7.実情
次に目を覚ました時も俺はベッドの上に居た。
カーテン越しに誰かの話し声が聞こえる。
一つはなんだが聞き覚えがある騒がしい女の声。
もう一つは冷淡な低い男の声だった。
俺は体を起こすと、ベッドから降りた。
もう目眩はなくなっていた。
最初に起きた時はあの女のインパクトが強すぎたし、何言ってるか理解できないし、何なのか全く分からないし、散々だった。
(なんだよ、秘密結社だとか、能力だとか…頭やっぱイカれてんだろ…十中八九精神疾患か、統失(統合失調症、または統合失調症患者の略)だって…)
ともかく、今は早めにこの病院から退院して、アパートに戻らねばならない。
そんな思いで閉ざされていたカーテンを開けると、そこは病院のベッドが沢山置いてある部屋というよりかは、学校の保健室のような光景だった。
ベッドは俺が寝ていたものの横に一つあるだけだし、他には、保健室特有の長い机に、薬品の棚、そして、職員室から無理矢理持ってきました感の強い無機質な銀色の机がこじんまりといった様子で置かれているだけだった。
そして、そこには二人の人間が居た。カーテン越しに聞こえていた話し声の主だ。
「おお、起きたか」
「おはよ~!じゃなくて、こういう時は…おっそよ~!良く眠れた?!」
女の方は朝っぱら騒々しい、モンテなんたらさんだが、男の方は初めて見る顔だった。
しかし、見た目は女のように白衣を着ている訳ではないし、医療従事者ではないようだ(女が医療従事者であると決めつけるのも早計だし、本人が語ったように、研究者であると断定する事も色んな意味で出来ないが)。
男の外見をまじまじと見てみると、黒いスニーカーに、よれた茶色の革のジーンズに青い革ジャンといった様子だが、革ジャンの中に薄い緑の服を着ている。
真ん中をボタンで止めるもののようたが、普通の服ではなく、そこだけ異様な雰囲気を醸し出している。
だが、俺はその服をどこかで見た事があった。
(どこか…何かのドキュメンタリーか何かで……)
俺がその服の事がどうにも引っ掛かっていた。
「おい、もう身体は大丈夫か?それなら、明日からお前に訓練を施したいんだが」
「え、訓練?」
「そうだ、訓練だ。お前はもう、我々の同胞(どうほう)だからな」
同胞。同じ国の民、兄弟姉妹を現す熟語。
そんな言葉で俺は括られるような人間だろうか?そんなはずはない。
俺はただの人間で、どこにでも居る普通のFラン大学生でしかない。
(やっぱり、こいつも女と同じように精神疾患でも抱えているのか?という事は、こいつらは集団幻覚でも見ているのか?)
「あの…その同胞と言われましても…私普通の人間ですし…というか、あの、ここって、病院ですよね?」
「は?違うが」
男は俺の質問にきっぱりと否を突きつける。
「ここは病院ではない。お前のような能力に目覚めた人間に訓練を施し、能力の発達を促す、いわば訓練組織だ」
「あ~、そうなんですか、やっぱりここ精神病棟ですね」
「だから、違うと…」
「いやいや、良い歳して何いってるんですか。昨日もその女の人から言われましたけど、秘密組織とか、異能力とか、普通に考えてみてくださいよ?あり得ないでしょ?」
俺はとにかく男の言った事を否定した。
そんな事があり得る訳がない。馬鹿げているとか、中二病とか、そんな次元ではない。
これは恐らく集団幻覚。この二人の意識は今、トランス状態にあるのだ。
(という事はさっき俺が言った事も、正しく聞き取れていないどころか、もしかして、俺を敵だと認識しちゃったんじゃ……)
慌てて男達の方を確認すると、男は目を細めて俺の方を呆れたように見ている。
「お前な、もう少し自分の置かれている状況に危機感を持とうとは思わないのか?お前は自分の身を自分で守らなければならなくなったのだぞ?」
「そっそ、君はもう立派に能力を持ってるからね~。敵さんに狙われてまた捕まっちゃうよ~?今度はスタンガンかな~?それとも、クロロホルム?神経ガスかも?ねぇ、どれが好みとかある~?」
男も女も俺をどうにか諭そうとしているようだ。だが、全くもって説得力に欠けるのも確かだ。
ただ、ここは病院というにはこの部屋は不釣り合いだ。という事はここは病院ではなく、彼らの言うように、秘密基地……なのか?
