6.邂逅

気が付くと、見知らぬ天井が見えた。それに、どことなく視界が暗い。

頭痛がする。それに、起き上がろうと身を起こすと目眩(めまい)がして、力が抜けて倒れてしまった。

何度もまばたきをしつつ、首だけを動かして周りに目をやると、自分を百八十度囲むようにカーテンが降ろしてあり、周りの様子を見る事は不可能だった。

自分はというと、どうやらベッドの上で寝かされているようだ。

ここはきっと、病院なのだろう。

(…あの後……どうなったっけ……)

昨日の夜、帰り際に誰かと話をして、そこからどうしたか、どうなったのか覚えていない。

何だってこんな所に……

どこかで倒れてしまったりしたんだろうか。

そう思った刹那、カーテンが開いて女の顔が飛び出した。

「うん、目、覚めたね。どこか調子悪いとこある~?」

驚いて混乱する俺に構わず、女は早口続ける。

「はい、いきなりでビックリしたかな~、ごめんね、悪いね、うちのエージェント無口なもんでさ。まぁ自分の正体明かしちゃいけないから君には何にも言わずにここに連れてきたんだけどね?最初からここに運び込むだけが彼の仕事だしぃ、仕方ないっちゃ仕方ないんだけどぉ、君にとっちゃ嫌だったよね~、ごめんね、代わりに謝っとく、マジごめんね~」

マシンガントークでこちらを圧倒しながらも、両手を合わせて女は頭を下げた。

医療従事者だろうか、白衣を羽織り、焦げ茶色の見るからに薄い手袋をしているが、ゴム手袋という訳ではないようだ。

「あぁ、いや、あの…」

「あ、いっけない。ごめんね、こういう時、医者はっと…」

俺の言葉には一切応じようとはせずに、白衣の女はライトを取り出すと、俺の右目をこじ開ける。

次の瞬間には目映い光が俺の視界の大部分を奪った。

ただでさえ、頭痛がして起き上がろうとすると目眩がすると言うのに、目の粘膜を乾かそうとするかのように、光を右目に注がれて、俺は痛みすら感じていた。

「う~ん、正常…かな?実は分かんないんだ~。あ、一応反対もやるぅ?」

「結構ですっ、離れてくださいっ」

付き合っていられない。何だと言うのだ。こいつは。

俺は左目にも手を伸ばそうとする白衣の女を引き離すと、怒鳴るように言った。

「ここは何なんですかっ?!そして、あなたは誰なんですっ?!私はどうしてここに居るんですかっ!」

すると女は、俺の声に驚いたと言わんばかりに両手を挙げて、あからさまなオーバーリアクションをする。

しかし、すぐに調子を戻して俺の質問に答え…なかった。

「うわぁ…ご、ごめんね~、何も説明してないから怖かったよね~。私もあいつらと同じ事してたぁ~!反省反省!でもぉ、私結構良い感じにお医者様出来てたよね~!」

女は自分のペースで口を動かし続ける。

「傷の手当てとか治療とかそういうのはやった事あるんだけどぉ、気絶した人とかの対処とかはやった事なくて~。やっぱ、見様見真似みようみまねじゃ駄目だよね~!」

このままじゃ、埒が明かない。

そう思った俺は、強引の女の言葉に割り込んだ。

「はい!そうです!駄目ですよ!ところでここはどこですかー?!」

「ここは私達の秘密基地だよ~!安心安全強化鉄筋複合コンクリートの外壁に守られてるんだ~!例え、熱核爆弾を落とされても、びくともしないよ~!ここがバレたら逃げるためのシステムも装置も無いし、包囲の突破が無理ならジッ、バァクしか無いけどね~!」

女は淀みなくすらすらと自身の口から出る言葉の濁流に返答を乗せる。

「へー!で、あなたは誰ですかー?!お名前はー?!」

「私の名前はモンテ・クリスティーナ・トーナだよ!Dr.モンテ・クリスティーナ・トーナ!皆は私をドクターって呼ぶよぉ!ちょっと名前が長いけどぉ、頑張って考えたんだからぁ、フルネームで呼んで欲しいなぁって、皆には言ってるんだけど、やっぱり長過ぎるみたいっ!今度名前を付ける時は短くするよう善処しま~すっ!まっ、でもその時がきたら、今度はちゃんとSONGENSHI☆をするから、今からデモンストレーションをしてるんだ~!」

どうにか、女の止まらない言葉の流れを遮って、質問するも、毎回知りたい情報に、その膨大なおまけが付いてきて脳みそにインプットするのが億劫おっくうになってきていた。

(何でこんな喋るんだよ…舌噛め、止まれ、喉潰れろ…)

