5.舞台の上へ
俺は駅を出た足で駐輪場へ向かっていた。
ちょうど、駅に隣接する形で存在する市営の駐輪場に停めている自転車で帰るためだ。
駅に近い事はもちろん、他より料金が格安で、防犯カメラ等の防犯設備もある事で人気のこの駐車場は毎日満杯状態で、八時、九時を回れば、駐車場を埋めていたバイクも自転車もまばらとなる。
俺が大学から帰る時間帯はその辺りなので、多くの人でごった返しているような状態は見た事がないが、早朝の出勤前や帰宅ラッシュの時間は多くの人で出入りするのに一苦労するのだろう。
夜の駅前はぐっと冷え込む。
朝は、駅前に多く建てられているマンションやらショッピングモール等のために、ビル風が吹き荒れるが、夜はそれが冷気をまとって静かに流れていく。
ゆっくりと、しかし確実に身体の芯まで凍らせようとする風に、俺の歩みは自然と早くなっていた。
「すみません、ちょっとお話良いですか?」
後ろから声をかけられたのはそんな時だった。
「はい。なんですか?」
振り返るとそこに居たのは先程の警官二人組だった。
「さっき君、あの女の子に質問してた時に邪魔してきたでしょ?」
「あ、はい…」
「そういうの困るんだよね」
シンプルな苦情を警官の口から聞き、俺は呆気とられた。
こういう場合、なんて言えば良いんだ。というか、こんな事言って良いのか?本当に公安委員会に連絡した方が良いんじゃないのか?
俺の頭の中に困惑と疑問が渦巻く。
しかし、警官はそんな事はどこ吹く風と言わんばかりに、話を続けた。
「だからさ、居なくなってよ。娑婆(しゃば)からさ」
その瞬間、警官の手に握っていた何か黒いものが俺の首筋に近づく。
バチチッ
小さく電撃が首筋から身体全体へと駆け巡る。
(スタン……ガ…ン…)
俺の意識が失くなるまで一秒前後と言ったところだった。
バタン…ッ
俺は冷たいコンクリートの地面に頭の後ろから倒れてしまった。
黒と白のツートンカラーの車が道を急いでいた。
運転席には女の警官が、助手席に男の警官が座っている。
「はい、こちらは無事確保しました。……はい、向かいます……はい…」
助手席の男性警官は通信が終わると、左手を無線機のある左耳から離した。
「しっかし、不運な奴だね~」
「ん?」
「いやさ、自分から私達んところに飛び込んでくるなんてさ~」
女性警官の言葉に男性警官は同意していた。
トランクの中で絶賛昏睡中の男は、自分に関係がないくせに、自分から自分の追手に存在を認知される真似をしたのだから、そう思うのは当然だ。
「仕方ないだろうよ。たぶん、自分が異能持ちって気づいてなかったんだ」
「というか、警察にあんな態度とる~?信じらんないだけど」
「神奈川だからな。警察を目の敵にしてる奴がいてもおかしくないさ。ま、どっちにしろ馬鹿だけどな」
「ハハハッ、マジそれな~」
そんな談笑を続けていた時、男性警官がある事に気付いた。
車内カメラの録画中に赤く点灯するはずのライトが消えていたのだ。
訝しげに男性警官が車内カメラに手を伸ばした瞬間、信じられない事が起こった。
男性警官の口が、いきなり塞がれたかと思うと、パトカーが道路の路肩によって減速し始める。
それと同時に、カッチ、カッチ、カッチとウインカーの音まで聞こえてきた。
男性警官が咄嗟に右を見ると、隣の女性警官も息が出来ないようで、ハンドルを握る手も力んでいるようだったが、女性警官の手とは関係無しにハンドルは動き、停車位置の微調整までしている。
息が出来ず、もがいて暴れようとするも、口に強い圧迫が加えられていて、頭が座席に食い込んで動く事が出来ない。
口の辺りに手をやっても空に触れるばかりで、口元への圧迫は弱められるどころか、強くなっていった。
パトカーが完全に止まった時には、息が続かず、暴れ、もがいた事で酸素を消耗した二人の警官が眠ったように動かなくなっていた。
静寂に包まれたパトカーのトランクが開けられる。
「どうでも良いじゃないすか、敵の人間の生死なんて」
パトカーの周りに人は居ない。
深夜の街は眠ったように、空しく光輝くだけだ。夜の喧騒すら消えた街は、まるでゴーストタウンのようだ。
そこに一人の男が居た。
パトカーからはさほど離れては居ないが、何かをするには遠すぎる位置で電話をしている。
「だからぁ、前も言ったじゃないすか。下っ端なんざいくら締め上げたって何の意味もないって。あんな量産型なんか、生きてても俺達に利益無いじゃないすか」
男は呆れたように吐き捨てる。
と、同時に車のトランクから何か大きなものが
その大きなものはゆっくりと、しかし確実に何にも触れられても居ないのに、空中で一定の高さを保ちながら、男の方へとやってくる。
「……はいはい、わあってますよ。下らない。そんな後の事考えてどうすんすかぁ?俺たちゃテロリストにも成れて無いんですぜ?」
男は電話をしながらも、自らの方へとやってくる大きなものに目をやった。
「……あぁ…はいはい、はい、確保しましたよ。例のお嬢様助けた子、現在僕の腕の中でーす」
かったるそうに男は言うと、その大きなものを凝視した。
チャックの付いた大きなビニール袋のようなものに入ったそれは、重力に引っ張られているような印象を受けない。
所々、たるんで、下に引っ張られている部分があるものの、何かによって支えられ、空中にその身を保っていた。
「……本人確認?本人じゃない訳ありますか~?というか、そのための資料もらってないすけど~?はいっ、そっちの不備~!やりませ~ん!このままそちらに直帰しま~す!オーバァッ!」
男は電話相手の事などどうでも良いと言わんばかりに、一方的に電話を切る。
そして、空中に浮く大きなものを引き連れながら歩き始めると、右手だけでスマホを操作して、別の番号に電話をかける。
「ああ、もしもし?うん、そのまま所定の経路通り、妨害頼んます~。じゃっ…うん…大丈夫。うん、また…じゃ」
ハァァ…
男は溜め息をつきながら電話を切った。
「何でこんな事しなきゃいけんのよ~、もう、二度と捕まんなよ!くそが!」
男は自分が引き連れている大きなものを罵りながら、夜の街に消えていった。
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