(だけどなぁ…あまりにもなぁ…)
目が覚めたら目の前に女が居て、能力を持ってるとか言われて、同志同胞とか言われるのは何とも芝居かかっているというか、なんかの詐欺というか………
とにもかくにも信じるに値しない。
「もっと…その、なんと言いますか、客観的な証拠などありますか?その、僕が能力を持ってるとか…後、警官にスタンガンで眠られたとかが分かる…客観的な証拠は…ありますでしょうか……?」
両肩を上げ、少し前屈みに猫背になって俺は言った。
人にものを頼む時の俺の癖だ。
「だからぁ、警官じゃなくて、警官のコスプレーヤーなん…」
「お前一回黙れ。分かった。証拠を見せれば良いんだな」
男はモンテなんたらさんの言葉を制止しつつ、俺の願いに答えてくれた。
「まず二つ目の質問から答えよう。スタンガンの跡が左の首元に残っている」
俺は首を確認しようと、左斜めの方向に顔を向けるも、角度的にどうにも視界に入らない。
肩を落としたりしてみるも、全く見えない。
「あの、鏡か何か…」
俺かそう言うと、男はスマホを取りだして俺の方に向けて写真を撮った。
「ほら、ここにあるだろ」
男は俺に撮った写真を見せながら、左の首元を拡大してみせた。
そこには生々しい電気が肌を焼いた跡が、小さくはあるものの、斜めの直線として残っていた。
(あっ……本当…だった…すね……)
「本当に申し訳ありませんでした!全くもって現実だとは思えず、非常に不遜な態度をとってしまいすみませんでした!」
俺は腰を折って誠心誠意謝罪の言葉を述べる。
「ほんとだよ!警官のコスプレーヤーにやられたって朝も説明したのにぃ!しかも、私達の仲間になれるって事も言ったし!解放の日も来るって言ったし!たっくさん希望も見せて上げたのにぃ~!寝やがって、こん畜生がぁ!なめてんじゃねぇぞぉおん?!」
「お前の説明の仕方が……待て、今何て言った?」
「え?何か不味い事言った~?」
俺の謝罪から、何故か、話題がモンテなんたらさんが口を滑らした事にシフトした。
「解放の日?お前、その事は秘匿情報のはずだよね?」
男が腕を組みながら、問い詰める。
「えっ?そだっけ~?別に良いじゃあん、言っても~。この人も仲間になるんだし~」
「そうだろうが、何だろうが、まだ何者でもない者にそういった情報や目標を教えるのはどうかと思うぞ?!お前は自由過ぎるんだ!もう少し規律を守れ!全員のためにも、お前のためにもな!」
「え~っ!自由こそ正義!自由こそ全てだよぉ~!」
「他人に迷惑を掛けるんじゃねぇ!一人の過失が全員の……」
モンテなんたらさんの意見に男は激しく反論し、二人は言い争いを始めてしまった。
どうやら、この二人の間には多少の不和があるようだ。
主に問題はモンテなんたらさんの方にあると思うが。
「あの、すみません、もう一つの方の…能力についても……お教え頂けませんか…?」
言い争う二人に俺は遠慮がちに言った。
だが、正直に言えば、俺の胸の内にまだ冷たい疑念が残っていた。
スタンガンで眠らされたというのは事実だとして、その後の事、つまるところ、俺を助け出して、ここに連れてきた理由、彼らが言うところの能力とやらの存在を確認するまでは、彼ら自身の事は信じる訳にはいかない。
(考えすぎかもしれないが、マッチポンプの可能性も捨てきれないのが、嫌なところだ…)
自分達で捕まえて、自分達で救出、『ほら助けたよ!脅威があるよ!仲間になって!』は余りにも出来すぎだ。
現状を肯定する事実を確定させて、自分の置かれている立場を把握する。それこそが自己保存の第一歩だ。
「あぁ、それなら……そうだな、誘拐された後の事を詳しく話してからでも良いか?」
男は俺の心中を知ってか知らずかは分からないが、事実とその信憑性を確かなものにする事にしたようだ。
この男は訓練を施すとか言っていたな。
(まずは互いの信頼感の醸成に動いた……という訳か)
嘘を付かれても、こちらには判別する術はない。
危害を加えるつもりは無いだろうが、こいつらは解放の日とか、訓練とか、研究とか、同志同胞とか、いかにもテロリストや色んな国の過激派が言いそうな事を言っていた。
俺に何をさせるつもりなのかは分からない。
だが、少なくとも、俺は誰かに狙われた。
(こいつらが、その誰かから追われる身なら、呉越同舟よろしく仲間になるしかあるまい)
俺はそう覚悟を決めて、男の話を聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます