぐ通路は節電のため、蛍光灯に電気が流れておらず、暗い闇の中を進まねばならなかった。

「節電て言うのも…やり過ぎじゃありませんか?」

「仕方無いだろう。電気だって金がかかる。この施設に回している分、どこかの家の電気代が高くなっているんだからな」

「えっ、人ん家の拝借してんすか?」

「さぁな」

何だ、冗談か。

でも、本当にどうやって電気を地下に回してるんだ?

配線を繋ぐとかは、まぁ出来るとして、電気を産み出すとかは出来るのだろうか。

(雷とか電流とか、異能力ものの鉄板だけど、白い六月にそんな人が居るとは思えないし……)

白い六月はあくまで研究と訓練を行っている組織だ。電流とかを出せる異能力を持つ人材を活用できるとは思えない。

恐らく、居るとすれば戦闘を行う部隊や組織に配属されているのだろう。

仮に電気を産み出して発電を行っている人物が居たとしても、果たして一人の発電量で幾つの施設に電気を供給できるのだろうか。

日本に幾つ、あるいは世界全体で見て、幾つその共同体とやらの施設があるかは不明だが、異能力者とは言え、生身の人間にそんな重責を背負わせるとは思えないし、第一、その人物が常時異能力を使って電気供給を行うとして、その負担は到底、一日の睡眠くらいで賄えるものではないだろう。

(それに、解放を謳う組織がそんな事をしているのなら看板詐欺も良いところだ)

となると、この施設のようにもう使われていない施設を利用して、発電を行っていたりするのだろうか。

だが、それにしてはここまで徹底して節電する意味が分からない。

自前で発電施設を持っているのなら、電気代は掛からないし、設備の点検や整備などに金が掛かるにしても、現場に節電という選択を取らせるものか……?

疑問は尽きない。だが、昨日言われたように疑問を持ってはならない以上、信用するしかない。

(今は一般企業で言うところの試用期間みたいなものだ。そんな時に自分の立場を悪くするもんじゃない)

「見えたぞ。あそこが研究区画だ」

教官が顎で示した先に明かりが付いていた。

遠目から、慌ただしく白衣を着た人々が走り回っている様子が分かり、口論にも似た会話が聞こえてきた。

「ここが、異能力の研究の最前線だ。お前の異能力もどこまでの発展性があるのか、また、どういった特性を伸ばすべきかを考えてくれている。まぁ…変な奴が多いが、気にするな。疲れるだけだからな」

「はい…」

たぶん、モンテなんたらさんみたいな人ばっかり居るのだろう。

研究区画内は電気が完全に通っているようで、蛍光灯の明かりはもちろん、赤色灯やサーバーなども光を発し、研究員と思われる人達はパソコンやらアイパット何かの電子機器を使いながら、ガラス越しに何か覗き込んだり、オレンジ色の実験用サングラスをかけて、何らかの薬品を試したりしている。

恐らく、異能力に関係のある研究や実験なのだろうが、思ったよりちゃんとしているというか……

(ヤバイ組織お馴染みの化け物が入ってる水槽とかは今のところ無いなぁ…)

そんな事を考えながら、教官の後ろを離れずに歩きつつ、あちらこちらに首を回していると、前方から声が掛けられた。

「おおおーい!!わ!た!し!だ!よ~!!」

聞き覚えのある、元気溌剌(げんきはつらつ)という概念を背負ってきたような声の主は、大声を出しながらこちらに手を振ってきた。

「あそこだ。そこで、検査をする」

「検査って具体的には……?」

俺の質問に教官は背を向けつつ、歩きながら答えた。

「今日、めちゃくちゃ走ったろ?」

「はい」

「身体どうだ?」

「え……疲れてます」

「そういう事じゃない」

教官は歩みをそのままに、首を後ろに回した。

「自分の異能力覚えてるか?」

「えぇ、まぁ…」

「お前の場合、性格に言えば身体の突然変異といった形の異能力になるんだが、身体ってのは適応するもんだ。環境に応じて身体は変化する。だからこそ、異能力を伸ばすためには伸びる環境ってのを作らないといけない。お前の場合、それは肉体改造という訳だ」

「肉体改造っ?!じ、自分、人体実験ノンサンキューって言うか…」

「人体実験何てやるものか。アニメや漫画じゃないんだよ」

呆れたように教官は吐き捨てる。

「お前の身体を鍛えて鍛えて鍛えまくって、筋肉を付けたり、走る時の持久力、ここぞという時の瞬発力、こういった部分を伸ばす。それによって、お前の異能力は飛躍を遂げるはずだ」

異能力が飛躍する。つまり、強化されるという事だろうか。

俺の異能力は身体能力の向上と、血が燃えるっていう良く分からないものではあるが、この身体能力の向上の部分を伸ばすっていう事か?