俺の頭の中は、耳から入ってくる、今この瞬間にも溢れている情報と頭痛のせいでどんどん熱くなっている。

血管の流れが速くなり、心なしか血管が太くなって脳に向かう血の量が多くなっているように感じるくらいには、俺の頭は限界を向かえていた。

「そ、そうですかー!そして、私はどうしてここに居るんですかー?」

女のマシンガントークに脳を焼かれながらも、俺は最後の質問をする。

すると、女は突然口の動きを止めて、目を見開いた。

「…え、覚えてないの?」

「え?まぁ…はい…」

俺の返答に女は顎に手をやって少し考える素振りをする。

何か変な事を言っただろうか。

「う~ん、君、スタンガンで眠らされちゃったんだよね、うん。だからさ、もしかしたらなんだけど、記憶飛んじゃったのかも。電流が流れた時の衝撃で脳の機能が麻痺しちゃったのかもね~」

女の言葉に俺は驚いて、顔が歪む。

「え?スタンガン?」

「うん、スタンガン」

「え、誰に?」

「警官のコスプレーヤー」

「警官のコスプレーヤー?!」

意味が分からない。どこの世界に警官のコスプレーヤーにスタンガンで眠らされる人生を送る人間が居ると言うのだ。

「あの、ほんとに警官のコスプレーヤーにやられたんですか?」

「うん、警官のコスプレーヤーにやられたらしいね」

「らしい…とは?」

「救出班の人達から聞いたの。敵の下っ端警官に、不運な奴が捕まったって」

なるほど、伝聞でんぶんで状況を知ったという訳か。

そうなると、また質問せねばならない事が出来てしまう。

「えっと…貴女方は…何者なんですか…?」

俺の新たな質問に女は口角を上げ、自身たっぷりといった満面の笑みを浮かべた。

「聞いて驚く事なかれ!私達は異能力者のため、超能力者のため、突然変異体のためっ!日々、闘争と暗躍を続ける秘密結社にして、秘密組織っ!来る解放の日まで刃を研ぎ続ける戦士集団にして、自らの能力を高め合う

同志同胞どうしどうほうのための共同体に属する教練医療部隊『白い六月』なのだぁぁあ!!」

大声を上げて女は名乗った。

言い切った後のハァ,ハァ,ハァという息切れのせいで多少格好つかないが、彼女はやりきった!といった様子で恍惚の笑みをしている。

(超絶中二病………もしかしなくても精神病棟に、ベッドが足りなくて運び込まれたかな…)

俺の体はまだ、上手く動きそうに無い。

しばらくは、この精神疾患者の戯言を聞かなければならないようだ。

「申し遅れたが、私は異能力の検査・育成を担当する研究者、Dr.モンテ・クリスティーナ・トーナ!君も自分の能力を伸ばしたいだろうっ?!強くなりたいだろうっ?!覚醒させたいだろうっ?!」

彼女はさも楽しそうに、もう一度名前を言うと、共感を求めてきた。

名前はもう聞いたし、集団幻覚の一構成要素になる気はない。

「結構です、能力持ってないんで」

「そんな事は無い!能力がないなら狙われて誘拐されるなんて事、ある訳無いだろう!」

「一般人が能力持ってて、警官のコスプレーヤーにスタンガンで眠られて、誘拐される訳がないでしょう」

俺は冷徹に反論をした。

俺は目が覚めてからこの女としか話をしていない。俺の頭の中に入ってきた情報は全てこの女の口から語られたものだ。

つまり、この女が虚偽の情報を話していても、俺にはそれの真偽が分かる状態に無い。

第三者からの情報無しに、何か一つの事を鵜呑みにする訳にはいかない。

それに、この手の悪趣味な遊びは中学、高校と繰り返されてきたいわゆる、あいつどこまで信じるかなゲームの類いだ。

一般常識に照らし合わせて、納得のいかない事でも、目が覚めたらベッドの上なら信じてしまう吊り橋効果的な作用のせいで赤っ恥をかくのは耐え難い苦痛に他ならない。

「現に君はここに居て、私の仲間に助けられてるじゃないか!なぜ、信じない!君も選ばれし、能力を持ってこの世に生を受けたホモ・スーパーナチュラルの一人なのだよ!」

女の言う事がますます訳が分からなくなってきた。

(何を言ってんだ、こいつは)

狂うにしてもここまでは成りたくないものである。

日本の精神疾患者は615万人程居るんだっけか。そんだけ居りゃあ、これくらいのバケモンが出てきても仕方ないか。

俺は呆れて、ベッドに身体を預けた。

女はまだ俺の方を見て、何か話しかけて高説を垂れているが、もう限界だ。

頭の中の容量は一杯だ。ついでに、頭痛がする中、無理に女と会話したせいで疲れも来ている。

(……お休み…モンテなんたらかんたら…)

俺は脳内でそんな事を言いながら意識を手離した。

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