「あの、異能力を強化するみたいなのって、そんな身体を鍛えるとかで出来るものなんですか…?自分の異能力ってそんなに自分体感した事無いって言うか…良く分かってないんですけれども……」

俺は自分の異能力を知っている。だが、その全容を知っている訳ではない。

身体能力の向上といっても、自分は小中高と体育の成績は低空飛行で、お世辞にも雲洞神経抜群という訳ではない。

(確かに、さっき、ランニングマシーンの前で走りまくったが、あれは止めたら怒られるし、教官からの心証が悪くなると思ったからで…)

「なら、これから嫌でも分かるさ。ちなみに、さっきお前何時間走ったと思う?」

「え……二時間、三時間…いや、そんな長い時間…」

「四時間だ」

「え?」

俺は驚きの余り、開いた口が塞がらなかった。

「四時間だ。それも、四時間で約七十二キロ。分速三百メートルだ。速度はあんまりだが、持久力だけはある。伸び代は大きいぞ」

教官はこちらに歯を見せて笑って見せた。

「……まじすか?」

「まじだ。おおまじ」

やはり、信じられない。嘘ではないのだろうが、まぐれにも等しい結果だ。

(持久力だけはあるって、怖いからや。お前に怒られたくないし、嫌な印象持たれたくないんや、分かってくれ…ただ、こわぇだけだよ)

正直、嬉しくはない。

自分としては頑張ったとか、やりきったとかそういう感覚よりも先に心を掠めた感情があったからだ。

やり過ごした。

今日も、何事も無く終わった。悪目立ちする事も、誰かに恨まれる事も、疎まれる事も、嗤われる事も、怒鳴られる事も無かった。

それだけで良かった。

何もなくて良い。

これこそが平穏だ。

退屈だ。平凡だ。楽しくない。面白くない。やりたくない。こんなのは嫌だ。

そんな気持ちはずっと押し潰して、無視してきた。

(当たり前だ。そんな一時の感情に俺の日常を乱されて堪るものか)

やっと手に入れた人生だ。誰の手垢も付いてない。手放してなるものか。

(思えば、あの時だって……何でだよ、気まぐれが)

あの最寄り駅で、あの子を助けようなんて、警察の足引っ張ってやろうなんて、考えなけりゃ、こんな事には………

俺は奥歯を噛み締め、沸き上がり続ける後悔を飲み込み続けた。

(何度も言わせるな、もう戻れないんだよ!)

分かっている事だ。何度も言い聞かせただろう。もう普通の生活は送れないと。

しっかりしろ、今は流れ着いた流木にしがみつくしか無いんだ。

「おい、どうした?大丈夫か」

教官が黙りこくった俺の肩に触れる。

「…あっ、すみません。大丈夫です。ちょっと考え事してて…」

俺はこれ以上無いくらいの満面の笑みを教官に見せた。

「あぁ、そうか。ほら、行くぞ」

「はいっ」

教官の後に続いて、モンテなんたらさんのところへと歩みを進める。

その心中は吐き気を催すくらいの不安で一杯だった。

ばれていないか?作り笑いだって、繕ったって看破されてはいないか?

看破されていても、恐らく口に出すような事はしないだろう。

でも、この人とはまだ深い仲では無いから、何を考えているのか察する事は出来ない。

前を行くのは教官の大きな背中。まさしく、背中で語るという言葉通りの背中だ。

(対して気にも止めていない事を祈るしかない)

俺にはそれ以外出来る事は無かった。

今はただ、言われた通りに、流されるままに、委ねて、預けて、『やる』までだ。

俺はそんな考えを忍ばせ、心の奥底にしまい込んだ。

今はこの感情は必要ではないからだ。

すぅぅ、はぁぁ

俺は深呼吸をして、心を落ち着かせると、今までの歩みよりも深く、そして、力強い一歩を踏み締めた。

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